五十四話 魔獣再誕②
「勇者、その腕でやれるか?」
ジュウドさんの言葉に俺は左手を擦る。
「くっ……」
骨にひびが入った箇所がじりじりと痛む。
戦えなくはないが片腕で剣を振れる程度ではあのキュクロプスの肉と骨を断つどころか、筋肉と同化した皮膚すら傷一つすら付かない。
「仕方ない。使うか」
今日で二本目だが、四の五の言っている余裕はない。
ポーチから取り出して半分飲むともう半分を気絶しているアイラちゃんの口に入れる。
万能薬の効果が聞き出したのか徐々に顔色が良くなってきた。
かく言う俺の腕もヒリヒリと焼ける様な痛みも治まってくる。
「これで一安心か。助かったよ、ナルシャ」
「良いって、ハルマに貸しを作っておいて損はないからね」
満面の笑みを浮かべて親指をグッと立てる。
「まぁいいや。それとお前の兄貴はどうする?」
思い切り蹴られ、そこの木の下で伸びているナルシャの兄であるリュートを指す。起きていると面倒なので寝ている方がマシか。
「問題ないよ。それより今は……」
ナルシャの向く先、直ぐに起き上がったキュクロプスは威嚇を込めた地ならしで位置を伝える。
まだ距離はあるか、今のうちに……
急に視界が薄暗くなる事に気付いた俺は空を見上げる。
月夜に照らされて光が何かに遮られると大きな巨体がこちらに向かって落ちてくる。
「避けろ!」
俺の声に反応し、一同回避しようと一斉に飛ぶ。
「悠馬君!」
アイラを抱えて飛ぶサラさんは一人逃げずに立ち尽くす俺に叫ぶ。
逃げる気はない。
狙いが俺なら敢えて真っ向から攻撃を受けた方が被害も最小限に抑えられる。
空中から迫る脅威が怨讐を込めた一撃を無慈悲に放つ。それにタイミング良く後ろに跳んで回避するも地面に走った衝撃が俺を襲う。
下から噴き出す土砂が視界を邪魔する。
『来るよ』
片目を閉じながら前を見据えると警告が飛ぶ。
大斧!いつの間に……
攻撃が当たる寸前、身の丈並の鋭利な刃物が微かに映る。
絶対必中。回避不可。
頭の中に簡易な二つの四字熟語が浮かぶと魔剣を両手で前に出して空中で防御姿勢をとる。
重い一撃が魔力を纏って放たれると鋭い斬撃の刃となって周囲の木々をまとめて一辺に切り倒す。
「があぁぁっ!」
吹き飛ばされた事による深い衝撃と甲高い金切り音が鼓膜の中で激しく反響し合わさった事で激しい酔いに襲われる。脳の思考が止まると視界が狭まる。
「勇者!」
「させん」
助けに入ろうとするも一回り小さなライウェルは気配を消して忍び寄るとジュウドの伸びる腕を片手で掴み制する。
「魔法を行使すればこの腕を握り潰す」
「くっ……何故、我々の邪魔を……」
「奴と同じ質問をするな。何度も説明するのは面倒……」
話している途中、ジュウドの斜め背後から銀槍がピンポイントで投げられるのに気付くと鼻で笑い、容易にもう片方の手で掴み取る。刃先が鼻の前の数センチで止まる。
「バレバレの投擲が当たるとでも?」
槍を投げ捨てようとした次の瞬間、
「馬鹿が」
ジュウドよりも離れた場所から投擲した筈の本人がたった一瞬でライウェルの側面に回っていた。振り上げた拳に気づくも、あまりにも遅かった。
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
頬を目掛けた捻りの入った豪快なストレートパンチが綺麗に決まるとその勢いを乗せて振り切る。直撃を受けるも、地面から足が離れる事はない。身体が大きく逸れ、顔の辺りに展開された薄い障壁がポロポロと剝がれ落ちる。
「全身障壁か」
渾身の一撃だったにもかかわらず、打った本人であるリュートの拳の皮膚から血が流れていた。
「いや、効いた効いた」
顔を上げて口から血を吐き出したライウェルは殴られて赤く染まった頬に触れる。
「俺に殴って傷を付けた奴はいつぶりだ」
「知らねぇよ」
古代魔法を使った影響のせいか頬を覆っていた障壁の穴の塞がりがゆっくりなのがジュウドの目に入る。
「リュート、手を貸せ。今ここでライウェル殿を……」
「あんたはあの馬鹿勇者のとこに行け。この悪魔は俺がぶっ殺す」
「……分かった。任せた」
一見我欲にも聞こえる提案だが、ここでライウェルを抑えるよりもキュクロプスの攻撃を直に受けた悠馬の方が気掛かりだと判断し、サラとナルシャと共に後にした。
▲
少し離れた場所で魔光弾を空に照らして向こうの状況を伺いながら行動の方針をたてていると森から怒号と爆音が轟き、セルフィらは衝撃が近づいてきた事に警戒を高める。
「セルフィード様、ここは……」
「その小娘を連れてお主らは先に戻れ、後の者は森にて待機しておれ」
「はっ」
命令を受け、行動に移そうとしたその瞬間、森の中から吹き飛ばされた悠馬が出て来ると何も受け身を取らずに地面へ無造作に転がる。糸の切れた玩具の様な光景にセルフィは察した。
「あ奴、気を失って……」
間もなく、森からキュクロプスが追い打ちを掛けに迫る。
「悠馬、起きるのじゃ!」
セルフィの必死の叫びは悠馬の耳には届かない。
それにいち早く反応したエルフの少女は振り向いて悠馬を見詰める。
「うそ……」
呼び掛けに一切反応しない事に心臓が締め付けられた様な感覚に陥る。
「Voooooooo!」
「邪魔をするな」と意味を孕んだ叫びを浴びて一層身体が地面に縫い付けられる。
助けなきゃ。
助けないと。
少女の頭にはその言葉が繰り返し過ぎる。しかし、思うように前へ身体が行かない。
そんな中、思い出すはいつかの記憶。
戦時中、火の海に包まれた瓦礫と焼死体が転がる悲惨な戦地。
部隊は悪魔により壊滅させられ、運が良かった自分のみが一人生き残った。
しかし、数体の悪魔と魔獣に囲まれもう成す術がない。そんな状況に陥った自分に待っていたのは死の恐怖と孤独だった。
『誰か……誰か助けて……』
かつてない恐怖に身体の自由が奪われ、声もロクに出せずにいた。
頼りになる仲間のエルフ達は無惨に死に絶え、魔獣の近くで横たわるエルフの少女の身体が半分無い事に戦慄した。
『オイオイ、このガキ。死に際に即して失禁してんぞ』
『遊ぶな、さっさと殺せ』
二人の悪魔が少女のみっともない姿を嘲笑うと命令を受けると舌打ちをして少女の口元を掴み、頭を瓦礫の中に押し込む。
『ンンンっ!』
『へへっ、ちっと遊んでやりたがったが、仕方ねぇ。殺してやるか』
数倍の力の差の前に抵抗出来ない少女のスカートを剥ぐ様に破ると真っ白な綺麗な素足が露になる。
掌に魔法陣が浮かび上がるとそのまま片方の太股に手を当て、少女の太股を紫紺の魔光が穿つ。
『ンンッ!』
声を出せない少女は痛みで目尻に涙を浮かべる。
『エルフの野郎共は年を取り過ぎて精神が成熟してるせいで妙に反応が薄いが……ガキは良い顔をしやがる』
助けて。
痛い。
誰か。
声に出せない思いが恐怖となって顔に現れる。
『ヒヒっ、いい顔だなぁ、オイ』
少女のその表情を見て楽しむ悪魔は再び紫紺の魔法陣を浮かべるとゆっくりと少女の顔に近づける。
死の恐怖を搔き立て、相手の絶望を楽しむ。
『死ね』
『お前がな』
悪魔の後ろ。
聞き覚えのない声が耳に届くと反射的に目を開ける。
悪魔の心臓部から白銀の剣が貫かれる。
『なっ……いつの間に……』
『自業自得だ』
剣を抜き、上段蹴りで悪魔を少女の身体から引き剝がす。魔核を破壊された悪魔は原形を留められず、灰となって散る。
剣を鞘に納めた少年は腰のポーチから小型の瓶を取り出すと太股の傷に液を掛ける。
『ウウッ!』
『ごめん、少し我慢して』
傷口に液が染み込むも、直ぐに癒えて楽になる。援軍が到着し、命の危機から脱して落ち着くと少年は身体を起こして駆け付けた少年の顔を見詰める。
『どうして助けてくれたんですか?』
今思い返せば失礼な質問だったと思う。ただ、あの時の自分はどうしてか聞いてしまった。
『君が死にたくないって顔してたからかな』
周囲の惨劇に彼は目を逸らさず、ただ真っ直ぐ事実を受け入れる。
『これを見慣れてる自分が怖いな』
『え?』
『ごめん、こっちの話。それより大丈夫か?』
『は、はい。お陰様で助かりました』
『もう少し早く着ければよかったけど……君は運が良かったね』
こういった状況を何度も見てきたに違いない。
彼の冷酷な態度がその時は少し温かくも感じた。冷め切ったその目には少女を救えた事に安堵する優しい彼の心が微かに明るい燈火として映っていたから。
『あの、お名前を聞いても?』
『瀬戸悠馬……っていう名前より、『勇者』の方が通りがいいかな』
『あなたがあの……』
『悠馬!敵の増援だ、早く来い』
『という訳だから、君は動けそうになったら後方に下がって』
そう言い残すと彼、瀬戸悠馬は少女が見据える更に前の戦線へと繰り出した。
彼の背中の先に広がるは文字通り『地獄』。
覚悟と力の無い者には踏み入れる事を許されない領域。
少女がその背を追いかけても救われた命を無駄にするだけ。
震える手をもう片方の手で抑えても振動は伝わる。
それは今も変わらない。
魔獣の咆哮に臆した私の身体は忘れもしないトラウマを記憶と共に呼び起こす。
動け。
助けないと。
脳に何度も呼び掛けようとも足は一歩も前に出ない。
動け。
口を開けろ。
声に出せ。
あの人が私にしてくれた恩をこのまま仇で返す訳にはいかない。
「動けええええええ!」
少女は柄にもなく大声で自身を縛り付ける固い鎖を引きちぎる。
自分に足りなかった覚悟を覇気と共に迎えると倒れる悠馬の元に走る。
「任せたぞ、アリーゼ」
キュクロプスの後ろから追っているジュウドは少女の勇敢に口を緩める。
【妖精の射手 アリーゼが命じる】
詠唱を開始すると同時に少女の足元から魔力の白銀の光が浮き出る。
【我が身に宿る氷雪の精霊よ 我が覚悟に応えよ】
少女は全力疾走で向かうも間に合わないと判断すると地面に手を付ける。
【凍れ】
キュクロプスと悠馬の間に大きな氷槍が突き出るとそれに気付き、直前で動きを止める。
大きな瞳が邪魔者を捉えると怒りの矛先を少女へと向ける。しかし、少女は臆さない。割って入れば、こうなる事は読めていたから。
【大氷剣】
キュクロプスの所持する大斧と同サイズの氷剣。空中で浮く剣はアリーゼの振り下ろす手と連動して振り下ろされると合わせて大斧と鍔迫り合いをする。
今度は私があの人を……瀬戸悠馬さんを助ける!
魔力を練り上げ剣を振り切ろとするも先に剣が砕ける。そのまま、斧を振り上げて構える姿にアリーゼは好機を見出す。
「私の魔法はまだです」
純粋な力比べでは劣る。それを見越してアリーゼは初めに行使した魔法を一時的に設置した。発動に時間がかかる事を想定し、別の魔法で気を逸らさせた。地面に手を着いた位置から魔法陣が浮かび上がると足を介して魔力を流し終えると、遅いかかる敵の姿を正確に捉える。
外せば、私は死ぬ。
恐怖が私の身体を縛り付け、死へと誘う。
でも、外さなければいい。
右手を前に出し意志を強くもって宣言する。
臆病な殻を破り捨て少女は勇敢な魔法士へと変わる。
【咲け 大氷華!】
キュクロプスの周囲の空気が一瞬で摂氏-200度を超える絶対零度に包まれると怒りがこもった形相で大斧を振り下ろさんとする巨躯が凍りつく。
視点を変え、遠くから俯瞰すると一つ目の巨人は一輪の大きな氷華の中に閉じ込められる。
「……やっ、たぁ~」
自身の魔法の成功を今一度、確認するとアリーゼはその場に座り込む。
ただひたすらに傍観せざるを得なかったエルフ達は彼女の勇気ある行動と結果を前に拍手を送る気持ちになるも事態を顧みて、転がる悠馬の救出に向かうとするも……
「うそ……」
違和感の音にに一早く気付いたアリーゼは氷の表面に亀裂が生じ、大きな瞳が再度自分を捉えるのが分かる。
精霊の力を借りて行使した渾身の魔法がたった数秒しか持たない事に驚くと同時に目の前に立つ魔獣の恐ろしさに深い戦慄を覚える。
「逃げろ、アリーゼ!」
ジュウドの叫びが届く以前、大氷華が瓦解され中の怪物が解放される。
逃げる事の出来ないアリーゼは今度こそ自身の死を覚悟する。
大きな斧の刃先が月夜と重なると目を閉じて受け入れる。
空を切る斧の風圧音が耳に届くと自分の顔よりも上辺りで金属の弾ける音が次に届く。
「また、間一髪だったな」
目を開けて自身の状況を一目すると今度は正面ではなく、見覚えのある背中があった。
重い一撃を剣で受け止めるもタイミング良く魔法で力の作用を反射させることでキュクロプスの身体を弾き返す。
「下がって」
再びその言葉を投げかけると倒れる敵の元に歩み出す。
一切の恐怖を感じさせない堂々たる姿はまたアリーゼの目に焼き付ける。
瀬戸悠馬は少女、アリーゼの名前は知らない。
先程、傷を治す際に顔を合わせて思い出させようとしたものの、彼は覚えていなかった。
あの時よりも温かい目になっていた彼は別人みたく思えた。けど、違った。
変わらない。
私が憧れた『勇者』は立ち上がって臆さずに前へ進む。
そんな背中を見詰めながらもアリーゼは言えなかった言葉を想いに乗せて声に出す。
「助けてくれてありがとう!」




