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七十三話 大森林

時刻は午前十時十分。

約束の時間から少し経っているが、待ち人は一向に現れず。

隣にいる彼女こと、ユリナは朝から不機嫌な表情を浮かべてはロクに会話をしてくれない。

それもその筈。昨晩、部屋に戻った俺は蓄積した疲労で早めの就寝に入ってしまったユリナに今日の事を伝えそびれてしまった。だから、今朝に朝食をしている際に大森林に付いて行く約束をしてしまったと告げたのだが、予想外に猛反対を食らってしまった。


『駄目です』

『いや、もう約束しちゃったし……』

『馬車で伝えましたよね。明日の予定を』

『でも、魔獣の活発化も見て見ぬふりを出来る問題じゃないだろ……一応、早急に対処した方がいいかなって』

『……一理ありますね』


最もらしい筋の通った理屈。

しかも、王族であるが故に見過ごせない状況を突きつければ嫌でも認める。


『ハァ、分かりました』

『なら……』

『私も同行します。これは譲れません』

『了解いたしました。お姫様』


という流れでユリナも納得してくれたみたいなのだが、やけに機嫌を損ねてしまっている。

埋め合わせとして後日、何でも言うことを聞こう。

そう心に決めると「おーい」と叫ぶ声が坂道の下から聞こえる。

一際大きい木製の引き車に大きな荷物を積んだ男が手を振ってアピールする。


「すまんな。準備に時間がかかった」

「いや、それより今日はよろしく頼む」

「こちらこそだ。それより嬢ちゃんを連れて本当に大丈夫か?」

「問題ない。むしろ、居てくれるほうが安心する」

「どういう意味ですか?」

「普通に頼りになるってこと」


まぁ、別の意味も含まれているが実際に居てくれた方が頼りになる。

大森林の中でユリナの魔力感知や空間魔法はとても役に立つ。


「よし。じゃあ、出発するか!」


一人テンションの高いジグルドと共に俺達は大森林へ向けて出発を始めた。

この温泉街から大森林に入るには先ず源泉のお湯が流れる川とは逆方向に向かう。俺達が泊まっている旅館を少し下り、橋を渡ると旅館ではない二股のもう一方の道へと出る。

その道沿いを真っ直ぐ進むと次第に温泉街から離れ、人の数も全くと言っていいほどいなくなる。

山道の切通しなのだろうか、崖と崖に挟まれた一本道がひたすらに続く。


「もうそろそろですね」

「嬢ちゃんは知っているみたいだな」

「……さっきから嬢ちゃん嬢ちゃんと私の事を知らないのですか?」

「さぁ」


自分の正体に気付いていないジグルドにユリナは俺だけに不満を漏らす。

今のユリナの格好は昨日みたいなラフな姿ではなく、冒険者時代に着ていたバトルドレスの上にローブを羽織っている。一応、温泉街で顔バレ防止に着用していたのだが、今は二人しかいないため素顔を普通に晒しているのだが、ジグルドは一向に気付こうとしない。いや、むしろ知らないのかもしれない。


「お、着いたな」


一本道が途切れた先。そこには本当の大森林がそこにあった。

ユリナは近くの水晶に手をかざす。


「結界は安定して機能していますね」

「勿論。ここの管理は俺がしているからな」

「……ですが、少し綻びが生じていますね。再構築し直しますので少々お待ちください」


王宮筆頭の魔法士五人がかりで構築する結界魔法を自身の持つ広域結界魔法に容易に置き換える。


「なぁあの嬢ちゃん、王国の魔法士かなんかか?」

「……まぁ、そんなとこだよ」

「魔法ってやっぱすげぇな」

「ジグルドも使えるだろ?」

「いや。俺は魔力を持ってないんだ。正確に言えば、微々たる量しかない」

「それは意外だな。転生者は恩恵(ギフト)による影響で馬鹿みたいな魔力とか持ってそうなイメージだけど」

「その点で言えば、俺は逆だな。魔法ではなく、こっちだ」


そう言って一際ゴツい筋肉アピールを自慢げに見せる。


「俺は馬鹿だからな。魔法よりも肉弾戦の方が性にあっている」

「見た目相応だな。だが、この世界に暮らす上では厳しくないか?」

「この辺りは所謂田舎だろ。最低限の衣食住があり、キャンプで培った知識さえあれば問題ない」

「なるほど。その世間知らずも納得がいく」

「田舎者あるあるだろ。俺は都会育ちだったけどな」

「適当だな」


そんな中身のない話をしていると結界を張り終えたユリナがこちらに戻って来た。


「魔除けの加護を付与しました。余程の魔獣でない限りは近寄らないでしょう」

「そうなのか?」


魔力が少ないからかジグルドにはこの結界魔法の変化に気付いていない。

かく言う俺もどういった変化なのかは分からない。


「ともあれ、ここから先は危険地帯だ。悠馬、嬢ちゃん覚悟はいいか」

「問題ない」

「私も同じです」

「……なんでそんな余裕なんだ?」


そんな疑念を抱きながらも俺達は大森林へと足を踏み入れて行った。

辺りは一面緑色の植物や木々に囲まれているため、進み続けても景色が全く変わらない気がしてならない。上を見ても空は見えない。あるのは太い幹に大きな葉っぱ。

こういった大きな木々が並ぶ森において木の幹は太陽が照らす上の部分に決まって集中して成長するらしい。この大森林では魔力を帯びた木々が太陽の光を受けようと競い合いながら成長しているのもあるせいか、高く大きく木々が成長する。それ故に、森の大地には光が差し込む事が殆どない。

光が木々に奪われたせいで大森林の中は昼間でも夜みたく暗いというのは本当だった。


「道はこっちであっているのか?」


一番先頭で魔石灯を持った俺は灯りを頼りに引き車が通れる程の道を沿って進む。


「この道はあなたが作ったのですか?」

「いや。この先に住む親父さんが荷物届けるならって言って切り開いてくれた」


一見すると有り難い話にも聞こえてくるが、この場合はおかしいが正解な見解だろう。

豊潤な魔力を持つこの土地の開発は事実上不可能。

森の奥に行こうにもしっかりとした道を作ること事態、最難関を極まる。木々を切り倒そうとも、生い茂る草木を焼いて地面を晒そうとしても、この土地の生命は新たな命を直ぐに宿す。それが主な原因ではあったのだが、今俺達が歩いているこの道は草木を焼いたものでも、木々の根を伐採して切り開いたものでも無い。

土地の魔力そのものが一部だけ無くなっている。イメージするなら真っ黒に塗られた大きな画用紙に一本の白い線が通っている感じ。

この先に住む親父さんなる人物がどういう人かは分からないが、ユリナは何か気付いているみたいだ。


「その人ってどんな人なんだ?」

「四十代くらいのオッサンで、小さな娘がいたな。人と関わるのが嫌いだからって、こんな森に住んでいるみたいだが」

「……なぁ、どう思う」


隣を歩くユリナが微妙な表情で答える。


「怪し過ぎます。この道にしても明らかに地脈の魔力を食らい続ける魔法が付与されてますし」

「こんな魔法使う人物って……」

「もしかしたら、この先に戦闘に入る可能性があります。悠馬様も気を抜かず……っ!」


何かの気配を察知したユリナは突然、足を止めると険しい表情で俺の肩に手を付く。


「どうした?」

「この先に……います」


何かを感じ取ったユリナは声を震わせた様子で杖を構える。それに応じて、俺も腰に携えた魔剣に手を回し、警戒するとズドン、という小さな地響きが伝わる。


「魔獣か?」

「おそらく」


この一帯に詳しいジグルドの一言で魔剣を抜く。

ユリナが恐れる程の魔獣……一体どんな奴なんだ。

前方をライトで照らし、魔獣の姿を確認しようとするも足跡は愚か影すら見つからない。


「どこに……」


パラパラ。何か小さな欠片が頭上に降りかかり、ふとライトを上に向ける。


「……おい。なんだ……」

「こいつは……」


分厚い木の皮に研ぎ澄まされた鋭い爪痕が仰々しく見える。その背後に映るは淡い魔晄の瞳に獣を捉える鋭い眼光。全長約三メートルの図体に深い羽毛を持つであろう牙の生えたくちばしを持つ魔獣。


「グリフォンか……しかもこの辺りのボスだな」

「強いのか?」

「かなり前に戦った際は背中を搔っ捌かれた。いやぁ、二度目の死を体験するとこだった~」


それでよく軽口が叩けるな。俺ならトラウマレベルで出くわしたくない。

だが、このサイズでここが地上ならリヴァイアサン程ではない。

あの恐怖は思い出すだけで背筋が震える。


「悠馬様、戦闘準備を」

「分かっている。けど、そこまで警戒する相手なのか?」


なんだ、この相違感。さっきからユリナは何に怯えて……

顔を向けているのは真上じゃない。

俺には何も感じないがユリナは感じ取っている。

それも唯ならぬ気配と魔力。


魔晄四獣(グレムリン)か?」

「いえ、違います。これは恐らく……」

「いい。プリンセスが気付いているならこれ以上隠れている必要もないしな」


魔法陣。

紫紺色の輝きが浮かび上がるとこちらに襲いかかろうとしていたグリフォンに向けて、魔法が放たれる。直撃を食らいよろけた烏怪獣は狙いを変える。


「失せろ」


魔力に載せた圧のかかった声。それに恐れを成したグリフォンは巨大な翼を広げ、大森林の闇の中に姿を消す。


「……一難去ってまた一難か」


というか、いつからそこにいた。

この殺気立つかの様な禍々しい魔力。その本性を露わにした人物に向けて俺は魔石灯の明かりを照らす。大柄な身体に小汚い髭、その後に見えた顔に俺は大きく目を見開く。

心臓を鷲掴みにされた様な感覚に陥ると俺は意識的に呼吸を整える。

珍しく息を荒げ、過呼吸と化したユリナの代わりに俺はこの台詞を吐く。


「生きていたか、魔王」

「健在か、勇者」


もう二度と会うまい。

奴の心臓を聖剣で貫いた時、俺はそう決めていたし、そう定められただろうと確信した。

しかし、運命とは残酷だ。

こうして、俺はまたこの男と相対するのだから。


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