六十七話 休暇(旅行)②
「この馬車はどこに向かっているんだ?」
凄い速さでこの馬車が動いているのが草原の景色から見て取れる。
時速はおよそ七十キロと馬が走るにしては普通なのだろうが、この速さのまま走り続けて約三時間と経つ。機械でなく、馬と言えど生き物。この速さを維持しながら三時間も走り続けるのは過酷な行使をされているのではないか心配に思うも、馬の蹄に付与されている魔法効果により彼らは持続的に回復魔法を付与されながら走っているため、ほぼずっと走り続けるのが可能みたいだ。
道も整備された平面を走っているため、これだけの速度でも馬車の揺れは殆ど感じない。
「お父様から聞いてませんか?」
「ユリナから聞くように言われてるよ。二人分の休暇なんてよく取れたな」
「悠馬様の休暇は容易に取れます。他貴族とは違い、まだ決まった役目を与えられてませんから」
「そう言えば、子爵位を与えられただけでこれといった仕事はしてないな」
てっきりあの大量の書類を相手にすることが貴族の仕事なのかと刷り込んでいたが、今思い返すと爵位の高い貴族らは軍務大臣や司法、祭司を執り行ったり、計画する仕事が貴族にはある。
「王都から遠い貴族の方々はその領地をしっかり治める事が仕事ですが、悠馬様みたいに王都から少し離れていて領地が少なく、領民も少ないとなると扱いが少し面倒になります。今は外敵排除に専念出来るので特に問題はありませんが」
「敵が現れ次第、俺の仕事が増えるという訳か」
さっさと平和になって惰眠、怠惰な生活を送りたい。
「それでいい加減、話す気になりましたか?」
「……ならないよ」
「頑固ですね」
「ユリナに言われたくない」
「悠馬様は知っているのですよね?敵の正体について」
「実際に戦ったユリナはそいつの顔を見ていないの?」
「残念ながらあの仮面の下を剥がすのは無理でした。姉様はしっかりと見ていたらしいのですが、何故か頑なに話してくれないのです」
そりゃ口止めしているからな。
「私には分かります。悠馬様が姉様と同じく、あの仮面の悪魔の正体に気付いていることを」
「………俺はまだ敵の姿すら見た事無いけど」
「ですが、知っているのでしょう?」
何故か分からない。
ユリナの前では嘘をつけない圧に駆られ、俺は毎度毎度彼女に執拗に迫られるとつい頷く癖が現れる。
「さぁ、教えて下さい!でないと……」
「セルフィに言うなって口止めされているんだ」
「先生……にですか?」
「そうだよ。理由は言えないが、とにかく俺の口からは言えない」
「嘘では無さそうですね」
「俺がユリナの前で嘘ついたことあるか?」
そう自分で問いかけた瞬間、その問い自体が誤っていた事に一瞬で気付く。
「有りましたね」
あったわ。
一度ではなく、何度も。
つい最近に限ってはあまりないが、魔王討伐前はユリナ達と別行動する際に何かしら理由を託けてクロード共に繁華街に遊びに行ったりした時は、何度も嘘の手を毎回変えて騙そうとしていたのを思い出す。その度に捕まってはユリナの魔法で拘束されて強制的に連れ帰させられ、その後の長い説教まで付き合わされたのも今となっては懐かしく、寂しく思う。
ユリナも同じ事を考えていたのだろうか。
顔を上げてお互いに目が合う。
「悠馬様はもし、過去をやり直したいとしたらどうしますか?」
「急にどうしたんだ?」
「いえ、特に他意はありません」
怪しい。
他意は無いと言っておきながら、何か裏があるとしか思えない。
ここは少し探るか。
「どうするも何も、やり直せるならやり直すかな」
「何か代償を払ってでも?」
「……流石にそこまでしてやろうとは……思わない」
「意外です。方法があればどんな代償でも構わず行動するのではないかと思ってました」
「俺は確証がない事はしない主義だ」
だが、ユリナの言いたいことも分かる。
もしも、俺がこの世界にたった一人残され、愛する者や親しい友人を失って絶望の淵に立たされていたら闇の中で輝く希望に必ず手を伸ばすかもしれない。例え、それがこの世界、この時代にとって不利益になろうとも俺は過去と未来を変える為に……
「もしかして、新しい魔王に何か言われたのか?」
俺の中である予感が胸中にざわめく。
セルフィから聞いた兄の話を照らし合わせると今さっき思いついた「もしも」の事態と合致する。
仮に兄が深い闇の中に立っていて、その中で光る一つの希望を掴もうと行動しているのだとすれば、魔王となってこの世界を破壊しようとする行為の目的が見える。
その何かを知ってそうなユリナに対して俺にしては勘の良過ぎる質問を投げると彼女が細目でムッとした表情の時点で悪手だった事に気づく。
「やはり、魔王についてよくご存知の様ですね」
「……」
「仕方ありません。先生に口止めされているならあっさりと退くしかありませんね」
「そうしてもらえると助かる」
「ですが、私の中で敵の正体が明らかになり次第、しっかりと話してもらいますよ」
「……はい」




