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六十八話 休暇(旅行)③

俺の屋敷から王族専用の馬車で進むこと約十時間。

馬車旅の道中、何度も今回の旅行先を聞いても着いてからのお楽しみとの一点張り。三度の休憩を終え、辺りも夜の帳に包まれた頃、馬車の揺れで三半規管をやられたユリナは俺の膝の上に顔を乗せて天井の一点を虚ろに見詰めている。目を閉じて寝たり起きたりを繰り返す、このグロッキー状態をかれこれ四時間程耐えていた。

乗り物酔いが決して激しい訳ではない筈なのだが、平坦で整備された道程を終え、道中でいくつも山を越えたりしたせいで馬車の中はかなり揺れが激しくなっていたのが原因らしい。


「こうなるなら、魔法を使って移動すれば良かったんじゃないか?」


予め目的地が分かっているなら四度の転移で辿り着く筈。


「魔法を使ったら……せっかくの旅が……台無しじゃないですか……うっぷ…」

「でも、こうなるよりはマシじゃないか」

「幼い頃、一度行った事があるのですが……その時と比べて耐性が……うっぷ…」

「ごめん。静かにしてていいよ」


一見すれば王女らしくないだらしない姿ではあるが、たまに弱った自分の素を見せる。サレンさん曰く、ユリナがこうまで素の自分を曝け出すのは信頼している証だとか。

頭の向く先を身体ごと変えると彼女の口頭部が見える。

擦って欲しいのか、背の部分を優しく撫でると文句が飛ぶ。


「頭の方がいいです」

「はいはい」


そう言われて素直に従うと彼女の綺麗な桃色髪を優しく触れる。

一本一本が細く爽やかでほんのり暖かい感触に暫く浸る。

次第に馬車の揺れが鎮まった事に気づいて、窓の外を眺める黄色の明るい光が等間隔に映る。よく見ると切通しの崖の中に等間隔で設置された魔石灯がこれから行く場所への道を示すように続く。

崖の反対側、何やら川が流れているがそこからやけに湯気が昇っているのが分かる。

川の上流に向かって進むこと約二十分。

目的地に着いたのか、馬車の揺れが完全に治まると御者の人がドアを開けて様子を伺う。


「長旅ご苦労様でした。ユリナ様は……」

「寝ていますね。かなり酔っていて疲れていましたし、暫く外で休ませます」

「分かりました。私は帰りの際まで近くの宿舎にて待機していますので、お帰りの際はいらして下さい」


膝の上で静かに眠りにつくユリナを起こさないように背中で担ぐ。

馬車を降りて直ぐに御者の翁が何処かに行ってしまうと取り敢えず、近くにある木製の長椅子の上に腰掛け、先程と同じく膝の上に乗せる。王女である彼女の顔をなるべく通行人に見せない様にしようとするも行き交う客人やこの地域住民は微笑ましいような暖かな視線を送るだけで、王女であるとは誰も思っていない。


「まぁ、もの珍しい格好の男女だから余計に注目されている気がしなくもない」


見たところ、温泉街の様で行き交う人々は何処か見たことのある湯気のロゴマークが記載されている着物を召している。そんな中にパーカーとショートパンツを身に着けた女性と白シャツの上に青白いボタン付きのシャツを着たジーパンの男が女性を介抱しているとなると目を向けてしまうのが人間というものだ。


「もの珍しさという点では逆も言えるか」


俺はこの光景を見た瞬間、自分が異世界にいる事さえ忘れさせた。

何せ、この温泉街。

よく見れば全て日本の温泉街みたいな建物やその場所のPTOに沿った格好をした人々が見れる。

夜になり気温が低下した事でこの温泉街の間を流れる川の源泉から湯気が濃く立ち昇るのと魔石灯の光が合わさって視界が少しぼやけるせいで通行人の顔がよく見えない。


「ここは温泉街か……それも日本の文化を取り入れ……いや、そのまんま模倣したか」


何処かと問われれば、近いのは山形県の銀山温泉だろうか。

訪れた事はなかったが、ネットやテレビを通じて見るあの光景に合致するものある。


「異世界なだけあって、洋風館の方が多く感じるが悪くない」


むしろ、そこにロマンを抱く。

早くユリナと俺がが泊まる予定の旅館に行きたい所ではあるが、この眠り姫が一行に目を覚まさない為数十分程、俺はこの状況に暇を持て余していた。

行き交う人々の目も気にしなくなった頃、一人の青年と俺は目が合う。

彼は一度、俺を一瞥すると何か疑問を抱いたのか足を止めて、二度見する。


『……日本人』

「え、日本語……?」


久し振りに聞いた日本語に俺は一瞬理解が遅れると青年はこちらに近付く。


『あんた、日本人だよな。その容姿からして』

『ん……そ、そうだな』


日本語での久し振りの会話にぎこちなく喋る。


「すまんすまん、伝わるかと思って試したくなった」

「当然と言えば、当然の反応だよな」


この青年、容姿はこの世界の人間のものであるが話した言葉は日本語だった。

つまり、この人は……


「転生者か」

「そうだな。日本で一度死に、気付いたらこの世界で赤子として生まれていた。そういうあんたは何者だ?」

「俺は転移者。生きたままこの世界に来た」

「って事はあんたあれか、勇者ってやつか」

「そうなる」

「へぇ、まさかこんな所で会うとは意外だな。それにすげえ美人な彼女持ちときた」


初対面の筈なのだが、お互いに同郷だと知ったからか青年は興奮を抑えられない様子で喋る。


「おっと、頼み事をされていたっけ。じゃあ、後で話そうぜ、勇者!」


用事を思い出し、親しみの籠った笑みを浮かべた彼は早足でこの場から去っていった。

青年のあの表情に俺は親しみと同時に懐かしさも感じた。


「ン~……あれ、ここは……って、悠馬様!」


先の会話が騒がしくて起こしてしまったのか、目覚めて意識が一気に戻ったユリナは顔挙げて辺りを見渡すと顔を赤く染めて、フードの存在に気付くと顔を覆い隠す。


「ご迷惑をおかけしました」

「別にいいよ。それより、気分は?」

「大分……落ち着きました。動いても問題ありません」

「なら、そろそろ行こうか。俺も宿で温泉と料理を堪能したいし」


恐らく俺を驚かせるのを目的で黙っていたのだろうが、先にネタを知ってしまったのでさっさと旅行を楽しむ気持ちにチェンジする。

少し残念そうにするも気を取り直して、提案を吞んだユリナはフードをしたまま俺の腕に身体を絡めて歩く。


「これ、誰に教わったんだ?」

「この服をコーディネートしてくれた方にデェトの作法というものもレクチャーをお願いしたら、こうすると男性は喜ばれると仰っていましたので」

「まぁ、あながち間違っていないか」


ユリナの場合、その発想として空間を固定してこの状況を思うがままに操るのではないかという過度の憶測が頭の中で過ぎってしまうが、この様子ならそれはないだろうと踏み。俺はこの生まれて初めて知ったイチャイチャカップルの感覚を深く心と身体に焼き付けた。


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