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七十二話

「はーい」


元気の良い返事と共にドアが開けられるといつもとは違った服装のアイラが来客を迎える。

その姿を見た悠馬邸にやってきたカイル・スタットフェルトは口を半開きにしたまま、上下と目を動かすと彼女に見せるいつもの柔和な笑みを浮かべる。かと、思いきや少し伸びきった髭を擦りながらまじまじと見詰める。


「アイラ。その服装は……」

「カイルさん!あの、これはですね……」

「似合っているじゃないか。どこの国の服装かは知らないが、合っているよ」


肩から見える綺麗な白い肌を丸出しにした袖の無い水色のシャツに白いスカート、その下から伸びる細く長い足を黒のタイツが覆い隠す。

カイルとアイラの関係を一言で申すとこうだ。

友人の妹と友人の兄。

お互いの両親が仲が良いことから、カイルとクロードは幼い頃から顔馴染みであり、クロードの三つ下の妹であるアイラもその頃からの知り合いだった。

その時は兄の後ろを健気に付いてくる可愛い妹で、よく白いワンピースを着ていたのを覚えている。その記憶が脳裏に染み付いているせいか、無垢な少女だった彼女が清楚な大人へと変わっていた事に何も違和感はなかった。むしろ、似合っていた。そう言葉がふと心の底から表れた。


「本当ですか!ありがとうございます……って、お久しぶりですね。カイルさん」

「まぁ、先ずは挨拶か」

「それで、今日は何か御用事ですか?悠馬さんは今、ユリナ様と旅行に行かれてまして……」

「旅行?」

「行き先は分かりませんが、一週間近くは戻って来ないとのことです」

「へぇ、あの二人が……」

「せっかくですし、上がって行きませんか?カイルさんに聞きたいこととかありましたし」

「奇遇だね。俺もアイラのその服装について聞きたい事があったんだ」



「もっとだ。速く鋭く!」

「はい!」


窓の外からだろうか。案内された悠馬の執務室に、先程から鈍い衝撃音や何処かで聞き覚えのある声の主の叫び声が届く。


「鍛錬しているのか?」

「はい。獣王国の王子であるリュート様とケンイが魔法武術の鍛錬を下でやっていまして……」


ズドォンッ!突然、屋敷全体が揺れる様な地響きに見舞われる。


「な……」

「すいません。少々お待ちください」


アイラは怖い顔で窓から顔を出すと近くの砂浜に向かって大きく叫ぶ。


「リュート様!鍛錬は屋敷から離れてからやって下さい!」

「悪かったよ。夢中になってここまで来ちまったぜ。なぁ弟子よ!」

「ハァハァ……ちょっと……休憩を……」


お互い上半身裸で大量の汗を掻いて鍛錬を行う二人にムッとした表情を浮かていると横からフィオを連れたナルシャが兄の耳たぶを、ケンイの耳たぶを掴んで引っ張って行く。


「兄者、鍛錬に集中するあまり、また屋敷の一部を破壊されては困る」

「仕方ねぇだろ」

「私達は居候の身。これ以上はハルマに迷惑は掛けられん。ほら、あっちに行きますよ」

「イデェェェって、魔力と体力切れで動けないから。ちょっと待って……」

「あんたの馬鹿みたいな魔法でまた屋敷を壊したら本末転倒でしょ。ほら、早く立って」


ナルシャはアイラに向けて手を振ると海岸線沿いの奥へと二人を強引に連れて行く。

その様子を隣で立って見ていたカイルにとって不思議に映った。


「あの武闘派兄妹に気に入られているとは……」

「ケンイとリュート様はともかく、ナルシャさんとフィオは意外でした」

「そう?世話の焼ける兄と弟がいる身として何か通じるものがあるんじゃない」


黒いスーツに伊達メガネを付けたエルフの女性がいつの間にか部屋に入って、紙袋に詰まったパイをモグモグと食べながらソファに座っていた。


「アリーゼ、その格好で出掛けてたの?」

「安心して、もう常連客として見られているから」

「そう言う問題じゃないって……」

「それより……そちらの方って」


夢中になって食べる手を止め、頬に付いたパイ生地の粕を指でぺろりと舐める。


「こちらはカイル・スタットフェルト様。現スタットフェルト領の領主様で悠馬さんのご友人です」

「初めまして……ではないですよね」

「君とは以前、会った記憶が……」


伊達メガネを外し、ポニーテールの髪型を解くと長く綺麗な翡翠色のふわりとさせる。


「アリーゼ・フォレスト様!」

「お久しぶりでございます。カイルさん」

「え、え……お二人はお知り合いなんですか?」

「一年程前だったかな。悠馬が助けたエルフの女の子を保護して、その後陣営まで送り届けたのがきっかけだったか」

「あの時はありがとうございました」

「あんな場所にエルフの女の子一人を置いておく訳にはいかなかった。それに後でエルフの王女様と知った時は本気で驚きました。それとここに居るという事は悠馬とは……」

「無事に再開を果たせました。それより、その腕……」

「あの直後の戦いで失くしてしまってね。今の私は単なる諜報員です」

『諜報員……?』


ついうっかりと口を滑らせてしまった単語に二人はキョトンと首を傾げる。

バレてない。額に冷や汗を掻くと露骨に話を逸らす。


「それよりアイラ達は何でそんな格好を?見た感じ、異国風なファッションだね」

「これは王都の若い女性の中での流行っている悠馬さんの世界での服装みたいなんです」


スカートの丈を持って一回転して見せる。あまりにも短い丈を指で摘んでいるせいか、中の黒い下着がカイルの目にチラリと映る。


「パンツ見えるから、丈持つのはやめとけ」

「ふっふー、これは見せパンというやつです。悠馬様の世界では短いスカートを履いて素足を見せるのが主流らしく、こういったスカートの中にはすぱっつという下着を履いておくことで敢えて見させるというのがあるらしいです」


アイラの長々とした弾丸の様な説明にカイルは首を傾げる。


「そういう……ものなのか」

「そういうものらしいです」


アイラは完全にそう受け取っているが、カイルの頭の中には違うものが浮かんだ。

過去の話で言えば、修練学院時代の頃。

修練学院の制服は男子は紺色のズボンに、女子はアイラが履いているスカートの丈よりも半分程長いスカート。男女ともに魔法術式が組み込まれた特殊な上着を着ていた。ちなみに、スカートはそれほど長くはなく、この格好で模擬戦を行うのもあってか膝より5cm上の辺りが決まりだった。

スカートの丈が比較的に短いという点から模擬戦をやる度にスカートの中が覗けるというのはかなりある事で、初等部から通っている者達にとってはかなり当たり前で、気にも止めない事例と化していた。

しかし、瀬戸悠馬はカイル達と全く違う反応を示した。

通り過ぎる女の子の太腿にチラリと視線を移したり、模擬戦で女子のスカートが翻ったりすると必ず視線を下に向ける癖があった。

その事は本人曰く『スカートの中身は男のロマン』とたまに巫山戯ながらも語っていたのを思い出す。それに影響されたクロードもしばしば似た様な事をしていたのが懐かしい記憶として蘇る。と、同時に先程のアイラちゃんの言葉に何となく帰結した。


「あいつの国のファッションって変わってるなぁ」

「お父さんが見たら肌の出し過ぎだって注意されそうですけど」

「でも、ユリナ様はもっと足出してなかった?悠馬、凄いいやらしい目で見てたし」

「そういうアリーゼは硬すぎ。スーツ毎日着てるとシワになるから止めた方がいいって悠馬さん言ってたよ」

「だって……私、肌出すのには抵抗あるし……」

「それってエルフの習性?」

「ううん。私の見解だよ、お母様の若い頃とかはアイラくらいのスカート履いてたみたいだし」

「……いまじゃ想像出来ないけどね」

「確かに」


いつもの会話をしていた事に気付いた二人は一人置き去りにしてしまった客に対して無礼であると気付くと、露骨に話を逸らす。


「そ、そう言えば、カイルさんは悠馬さんの好みとか知りませんか?」

「あいつの?」

「はい。どういう系の服が好きかとか」

「俺はあんまり服に詳しくはないからなぁ……」


紅茶に手を付けながら、青春時代の記憶を遡る。

悠馬と一緒に同行した記憶は限りなく少ない。

その中から、悠馬が異性に対してスカート同様な視線、あるいは妙な欲望を抱いていたという点で検索をかけると一つだけ思い出す。


「王都の西側にある『萌え萌え亭』という店があるのは知っているか?」

「モエモエ……ですか?」

「……モエモエ?」


聞いた事の無い単語に二人は困惑した表情を浮かべる。


「王都の西側と言えば、繫華街の区域ですよね」

「『萌え萌え亭』は比較的健全で……一応国王様公認のお店でもある」

「どんなお店なんですか?」

「形式は飲食店で……少しばかり特殊な接待を行っている。それも悠馬の世界の文化だとか」

「それは気になりますね」


隣にいるアリーゼも興味津々に頷く。


「カイルさんは行ったことがあるんですか?」

「一度……国王様のお付き合いで悠馬、クロードの四人でな。従業員は皆、メイド服を着る規定があるらしい」

「メイド服?」

「王宮の給仕さん達が身に着ているあの服装ですよね」

「メイド服はメイド服なのだが……スカートの丈は今のアイラくらいで袖の裾もかなり短くされていたな」

「ン~、口で言われても鮮明にイメージ出来ないし……ここは一つ行ってみるのはどうかな?カイルさんに案内してもらう形で」


アリーゼのその提案に「賛成!」とアイラも手を挙げて促す。

その時の記憶を鮮明に思い出したカイルは自分で切り出した話であるにも関わらず、今すぐにでも無かった事にしたい気になってきた。

『萌え萌え亭』によるあの特殊としか言えない接客はカイルにとってかなりハードルが高いものだった。ノリと勢いの良いクロードと店内に居た美少女萌えという謎の観念に心を躍らせていた悠馬とは違って、女性に対して硬いイメージを持っていたからだろうか。

いまいち、二人や国王様と違って深く馴染めなかったのが尾を引いてもう一度は行く気になれなかった。


「今回ばかりはちょっと……」

「じゃあ、私達のお願いを聞いてくれたお礼として、私達もカイルさんのお願いを一つ聞くっていうのはどうですか?」


それなら悪くないか。

丁度、二人に相談したい事もあったしな。


「分かった。案内するよ」


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