六十話 過去①
魔王が二度目の復活を果たして、異世界から二代目の聖剣の担い手。俗に言う勇者として召喚された瀬戸雄二が多大な犠牲を払ってまでも魔王討伐が成功した後の数日後だったか。
勇者凱旋のパレードを里で催し、三日三晩かけて行われた盛大な祭りが無事に終わった次の日、王国へと戻って行った雄二が去った後、私は自室の窓際で大樹の幹に叩きつけられる雨音を聞きながら、呆然と座り尽くしていた。
当時の私は今と比べる精神的に幼く、感情的に振る舞う面が多々あった。自分が認めた者としか、言葉を交わさず、常に自分の心と向き合う事が正しいとし、他者との交流を頑なに拒絶していた。しかし、そんな私も年相応の恋心を抱いていたのも、今となっては笑える事実。
初めは瀬戸雄二という人間を深く拒絶し、執拗に絡もうとする粘着質に心の底から毛嫌いしていたが、いつしかその気持ちは無くなり、甘いピンク色に似たものへと塗替えられていた。
隣に居て安心する人物。
約三年間も一緒にいたせいか、こうして離れ離れになると妙に心が空になった気持ちに襲われる。
そんな感傷に浸っていると廊下から慌ただしい足音が徐々に近づくのが伝わる。
急用か?
部屋に近づいた足音が自分の部屋の前で止まった事に気付くと窓際から離れ、執務用の椅子に座り直す。
「セルフィード様、いらっしゃいますでしょうか?」
「入って」
入室を許可するとエルフ相応の少し痩せ細った少年が額に汗を浮かべながら一礼して入る。ここは大樹を切り抜いて作られた居住区の最上階。地上から約百メートル離れており、ここまで走って上がって来たのだとすれば汗はかくだろう。
「ジュウド、そんなに慌ててどうしたの」
「直ぐにお伝えすべき事がありまして」
「で、要件は?」
「その……大変申し上げにくいのですが」
「歯切れ悪いのは好きじゃないの。早く言って頂戴」
「はい。今から数分前に、ラフォント王国から急ぎの使者がこちらに来たのですが、その方は使者ではなく王国の姫君のお側仕えの娘でして……」
「経緯はいいわ。それで、その方は何を伝えに?」
こんな雨の中、急ぎで馬を走らせて来たという事は何か嫌な知らせに違いない。
「昨晩未明、姫君を連れた雄二殿が王国から逃亡を図ったとのことです」
「はぁ!?」
その知らせを聞いた私は礼儀も忘れて声高らかにして立ち上がった。
説明を求めようと問いただそうとするも詳しい内容を知らないジュウドに聞いた所で無意味だと悟った私は彼の腕を強引に掴むとそのまま部屋を後にした。
「ジュウド、その娘は今どこ?」
「酷く体力を消耗していましたので、二階にて召し物の着替えと食事を提供しています」
「案内して」
ジュウドの腕を掴んだまま螺旋階段の中心に飛び込むと急速に地上へ向けて落下する。その最中、ジュウドの断末魔がどの階にも響き渡るが私の耳には一切届かなかった。
その報告を受けてからというもの、私の心は不安で酷くかき回されている。
床が視認出来ると風魔法を使って減速を開始し、二階の大食堂へ降り立つ。
既に騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵らが集まって、食事と衣服を提供しながら詳しい内容を聴取している。その内の一人、行政官を担うセルゲイが私に気付くと立ち上がって、一礼する。
「セルフィード様、いい所に」
「ごめん、そこを通して」
私の声に合わせて道が開かれるとその真っ直ぐ先にジュウドの言っていた人物が椅子に座ってタオルで頭を拭いていた。びしょびしょに濡れた赤髪にメイドを纏った彼女の名前はテリア・キャンベル。ラフォント王国の第一王女の側仕えをしている筈の彼女とは数度顔を合わせた事があった。
私に気づくな否や、彼女は涙目を浮かべると額を床に付けて懇願する。
「セルフィード様、姫様と勇者様をお助け下さい!」
その必死さに一度、啞然とした表情で彼女の行為に沈黙する。
状況がいまいち掴めずにいた私は膝を折ると彼女の肩を触り、顔を上げるように促す。
「まずは説明をお願い」
「はい。実は昨晩の晩餐会にて、王宮内である事件が起きました」
「事件?」
「国王陛下が何者かに暗殺されました」
彼女が放った驚きの事実に居合わせた一同がどよめきを露にした。
行政官を担う者達はその情報を聞くと耳を傾け、詳しい内容を聞こうと示す。
内密にすませようかと、私の脳裏に過るも今は人を払う時間すら惜しい。
「それで犯人は?」
「勇者様である瀬戸雄二様とされています」
「馬鹿な!あり得る訳ない」
「おっしゃる通りでございます。ですが、表向きではそういった扱いとなっています」
くだらない。
そう憤りを感じるものの、冷静に事を分析する。
「利権を執拗に求めようとする人間族が時期王権候補に等しい雄二らを消したいが為に逆賊にしたてあげた。違う?」
「その通りでございます。晩餐会後に国王陛下と二人で話をしている際に毒を盛られたらしく、そこに駆け付けた第二王子のダストン様の声明により王宮中で広まりまして……」
「それで雄二は?」
「分かりません。姫様を連れて西に向かわれたとしか」
何と無くだが、話は読めた。
時期の王権に執拗に拘っていたダストンは国王と雄二を諸共始末しようと毒を盛ったものの、雄二の毒は聖剣の効果で浄化され何も起きなかった。それを利用したダストンが雄二に責任を押し付けて、勇者として得た国民の信頼を失墜させ、あわよくば逆賊にしたて上げて始末するつもりに違いない。
ストーリーの筋書きがあまりにも陳腐だが、かなり厄介な事になる。しかし、王宮の兵士が束になって雄二を追おうとも聖剣を持った相手に太刀打ちできる筈がない。
そう高を括って、心を落ち着かせるも現実はもっと最悪だった。
彼女が慌ててここに来た理由、その要因を私は完全に筋違えていた。
「雄二は聖剣を持って逃げているの?」
その答えに彼女は首を横に振った。
「混乱の最中、勇者様は聖剣を落としてしまったらしく」
「あの馬鹿勇者……」
一番最悪な展開だ。
聖剣がない上に王国から西側に向かったとなると海の方に向かって逃げたか、あるいは北上して獣王国へと向かったか。どちらにせよ、王国側の対応が早ければ既に雄二らを捕まえるための包囲網が形成されている可能性が高い。
「セルフィード様」
「分かっている。この状況下で王国内に侵入すれば事を構えかねないことも」
セルゲイに釘を刺されるも私は冷静であると伝える。
今すぐにでも飛び出したい気持ちに駆られるも、自身が高貴な立場である事が足枷となった。
「いえ、違います」
私の予想とは違い、彼は大胆な発言を促した。
「ここは今すぐにでも向かうべきだと存じます」
「あなた、情勢が分かって言ってるの?ここで私達が手を出せば戦争に発展しかねないのよ!」
「ですが、我らエルフの誇りに比べれば安いことです。我々は雄二殿に返し切れない恩があります。それを蔑ろにするくらいなら死を選びます」
彼の演説のとも取れる決意表明はその場に居合わせた全員の意見と合致していた。
誰もが頷いたり、笑顔を見せる。彼らのその優しさと馬鹿さに私は久し振りに公共の場で笑顔を見せた。
「本当に馬鹿だな、お前達は」
「迷う方が馬鹿です。セルフィード様、ご決断を」
「今更言う必要はないわ」
私は片手をバッと広げるとこの場にいる全員に向けて号令を発する。
「これより瀬戸雄二の捜索に向かう。しかし、私とジュウドの二人で王国内に侵入する。後の者は国境付近にて待機せよ」
「武装はさせますか?」
「勿論よ。けど、王国との睨み合いだけにして、目的はこちらの不審な動きを利用して雄二達の網を薄くする事が重要なのだから」
その命令を受けたエルフが誇る魔法兵団は直ぐに動き始め、食堂からは一気に人が消える。
数名を残して、テリアの面倒を見るように伝えるとまだ残っていたセルゲイが私に近づく。
「変わられましたな」
「ホントよ。私がたかが人間の為にこうまでするなんてね」
「これも全て雄二殿との絆でございましょう」
「言わないで、それよりあなたには……」
「分かっております。雄二殿の事は問題ないでしょう、ですが姫君となりますと難しいかもしれません」
「この子同様に亡命の手続きはしておいて」
どの道、テリアを王国に戻せば私達に情報を知らせた罪として裏切り者の烙印を押され、待っているのは奴隷としての酷使の生活か、処刑場のみだろう。碌に魔法を使えない彼女を連れて行った所で重荷になると判断した私はその提案を促す。
「了解いたしました。首長には私から報告致しますので、セルフィード様は準備を」
「助かるわ、セルゲイ」
礼を言って背を向けるとジュウドの腕を掴んで風魔法を付与させる。外は先程よりも強く雨が降りしきるも、纏った風が雨を弾いてレインコート代わりになる。その状態を保ったまま、浮遊すると勢いよく飛ばして空を駆ける。
初めてかもしれない。
他人との接触を拒み続けた私は初めて理解者を得たと感じた。
一人じゃない。
一人だった私は彼の助力を得て変われた。
そして、その恩を受けたのは私だけではなかった。
彼に対して同じ理解を持つ者達がこんなにも沢山身近にいた。
悪くない。
感じた事のない温かな気持ちが湧き立つと無意識に私は笑っていた。




