七十八話 災厄の記憶④
「……生きている?」
全身砂まみれになりながらも未だ無傷でダストンは生存していた。
周囲を見渡すも地形は大きく変わり、王宮の姿も見る影もなく消え去った。いや、王宮だけではない何百年と渡って人間の支配を行って築きあげてきた歴史ある王都そのものが無い。
「勇者……様…」
生存者の声が聞こえ、直ぐに振り返るとそこにはこちらに背を向けて、倒れるテリアを両手で抱きしめる首謀者がそこにいた。真っ黒だった奴の髪色も魔力の消費し過ぎの結果、白髪に染まっていた。
やれる。
魔力切れを起こしている今なら奴を殺せる。
腰に添えてある剣を抜き、無様に背を晒す勇者の元に足音を立てないで近づく。
殺す。
今度こそ、奴を殺す。
世界を救った英雄を俺の手で消す。
ずっと目障りだった。
異世界から来た人間だが知らないが聖剣に選ばれ、国民から信頼を買われ、他種族との壁をなくそうと希望を実現しようとするお前が目の敵でしかなかった。
何も知らないお前が王族である俺より力を付けようとするのが邪魔だった。
それ以上にだ。それ以上に、自身の愛する姉の寵愛を奪われた事が気に食わなかった。
だから、何もかも奪ってやった。
使うだけ使ってあとは排除する。
例え、自身の愛した姉を殺してでも。
「死ね」
殺意を込めた剣を振り上げた直後、弱々しく立ち上がったテリアが二人の間に立つ。
足を震えさせながらも、身を挺して守ろうとする彼女に気圧され、剣を振るうのを躊躇う。
「ぐっ……邪魔だ!」
肩を掴み、払い退けようとした次の瞬間……
胸の辺りに熱く、鋭い痛みが拡がるように走る。
肺の辺りを貫かれたのか、大量の血反吐を吐き出すとゆっくり視線を下に向ける。そこには自分と同じく赤く細い炎の槍に貫かれ、致命傷と言える傷を負ったテリアの姿。
とうとう魔力が尽きたのか、二人を刺し貫いた槍が消えるとテリアは力なく倒れ伏し、ダストンは膝を折って焼き切れた自身の胸を抑える。
これが死か。
自身の最期。
それを本当の意味で理解したダストンは己に最大の恐怖を与える人物に視線を注ぐ。
「お前は……人か?」
見た事のある目。
人を人と思わぬ冷酷な眼差し。
現に勇者はテリアごと、躊躇いもなく俺達の肺を焼いた。
心臓ではなく肺。
その意味が表すのは容易に考えられる。
「復讐……か」
「言った筈だ。お前を殺すと」
ルーファスが死ぬ直前、テラスにいた俺に気付いた勇者は確かにそう告げた。
言葉は音になって聞こえずとも、口の動きで意味は伝わる。
「ぐっ……」
流れ出る血が収まらない、加えて肺が焼かれたせいで呼吸が出来ない苦しさが脳を刺激する。
奴の目……。
己の目的を果たしたのか、反転が再び進行を始める。
人間だった部分、身体的特徴で言えば暗く虚ろな瞳が左目同様に赤い魔晄を帯びていく。
「気分はどうだ……悪魔…」
「……何も感じない。虚構の中に身を潜めた気分だ」
「はっ、苦しめ。苦しんで世界を……壊せ。お前は……」
何か言いかけた直後、完全に悪魔と化した瀬戸雄二はダストンの頭を踏み抜き絶命させる。
頬に返り血が飛びつくも何も感じない。
頬に付く温もりに違和感はおろか、嫌悪感すらない。
「駄目…です。…………せん」
全身が酷く痛み、意識を辛うじて保っているテリアが懸命に身体を起こして止めようとするも当の本人に声は届かない。聞こえるは頭を痛める言葉と思えないノイズ。
「…ガァッ、消えろ」
ノイズに聞こえる方向に手を向けて魔法を打とうとするも身体全体が酷い倦怠感に襲われ、立つことすらままならない状態を強いられる。
魔力切れ。完全に力を使い果たした事で身体が限界を迎えた。
消え落ちていく意識に流されるまま、深い眠りに入った。
「力尽きたか」
自身と一部を除いた全てを対象とした破壊魔法の一つ、怨恨の炎から逃れるべく一時的に別空間に退避していた魔王は倒れた身体を腕の中で抱くと己の戒言の力を魔力諸共半分分け与える。
「それ以上は僕が許さないよ」
魔王と同じく一時的に姿を眩ませていた蝶々が人の形を成すと己の分身である剣を仇敵の首筋に当て、警告を促す。
「引退…させてくれないのか?」
「駄目に決まっているだろ」
「……俺はここで生涯を終えれるのなら終えても構わない」
「彼に君の運命を託して?」
「そうだ」
「それはあまりにも残酷じゃないかな。怠惰にも程がある」
「この世界にとって俺達の死が最優先じゃないのか?現に俺とこの男、両方とも消すのに最高の機会と思える。それを実行しない理由はなんだ?」
一見、矛盾とも取れるリスフェルトの行動原理に疑問を投げかける。
ハァ~という深い溜息をつくと剣を降ろして素直に答える。
「制約さ。僕自身、直接君達の運命を裁断する権利を持たないってこと。いや、君達だけに限らずこの世界におけるあらゆる生命に対して」
「ふん、下手な脅しだったわけだ」
「そ~ゆうこと。タネを明かした以上、あとは好きにしてよ」
やぶれかぶれな態度を取ると剣を消して、自身も蝶の姿へと戻る。
「でも最後通告だ。彼にその力を渡せば今度こそ世界は滅ぶ。新たな魔王と化した彼を止める者はこの時代にもういないのだから」
「……まぁ、いいだろう。俺は傍観者という立場でここに居るからな。最後までその役目を全うしよう」
「そうしてもらえると助かるよ」
安心した口調で一言残すと蝶の姿から淡い光と化して消える。
「さて、そう言ってしまった以上、俺は何も手を出せないが……」
「それ以上はいい。後は俺がやる」
魔王の背後から声が届くと誰かの足音がゆっくりと近付いてくるのが分かる。魔力の性質を感じ取るからして恐らくは魔の類。魔王の立場であると自身の配下である悪魔の魔力にはそれぞれ癖の強い異質な雰囲気を帯びている。故に近付いてくれば顔を見ずとも誰が誰だか分かる筈なのだが、魔王の横を通り抜け倒れる瀬戸雄二の身体を両腕で軽々と持ち上げたこの人物に見当がつかない。
振り向き際に顔を拝むと魔王はようやく理解した。
「あぁ、任せた」
瀬戸雄二の他に、もう一人反転した悪魔は言葉を受けると直ぐにその場から離脱した。何も残っていない瓦礫の海に一人取り残さた少女をそっと抱き上げる。
「アリス……さ…ま…」
虚ろに目を開けると瞳の奥に霞んで見える自身の主君と見間違う。
この女はもう死ぬ。
他人の死というものをこれ程まで近くに感じた事のなかったせいか、死への手向けの言葉が何も思い浮かばなかった。だが、彼女の命を賭した勇気ある行動が始まらなければこの様な惨事はおろか、新たな人間族の一歩を進めなかった。
歴史に名を残す者ではないと言え、彼女の功績は偉大であると言える。
一連の行動が亡き主君の意に沿ったものであるとするなら、送る言葉はただ一つ。
「大義だった」
勇者と一緒にいたアリスと呼ばれていたあの姫の言葉ではない。
「ありがとう……ございます」
感謝の言葉を述べると安らかな表情で深い微睡の中に意識を沈める。
力尽きた身体を平な建物の一部の上に横たわらせる。その直後、曇の隙間から差し込む光が彼女の亡骸を照らす。




