七十九話 災厄との共闘
「なぁ、少し仮眠をとってもいいか?」
「話を聞き終えて、開口一番がそれか……」
「長話に付き合うと疲れるんだ」
二時間近く、真剣に耳を貸していた。戯言なんかではなく、本当にあった事実を魔王は語った。
俺の知らないこの世界の兄貴について色々と思う所がある。今は一人でその点の整理をしたいが…
「残念だが、もう遅い」
魔王の向く視線の先。
ヒカルゴケの光が及ばない真っ黒な空間からザクザクと鳴らす二人組の足音が響く。魔獣の叫び声も聞こえない静寂に包まれた空間であるせいか、耳を澄まして聞くと直ぐそこまで迫って来ていたのに気付く。
足から動体の順に光が照らすと姿が分かる。全身が黒いゴスロリドレスに包まれた純白の肌を持つ悪魔の少女と白い鬼の仮面を付けた紺色のズボンに水色のシャツを着た悪魔。
少女が持つ魔晄の瞳が魔王、俺の順番にしっかりと捉える。あまりに意外な組合だったのか、薄い笑みを浮かべる。
「お久しぶりでございます。魔王様」
「やはりお前だったか、ザラ」
「百年程前でしたか、兄上と共にあなたをここで発見したのは」
「生憎と俺のお気に入りでな。早々に立ち去る事を願おう、丁度先客もいるからな」
ザラと呼ばれた死霊術士の視線が注がれるとニィッと口角を上げて口に手を当てて薄く笑む。
「勇者に魔王……相容れぬ二人が仲良くお話とは滑稽ですね」
このイラっとくる煽り方に、舐めた態度。あのクソ兄貴と性格が似ている。
「ですが、予想外です。魔王様一人なら、二人でどうにか出来そうでした」
口振りからして確実に魔王を抹殺して、戒言を回収するのが目的だと見える。
「なら、退くか?」
「はい、そうします」
…………え?
笑顔を浮かべた悪魔はあっさりとその提案を呑んだ。
魔晄四獣の一人である死霊術士の顔をこうして直接顔を合わせるのは二回目だったか。
あの悪魔の特徴は基本的にザビーダと同じく、人の持つ心の感性を酷く揺さぶる戦い方……言い換えれば、極度の嫌がらせ行為に似た戦法を取る。
人は誰しも弱点を持って戦う。弱点という概念が自身の身体的に限らず、精神的な綻びも含めるのだとすれば死霊術士は後者の綻びを叩き割り、他者を陥れるのを好む。しかし、それも相手を深く知り、用意周到でなければ成立しえないため、予想外の事態にあっさりと身を退く特徴があるとユリナが以前語っていたのを思い出す。
今回も俺という部外者という存在が功を奏したらしい。
「私の目的は概ね達成しました。戒言が回収出来ずとも、魔王様がここにいるという事実が分かれば問題ありません。勇者……君もここにずっと居るとは限らないしだろう」
「遠回しな言い方は要らない。俺が邪魔ならハッキリ言ったらどうだ?」
「被害妄想は良くない。まぁ、私個人としては君のそういう反応は嫌いじゃない。あの偏食家が好むのも頷ける」
全然嬉しくない。
これからは無視に徹底した方がいいかもしれない。
「さて、今宵は感動の再会といった所で閉幕としたいが……」
ザラは妙な視線を俺に向ける。
その目によって瞬時に警戒モードに入ると俺はある事に気付く。
待て、あの白い鬼仮面の悪魔、あいつは何処に……
先程まで隣に居たにも関わらず、いつの間にか悪魔の姿は消えていた。いや、消えていたというより……紛れている。
僅かな殺気を背後から感じ取ると慌てて振り返り、白鬼仮面の垂直斬りを間一髪の所で魔剣を滑り入れる。
「あぶね~」
死霊術士が不必要に合図を送らなかったら、今頃俺は真っ二つになっていた。気配の消し方とタイミングといい、暗殺に優れている者の動きだった。
しかし、暗殺者にはそぐわない下手な感情を出してしまったのはミスだろう。
今はそのミスを隠すことなく猛烈な殺気が仮面の隙間の裏にある赤い魔晄の瞳から発している。
「止まれ」
その一言が発せられた途端、自身の瞳や耳の感覚器官を通じて脳から全身に駆けて、あらゆる筋細胞への停止を命じられる。
これは……金縛りか。
自分の身体の支配権が突然、他者に奪われると手足、指はおろか呼吸すらままならない。
何も出来ない。その状態から脱せられない俺は白鬼が振り上げる白銀の剣を目だけで追っていた。このまま、動かず何もしなければ俺は死ぬ。
まぁこんな修羅場、飽きるほどくぐり抜けてきたがな。
悪いバトンタッチだ。
心の中でそう呟くと自身のから身体を一瞬だけ空け渡す。
「やれやれ」
やる気なく呟くと右手を前に出す。何かを掴む仕草を行うと黒いモヤが掛かった魔力を魔法を介して間接的に奪う。
不意に脱力感を覚えた悪魔は警戒して後方へと距離を置く。
「これは食えたもんじゃないなぁ」
ポイッと投げ捨てられた魔力玉は空気中に溢れる正常な魔力に溶け込むように霧散する。
大きな欠伸をした後に白鬼を一瞥する。仮面の奥から感じる威圧感、早く宿主と交代しろと言わんばかりの圧にあっさりと屈すると大人しく引き下がる。
「……動けるか」
意識が戻った俺は自身に掛けられた金縛りに類する魔法が解かれたことを確認する。
白鬼との距離がいつの間にか離れ、片膝をついていた。
『ごっそりととはいかなかったけど、魔力を吸い取ったよ』
デュランから発せられる思念で状況を察する。
不意を打たれた。まさか、拘束魔法を使用してくるとは思ってもいなかった。
効果範囲が狭く、先程みたく相手との膠着状態でしか通用しない。言葉と目から放たれる魔法作用が相手の身体を介して極限状態の心的負荷を一気にかける。結果、脳が一時的に麻痺を起こし、金縛りに似た状態をもたらす。
「食らってみると中々に厄介だな」
そして、その魔法を使えるという事はかなり場数を踏んだ生粋の魔法剣士と言える。
いや、暗殺術に長けているのであれば使ってもおかしくないか。
「勇者、手を貸してやろうか?」
俺のピンチに何もせず腕を組んで見ているだけのクソ野郎が何か提案をしてくる。
「共闘って話じゃないのか?」
「そう言っている」
「じゃあ、参戦しろよ」
「それは構わないが、そこの剣士は俺の客ではないからな。勝手に入るのは気が引けた」
いちいち言い方にイラつきを覚えたくなるものの、魔王の言う通り白鬼の狙いは俺だ。
何の因果があって俺に殺意を抱いているのかは仮面の裏にある顔を見れば分かる。
少し揺さぶりを掛けてみるか。
「おい、閉幕じゃないのかよ」
「あの女が勝手に言っているだけだ」
「あんたはやる気みたいだな」
「無論だ。この機会、逃す訳にはいかない」
話があまり通じなさそうな相手だな。
いや、元より悪魔とはまともな会話のキャッチボールが出来ない生き物。
なので、通訳出来そうな相手に説明を仰ぐ。
「魔王、この仮面はお前の知り合いか?」
「知らんな。正直に言って、俺も誰だか分からないが……ある程度の検討はつく」
魔王も知らない悪魔。たった一瞬の攻防であったと言えど、十分なくらい白鬼の戦闘力は測れた。
立ち回り、気配の消し方に駆け引き……どれも悪魔らしからぬ洗礼された動きだった。純粋な悪魔ではないと悟った俺が導き出した答えは一つ。
「反転者か」
ピクリと身体を揺らした白鬼は剣を鞘に納め、軽く舌打ちする。
殺気を抑え、身体を横に向けると一瞬でザラの元に移動する。一見、魔法を使ったかと思ったが実際は悪魔と化して強化された純粋な身体能力。
単純な打ち合い勝負では負ける可能性が高いな。
「もう終わりかい?」
「興が冷めた。聖剣無き奴を殺しても面白くない」
「君も兄上と同じ事をいうんだね」
「奴と一緒にしないでもらいたい」
「それは謝罪するよ。でも、ここは確かに引くべきだ」
ザラの目線は俺や魔王ではなく、木造の小さなコテージへと向けられる。
ちらりと一瞥した後にクスリと微笑む。
「厄介な相手だね。それじゃあ、帰ろうか」
思った以上にあっさりと身を引く提案に乗ったザラは白鬼と共に闇の中に姿を消す。
あっという間に過ぎ去った嵐の跡は少なく、被害がないまま事態は収集した。
「これはお前の狙い通りか?」
「まぁな。ザラが来るならこの布陣は完璧だっただろうな」
「布陣も何も……俺達、二人だろ?その気になれば戒言は奪われたんじゃないか?」
俺の言葉に耳だけ貸した魔王はゆっくりとした足取りでコテージへと向かう。ドアを開け姿が消えた数秒後、コテージの中から「な、なに!」「やめて、乱暴しないで!」などと言った若い女性の叫び声が聞こえる。
ドタバタとした空気の中から爽やかな白髪をした白いワンピースを纏った少女を肩に担ぎ、引っ張り出してきた。身体をジタバタ動かして必死の抵抗を試みるも剛腕に挟まれて抜け出すことも出来ない少女は大人しくこちらに顔を向けた。
「えっと……」
「勇者、先にお前への報酬を払おうか」
「報酬?」
「あぁ、お前がこの地にやってきた目的だ」
「え……噓だろ……」
「これがお前の目的。聖剣の化身、精霊王リスフェルトだ」
顔を大きく膨らませて若干へそを曲げていた少女は紹介に応じてこちらに小さく手を振る。
「おひさ~」
あまりにも唐突な展開と衝撃的な事実に軽いノリ。想像と反する姿と一度に流れる情報に思考を停止した俺は「おひさ」と小さく手を振り返した。




