五十話 精霊王
精霊の王か……
精霊王とは、この世界に通じるありとあらゆる全知と全能を有する原初の精霊を指す。
太古の昔から存在し、この大陸を築き上げた張本人とされることから大陸の名を冠するに至った。
故にその精霊王の名はリスフェルト。
聖剣に宿りし、世界の守護を担う者の精霊として多くの人々に知られる。
しかし、精霊王リスフェルトは現時点においては精霊王という肩書はない。
その座を他の精霊に託し、今は悠々自適な暮らしを何処かで送っているとデュランは憶測を立てた。
今から会う、その精霊王とはつまり俺が知る聖剣の中身ではなく、初対面の精霊という事になる。
周囲の空気感からしてとんでもない大物が現れるのは分かる。
一体どんな精霊なんだ?
「精霊とは何であると心得る?」
精霊界を繋ぐ大きな門の前。気がつくとその前に存在の薄い何かがいた。声が聞こえ、次第にその人物を認識し出すとその人物が見えてくる。真っ白な白髪に生気がない虚ろな目。彼の目は俺を捉えているにもかかわらず、俺から見る彼はそこに居ると捉え切れていない。
声が聞こえ、こうして初めて個体を認識した事で俺はこの精霊を認知……いや、精霊の存在を見る事が出来た。周囲を見渡して分かったが虚像の様な彼の姿は俺とデュランのみにしか映っていない。
「あんたが精霊王なのか?」
「如何にも」
精霊王はそれ以上の事は語らない。
彼が求めるのは先程の質問の答え。
『精霊とは何か』
しかし、その答えは直ぐには出ない。助け舟を求めようとデュランに伺うも「自分で考えて」と言わんばかりの仕草で拒否られる。
「あのお方から聞いてない?」
「あのお方?」
「原初の精霊。我れらの生みの親」
「俺は詳しくは知らない。そもそも聖剣にいた精霊とはあまり会話したことないしな」
「で、あろうな。だが、何となくわかるはずだ」
心を読める精霊は人の真意を正確に理解している。
故に『精霊と何か』という質問に対する答えを俺が憶測ながら有している事を見抜く。
自分の口から述べろと言われる様な感覚を抱くとそのまま口に出す。
「この世界にいる人間やエルフ、獣人、まぁ人々の記憶にある各々が物や草木に抱く無意識の信仰的な存在。所謂、八百万の神みたいなものだろ」
魔法至上主義のこの世界はあらゆる事象は魔法により全てコントロール出来るという考えを持つ。雨が降り、雷が鳴り響き、竜巻が起きようとも全て魔法によって人的被害を食い止めらることから魔法こそが全てであり、魔法を使える自分達こそがこの世界における理であるという常識が身についている。故にここで言いたいことは一つ。
『神なんてものは存在しない』
言い換えれば、彼らが魔法以外に信奉するものがないということだ。
「悠馬さん?」
誰と話しているのか、俺が一人で一虚空に向かって喋っている風に映るフィオに対してケンイは俺と同じく精霊王の存在を目で認識していた。
「神……久し振りに聞いた言葉だ」
「この世界に神様なんて概念はないんだな」
「自分らが認識出来ないモノは偽りであり、全てが噓とされる」
「だから、神様なんてものがいると信じていた俺にはあんたが見えるって事か?」
「然り」
過去の話。
この世界に来た当初、俺はこの現実的ではない摩訶不思議な現象は神様の悪戯なのではないかと思っていた。こういった異世界転生、転移もののアニメや漫画、ラノベを読んでいたから勝手にそう思い込む様になっていたが、実際の所、直ぐにユリナから事情説明を受けた後、それは神様の悪戯なんかではなくこの世界の人間が人為的に行ったのだと分かった。
これらの一連の流れが運命であるとこの世界の人々は理解出来るもののそれ以上の介入する存在を知ら ない。言うならば、運命は神様が決めるものでなく、自らの手で決めるあるいは改変出来るという認識で思考の幅が限界を迎える。
それもその筈。
自らの運命を魔法で変えられるのであると過去の偉人が証明したという話が後世に受け継がれているから。結果、『神』という概念すら知らないフィオにはこの精霊王を捉える事が出来ない。
「お前は神なのか?」
「半分」
この神様なる精霊王と話している頭が痛くなる。
要所要所で話の筋が掴めそうで掴めない。
考えるだけで謎が謎を呼ぶ。
「まぁ、この世界の人々も信仰といった概念はある。自然に対する恩恵は精霊の加護によるものだと信じている人はいるから。そういった意味では精霊と神は近い存在」
「ただ、それが実際に存在するか、しないかという話だろ」
確かに精霊は存在する。
現に俺達を囲って眺めている殆どが精霊としか表現出来ない者達。
この一体一体が神であるとすれば、この世界の神は存在を確固とし、明確な意志をもって人々に力を与える。だが、神とは本来、『実際に存在しない者』だと俺は認識している。その存在を否定するつもりは一切ないが、『恐らく神とは、見えないだけで何処かにいる』という考えが無意識に支配している。
この世界の人々にとってはそれはもう『いない』のと同義。
その価値観の差がこの精霊王を認識するための決定的な要因だと言える。
「あんたの存在の薄さってつまり……」
「気付いたかい?私は神を模した精霊。精霊の存在は人々の認識によって存在を保つ生物であれば……私は君達の世界の元住人ら……転生者によって辛うじて存在を保っていると言っていい」
なるほど、今の説明で大体の謎が解けた。
しかし、この目の前にいる存在の希薄な精霊は確かに自分を神だと名乗った。
それがどういう意味を示しているのか知りたい。
「それでその神様であり精霊王様である方が俺に何の用だ?」
「二つ提案をしたい」
「提案?」
「一つ目はこの世界に現れた新たな脅威を排除してもらいたい」
それは言われなくとも、そうするつもりだ。
「もう一つは?」
「……君はもし、元の世界に帰る手段が見つかればどうする?」
どういう質問の意図なんだ?
何を考えているのか掴みずらく、どう返答しようか迷うがここは本心で語る。
「帰らない……と、思う」
ちょっと前まで帰ろうか、帰らないか迷った挙句、前者を選択した俺だったが、この世界に残ると決めた時にある程度心に決めていた。
そもそもの話、帰る手段は他にあるのだろうか。
まぁ、魔法の世界なんだし、模索すれば見つかるだろうが、途中でユリナに見つかって頓挫するのがオチだともう自負している。
だが、今の口振りからするとこの精霊は何かしら知っている気がした。
「二つ目の提案って言うのは、俺が元の世界に帰る事か?」
その憶測に精霊は肯定した。
「決断は任せる」
ってことは、帰る手段があるみたいだな。
「これに関してはいずれ、この場にて答えを出して欲しい
「あぁ、一つ目が全て片付いたら……」
「感謝しよう。異世界の勇者【瀬戸悠馬】」
全く響かない言葉を受け取ると身体が背景と同化し出す。
「最後に一つ、原初の精霊に宜しく」
微かに残る先程の精霊王の顔がぼんやりと記憶から薄れていく。
会話の内容を覚えているにも関わらず、どういった人物であったかも分からなくなっていた。
「主は僕らが何か分かったかい?」
「何となくはな」
荒唐無稽で、人々の無意識で造られた存在がこの世界に満ち溢れる魔力を介して産み落とされた存在。決して、原初の精霊のコピーではないとも言い切れないが、彼らもまたこの世界に生きる多種多様な種族の一つ。
人々を愛し、愛され、残された悲しみの残滓。
主を持たないここにいる精霊達は皆、その事の恐怖と寂しさを補うために身を寄せ合ってただ存在しているとも見て取れる。
「彼の提案、主は疑わないの?」
「お前は信じていないのか?」
「まぁね。彼は原初の精霊と同じく、僕らが知らない知識を有しているからね。話からして胡散臭さしかない。僕はあまり鵜吞みにしない方がいいと思う」
俺も全てが本当であるとは思っていない。
「主に一つアドバイスをするよ」
「アドバイス?」
「うん。僕らはこう見えて、自分の利益を優先する我儘な性格だから」
その言葉の真意がどうであれ、今は深く考えようとはしなかった。
ただ、こういう風にも聞こえた。
『信用するな』と。




