五十一話 精霊の力/命の危機
「兄者、この感じ……」
「あぁ、クソ野郎がいるな」
夕陽が水平線に沈みかけ、もう半刻を過ぎれば深い闇が訪れようとしている森の中。
一際高い木の太い幹から樹海を眺める二人の金と銀の髪をした獣人は常人よりも遥かに強化された視覚で樹海に空いた穴で戦う二つの影とそれに近づくもう一方の勢力の影を捉える。
鋭い眼に腰から伸びる細長い尾。
この世界で言う猫人の少女と青年。
「あそこにいるの大賢者と人間の女の子だね」
「相手は誰だ?ドワーフ……違うな反転していやがる」
しかし、猫人の青年が目を付けたのは彼ではない。獣人達の文化である『和』の服装。和洋折衷の取れた装いに、見覚えのある刀と鞘。『和』を受け入れようとしない人間族である彼女がその様な格好と武器を用いて戦っている事に違和感を覚える。
「あの娘、もしや……」
「兄者?」
「何でもない。少し様子を伺っていただけだ」
「行くよね?」
様子見などらしくない。
そう思った妹は兄が尻込みしたかと思い、戦意を伺う。
「当たり前だ。大賢者に貸しを作る良い機会だしな」
木から飛び降りた銀毛の青年は静かに綺麗な音をたてて着地すると真っ直ぐ先の見えない樹海を進む。
「兄者はせっかちだにゃ~」
不意に現れる自身の悪癖に気付き、慌てて口を手で塞ぐと目下で身体を休める仲間達の元に降りる。
樹木の太い木の根に背を預けた多くの獣人らは憔悴し切った表情で目を瞑る者や片腕を無くした痛みに耐える者と多くの怪我人を抱えていた。
度重なる疲労と受けた傷に自分を含めた多くの仲間が限界を迎えようとしていた。
「ナルシャ様……」
「大丈夫。ここから少し先にエルフの長がいるから、受け入れてもらえる様に交渉してくるから」
「了解いたしました。我々はゆっくりと向かいますのでリュート様のフォローを……」
「分かった。先に行くね」
頼れる部下に後の指揮を任せるとナルシャと呼ばれた猫人の少女は兄の匂いを辿りながら樹海を進む。
♦
鋭い斬撃。
素早い太刀捌き。
速く重いジャブをその技と呼吸を通じて受け流す。
「どうした?攻撃が止まっているぞ」
アイラは徐々に乱れる呼吸を深い息で整える。
精霊メアリの力で身体を半ば無理矢理動かしているせいか、自分の感覚が理想の動きから遠ざかっていくのが感じる。
『明鏡止水よ。邪念を捨てて私を信じなさい』
言われた通り、アイラは身も心を全てメアリの感覚に同調を図る。記憶や思考、癖をメアリの持つ感覚に近づく。知っているようで知らない自分。
自分の意識が深く足のつかない水の中に沈んでいく。
「この短時間で精霊融合をする気か?」
アイラの中にある魔力が変容していくのを感じたセルフィはその異変に気づく。
「面白いが、そうはさせん」
一瞬で背後に回ると慌てて振り返るアイラの顔に目掛けて拳を振り被る。すると、突然感じた事の無い殺気が鬼の様なオーラとして襲う。
これはこの小娘から出る闘気か。
なんという高密度の殺気。
まるで数多の戦場を駆け抜けた剣鬼。
それに気圧された自分を改めて実感したライウェルはたったコンマ数秒間、意識を逸らされた事を敗北として受け入れる。
「甘んじて受け入れよう」
刀に手を掛けたアイラは目にとも止まらぬ速さで縦に振り上げると、振り抜かれかけた拳を後方へ弾く。
後ろへと逸れた身体を捉え、地を蹴って腹部に一閃を放つと障壁ごと肉を断つ。
太刀筋としては悪くないものの、純粋に障壁の硬さを誇るライウェルには浅い傷が付いていた。
「見事だ、娘」
「……退きなさい。今日は見逃すわ」
「いや、駄目じゃろ。阿呆かお主」
「煩いはね、駄目エルフ!」
その指摘にセルフィは確信した。
「成功したか……」
「いいえ、まだ私の意識の方が表面化してるわね。この子はまだ迷っている」
「とは言えど、この状況でそれだけ動けるなら問題はなかろう」
精霊融合。
精霊が自身を器とする場合。
精霊の持つ魔力と自身の有する魔力を掛け合わせる事で一体化を試みる。それにより、精霊の持つ能力や身体的な技術を遅延なく表面化出来る事で自身の大幅な強化を狙う。しかし、精霊との波長や相性が完全に合わなければいけないため、成功する者はこの世界に五人しか居ない。
「とは言えども……制限時間は短いか……」
互いの意識の同調が重要となるこの能力は均衡が崩れ次第、直ぐに魔法は解けてしまう。
見逃すと言った意味はこの状況では生死を分け兼ねる。
「お互いに痛み分けとしてもいいが……」
致命傷ではないにしろ、傷は浅くない。この場面で魔法を行使するのは得策ではないと判断したライウェルは影に向かって話す。
「見てんだろ、フォローを頼んだ」
『仕方ないですね』
黒いハットを被ったロングコートに色白肌で赤い眼をした人物が闇から現れる。
鋭く尖った犬歯に人と近い形を成した異形の化け物。
「吸血鬼か」
「二百年前の大戦で死んだと思っていたが……」
「お久しぶりですね、エルフの女王」
暗闇の森の中に出で立つとハットを手で外した吸血鬼は一礼して顔を見せる。
悪魔同様に寿命の概念が存在しない夜の支配者。
その中でも一際、最強種と言われた真祖種の吸血鬼。
「吸血鬼王か」
「思い出して頂けましたか?」
「知らん。お主ら何人も王がおるじゃろ」
「うーむ、正確な指摘ですが……忘れられては困る。私は貴女達によって一族を滅ぼされた怨みがあります」
「なら、そこにおる奴も同罪じゃが?」
「ええ、いずれは寝首を搔きますよ」
清々しい表情で同士討ちを宣言するもライウェルは1知らん顔で済ませる。
「さて、丁度いい機会ですし。ここで私の怨讐を晴らさせて頂きます」
陰から複数の吸血鬼が武器を帯刀し、次々と出現すると二人は包囲される。
こうなってしまった以上、戦う以外に生き残る道はないがそれすら蛇の道でしかない。
「絶好の機会ですね」
「おい、あれは俺の……」
右足を振り上げると容赦なく顔面に蹴り込む。
「邪魔はしないで下さい。この場で貴方も殺しますよ」
殺されてもおかしくない威力であったが、ライウェルの首は未だ健在。むしろ届いていない。
「ちっ、まぁいい。俺はあの娘を殺る」
「いいでしょう。私では少々手に余る」
重い腰を上げたライウェルはアイラに目掛けて再び襲い掛かる。
「悪いな。事が済むまで付き合ってもらう」
意図的に足場を崩壊する様な激しい攻撃を地面に放ちながら樹海の奥へと後退させる。
余裕のないアイラは遠ざかるセルフィに一瞥するも気にせず戦いに専念する。
♦
完全にアイラが介入出来ない状況を作った吸血鬼王は不敵な笑みを浮かべながら抵抗する気を見せないセルフィの元に迫る。
「あっけない終わりですね。と、言いたい所ですが……あまり時間に余裕はなさそうです」
気付いたか……。
先程、精霊殿からこちらの空間に戻った事でこの先の近くにあるエルフの里に私と悪魔がここにいるという事は里に伝わっておる。多くの魔力が集団でこちらに向かって来ていることから直ぐにジュウドらが率いる援軍がやって来るであろう。あと四、五分と言ったとこであろうが、その間に私が殺される方の可能性が高い。援軍の存在に気付かれた以上、命の危険性が高まった。
「そうですねぇ。彼らが悲しむ様にここで四肢を切り裂いて晒しておきましょう」
二度手を叩いて合図を送ると下級の吸血鬼は剣を振り上げる。
「消えろ」
突如、視界が真っ赤に燃え広がると二体の顔が酷く焼け落ちる。
ギリギリの魔力を絞るに絞った魔法を続けて王に向かって放つも、剣で斬り割かれる。
「効かぬか」
物凄い速さでこちらに詰めると首元を手で掴み、高く振り上げた勢いで真下へと叩き付ける。その衝撃で地面にひび割れるとその中心から土煙が吹き荒れる。
「がアァっ!」
幼体では決して耐えられる筈のない衝撃が上半身に襲われると肺の中の空気と同時に大量の血が吐き出される。劇痛で意識を失いかけるも私の胆力がそうはさせない。
「脆いですね」
「………」
「喋れませんか、まぁそうですよね。
くそ。
悔しいがこの王の指摘通り、上半身の骨が粉砕されもう指すら感覚がない。
あぁ、もしかしたらここが私の終わりなのかもしれん。
この幼体のせいか嘗てない程の死期の恐怖に襲われる。
「ふっ、フハハハハっ!」
王は高々に笑い出す。
「やはり大賢者、貴女は子供ですね。死の淵に立って涙を流すとは……」
事実、私は声を上げずに泣いていた。
殺さないでと言わんばかりの顔で懇願していた。
声も出せない苦しみがより一層不安を掻き立てる。
「いやはや、良いものを見してもらえました。では、死になさい」
喉元に剣を突き立てた王は念願の復讐が迫った事に酷く興奮状態に陥る。
それが絶好の機会を台無しにするとは知らずに……
土煙が晴れ掛けると同時に王の視界には急速に振り上げた足が映ると右顎から予想だにしなかった衝撃が脳に向かってかける。
鈍い音と同時に頭から身体の順にぶっ飛ぶと後方に聳え立つ太い木々を何度も突き抜けていく。
激しい衝撃に驚いた森の生物が一斉に空や他方へと逃げ出す。
その音を聞き取ったある一向は正確にその方角を捉える。
「近いな」
「急ぎましょう」
その中心地に駆け付けたはいいものの、酷く無惨にやられた私を見て申し訳なさそうな顔で言う。
「遅れた」
涙でぼやける視界に一人の青年の姿が映る。
自身の危機に瀕して駆け付けた彼に「遅いわ」と皮肉ろうとも声が出ない。
全く、毎度毎度お主らはやって来るのが遅い。
嘗て見た光景の面影を重ねると私の心はその時だけ時を戻した。




