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六十一話 過去②

 上空に上がれば上がる程気温が低く、次第に雨、風が強まったせいか魔法の制御に厳しさを感じる。下を見ても視界が悪く、広い森が広がるせいで何処に人が居るか全く分からない。

 王国兵団に気づかれることなく上空で捜索をしていたいが、生憎と残り魔力量を考えても三時間ともたない。森の地形を使って上手く隠れながら探す事を決断した私は既に空中飛行で激しい酔いに襲われているジュウドには何も伝えずに地面へ急降下する。

 もう叫ぶ気力すら残っていなかった事が幸いか、彼は地面に足が付くと直ぐに木陰で軽くリバースした。


「すみません。三半規管が弱くて……」

「いいわ。それより、魔法は使える?」

「勿論です。……吐いて大分楽になったので、問題ないかと」


 汚れた口元をタオルで拭く。

 少し顔色が悪いものの、しっかりとした足取りでこちらに来る。雨で濡れた土砂に手を当てて目を閉じると茶色の魔法陣が浮かび上がる。

 彼が使っている魔法は土魔法の応用。魔力の波を何キロにも伝えることで遠く離れた相手の足取りや向かっている方向を感じ取る技。これを探索魔法(ソナー)と呼んでいる。


「ここから北西に向かって、大多数の者達が慌てて進んでいます」

「雄二達を追っている?それとも網?」

「恐らくは後者かと。彼らの向かう先にあるのは獣王国ですから、そこへ逃がさないというセルフィード様の狙い通りです」

「普通はそうするわ。獲物を誘導して網に掛けるならね、でも恐らくは違う」

「はい。かなりの数で構成されていますから完全に雄二殿を……」

「そうね、それだけは避けなきゃいけない」


 ただ、網に掛ける事が目的ではない。

 網に掛けた獲物を仕留めるのが狙いなら、獲物の位置を正確に捉えて誘導しなければならない。


「南西側はどう?」

「同じです。大多数の部隊が挟み込む形で展開していますが、かなり散らばって動いてます。そのせいでお二人の動きは掴めませんが……」

「雄二達が何処に潜んでいるかは分からない感じね」

「恐らくは……」


 どうするべきか。

 私とジュウドの居る位置はその中間で東側。このまま真っ直ぐ前に進んで気付かれないように動いた所で雄二と遭遇するとは限らない。かと言って、このまま左右に向かうのも厳しい。

 いっそのこと、散らばっている王国兵士を闇討ちして徐々に減らし、こちら側に逃げ道を作るというのもアリだ。いや、そうするのがベストね。


「ジュウド、近くでうろついてる王国兵を教えて。それと負担かもしれないけど、継続的にお願い」

「了解しました」


 それから先はかなり上手く作戦通りに進んでいた。敵は二人一組で散り散りに展開しており、森の中は深い霧と雨音で数メートル近づかれない限りは気づかれない環境下だった。

 私達は探索魔法(ソナー)を頼りに敵の背後に忍び込んで、催眠魔法(スリープ)で眠らせる。

 一番被害が少なく、且つ消音で敵を無力化出来る単純な方法で雄二達を探していた。しかし、目標の対象は足取りすら掴めずに続けていた。そして、もう何組目かの王国兵を無力化した時だった。


『全兵士に告げる』


 不意に王国兵の腰から声が響く。

 それに気付いた私は腰から葵い輝きを放つ結晶を手にした。


「これは……」

「人間族の通信結晶でしょう。彼らは我々と違い魔力が低いですから念話(テレパシー)の代わりにその結晶を通して連絡を取っているのでしょう」

「博識ね」

「魔法工学は私の研究分野ですから」


 そんなやり取りをしていると声が続いて発せられる。


『D班が対象を発見。西側から北に向かって逃走中とのことです』


 西側。恐らくは海岸線沿いに身を潜めながら動いているに違いない。


『そのまま対象を追って北上させろ。逃げ道を断たせる』


 敵の指揮官の作戦が筒抜けで、思い通り過ぎた事が私の心を焦りで駆り立てる。

 網に掛かる前に合流出来なければアウトだ。どうにかして、東側の数を減らして突破口を開かせるしかない。そのために先ず……


「ジュウド……」

「ここから森を北西側に抜けた海岸線に雄二殿らしき人物を見つけました。その背後から約十数名も確認出来ます」

「分かった。なら、私達も斜めに進んで海岸線に向かうわよ」

「そうはさせないがな」


 雨音と霧で私達は迫っていた気配に気づくのが遅れた。

 水溜まりの中をゆっくりと歩き徐々に近づく影に警戒する。


「まさかまさか、こんな所に長耳がいるとはなぁ」


 全身雨に濡れてびしょ濡れの男は背に大きな剣を担いで霧の中から現れる。片目に負った深い傷、薄い革製のジャケットの下は素肌で、胸には斜めに刻まれた傷痕が見える。

 その男の顔に私は見覚えがあった。

 元ラフォント王国近衛騎士団に所属して目覚ましい功績をあげていたものの、その気性の荒らさと身勝手な奔放さから傭兵へと転じた蛮勇。そして、彼が隻眼なった原因としてエルフを憎み、巷ではエルフの領地に侵入して虐殺と略奪を行っていたことから付いた異名は……


「【妖精(エルフ)狩り】」


 嘗て、一度だけ私は彼と戦った事があった。

 その時は雄二の助けがあってどうにか撃退したものの、一対一となると分が悪い。

 『妖精狩り』その名の通り、彼は私達、エルフを殺す事に長けた専門家(エキスパート)。魔法を切り裂く、あの剣は接近戦に持ち込まれるとかなり厳しい。


「何故ここにとは聞かん。つい先程、国境付近でエルフ達に動きがあったと通達を受けたからな。差し詰め、王女側近の侍女が消えたことから情報をお前らに流した、違うか?」


 相変わらず、勘が良い。


「そこまで分かっているなら、聞く必要ないでしょ」

「答え合わせはしたい性分なんだ。それに俺がここに来たのはお前達の足止めだ」

「ふざけないで!何故、世界を救った雄二を追い詰める!」

「上の考えは知らん。まぁあの王子は野心家だからな、次の王権を姉とその勇者ではなく、手中に収めたいから排除したいだけだろうな」

「くだらないわね」

「そこは同感だ。あそこまで恩を無下にするのは気が引ける」

「なら……」

「駄目だ。俺は貴様らに出会ってしまった以上、逃がす訳にはいかない。特に【森の守護者(フォレスティア)】が相手なら尚更な」


 話の通じない相手に怒りを露にしたくなるも、私は一刻も早く前に進む事を考える。

 多少強引かもしれないけど、強力な魔法を放って突破口を開くしか……


「セルフィード様、ここは私が」

「あなた一人で勝てる相手じゃ……」

「折り合いを見て逃げますので安心を。それに攪乱・逃避をおいてこの環境下なら一人でもどうにかなります」


 今はこの男に構っている時間は少したりともない。

 ジュウドの魔法特性をよく知っている私は素直にここを任せる事を決める。


「なら、頼んだわ。終わり次第、自力で戻りなさい」

「だから、させねえって……うぉ、足が……」


 土砂が絡みつくように両足を拘束した隙にその横を私は颯爽と駆け抜けた。


「土属性の魔法か。確かに時間稼ぎには向いている」

「暫く自分と付き合ってもらおう。妖精狩り」

「いいだろう、小僧」


 概ね順調に作戦は進んでいる。

 こちらの動きに準じて王国兵も部隊を国境付近へと送った頃に違いない。だが、傭兵であるあの男まで捜索に駆り出させたという事には少々予想外だった。

 第二王子のダストンは雄二をなりふり構わず追い詰めたいようだが、そうはさせない。

 出来るだけ魔力を悟られない様に最小限の風魔法で森を駆けるとそろそろ出口の光が見える。

 次第にその距離が近づくにつれ雨音に混じって、何か爆発音が耳に届く。


「まさか、もう見つかって……」


 森から出て直ぐだった。

 荒波により大きく波が断崖絶壁の崖に打ち付ける音。

 海岸線に出た私は別の音を頼りに辺りを見渡す。すると、数百メートル先の左側にあるごつごつとした岩場付近で数十名の王国兵が崖を背にする二人の男女を囲っていた。

 その事実を垣間見た私は間に合わなかった気持ちを抑えながらも、状況を整理しながら観察した。

 右肩に矢が刺さり怪我を負う雄二の前に第一王女の姫君であるアリスが両手を広げ立っていた。そして、その前で偉そうにして立つドレッドヘアーの男、あれが恐らくは第二王子のダストン。

 アリスはダストンは二人で何か激しい口論をしているが、波の音と雨音で二人の会話が全く聞こえない。内容は気になるが、これ以上身を潜める場所がない以上近付く事は出来ない。


「どうにか、二人を救出する手立てを……」

「だから、させんと言っている」


 背後。

 前に意識を集中させていたせいか、背後に近づく存在に全く気付かなかった。

 頭で咄嗟に判断すると敵の繰り出す攻撃を右に旋回して避ける。

 泥で衣服が汚れるも気にせず、顔を上げるとそこにはジュウドが足止めをしていた筈の妖精狩りがニヤニヤと笑みを浮かべて立っていた。


「ジュウドは?」

「どうにか振り払った。俺の命令は一つ、お前達をここで足止めすることだ」


 背後に広がる光景を見た妖精狩りは口笛を吹くと剣を下ろし笑う。


「ガハハハッ、所詮、勇者様も聖剣が無ければただの人間か。死んだ魔王も浮かばれねぇな」

「黙れ!貴様らに人の心はないのか!」


 私は叫んでいた。

 奴の言葉にかつてないほどの憤りを覚えた私は怒りに身を窶しながら叫ぶ。


「異世界から来た雄二は私達の為に傷を負いながらも懸命に戦った。本当なら苦しむ思いもせず、平穏な生活を送る筈だった雄二を!それでいてお前達、人間族(ヒューマン)は身勝手に雄二を呼んで、利用した挙句の果てがこの仕打ちか!」


 このやり切れない思いはなんだ。

 私は、彼は……何の為に戦った。

 誰の為に私の仲間は……友は死んだんだ。

 こいつら人間族(ヒューマン)の為でも、世界の為でもない。自分自身が生きる為に必死になって戦った。こんなオマケで生きた奴らに雄二が追い詰められる方がおかしい。

 それにどうして、世界を救った英雄をこんなにも簡単に裏切れる?

 恩義を返そうと礼節を尽くすべきではないのか?

 雄二に対するあらゆる恩を無下にしようとする人間達の身勝手さに私は激怒した。


「知らねぇな。世界を救ったにしろ、魔王をぶっ殺したにしろ、あの勇者様が自ら率先してやり遂げたことだ。役目だが何だか知らんが、終われば用済みってこった」

「ふざけるな!」

「お前も分からねぇ奴だな。いいか、よく聞け。人間は狡猾で、残忍な生き物だ。てめぇらと違い魔力も少なければ、獣人みたくパワーもねぇし、ドワーフみたく技量と器用さもねぇちっぽけな存在だ。俺達にとっちゃ、圧倒的な力を持つあの人間は尊敬や憧れの対象ではなく、嫉妬の対象でしかなねぇんだよ」

「哀れね」

「よく分かったろ?これが人間だ。特にあの王子は勇者を良くは思っていないみたいだからな。今後、勇者の存在が邪魔になるって分かってんだから、排除するってのは権力者ならではの発想だよな」

「くだらないわね」


 本当にくだらない。馬鹿みたい。

 そんな私利私欲を優先してまで雄二の人生を壊すなんて、私は決して許さない。


「その意見には同意だ。あの王子のくだらない利権争いに巻き込まれるなんて御免だが……こちとら雇われている身だ。それに国王が死んだ今、誰に就くべきかはもう決まった」

「あんたは王子が怖いのね」

「無論だ。お前が思っている以上にあの王子はイカれてやがる。気に入らない者は殺し、利用出来るものは存分に利用して使い捨てる。この国の未来はこの先、真っ黒だな。だが、それでいい。争いなき世界に俺の生は謳歌出来ないからな」


 この男もまた狂っていた。

 他人を傷つけ、命を取り合う最中で悦に浸る変人。

 醜悪に塗れたこの人間を私は悪魔であると錯覚させられた。


「見ろ、処刑が始めるぞ」

「させな……っく……!?」


 重い。

 突然、自身の身体に重力場が生じると再び土砂に顔を付けられる。

 いつの間にかこちらに来ていた新手の魔法士が三人がかりで魔法を行使していた。

 必死に足掻こうと風魔法で押し切ろうとするも重力の圧で押し込められる。


「ゆう……じ……」

「そこで大人しく見とけ。勇者様の最期をな」


 あと少し。

 ほんの少し魔法を使えば二人を助けられるのに、そこに立ちはだかる壁が高い。

 悔しさが込み上げるといつの間にか涙となって頬から雫が流れ落ちる。

 そして、私はその時の記憶を決して忘れなかった。

 王国兵の魔法士数十名の魔法が二人に向けて放たれる。その直前、アリスは雄二の胸を強く押し出して海に突き落とさんとした光景を私は逃がさなかった。

 しかし、瞬きをした次の瞬間には激しい爆発が二人を襲い、足場となった崖は海へと崩れ落ちた。


「雄二……!」


 爆発の煙がこちらまで飛んでくると視界が黒く染まる。その間に追いついたジュウドが魔法士を無力化して私を救出すると再び木に向かって走る。


「待て、まだ二人が……」

「ここは一度退きます。私はセルフィード様の命を優先しなければなりません」

「離せ!雄二が海に、もしかしたらアリスも……」

「申し訳ございません。今は眠ってください」


 催眠魔法(スリープ)を掛ける寸前、ジュウドの悔しさに混じった涙が頬から私の頬に伝うと彼の申し訳 なさそうな顔を最後にこの記憶は途切れた。


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