六十四話
「やぁ、お帰りだね。悠馬君」
王国からの迎えが来て、アリーゼとナルシャやリュートを含めた獣王国の一行を連れて王国へ戻ると俺は別ルートで直ぐに王宮内へ呼ばれた。正確に言えば、ここ国王の執務室にだ。エルフ側の外務官として派遣されたアリーゼと表向きでは亡命という形で招かれた代表としてナルシャがそれぞれの文化に準じた正装に身を包んで俺の横で並び立っていた。
「楽にしてくれて構わないよ」
そう言われて向かい側のソファに腰掛けると俺は極力国王の隣にいる人物に目を合わせようとしない努力をしようとするも、いつも以上ににこやかに愛想を振りまくユリナの笑顔が返って圧を感じさせた。
俺と同じくその雰囲気に察した国王が振り返って「ユリナも座ったらどうかい?」と声を掛けるも「いえ、このまま」でと返してこちらを向く。
「ハルマ、ユリナ姫になんかしたの?」
「全然心当たりないんだが……」
「笑顔の裏に感じる圧はハルマに向けられているが……」
「マジで心当たりないんだって」
「悠馬様、ナルシャ。国王陛下の御前ですよ。私語は謹んで下さい」
『はい』
ユリナにそう注意された俺達は萎縮して返す。
「まぁまぁ、無事に戻って来てくれたんだ。悠馬君をそこまで責めてはいけないよ」
いや、本当に俺はユリナに何をしたんだ。
何かした記憶が本当にないんだが。
「別に怒っていません。ただ、自ら危険な事に向かっていく姿勢に私は許せないだけです」
「今回は仕方ないだろ。ある程度、ああなる状況を予測していたセルフィが黙っていたんだから」
「その点についてはお母様に代わり、私が謝罪致しますので、悠馬を責めないで下さい」
「悠馬……?」
おっと。
地雷を踏み抜いた可能性が……
「いいでしょう。今回は大目に見てあげます」
その一言に胸をそっと手を撫で下ろす。
「兎に角、お疲れ様だね。報告は先駆けてサラから聞いているよ」
「俺もいない間に王国で起きた出来事は聞いてます」
「お互いに今回の件は予測を超える事態だったと言わざるを得ない。王国内に新たな魔王が現れたこと、精霊殿にて悪魔が魔獣強化の実験を行っていた事、獣王国が敵の手に堕ちてしまった事は我々の手には負えない事態だ。各々の対処で精一杯だったのは仕方がないと認めるよ」
「王国内の被害がなかったのはなによりです」
「うむ。そこは一番働いてくれたユリナに感謝し切れないよ。しかし、獣王国に関しては我々も助力
出来なかったのは本当に申し訳ない」
「いえ、こうして行き場所を失った我々を匿ってもらえるだけでも有り難いです」
「これくらいはお安い御用だよ。アリーゼ……君と言ったかね。君も歓迎する」
「感謝申し上げます。国王陛下」
「さて、挨拶はここまでにして悠馬君は……」
コンコンとドアをノックする音が後ろから聞こえる。
「丁度いい。来たみたいだね」
「失礼します」と聞き覚えのある静かに気品の籠った声の主がゆっくりと入る。
「お父様、悠馬君をお借りしても?」
「構わんよ」
「なら、私も……」
「ユリナ。秘書の役目を投げ出すつもりかい?」
そう言われて行動を制限されたユリナは何か訴える眼差しを向けられるも「ごめん、後で……」と苦笑いして言葉を残すと半ば逃げる形で俺は部屋を出た。
長く広い廊下の中央を背筋良く気品を保ちながら歩くサレンさんの後を俺はついていく。
「ごめんね。ユリナを強引に引き剝がすみたいになって」
「謝るなら、俺じゃなくてユリナに言ってください。少し可哀想です」
「決して除け者にしている訳ではないのです。ただ、悠馬君……いえ、悠馬様と……」
「君でいいですよ。それに俺の方が身分は低いんですから変に畏まらないで下さい」
「そうですね。未来の弟君ですし、お姉ちゃんと呼んでも構いませんよ」
「……茶化さないで下さい」
お淑やかで華麗に振る舞うサレンさんから感じる姉オーラにドキッとさせられる事はこれで何回目だろうか。いずれ、姉となる人なんだしいい加減素直に甘えてもいいのではないか。いや、甘えよう!という自分の欲望を抑え込むと顔を反対側に向ける。
「でも、もっとこう親身になってくれて構いませんよ。最近はユリナが全く甘えてくれないので少し寂しいのです」
「まぁ、甘える様な歳ではないですしね」
「そうですね。私よりも先に将来の伴侶を見つけて……いつの間にか、あの子も大人になってました」
「サレンさんにも見つかりますよ」
「本当にそうでしょうか……」
これ以上はあまり踏み込めなかった。
今年で二十二歳を迎えるサレンさんには婚約者が未だに居た事が無いという驚きの事実がある。王族でしかも第一王女なら迫ってくる男性も少なくない筈なのたが、サレンさんは頑なに断っているらしい。巷では俺が三週間程前に会ったあのラフォント家の当主である男が他の候補者を圧迫して求婚し続けているとかの噂が広まっているせいで余計に婚約者が出来ずじまいにあるとも聞く。
こういった話は主に王宮勤めの給仕らの間で持ち切りなため、俺の耳にも容易に届く。
「何故か、夢を見るんです」
「どういう?」
「何時か、私の前に現れる方が笑って過ごす夢を……」
「来ますよきっと」
「あくまでも希望的観測ですけどね」
「……台無しですよ。折角の雰囲気が」
俺はサレンさんに連れられて王宮の三階に位置するテラス席へと案内される。薄いカーテンを開いた先には扇状の城下町の光景が映し出される。
王宮内を何度か探索してウロウロしていた時、偶然にも見つけた俺のベストスポットの一つ。
「サレンさんと出会ったのもこの場所ですよね」
「私のお気に入りです。この良さが分かるのは流石、私の未来の弟君ですね」
「いいですから。それより、俺もサレンさんに聞きたい事があります」
「……恐らく、私も同じでしょう。ある程度の話は通信の魔石を通じてセルフィード様から伺ってます」
なら、話は早いか。
「率直に申し上げます。サレンさんは魔王の正体にお気付きですか?」
その答えとして目を下に向けてから小さく頷く。
「お顔を拝見した時に気付きました。悠馬君と同じ異世界人の顔……それに該当する人物は一人しかいません」
「でしょう……ね」
「その方は悠馬君のお知り合いですか?」
質問されたその答えを少し頭の中で考えた。この場にはユリナが居ないとは言えど、サレンさんに漏らしてしまってもいいのか。だが、兄の顔を見たサレンさんはもう既に気付いているのではないか。だから、国王にユリナを足止めさせて二人で話せる様な時間を敢えて作らせたのでは無いかという憶測が働く。
「やはり、お知り合いなのですね」
俺の答えを待たずにそう告げられる。
「はい。直接は見ていませんが、セルフィ曰く俺の兄貴です」
驚きはしなかった。
やはり思った通り、サレンさんは気付いていた。
「お顔が少し似ていましたし、それに雰囲気も」
「兄貴と話をしたらしいですね」
「少しだけですが」
「兄貴は……どんな顔でした?」
悪魔と化して魔王となった兄はどんな顔でこの世界に居るのか、悪人らしく暴虐の如く振る舞っているという訳でも無い。
「悲しそうでした」
「……ッ!」
「彼の瞳には底知れない哀愁が彼を闇に引き摺り込んでいる。そんな様子が私には映りました」
「……」
「この事はまだ誰にも伝えていません。先ずは悠馬君に確認を取りたかったので」
「出来れば内密にしてもらいたいです。セルフィにも一応そう言われてますし」
「分かりました。大賢者様の意向でなかろうと、悠馬君の意思を尊重します」
「ありがとうございます」
「それで、今後どうするおつもりですか」
今後、どうするか。
兄貴を止める具体的な策はまだ練ってすらいない。
「少し考えようかと思います。兄貴を止めるにせよ、戦って殺す他に道は無いですし」
「兄弟で殺し合うなんて事……」
「知っての通り。一度、堕天して悪魔と化した者が二度と普通の人に戻る事はありません。幾ら兄貴であろうと、世界を崩壊に導く新たな魔王なら俺は戦います」
その覚悟は立派だ。
そう称賛されると思う。
「しかし、頭で理解していても心と身体は全く響かないですね。正直に言えば、戦いたくない」
誰が好んで兄と殺し合いをしないといけないんだ。
話し合いで解決すらならそれに徹しよう。
だが、話し合いで解決するなら俺は剣なんて持っていない。魔王という厄災、悪魔という害悪なる脅威を消すには話し合いではなく、互いの生命を削り合う戦いでしか雌雄を決する事が出来ない。
決して分かり合う事は無い。
この世界の人間と悪魔の絶対的な違い。
それがこの世界のルールであり、運命の定め。
「辛い選択ですね」
「今に始まった事ではないですよ」
そうだ。
俺はこの世界に来てから他人の命を秤に掛けた選択肢を何度行い、何度その都度後悔した。
その全てが正しかったとは言わない。ただ、自分が生きる為、この世界の為という点では全て正解なのだろう。
この無数にある選択肢という運命の分岐点を俺は常に悩み苦しみ、後悔に苛まれている。
今回もまたその一つに過ぎない。
「悠馬君、私が言うのも何ですが。一つ伝えておきます」
サレンさんは珍しく張り詰めた表情で見詰めるとフッと力を抜いていつもの優しい表情に戻す。
「辛い選択ばかり見てはいけません。正解から最も遠いものでも悲観しないで前に進んで下さい。例え、それが自分の望まない結果が待っていようと、前に進み続ける事が生きると言うことです。なんて、お母様の受け売りですけど」
「……折角の言葉が台無しですよ。でも、元気は出ました」
「いいの。元気の無い弟を励ますのは姉の役目ですから」
「まだ、弟ではないです」
「ふふっ、素直じゃないですね」
これが本当に姉と弟の関係であれば俺はサレンさんの事を姉さんとして仲睦まじく接していたかもしれない。
兄との関係はこんな風では無かったと言えど、決して浅はかな絆という訳では無い。俺は今一度、家族という概念を少しばかり思い出した気がする。
「お二人共、仲が良さそうでいいですね」
空間魔法を通じて突如、現れたユリナが顔を少し膨らませて機嫌が悪そうな態度で俺の顔を睨み付ける。
「いやぁ、これはただの馴れ初めというますか……」
「悠馬君はいずれ私の弟になるんだから少しくらい話してもいいですよね?」
「それは構いませんが、お二人でコソコソ話し合っているのは少し怪しいです。悠馬様のタイプは私ではなく、姉様みたいな清楚系と以前仰っていましたし」
「ちがっ……くないけど、それとこれとは別な話で……」
「言い訳は見苦しいです。さぁ、姉様との話が終わったのなら次は私の番です。屋敷に戻り次第、あのエルフの少女との関係を聞かせてもらいますよ」
そう言われ、半ば強引に手を引かれると俺はテラス席から屋敷へと魔法を通じて一瞬で帰った。
一人残ったサレンは自身の愛する妹の楽しそうな表情を思い出してクスリと笑む。静かになったテラス席から立ち上がり、白い柵の前に立ち尽くすと一言声を漏らす。
「雄二……」




