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七十七話 災厄の記憶③

「火を止めろぉ!」


 王宮のあちらこちらから火の手が上がるとたった三十分で王宮周りの庭園は全焼し、一階も一部を残して柱や城壁が酷く焼け焦げている。三階にある王の間に繋がる二階の階段付近にて、水魔法を行使して全力で火事を消し止めようとするも一向に火力が収まる気配はない。


「無理です!城下の火消しに人員を費やしているため間に合いません」

「王宮を落とされては元も子もない!雨でも降らせて一帯を……」


 灼熱の空気に包まれ、気温が四十度近く上昇。

 額から零れる汗を拭いたくなる気持ちを抑えるも、魔力と体力を同時に消費しているせいで兵士もそろそろ限界を迎えようとしていたその時、ある最悪な知らせが届く。


「報告を致します。今から十分程前に東門からラフォルト家の軍隊が城下に侵入し、真っ直ぐこちらに向かって来ているとの事です」

「なっ……奴らめこの事態を察して内乱を起こしに来たか」

「現在、消火活動に当たっていた人員を全て撃退に当たらせているため、こちらには一人も……」

「分かった……仕方ない。ここは王と王子だけでも外に逃がす手配を……」

「なっ……なんだ貴様!」


 階段付近にて消火に専念して兵士の声に顔を向ける。

 すると、激しく燃える炎の海をしっかりとした足取りでゆっくりとこちらに向かってくる影が見える。

 一見、亡霊にも見えるその人物は顔を上げて一段一段、階段を登ってくる。


「止まれ」


 部隊を指揮する若い子爵位の男が掌に魔法陣を浮かべて警告を促す。


「貴様が今回の首謀者か。ん……その顔……」

「……」

「勇者……何故、あんたが……」

「へリンか」

「ぐっ……姫様と国王陛下を殺したあんたが次は王国の転覆を図るとはな!」

「二人を殺したのは俺じゃない」

「黙れ!どちらも、あの場に居合わせた多くの兵士がそう証言している。俺も最初は疑ったさ、でもそれが事実だったからあんたは大人しく捕まっていたんだ!違うか?」


 へリンという青年は瀬戸雄二を信じていた。

 彼が二人を殺害した犯人だと聞かされた時、どうしても想像出来なかった。

 特に信じ難いのはアリス様を殺し、逃亡したという報であった。

 二人の仲睦まじい姿を見てきたへリンにはどうしたって受け入れられない悲しき報告。

 噓であって欲しいと強く願うばかりであったが、数か月前……彼は焦燥し切った表情で王都へと連行され、ある施設へと捕らえられた。多くの国民に非難を受け、罵詈雑言の嵐を受け続け、事実を否定しない様子に酷く胸を痛め、同時に裏切られた気がしてならなかった。

 だが、こうして相対した今、へリンに深い迷いが生じた。

  

「お前の知る真実が全てじゃない。気づいているのだろ?」

「くっ……」


 国王陛下が殺され、ダストン第二王子によって築かれた新体制。

 平和な世界となった現在、戦争で疲弊し切った多くの民が求めることは休息と補填。

 他国とも協力体制を敷き、大陸全体での立て直しを図るべきだという声が出ているにもかかわらず、王子の取った政策は戦うことであった。

 この機に人間族が他国を支配し、大陸の覇権を奪いにかかる。

 そんな好戦的で、支配欲の塊とも言うべき悪政に人々は落胆した。

 しかし、反対しようにも王権とそれに連なる貴族の力が強すぎるあまり、国民らはただ黙って従う事を求められる。反論の意志を示せば、逆賊に立て挙げられ、処罰される。

 明日は我が身。そんな腐りきった体制がここで終わりを迎えることが『前進』であるとするなら、ここは大人しく道を開け、彼に全ての業を背負わせるのが賢明であると判断した。


「王子を殺すのですか?」

「そうだ」

「王宮にはいません。地下にある牢屋の隠し通路から既に郊外へと向かわれたかと」


 その情報を伝えると瀬戸雄二はへリンに目を合わせた。

 変貌した片方の瞳に目が往く。


「その目……」

「へリン。お前達は直ぐにここから逃げろ。新たな王国を築き、二度とこの惨劇が起こらないようにサポートしてやってくれ」

「あんたは……雄二さんは……」

「時間がない。道は開いてやる、お前はここの人間を連れて逃げろ」


 不自然に炎が引くと真っ黒に焼け焦げた道が現れる。

 何か言いたげな顔で掴み止めようとするも事態は一刻を争うと判断したへリンはこの場に居合わせた全員に向けて撤退を仰ぐ。灼熱の業火に包まれた王宮内の酸素レベルは酷く低下し、酸欠や酷い火傷で意識を失う者も多く、兵士達の我慢はとっくに限界を迎えていた。

 そこに一筋の希望なる道が開かれると、兵は協力して炎の道を往く。

 殿を務めたへリンは自分が最後であることを確認し、もう一度向き直った。


「雄二さん、自分も一緒に……」

「早く行け。死ぬぞ」


 全てを伝える前にあっさりと遮られる。

 いつだって見続けた背中から彼の優しき言葉が密かに伝わった。

 『俺の復讐に付き合わなくていい』と。


「……あなたの復讐は後世に伝えません。英雄であるあなたが悪役になる必要なんてないのですから」


 そのことを告げた後、直ぐに部隊を追って自身も窮地を脱した。


「じゃあな。へリン」


 階段を登った先、小柄で白髪のラフォント国王が今にも燃え落ちそうな柱の下で立っていた。いや、これは国王ではない。彼の有していた魔力の残滓が色濃く変容したもの。

 言わば、ここに居るのは未練を残した死霊。

 二階に降りる階段に蠟燭の付いたシャンデリアが落ちてくると真っ赤な絨毯に燃え広がる。


『済まなかった。異世界の勇者』


 念話にも似た声が意志となって俺の頭に響く。


『君には多大な苦労を掛け、酷く苦しめてしまった。その件を先ずは詫びさせてもらいたい』

「……」

『そして、ありがとうと言いたい。アリスを幸せにしてくれて』

「俺はあんたの娘を死なせた男だぞ」


 『ありがとう』なんて言葉は言われる筋合いがない。


『そうかもしれん。だが、あの子がこの壮絶な時代の中で楽しく過ごせた日々は紛れもない事実。故に、感謝を述べたいのだよ』


 今の瀬戸雄二に人の温かな感情を受け入れる心はない。

 時間が経つにつれ、人としての心は消え、感情の帯びた言葉はただの言葉でしか聞こえない。


「今更な台詞だ。俺はもう止まらない」


 瀬戸雄二の赤く染まった瞳に一点の迷いもない。

 彼の中で揺らめく炎を消す方法はない。

 

『これもまた運命。滅び往く国と共に私も眠ろう』


 直後、城内が激しく震撼し、王宮を支える数ヶ所の柱に大きな亀裂が生じた。

 天井は大きく崩れ落ち、王の間から曇った空が仰ぐ。

 王は目を瞑り、淡く輝く光の粒を残して消えて行った。

 その上の階にあるテラスから業火に包まれた城下を一人の男が目を細めて眺めていた。


「歴史の転換。この国を救い、破滅させたのが俺ではなく、聖剣の担い手か……これもお前の筋書(シナリオ)通りか?リスフェルト」


 天へと登った光粒の一部が小さく集結すると蝶の姿を帯びた。

 魔王の問いに答えるべく、弱気声で小さく呟いた。


「さぁね。僕は運命に従うだけ……君も、そして彼も」


 ラフォント王国の東部に位置する崖。

 城下の半分以上が真っ赤に染め上げられ、猛威を振るう炎の勢いを止める術を持たない市民らは己の富や財宝、住まいを捨て東門に向けて一斉に逃げ出す。その流れに抗う形で内乱を起こしたラフォルト家が 兵士を率いて、衛兵の戦っていたもののほんの数分前に戦いは停止し、今は王国の民の救助にどちらの兵士も当たっていた。


「寝返ったか。まぁいい、この国は俺が生きている限りまだ終わらない」


 ラフォント王国の第一王子であるダストンは己の野望はまだ潰えないという意志を込めて現実の状況を深く受け止める。


「オイオイ旦那。あんた簡単に裏切られてんじゃねーか」


 『妖精(エルフ)狩り』と呼ばれたダストンを護衛する男の一人が敬意もない口調で軽い雰囲気で接する。その素行に対して気に障った部下の兵士らが武器を突き立てる。


「止せ。お前達ではその男には敵わん」

「ですが……」

「無礼な態度は承知の上だ。今更、咎める気はない」

「だそうだが?」


 そう説かれ、兵士らは槍と剣を納めた。


「それでこの惨状を作り出した奴についての検討があるのか?」

「犯人は勇者だ。先程、ルーファスが殺された」


 その事実を知ると妖精狩りはカッカッと大きく口を開けて笑う。


「それは愉快な事だ。てめぇらが散々な仕打ちをすっからあの男が復讐しに来たんだろうな」

「だろうな」


 ルーファスが殺される少し前。王宮のテラスからあの戦場を覗いていた俺を奴はしっかりと捉えていた。憎悪に染まったあの片目からして恐らく反転(フォールアウト)していた。

 自身が悪魔と化す為、その試練を復讐として選んだのなら、奴の目的は間違いなく俺だ。

 何処へ逃げようとも必ず追ってくるに違いない。

 なら、万全の準備をして今度こそ奴を確実に殺す。

 その為の餌を連れて来て正解だった。


「あの女を連れて来い」

「はっ」


 控えていた兵士にそう命令すると両手両足に嵌められた金属製枷に酷くボロボロに破れたメイド服を纏った虚ろな瞳をした少女が鎖で繋がれた首輪に引っ張れて連れてこられる。


「こうして顔を合わせるのは五年振りか。テリア・ティンベル」

「………」

「ルーファスに遊ばれて心が死んだか。まぁいい、勇者をおびき寄せる餌としては充分だ」

「……むだ…です」

「壊れた心も勇者になら反応を示すか」

「あなたの……思惑通りには…なりません。アリス様の敬愛する方が……あなたの様なクズに……」


 無理矢理、鎖を奪い取ると地面に顔を押し付け、強く靴の裏で踏みつける。


「ウっ……」

「言葉に気をつけろ。死にたくなければな」

「……どの道、私は死にますよ……もう覚悟は出来ています」

「ふん、まぁいい。このままお前を連れて隠れ家に……」


 ズドンッ!激しい爆音が鳴り響くと同時に隠れ通路を塞いでいた鉄の扉が宙を舞う。

 ガランガランという音を立ててダストンの近くに転がり落ちる。


「……もう見つかったか」


 突然の爆発に驚いた兵士らに隠し通路を囲む様に指示を出す。

 黒く煙が上がった中心を多い囲むと魔法士の四人が四角い魔法結果を張る。


「優秀だな、近衛魔法兵団の連中は」

妨害魔法(アンチ・マジック)。この中であれば魔法も使えない上に外部への脱出も不可能。エルフとの戦争に向けて開発していた魔法が役に立ったな」

「それはどうかな」


 背後から聞こえた声に全員が慌てて振り向く。


「いつの間に……」


 ダストンの背後に続く森の中から一歩ずつ近づく影が現れる。

 王子の守護を優先的に考えた兵士達は魔法を止め、布陣を変えよう動く。

 しかし、突如頭上から降り注いだ光の可視光線が王子と兵士の間にある大地を斜めに焼き切る。


「落ちろ」


 激しい揺れに見舞われた兵士達はロクに動く事が出来ず、自分達が立っていた崖の斜面が崩落し真っ逆さまに地面と共に消えていく。

 残ったのはダストンの近くにいた大剣を担いだ妖精狩りに周囲を警備していた三人のお付きの騎士。

 彼らに逃げ場はない。一歩後退れば先程の兵士同様に崖下へ落ちていく。

 生き延びるには目の前で復讐に駆られる勇者を殺す他ない。


「万事休すじゃねーか」

「ちっ……」


 何か策はないか。この場を退く術。

 追い詰められたダストンは思考を回転させ、一番効果のある方法を模索し行う。

 侍女テリアの髪を掴み、首筋に剣を突き立てる。


「条件だ。この女を解放する代わりに俺達を見逃せ」

「……」


 勇者のあの瞳を見る限り反転(フォールアウト)していてもまだ半分と言った所か。人間の理性が残っているとすれば、自分を助ける為に捕まったこの女の救助を第一に考える筈。

 瀬戸雄二、奴の人情深いあの性格を考慮すればな。


「怨恨の(スルト

 

 そう一言、呟くと瀬戸雄二を起点とした半径数十メートルに渡って炎の海が燃え広がる。

 しかし、彼の目の前にいる五人の足元にその効果は及ばなかった。


「いいのか!応じなければ、この女を……」

「殺すならやれよ。今の俺にそんな脅しが通じるとでも?」

「……っ」


 やはり狂っていた。

 あの目から感じるのは俺に対する殺意しかない。

 今すぐに殺したくて殺したくて堪らない目。

 だが、それを抑えて奴は直ぐには殺さない。


「オイオイ、話が通じる相手じゃねーぞ」

「四人で一斉に掛かれ、あの魔法を展開中なら規模の大きい他の魔法は使えない」

「ピンチをチャンスに変えろってか」


 大剣を抜き、構えると他の三人も同様に武器を手に取る。


「お前とは一度、殺し合ってみたかったしな。勇者」

「……」

「悪いが初っ端から全力で行くぜ」


 三人の騎士が三方向から同時に動く。

 身体強化(ブースト)で己の動きを加速させ、素早い剣技を見舞う。連携の取れた三人はタイミングを揃えて防戦一方の連撃を休みなく与え続ける。しかし、その動きを直ぐに見慣れると一番右にいる騎士の攻撃を躱し、腕を掴むと次に来る騎士に目掛けて投げる。

 ギリギリで剣を振り下ろすのを止め、身体を受け止めるも二人の腹を甲冑諸共炎の槍が貫く。


「よくも!」


 最後に残った一人が襲いかかるも二人を貫いた槍を敢えて爆発させ三人を一網打尽に処す。

たった数十秒で三人の騎士を殺し、次の狙いに目を向けると妖精狩りと呼ばれた男が紫紺の輝きを大剣に 纏わせて瀬戸雄二の頭上へと飛んでいた。


玉元破砕(スレイプニル)!」


 高密度の魔力を大剣に込め、渾身の一撃必殺を目下に居る敵に目掛けて放つ。

 三人の騎士の気を引いている内にこの攻撃の準備を行い、相手が絶対に避けれず受け止めるしかないタイミングを見計らっての攻撃。

 自身の命が散るかもしれない。人間であれば恐怖に駆られ、臆して思考が鈍る。

 そのコンマ数秒の遅れが命取りとなる。その狙いも込めた一撃を受ける直前、ダストンの目には勇者が微かに笑みを浮かべていたのが見える。


「悪魔が」


 攻撃が当たる刹那、ゆっくりと見える瀬戸雄二の手が天に向けられる。

 展開中の炎が赤から黒く変わり、掌の前に集まる。中心に輪がある円形へと変化した小さな黒炎が出来る。口を開いて一言発する。


発射(バースト)


 不気味な紫色の輝きが見えた次の瞬間、地上から天に向けて黒い炎の柱が光を吞みこむ様に上空に見える曇を突き破る。数秒に渡って魔法が行使されると遥か上空で更に大きな爆発が生じた。その直後、王国の空を覆っていた曇に大きな穴が拡がり、真下にある王国の王宮と城下町に高密度の圧が生じた爆風に晒され、一瞬で跡形もなく圧砕される。

 戦闘を止め、城下の民を外の平野へと退避させていた者達はボロボロに崩れ落ちる城壁から離れていたのが幸いしたのか死者は出なかった。

 しかし、この一時間半の間、城下で起きた事実を詳しく知らない市民にとってあまりの多くの状況が一変に生じ、天変地異とも言える怪奇現象に襲われたと勘違いする者も少なくない。

 その証拠となるのは、割れた雲の隙間から顔を出した天の光景。

 まるで天界からの神罰でも受けたかのように映ったその光景は人々の心を容易に砕いた。

 ただ一人、真実を知るへリンはこれが神罰でも、天災でもないことに深く恐怖した。


「これがあなたの復讐ですか……雄二さん」



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