五十二話 吸血鬼
「フィオ、セルフィの治療を頼む」
辛うじて意識を保っているが、かなり重篤な状態。肺が上手く機能していないのか、苦しそうに呼吸を行う。今ここで気を失えば呼吸は止まり、最悪の場合窒息死しかねない可能性もある。
それを察したフィオは急いで近寄るとセルフィの胸辺りを治癒魔法で応急処置を行う。
「ケンイ、そいつらを任せた」
数体の敵に対して魔力を介して睨みを利かせる。
「こいつらは?」
敵の素性について聞いているのだろうが生憎と俺はたった今蹴り飛ばしたあの男の種族を把握していない。悪魔とは似ているものの、肌の色や魔力の質も何か違う。
だが、気になる点はある。
色白肌に深紅の瞳、そして鋭い犬歯。
それらが該当する種族に検討がつく。
「吸血鬼」
「ご明察」
折れた大木の中から人影が映る。
首はあらぬ方向に折れ曲がり、生きているかすら疑わしく思える光景に絶句した。
両手で首の骨を無理矢理元に戻し、何事も無かったかの様な顔で闇より這い出た。
「まさか、リアルでそんな風に直す奴がいるとはな」
動画越しで見る以上にえぐい光景だ。
首の骨を直す音は実際に聞くと予想以上に不愉快であった。
「いやはや、私とした事が……まさか、奇襲を許してしまうなんて」
こちらの人数を確認すると顎に手を当てて考える。
「はて、あなたがたはどこから湧いて……なるほど、彼女と同じく門からですか」
吸血鬼の顔は時間が経つにつれ、その傷が綺麗に修復されていく。
不老不死の彼らにとっての弱点は頭や心臓。この場合、悪魔同様に心臓が生命の源だと見なすべきであろう。
だとすれば、それ以外の部位は攻撃しようとも致命傷にはならない。
「その顔に、私の事をキュウケツキと称するあなたは異世界人ですね」
「かく言うあんたは?吸血鬼なのは分かるがただの吸血鬼ではないだろ」
フィオは俺の脛辺りから流れる血が右足を赤く染めているのに気付く。
後ろで構える吸血鬼達とは違い、この吸血鬼は完璧な奇襲だった攻撃を僅かながら感じ取り、反射的に首を曲げて牙を俺の足に刺した。
幸い奴の牙に毒の効果はないようだ。
吸血に関しても、刺しただけでは成立しまい。
だが、奴だけは周囲に居る吸血鬼とは別格。それだけは分かる。
「そうですね。自己紹介といきましょうか」
満月の夜空の下、マントを広げ大きく一礼をした吸血鬼は自らをこう称した。
「吸血鬼王。ラケードと申します」
王ってことは種族の中では一番の権力者で強者。
「それであなたの名は?」
「それなりに顔が知れてる自信はあったんだがな」
「生憎とここ最近まで穏便に過ごしていたもので、世俗に疎いのですよ」
「これ以上、変な奴に覚えられても困るから。顔だけにしてくれ」
もっとも……
「生きて帰す気はないがな」
セルフィを痛め付けた報いと今後の保険も兼ねて、こいつは今ここで殺しておくのが得策だ。
「おー、怖い怖い。あなたも相当お強い方だとお見受けしますが……ふむ、ザビーダ殿が言っていた人間とはあなたのことですかな」
ザビーダ。
その名前を聞いて思い出すはあの因縁之クソ悪魔。
ヘラヘラと笑う口調が妙にこの吸血鬼と被る。
「なら、自己紹介をする必要は無いな」
「えぇ、ですのでここは退かせて頂きます」
指を鳴らし、合図を送る。後ろで距離を置いてケンイと睨み合っていた吸血鬼らは剣を納めると闇へと消えていく。
「今宵はそこのエルフに復讐を果たせそうでしたが、やはりそう上手くいきませんでしたか」
「逃がすか」
魔剣を抜いて距離を詰めるとそれに呼応するように吸血鬼も動く。他の吸血鬼同様に闇へと消えるかと思った矢先……
「お返しです」
俺よりも速い速度で左側面へ回ると強力な旋風脚を見舞う。重い一撃を左腕で受け止めるも衝撃で後ろに流される。
「くっ……」
辛うじて防いだものの思った以上に威力が高かった。
片腕の骨にひびが入った上に痺れて動かない。
クソ、まだこんな化け物がこの世界に居るとは。
「真祖直径の吸血鬼の実力はかなりのものじゃ。奴らは数百年前まで、人型の最強種と言われ、悪魔以上に恐れられていた存在。並みの悪魔とは同義にせぬことじゃ」
フィオの治療で何とか喋れるまでに回復したセルフィの説明に安堵しながらも納得した。
「理解頂けたのならなによりです。……そろそろ援軍も到着する頃でしょうし、ここは素直に退散させて頂きます」
ある方角を一瞥すると直ぐに闇へと消えていった。
それと同時に近くから複数の足音が聞こえる。
「……一足遅かったか」
現れた集団の先頭によく見知った人物が部隊を率いていた。彼はこちらを見ると直ぐに医療班を前に出し、倒れるセルフィの元に駆け付けた。
「すみません、我々が遅いばかり……」
「よい。こうなる事態は流石に予想外じゃった」
治癒魔法の上位である上級治癒を使えるフィオの治療により胸部の骨はある程度結合した。それにより、呼吸が安定したお陰でセルフィはこうして無事に話せている。
「済まない後は我々が引き継ぐ」
魔力切れを起こし掛けているフィオに代わってエルフの里の医療魔法士が三人係で治療を引き継ぐ。
「勇者、感謝する」
ジュウドさんは深々と頭を下げて礼を述べる。
反射的に俺は否定したくなるも上手く言葉が出なかった。そんな顔を見兼ねたのか一人、俺の事に気づくと隣に向かって近寄る。
「素直に受け取っておきなよ」
また聞き覚えのある声に顔を向ける。
「サラさん」
サラ・L・ラフォルト。ユリナの姉にして第二王女。
そう言えば、国から派遣されて今はエルフの里で敵についての調査をしていたんだっけか。
「無事かい、と言いたい所だけどそうでも無いね」
俺の腕と足を見ると痛々しい刺傷と痣をみかねる。
それに気付いたエルフの少女が近づき、慌てて治癒を施す。
「ごめん、ありがとう」
「いえ。勇者様のお役に立てるのなら」
地面に座って少し顔を赤くしながらも彼女は丁寧に優しく怪我の具合を調べ適切に治癒魔法を施す。
「あの子達は悠馬君の従者かい?」
「え、あぁはい。一応は」
少し離れた位置でケンイとフィオは仲良く一緒にいる。
ケンイも魔力切れで疲れているフィオの身体に寄り添って膝枕をしている。
「彼らは兄妹なのかい?」
「あー、まぁ戸籍上は……」
「そうか。微笑ましい限りだ……」
何かに共感する様な顔を向けてウンウンと繰り返し頷く。
「セルフィード様、何があったかお聞かせもらえますか?」
「里に戻った後でのぉ。今は他にもやる事がある」
吸血鬼という新たな脅威が去った事に一段落していた俺は重大な事に気づく。
「アイラちゃんは?」
「分からぬ。森の奥へと向かって行った」
一際、地面が荒れている方向。
その続きを眺めていくと暗闇で見えずらいが木々が酷く傷付けられているのが分かる。
あの先にアイラちゃんが……
あまり派手な戦闘音は聞こえないが何かがぶつかり合う音が耳に届く。
「まだ戦っているみたいだな」
片足がある程度回復した事を確認すると俺は片腕を無視して森の奥へと進んだ。
「悠馬君!」
呼び止めようと声を掛けるもサラの声は悠馬には届かない。放ってはおけない彼女は後に続いて走る。
「ジュウド、お主も行け」
「宜しいのですか?」
「悠馬らだけじゃ不安じゃ。それにあの奥にいる奴をお主もしかと目に焼き付けておくのじゃ」
その命令を受けたジュウドは自分以外の部下を全てここに残して自分も奥へと進む。




