七十五話 災厄の記憶①
時刻はもう日が沈んだ頃だろうか。
泉に差す光が次第に薄くなり、近辺に多く繫殖しているヒカリゴケが蛍の光の如く辺りをポツリポツリと照らし出す。近くの丸木椅子に座った俺は焚き火をしながら、数時間に渡って襲撃に備えていた。
魔王の予想では明日に襲撃があると言っているが、ユリナの予測では今晩にはここに辿り着く速さで向かって来ているという。どちらを信じるかと言われれば、勿論後者だ。
しかし、今はあまりユリナの事を考えたくない。
「あの別れ方は良くないよなぁ」
折角用意してくれたこの休暇の予定を台無しにした挙句、こんな自分勝手を突き通して一人ここに残ったとなると流石に怒ってもおかしくない。
ユリナはとても優しい女の子だ。俺のことを配慮して、ある程度の要求にはいつも妥協してくれる。
「いや、いつもじゃないか……」
「見張りか?勇者、お前の魔力感知では役に立たないぞ」
イラっとする一言に無視して俺は枝を焚き火の中に投げ入れる。
隣に歩み寄った魔王はいくつかの食材を火の前に置くと向かい合う形で腰掛ける。
「何の用だ?」
「暇つぶしに少し話でもとな」
「お前と話ことはない」そう言って振りたかったが、生憎と暇を持て余していたのは事実。
別段、こいつとは絶対に口を利きたくない訳ではない。
それに一つ聞きたいこともあった。
「俺の前の勇者を覚えているのか?」
「勿論だ」
「名前、知っているのか?」
「あぁ、知っている。だが、お前の方が良く知っているだろう」
そうか。やっぱり知っていたか。
「瀬戸雄二。奴はお前同様、仲間想いで、人一倍正義感が強かった。しかし、それが奴にとって大きな枷でもあったように見えた」
「なら、それは俺も同じか」
「いや、お前は違う。兄と違って過去との決別が出来ている」
「それはこの魔剣にいる精霊の力だろうな」
過去との決別が出来ている?そんな事は無い。
今でもバリバリ過去と向き合っている最中だ。
ただ、あまり深く考えない様にデュランが力を貸してくれているだけ。
「この世界で瀬戸雄二には?」
「会ってない。そもそも知ったのもつい最近だしな」
「人間の寿命は百年も満たない。二百年経った今、瀬戸雄二が動き出したのはやはり……」
「復讐……なのか?」
首を横に振る。
違うのか。
焚き火に映る影が徐々に大きくなると炎が激しく燃え上がる。
すると激しさは一瞬で収まり、炎の中に丸い何かが現れるとそこに動くものが映し出される。
多くの人間が互いに武器を持って争い、白色の城壁には人の返り血や魔法が撃たれた痕がある。
視点は変わり、城壁を超え、城下町を超えた更に奥にある王宮へと動く。
あちらこちらから火の手が上がり、城下は大混乱に包まれている。その様子を誰か……いや、魔王の視点から映し出される。
「これはお前がやったのか?」
「違う。俺はただ観ていただけだ」
「じゃあ、これは……」
「歴史上、現在のラフォルト王国はラフォルト王国で内乱を起こし、勝利したラフォルト家が代わりに玉座に着いたとされているが実際には違う。瀬戸雄二の行った復讐を好機として見出し、国王の首を据え変えたに過ぎない」
内乱という点ではあながち間違っていない。
一見卑怯とも言える手ではあるが、現在のラフォルト王家はラフォルト王家の行いを恥ずべき過去と認識し、王家による独裁国家という点を否定している。王家による権利の集中は変わらないものの、善と悪の分別をしっかりと見極め、民主的で福祉国家を体現する理念へと変わっている。
「少なからず、歴史は全てそのまま伝わる事は無い。自分達の都合の悪い内容は美化させて後世に残す。違うか?」
「現代しか生きられない『俺にそれが人間の闇だよな』みたいな同意を求めるなよ。それで、お前は何をしていたんだ?」
「言っただろう。観ていただけだと」
噓っぽい。と言いたい所だが、事実この魔王は記録としてラフォント王国の破滅を何もせずにただ傍観と観測に徹しているだけだった。
時系列を今一度、考え直すと恐らくこうだ。
二百年程前に勇者として兄貴が二度目の魔王襲撃を阻止、その後ラフォント王と王子に裏切られ兄貴の消息は不明、更にその後ラフォント王国の滅亡と言った感じか。
「一時期、俺は瀬戸雄二と共にこの大森林で身を潜めていた」
「想像出来ない」
「まぁ聞け。火を囲って昔話するのも悪くないだろう?」
「好きにしてくれ」




