五十五話 魔獣再誕③
『やぁ、さっき振り』
「そうだな」
また、この空間か。
何処までも白い広々とした殺風景。
『なんだか、元気ないね』
「原因、分かっているんだろ」
『自分が弱くなっていること?』
口に出したくない答えが直接突き付けられる。
分かってはいたが、決して認めようとしなかった。いや、考えてはいたが悲観的にはならなかった。
「お前は俺にどうあって欲しい?」
『無論、強くあって欲しいよ』
心の籠っていない言葉に質問した自分が悪いと反省する。
そして、同時にこの空間を本当の意味で理解する。
普段は考えても悲観的にならない心がこの空間にいる中に限って弱弱しいかつての自分と重なる。
聖剣の力を理解し、心の底から頼りにして信頼し、絶対的な力を誇る武器に依存していた。これがこの世界における自分の実力であると過信していた。
だから、見放された。
『どうだい、抑圧した感情を解放するのは』
「趣味が悪いな」
この空間は俺の意識。深層心理の中にある空間とでも言っておこう。
デュランはここに身を置いて、深層心理を自ら制御下においている。故に俺がこの空間に居るのも自分の意志ではなく、デュランに呼ばれたという事になる。
「人の心を勝手にコントロールして、呼び出しては葛藤させる。何が目的だ?」
『あのまま、戻っても今の主マスターじゃ、成長を促せないからね』
「成長?」
『うん。主マスターは自分の成長が無意識で限界を迎えていると感じている。人は、誰しも生まれた瞬間に魔力の総量が決まり、身体能力もある程度限界を迎えれば止まる』
その指摘は事実だった。
『特に異世界人の主マスターはこの事にとっくに気づいている』
「否定はしない。確かに俺は来た時よりも技量や経験は上がった。けど、能力ステイタスという面では何一つ変わっていない」
いくら筋トレをしても筋力が多少上がるだけで大幅な向上には繋がらない。以前、国王が俺の身体は魔力で構築された器だと言った。その言葉が近い意味を孕むのなら、俺という人間は聖剣を扱う器として、聖剣と共にしか成長を望めないという事になる。
『それでお前は立ち止まるのか?』
「……デュラン?」
口調が突然変わる。
他人を嘲笑うかの様な嫌味を込めている気もしなくはないが、こうも聞こえる。
「お前は前に進み続けろ。迷うな、戦え、だろ」
そんな事言われなくても分かっている。
「立ち止まるし、悩むし、後悔もする……けど、戦う」
俺は人間だ。こんな争いの縁遠い世界から来た未熟者。
戦う事を定めとして誇りを持って成長したクロード達とは違う。だが、この世界に残ってまだ倒すべき敵が残っているなら俺はもう戦えない奴の分まで戦う。
『立ち直ったみたいだね』
「別に落ち込んでじゃいない。けど、前は向けるよ」
『……そうだね。僕も素直に彼女の言葉を受け入れよう』
そろそろだ。
意識が現実世界に戻ろうとしている。
その前に言っておく事がある。
「デュラン。改めて言う」
俺は頭は下げない。出すのは片手。
「今一度、力を貸してくれ。魔剣としてではなく、精霊として」
その答えとしてデュランは手を取る。
『そうするよ。クロード(マスター)が信じた悠馬マスターを僕も信じる』
その瞬間、デュランから大量の魔力が送られる。
『一つ言い忘れたよ、僕は聖剣じゃない。与えられる力はごく限られているのを忘れずに』
「分かった」
デュランとの会話はそこで途切れた。
△
ギリギリ間に合ったか。
起きて直ぐに女の子が大斧の餌食になりかけていたのは驚いたが、こうして無傷で助けれたことだ。良しとしよう。
「早い目覚めだな」
隣に降り立ったジュウドさんは震える少女の肩を触り、「よくやった」と讃える。
「すみません。気を失ってました」
「仕方あるまい。それよりその魔力……」
「話はあとです」
直ぐにまた起き上がったキュクロプスは息を荒くして俺を睨む。
あくまでも狙いは俺か。
遺跡内で戦った際、コイツは自身の脅威ではなく、居ると一番厄介な敵を見極めて戦っていた。知恵と経験が多少はあるせいかやりにくい相手だったが、今は殺された事の怒りで気が狂っているせいか妙に猪突猛進な戦い方をする。
俺に意識が集中することで他に意識が逸れるのはいいが、この場において最も命の危機に立たされているという状況は些か気が引ける。なので、一つお願いするとしよう。
「ジュウドさん、カバーお願いしてもいいですか?」
「具体的には?」
「俺は防御を敢えて捨てます。隙を見せることで攻撃のパターンを読みやすくするために」
キュクロプスの攻撃は主にあの大斧を用いた力任せの薙ぎと打ち付け、そして意外にも小回りが利く体術。どちらも力で押し切れるせいで攻撃に転ずる防御が出来ない。一対一ならともかく、今は多対一。そしてこっちにはあの力と張り合える防御もある。
「なるほど、理にかなった作戦だな。だが、カバー出来るのは最大で二人までだ」
暗いに木々の幹の上で身を潜めているサラさんとナルシャも加勢しようとしている。
敵の注意を削ぐ点とサラさんの鋭い太刀筋なら状況は有利に運べるかもしれない。
「では、カバーをお願いします」
「心得た」
武器を構えた俺は二人に合図を送ると先程のカウンターを学習し、様子見に徹していたキュクロプスに向かって直進する。
何かを悟ったキュクロプスは大斧を振りかぶると俺に目掛けて投擲した。反射的に躱したくなるのを抑えてそのまま走る。顔との距離、三十センチ程で障壁が展開される。
それを目視した俺はスライディングで障壁の下を潜り抜け、更に前へ詰める。その間に側面へと回った二人が先にキュクロプスへ仕掛ける。
「はああっ!」
サラさんの所有する武器。大剣の形をした魔剣セルダードを覇気の籠った声と共に大きく振り払う。その更に反対からは二本のナイフを持ったナルシャが足の速さを活かして斬りかかる。
「かたっ!」
予想以上の硬さに驚いたナルシャは刃先が全く通らない事に驚く。そして、切れ味に自信を置く魔剣セルダードを振るったサラでさえも思うような結果に至らず、苦笑いした。
「擦り傷程度か」
魔力を纏った鋭い紫紺の刃が太股に刺さるも大した傷にはならない。
だが
「十分」
サラさんの付けた傷。そこに狙いを定め、間合いに入る。当然、キュクロプスも対処しようと直下に打撃を放つ、そう読んでいたがその素振りはない。
「勇者!」
異変に気付いた俺は背後に気配を回す。
「そういう事か」
投擲した大斧が俺の背後に迫っていた事に気づくと右に跳んで回避をする。時間が巻き戻った様に手元へ返ると漆黒の魔力を込めて大斧を振り下ろす。
「マズい」
本能でその脅威を感じ取った俺は遠心力を使って大きく振り払う。
互いの刃が重なる瞬間、少女を助けた時と同様に力の作用を逆流させるイメージを行い、魔法で実行する。
【反射】
力の作用を魔法で跳ね返すと俺が受ける筈だった攻撃をキュクロプスに当てると左肩辺りに直撃し、爆発した。魔法の反動で身体が硬直した俺はサラさんに回収され、ギリギリ巻き込まれずに済んだ。
「『反射』か。あれは君の十八番だったね」
「相手の威力分を倍の魔力で補って発動する魔法なんで、魔力供給が無ければ出来ない技ですよ。一時的に供給された魔力も今ので半分もっていかれました」
「だが、かなり致命的だったようだ」
黒い煙からキュクロプスが現れると直撃した左肩から先が失われていた。落ちた左腕は断面がズタズタになった状態で大量の血が流れ出ていた。
「気を抜かないで下さい。あれは正真正銘の化物です」
そう。
たかが、片腕を落とした程度。
この怪物に油断は命取りになり兼ねない。が、先程から何故かコイツは頑なに俺ばかりを狙う。ナルシャとサラさんの攻撃に関して防ぎもせずに敢えて受けた。そして、その後から続く俺の方に意識を向けていた事に妙な違和感を抱く。
煙が完全に晴れ、魔獣の特性である自己再生能力で動ける程度に回復すると溢れ出る血を気にせず立ち上がると武器を拾って構える。
すると、大きな上顎を小さく動かして言葉を発する。
「カカッテ……コイ」
人語。いくら高い知能を持つと言えど魔獣が言葉を交わすなんて有り得ない。だが、確かにコイツは言葉を発した。そして俺に明確な意志を伝えた。
貴様を殺す、と。
再起動したキュクロプスは膝を地から離すと足に力を込め、高く跳躍すると真上に上がる。
「タフさは化物級だな」
深手の傷を負いながらも顔色を変えずにあそこまで動けるのはもはや脅威に他ならない。
悪魔であれば、痛みに悶え苦しみある程度の隙を見せるものの、この化物は止まる事を知らない。
その姿はかつての誰かと似ていた。
「やるしかない……か」
深く息を吐くと残りの魔力量を感じ取る。
全力の状態を出し切る為に使えば、もってせいぜい三分間といったところか。
それでも、本来の魔力量よりも上乗せしているおかげで長引いている。
『感謝してよ』
無事に勝てたらな。
「来るぞ」
声と同時に俺は後ろではなく、敢えて前に向かって飛ぶ。地面に前転し受け身を取り、衝撃波から飛び散る土砂を被りながらも身体全体に魔法を展開する。
【不壊】
魔法が続く間だけ、自身に無敵状態と身体能力の制限を解除する。
遺跡ではたった数秒しか使えなかったが、制限時間は三分、この間でケリをつける。
動体視力が向上した事で視界に映る敵の動きが鈍くなる。
振り向き際、キュクロプスの目には微かに悠馬の姿が映ると次の瞬間、目の前にいた悠馬を失い、更に左脇に鋭い痛みが走る。続いて太股、背中、脹脛と下部を中心に鮮血が舞う。
悠馬の独壇場となった戦場をサラとナルシャは傍観に徹せざるを得ない。
下手に入れば悠馬の足を引っ張り兼ねない、その判断を賢明だと思ったジュウドはその次を読む。
勇者の動きは尋常ではない。
キュクロプスが如何に硬質で小回りが利くタイプであろうとも、視界で捉えられなければ動く事も出来ない。加えて、魔剣デュランダルに備わる【自壊】により、魔力を食われ続ける事で動きも鈍くなる。しかし、魔獣なら話は別。
獣の勘か。
大斧でのガードを捨て、身体を反転させて右腕を伸ばすと悠馬の胴を掴むと全身全霊の握力をもって握り潰さんとする。
この馬鹿力がぁ!
顔が真っ赤に染まる勢いで必死に振り解こうと足掻くもより一層締め付けられる。
マズい。こいつ、魔法の効果切れを狙ってるな。
残り時間は数十秒。このまま魔法が切れてしまえば、期間中に受けた痛みが一度に凝縮されて返ってくる。それを受けた俺が一瞬でも力を緩めないとは限らない。そうなれば、俺はこのまま握り潰されるのも確定。
「ジュウドさん!魔法を俺諸共撃て!」
その台詞を待っていたのか、ジュウドは既に設置してある魔法陣を許可が降りると躊躇わず直ぐに撃つ。
【大炎球
足元の魔法陣が起動し、キュクロプスの巨体を覆う程の業火が地面を抉りながら丸く包む。熱を対外に逃がさない様に覆い囲むことで灼熱地獄が襲うも、最低限の配慮を利かしてジュウドさんは魔法による加護を俺に付与する。
「相変わらず容赦ないなぁ」
ナルシャは自分だったら死んでいたであろう魔法の凄まじい熱気が止み、中から皮膚が焼け爛れ、目を逸らしたくなる状態になりながらも執念で悠馬を掴み続けるキュクロプスの狂気の姿に周囲で静観していた者達は畏怖する。
未だに振り解けずに我慢比べをする悠馬の元に一人の剣士が高く舞い上がる。己が所有する魔剣セルダードに魔力を送り込むと葵輝きを放つ。
「彼は将来、私の弟となる者」
大きな大剣が二つに割かれると二本の長剣が両手に握られる。
「その男は私の妹のモノだぁ!」
その言葉に乗せて放たれクロスを描いた攻撃が胸辺りを切り裂く。再び満身創痍へと陥ったキュクロプスの我慢が切れると膝を折って悠馬を解放する。
「待ってました」
走りながら一枚の札を持ったナルシャはサラと交代する形で前に行くとキュクロプスの魔核がある位置に文字が描かれた札を貼り付けると背面飛びで直ぐに離脱。逆さまに映りながらも片手で印を組む。
「爆」
魔法が練られた札が爆発を起こすと抵抗すら出来ないキュクロプスは魔核を露にして完全に機能を停止する。爆風の中にある魔核を捉えた俺はとどめを行う。
「終わりだ」
今日、二回も死力を尽くして戦ったこのキュクロプスに再び死を与える。みている誰もが勝利を確信したその時、
「うおおおおおおおおおおお」
次第に大きくなり断末魔が俺の耳に届くと銀色の髪をした猫耳の男が勢いよくぶつかる。
「ぐへっ」
みっともない声と共に巻き込まれた俺は覆い被される様に地面へ落ちる。
「くそっ、あの野郎……」
「邪魔だ、この馬鹿!」
絶好の機会を邪魔された俺は邪魔した張本人を蹴り飛ばし、再度キュクロプスに向くもののもう既に遅かった。ギリギリのタイミングで駆け付けたライウェルがもう虫の息であるキュクロプスを背に構える。
「二度も殺されては構わん。今宵は終わりだ」
「待て、っく……魔法が……切れたか……」
『不壊』が終わり、本来受ける筈だった痛みと疲労がまた凝縮して跳ね返ってくる。キャパオーバーの痛みが脳を介して全身を襲うと俺は辛うじて意識を保ったまま耐える。
意識がある分、激しい頭痛と眩暈、嘔吐と最悪な気分に変わる。
「諸刃の剣が切れたか。聖剣無き勇者とはその程度か?」
否定はしない。その事実はもう理解している。
「まぁいい。次は殺すからな、ジュウド。それにセルフィード」
「……お主らのボスに伝えておけ」
珍しく険しい表情を浮かべたセルフィはかつての仲間に向けて覚悟を伝える。
「世界の敵となるなら、過去と決別する、と」
それを受けたライウェルはニヤリと笑み「了承した」と返すとゆっくり影に沈む。
影へと呑まれ姿を消した事で一同、戦闘状態を解いて緊張からも解放される。
そろそろ限界を迎え掛けている俺を見かねたサラさんは肩を貸して支える。
「大丈夫かい?」
「全く……大丈夫じゃないです」
もうまともに立つことすらままならない。今すぐにでも横になって寝たい。
「お疲れ様。里にはこのまま私が連れていくから、君は休んでいるといい」
「お言葉に甘えて……あ、アイラちゃん達を頼み……ます……」
この場における脅威は去った。その安心感を基に俺は全身の力を抜いて体重を全て預けると瞼を閉じた。思い返せば、ここの所予想外の出来事ばかりに振り回されている気がしてならない。
『今更じゃない』
俺の意識が消えかける間際、デュランの声が微かに聞こえた気がした。




