七十話 休暇(旅行)⑤
温泉から上がった俺はコーヒー牛乳を求めて、本館のロビーへと向かう階段をぶつぶつと独り言の様に文句を呟きながら降りる。
「ユリナめ、熱い湯の中で長々と説教しやがって……危うくのぼせるかと思ったわ」
ロビーに降りて、購買の場所を確認すると玄関口を突っ切って進んでいこうとした、その時見覚えのある格好をした青年が横目に映ると足を止めて、振り向く。お互いに再び、偶然にも再開を果たすと顔を合わせて話す。
「ん……確か……」
「あれ、勇者君じゃん」
「その呼び方は止めて欲しい。俺は瀬戸悠馬って名前があるし」
「オッケーよろしくな、悠馬」
「あんたは?」
「俺は……まぁ、この世界ではジグルドって名前で通している」
「こちらこそよろしくジグルド……さん?」
「敬称は不要だ。一応、そっちの方が身分は上だしな」
「分かったよ。なら、俺にも敬意とか要らんから」
「了解了解」
靴を脱いで玄関先に上がると肩に担ぐ重い荷物を降ろす。
見たところ、普通のサイズより一回り大きな保冷バッグに見える。
「ジグルドはここの従業員なのか?」
「いや、違う違う。俺は頼まれ物を運んで、頼んだ物を受け取りに来ただけだ」
「おや、ジグルドに……瀬戸悠馬様。お二人はお知り合いで?」
ジグルドの訪問に気が付いて受付の奥にある事務所から顔を覗かせたカタギリさんがこちらへとやって来る。
「知り合ったのはつい先程ですが」
「何故……」
「なにせ、俺達は同じ世界の出身だからな」
「そう言えば、そうでしたね」
「カタギリのおっさん、悪いが先に用を済ませてもいいか」
「そうだね。明日の下拵えもあるし、先に奥まで運んでもらえるかい?」
「了解した」
再び保冷バッグを担ぐと事務所の方へと向かって歩く。
「あの、ジグルドの仕事は?」
「あいつはこの領地を守る門番なんです。正確に言えば、この温泉街の直ぐ隣にある大森林から現れる魔獣の駆除を担当しているのです。駆除した魔獣の肉をここに定期的に卸してもらう見返りに、私達はジグルドの要求にあった食糧や衣服を提供しています」
カタギリさんの話にあった門番という役目から推測するとジグルドは相当強いのか。
大森林一帯の魔獣は凶暴で強いのは有名だ。それをたった一人で、役目を全うしている人物がいると以前聞いた覚えがある。
「最近は魔獣の動きも活発化していますから、ジグルドの存在は我々にとっては大きなものです」
「魔獣の活発……ですか」
「ホント、そのせいで俺一人の手には余って困っているがな」
何やら違う保冷バッグに大量の服が詰まった紙袋を片手に下げて現れると切実な悩みを打ち明ける。
それを聞いた俺はある考えを閃くと一つ提案を促す。
「その事なら協力出来るかもしれない」
「ホントか?」
「勿論。それで一つお願いがあるんだが、ジグルドに大森林の案内を頼みたい」
「それは構わないが、付き添いの彼女はどうするんだ?」
しまった。それについては何も考えていなかった。
だが、今回はユリナも納得する言い訳を思いついたので問題ないとしよう。
「一応、連れてくよ」
「おいおい、あそこは危険地帯だぞ」
「平気。むしろ、居てくれた方が助かる」
その言葉にカタギリさんも無言でうんうんと頷く。
「彼氏のあんたがそう言うのなら……」
「じゃあ、決まりだな」
「なら、行くのは明日だな。丁度、森にこの荷物を届ける予定なんでな」
「分かった。護衛も兼ねて案内を頼む」
「俺が護衛されるのか……まぁ、いいけど。じゃあ、明日の朝十時にここの玄関にいてくれ」




