六十三話
「おい、ヘボ勇者。甚だ不本意だが、世話になってやる」
「口の利き方を気をつけろ。アホ猫」
「死んでも御免だな。てめぇに頭下げるなんて出来る訳ねぇだろ。魔獣も倒せねぇ雑魚勇者が」
「なら一人で野宿でもしてろ、第一お前のせいであのキュクロプスを仕留め損ねたのを忘れたか?」
「知るか、ぶっ飛んだ先にてめぇが居たんだろ。あの悪魔を一人で相手してたんだからな」
「しっかり足止め出来ない奴が出しゃばるな」
俺を含めた二人の男はテーブルを挟んでお互いに睨み合いながら罵声をお互いに投げつけ合う姿に騒ぎを聞きつけたセルフィは深くため息をついていた。
「あの馬鹿共は相変わらずじゃな」
一触即発になり兼ねない二人を宥める為に後から駆け付けた銀髪の猫人のナルシャが兄のリュートの肩に触れて立ち上がらない様に抑える。一方のアイラは俺の横の席で「暴れるのは禁止ですよ」と釘指す形で抑える。恐らく、こういった場での言動を慎ませるようにとユリナの指示を受けているに違いない。
「おい勇者。その隣の女は誰だ?」
「アイラちゃんの事か?俺の秘書兼護衛だ」
「え?」
いつから自分にそんな肩書きが付いたのだろうと思いながらも自分がして来た仕事を思い浮かべるとあっさり受け入れた。
「ほう。てめぇのパーティでは見なかった面だったから気になった」
その言葉にナルシャと俺、セルフィは目を少し大きく見開く。
「兄者が人間族の女の子に興味を?」
「オタクのお兄さんシスコンじゃなかったんだな」
「ん~、兄者は多分、ドが付くほどのシスコンだニャ」
「語尾語尾」
「ンニャ……いけないいけない」
気が抜けて出てしまう自身の悪癖に指摘されると口元を覆い隠す。
無駄話に付き合う義理のない顔でアイラちゃんを見詰めるリュートにセルフィは問う。
「お主、アイラに何を感じておる?」
「……さぁな。ただの勘違いだ」
何かを勘付かれたくなかったのか、詮索しようとするセルフィに対して勘違いの一言で済ます。こう見えてもリュートというこの銀髪の猫人は以外にも冷静で、他者に対して有益な話は一切しない秘密主義な所がある。
「知りたがりの私はそれで済まされるのは嫌いじゃ」
「うっせぇぞババア。これ以上は……」
おっとやべ。
リュートの吐き捨てた言葉を聞いた俺はアイラちゃんの肩を掴んで立ち上がり、ナルシャ同様にさっと距離を置くと同時にズドッっと鈍い音が耳に届き、その方向を見ると食堂の天井の通気口に首から下がプランとぶら下がっている馬鹿猫の姿が映る。
「ロリババアはまだ許容出来るが、取ったらアウトじゃ」
その指摘に俺は今後、間違ってもロリを付け忘れない事を心に焼き付けた。
「相変わらずじゃな、この馬鹿兄貴は」
「申し訳ございません。兄者も国を追われてから気が立っていましたので……」
「分かっておる。愛国心の強いこ奴にとって許せん事態であるのも。じゃが、それとこれは別じゃ」
「……」
今更ながら俺は重く受け止めた。
獣王国が傀儡国家と化し、ナルシャ達が国を追われたのはその裏で糸を引く兄貴であるのだと。
今すぐにでも会って止めさせたいがそうはいかない。
そもそもの話、俺はまだ兄貴が本当にこの世界に居るのかすらこの目で見ていない。
自分で見て実感しない限り、セルフィ達の言葉は現実味を帯びない。この世界に厄災をもたらすのが自分の記憶にいる兄貴だなんて認められることもない。
「さて、悠馬よ。迎えが来るまでまだ時間がある。暫くは自由時間としよう」
「……町を出歩いても?」
「構わぬ。お主も何か用があるのじゃろう?」
「一件だけ」
♦
町へと降りた俺達は案内役として付き添いを任されたアリーゼとアイラちゃんの三人で歩いていた。王国にいた時はあまり意識しなかったが、今の季節は秋だった事に気づく。
それを自覚させる要因となったのはこの見渡す限りの橙色の銀杏並木通り。魔力の影響を受けていることで通常の銀杏の木よりも一本一本が1,5倍程大きいため、足元は大量の落ち葉で敷き詰められ、足を前に出す度に足裏に柔らかなクッションみたいな感覚が伝わり心地よい。
元の世界でよく痛感させられたあの落ちた銀杏の臭さも、この世界の銀杏は少し甘く、爽やかな香りへとなっており、歩いているだけで心と体が癒される。そして、その木々の間に連なる形で様々なお店や家が建ち並ぶ光景は何処か懐かしくも感じる。
「悠馬様はこの様な光景に見覚えがあるのですか?」
俺の思考を読んだのかと思わせる質問が飛んでくる。
「これ程じゃないけど、一応銀杏の木は俺の世界にもあったから。それと……様を付けるのは勘弁願いたい」
「何故です?」
「何故って……そりゃ、あんまりそう言われるのが好きじゃないから」
「ですが、ユリナ様はいつもそう呼んでますよね」
アイラちゃんの指摘にはごもっともなのだが。
「言っても聞かないんだよ。それにユリナに言われるのはなんか……悪い気はしない」
「要は他の女性に言われると特別じゃなくなる、っていうことですね」
「……まぁ、その捉え方でいいよ」
「では、なんと……」
「悠馬でいいよ。アリーゼは俺とほぼ同い年でしょ」
セルフィの話によれば年齢は俺と同じ十八歳だった筈。エルフの十八歳が人間の言う年齢に当てはまるのは不明だが。
「はい、そうですが私は立場的には低いですし」
「俺も貴族の肩書きなんて意識したことないから気にしないでいいよ。それに立場で壁を作られる方が嫌だし」
「……そうおっしゃるのであれば」
「あと言葉遣いも。出来れば親しく」
「う、うん。分かったよ、悠馬」
我ながら女子に対してこんなにもフランクに接するよう求めるのは意外だと気づく。
同じ年齢と言えばナルシャやリュートあたりも当てはまるが彼女らは初めからフランクに……兄の方は態 度が荒々しく粗野に接してきたから特に人見知りすることなく腹を割って話せていたが、こうやって自ら距離を縮めるのはあまりなかった。
元々学校での俺は女子が話しかけたら話すという受け身の姿勢を取っていたし、こんな風に相手との関係を縮めるなんて事もしなかったが故の延長だと思ってもらいたい。しかし、いつしかそんな事も忘れ、俺は普通に女子と話せる様になっていた。
「あの!」
アリーゼとのやりとりをして蚊帳の外みたいな扱いに不満があったのか、アイラちゃんは少し頬を膨らませると近づいて不平を漏らす。
「納得いきません。アリーゼはよくて、何で私はちゃん付けなんですか!」
「いや、前も説明したよ。クロードの奴に呼び捨ては禁じられているって」
「兄さんは関係ありません。私だって呼び捨てで呼んで欲しいです」
「ん~、なんか浸透しちゃってるし」
「そもそも、従者をちゃん付けで呼称する事がおかしいのです。悠馬さんはもう少し貴族として立場を理解するべきです」
「上下関係とか俺は気にしない平民の出だから。そういうのは分からないなぁ」
「では、今度私がレクチャーしますのでそしたら直してもらえますか」
「無理だね」
「もう!」
「アイラ、素直に私も同じ様に呼んでくださいって言えばいいんじゃない?」
「別にそういうのじゃないよ」
「ふふっ、本当に素直じゃないね」
「違うってば……」
こんな風にいつの間にか親しくなった彼女達の談笑を聞いていると目的地のお店に着いた。
檜の看板には『魔具専門店』と大きく書かれている。
中に入る為の扉を開くと仕掛けてある鈴が店内に鳴り響き、客が来た事を知らせる。すると、先客で中にいたジュウドさんともう一人エルフの老婆がこちらを向く。
「やっと来たようだね」
「勇者、例の物は既に完成してある」
そう、俺はジュウドさんと会った際にザビーダとの戦闘でボロボロになった魔法礼装の修復と今の俺にあった礼装とアイラちゃんの分も含めて受注していた。そろそろ取りに行こうと思っていたので、丁度いいタイミングだった。
「ほれ、ここにお前さんの着ていた服を直しておいたよ。ったく、殆どビリビリに破かれていたせいでほぼ一から作り直したわ」
「いやぁ、聖剣が無いとやっぱり耐久性がなくて……」
「当たり前じゃ。この礼装は聖剣の魔力を通した糸で作ってある。それが無ければ普通の服と何ら変わらん」
「……仰る通りで」
「聖剣云々に関しては私は深く追求せんが、問題はもう一つの方じゃ」
「新しく作った魔法礼装?」
「うむ。お前さんから特に要求はなかったのでな。ジュウドからお前さん用に合わせて色々付与しやすいように作ってある」
「それになんの問題が?」
「お前さんのと言うより、そちらの娘の方か」
店主の老婆は隣にいるアイラちゃんに目を向けると暫くジッと見詰めて何かを感じ取る。
「一応、店にあるものを渡そうかと思ったがかなり強力な精霊を宿していると見た」
その鋭い観察眼にアイラちゃんは少し驚きながらも「はい……多分そうです」と肯定する。それに黙って居られなかった中の精霊がポンっと煙の中から腕を組んで大らかな態度で現れる。
「あんた、いい目をしているわね」
「なっ、精霊女王メアリ様!」
「……あぁっ!あんた、あの馬鹿エルフの側近ゴリラエルフ!再三私のSOSに無視してたの忘れないわよ!」
「何故、あなたがここに?」
「決まってるでしょ。私の主はこの子なの、文句ある?」
「いえ。御座いません」
「なら、いいわ。それでさっき言ってた問題の続きなんだけど、私が答えるわ!」
俺はそこで理解した。店主の老婆が言っていた問題の原因がこの精霊にあると。
「端的に言えば、その礼装は不要よ」
「不要って……魔法礼装には精霊の力を引き出す為の用途だってあるだろ」
「それはあんたみたいに力と能力だけを与える精霊ならの話。私みたく、精霊融合して武器と礼装の具現化を行う精霊にとっては不要なの」
精霊融合を果たした直後、アイラちゃんの服装が和洋折衷の取れた深紅の衣装へと変わった事を思い出す。精霊融合状態であれば、メアリの用意する魔法礼装の方が格段に合うのは分かるが……
「常に精霊融合状態でも戦う訳でもないだろ。短期戦ならまだしも、長期戦なら必須じゃないか?」
「問題ないわ。しっかり調和が取れていれば、精霊融合は半日以上は保てるから」
その一言に俺は「なら、いいか」と軽く内心で理解を示すとジュウドさんとアリーゼは別の反応を示した。
「有り得ません!アイラとメアリ様の魔力の質が全く同じでない限り……」
「いや、同一なのだろう。メアリ様と契約を結べている事がその証明となる」
「……そうですね」
同じく精霊を宿す立場であるアリーゼにはメアリが放った言葉の異端さが深く伝わっていた。
「結局のところ、礼装は要らないでいいのかね?」
「折角作ってくれたのに申し訳ないわね」
「構わんよ。店頭に出す品が増えただけじゃ。ほれ勇者よ、お主の分の金額を出せい」
机の上に書かれた請求書を叩いて急かす様に言うと俺は請求書に記載された金額分をポーチから山のような札束を置いて支払う。この世界の決済はクレジットカードなんて便利なものはなく、硬貨と紙幣でしかないため高い金額を払うには少しばかり面倒だと思う。
支払いを終えた俺は店主の老婆から早く店から出るよう急かされると先に外で待っていた四人の元に行くも、待っていたのはジュウドさん一人だった。
「あれ、三人は?」
「待ち切れないメアリ様が二人を連れて何処かに行ってしまった。だが、丁度いい。少し二人きりで話をしたかったのでな」
そう言われ近くにあるカフェに案内され、銀杏が展望出来る二階のテラス席に座る。周囲に誰もいない事を確認するとジュウドさんが話したい内容を自ら当てにいく。
「……兄貴のことですか」
「いや、私が言いたいのは聖剣の事なのだが……率直に言おう。勇者、国に戻り次第直ぐに聖剣を探すべきだ」
と、言われましてもなぁ。
聖剣の在り処は未だ知らず。この大陸の何処かにある、もしくは居るんだろうが全く所在は掴めない。
「やはり、君でも分からぬか」
「全くと言っていいほど」
「当てがない訳ではないが……」
「あるなら教えてください」
「勇者、君はあの聖剣が元々何処にあったか知っているか?」
元々何処にあったか。
そう言われると詳しくは知らない。
何せこの世界に来た瞬間、俺はあの丘の魔法陣の上で聖剣を握って立っていた。もっとこう、魔力の込められた台座や聖なる木に突き刺さっているのを抜くイメージだが、俺の場合は初めから手にしていたのが現実だ。しかし、セルフィに一度似た内容に聞き覚えがあった。
「王国から北西、ここからだと真っ直ぐ西に向かうとある古大樹の大森林でしたっけ」
「伝承では、その森の泉の祠に封印されていたそうだ。何分、雄二殿も君と同じく初めから持っていたので分からぬがな」
「でも、その線は濃厚ですね」
「行ってみる価値はある。だが、あそこは中々に危険な区域に指定されている」
「そんな所に行けと?」
「あくまでも提案だ。探す上でのな」
もはや命令に等しい。
他に探す宛などなく、むしろそこに賭ける他ない。
あまり行く気にはならないが。
俺は店員に出されたハーブティを飲んで心を落ち着かせようとするも何故か心に刺さるこの嫌な予感が消えない。今までの経験上、安全な探索にならないのは目に見えている。
「避けて通れない道か」
背もたれに体重を預け、顔を斜め上に向くと嫌そうにぼやく。




