幕間 ③休暇(サボり)
突如、俺の前に現れた異世界人のような格好をした美女に王都の案内を頼まれるも、土地勘があまりない俺は隣で笑いながら話す彼女の顔を横目で見ながらとにかく歩いた。
折角の休暇、もといサボりが思わぬ形で進められているが妙に悪い気はなかった。
一人でこの街を歩くより、誰かと一緒に談笑しながら歩く方が何よりも安らぎになった。
気付けば、空はオレンジ色に染まっており、昼間よりも人通りが少なくなっている。
「そろそろ、夕刻も過ぎますね」
「そうですね。帰りの馬車は大丈夫ですか?」
「え~と、まだ少しお付き合い願いますか?」
「えぇ、勿論」
先程、彼女は自分が遠方にある辺境伯の令嬢だと語っていた。この服装もそこの町に住んでいる異世界人のスタイリストからオススメされたらしい。
その同郷の方とは是非とも会ってみたいが、こういった服装を勧める辺りアパレル関係の職種に就いていた人のイメージがある。会った所で話せるかどうかは別として、俺的にはその人にユリナのスタイリストをお願いしたいと心の底から思った。
「あのこれから何処に向かうおつもりですか?」
現在地は王宮から見て西側にある宿泊施設が並ぶ通り。
ここ辺りは所謂ビジネスホテルが建ち並ぶ場所で、男女二人がやって来るという事はあらゆる意味を含んでいる訳だが、彼女にそんな意志がないのは何と無くだが分かる。
導かれるままに通りを過ぎていくと大きな崖に面した階段を何段も登る。すると、崖が削られて作られた王都中を見渡すことの出来る展望スペースがあった。
木製の柵に身を寄せた彼女は差し込む夕陽を存分に浴びながら、半ば身体を乗り上げながら街を見渡す。夕陽に照らされて輝く、彼女の身体を後ろから眺めつつも近くの長椅子に座る。
「良い景色ですね」
「感想はそれだけですか?」
「すみません、語彙がなくて……」
あまりに素朴な感想に彼女は振り向いて不平を言う。
そして、また柔らかな笑みを浮かべる。
「どうですか、私のお気に入り」
「俺のお気に入りにしたいくらいですよ」
「本当にそう思ってますか?」
「本当です」
そうだな……
「ユリナにも見せたいくらいだ……」
その言葉をポツリと溢した途端、彼女は下を俯いて小刻みに震える。
そしてバッと顔を挙げると「やっぱり気づいてませんでしたか……」と言う。
「え?」
「変身解除」
魔法を解いた彼女の髪と顔は俺のよく知っている桃色と小顔な端正な美少女へと変わる。
その途端、内心で酷く焦るもののまだ彼女に対して名乗っていない事を思い返し、武器とする。
「鈍感ですね、悠馬様は」
「誰です?その人は……」
一瞬、本当に人違いかと思わせるかのような名演技を行い、完全に白を切り通す作戦に切り替える。
「私が見間違えるとでも?髪を掻き上げて、眼帯をしても無駄です。そもそも声でバレてます」
「そうか、ならそう言う事にしてくれ。二人、三人と同じ声帯をもっていてもおかしくはないですし」
「それでは眼帯を外して、髪を下ろしてください」
「申し訳ございません。主君に髪を掻き上げろと命令されているので……」
「ふふっ、いい加減にしないと……怒りますよ?」
でた、笑っているのに全く笑っている様に感じられないこの声のトーン。
背筋を凍らされ、早くもギブアップしたい所だがまだ何処までやれるか試したくなった。
限界を見極めろ俺!
「第一に執事であるなら主君の付き添いをほったらかして他の女性と街を一緒に歩きますか?」
「うっ」
「それに加えて、私が出した書類の作成をしないでよく堂々とサボっていますね。私はここ最近公務で忙しく会えない事に我慢していたにもかかわらず、悠馬様は……」
「申し訳ございませんでした、俺が悪かったです」
早急に白旗を挙げた俺は誰の目にも止まっていない事を確認すると深々と土下座した。
「はぁ、もういいですよ。お忍びですが、結果的にこうして過ごせましたし」
「あぁ、俺も楽しかったよ」
本心のまま伝えるとユリナは少し照れた表情を見せる。
しかし、直ぐに切り替えると怖い顔で言う。
「それはそれ、これはこれです」
「はい……」
いい雰囲気のまま無理矢理押し切ろうとしたものの、即座に失敗した。
しかし、まだ諦めない。
「それでいつ戻ったんだ?」
「お昼頃です。早朝の出立だったので午前中に用が済みました」
「その服装は?」
「お話した通りです。悠馬様と同郷の方にスタイリストを頼んだ所、こういった装いが年齢相応だと勧められました。どうです、似合っていますか?」
「勿論!」
俺のタイプな格好なので是非とももう二度くらいその格好をして一緒に出掛けて欲しい。
そう評価されたユリナは安堵した顔を見せる。
「悠馬様の世界はとても自由なんですね」
「ユリナが着ている服装もそうだけど、ここに来る途中に寄ったお菓子だって元を辿れば全て俺の世界発祥のものだ」
よく見なかっただけでこんなにもこの世界は元の世界と繋がっていた事が改めて分かった。
ここに来ているのは俺やケンイを含めて他にも大勢居る。まだ会った事はないが、今後会える機会があるなら是非とも話したい。
「帰りたくなりましたか?」
「聞かない約束だろ?帰れなくした本人が何言ってるんだか」
「うっ……」
あまりにも核心を突いた言葉をユリナは素直に受け止めると何も言い返せなくなる。
こうして自ら墓穴を掘って弱った表情をするのは少し新鮮な気がした。
その瞬間、再び俺の中の小悪魔が悪知恵が働こうとするも理性でる天使がしっかりと首根っこを掴んで引っ込ませる。
こういった場合、どういう声を掛けるべきか。
恋愛経験ゼロの俺にはベターな解答を導き出せない。だが、それなりの方向性は分かる。
「本音を言えば、帰りたかった」
「………」
「けど帰れなかった。帰りたかったけど、帰れなくなった間抜けな勇者は今もこうしてこの世界を楽しんでいるさ」
立ち上がった俺は沈み掛ける夕陽に手を伸ばす。
「まだやり残したこともあるし、結果的には残って正解だったんだ。悔やむことはないって、何度言えばいいんだ?」
「何度でも言って下さい。私は私の意志で悠馬を手放したくなかったのですから」
このシチュエーションにその台詞。
誰がどう見ても、どう聞いても告白にしか聞こえない。
ユリナの固い意志はしっかりと俺の胸に刺さった。
そして同時にある事を聞きそうになった。
俺の心の中にしまい続けたある言葉……
『俺が本気で帰ろうとしていたらどうする?』
聞こうにも聞けない。
連れ戻されて以来、俺は自分で帰る方法について探す望みを捨てている。いや、捨てているというよりもこの世界に残る事を受け入れようとしている。
はっきりとしない絡め憑いた感情が今もこうして迷いと化して現れる。
微妙な空気が二人の沈黙を長くし続ける。
それに飽きたのか、嫌気が指した風が空気を読まずに吹き荒れる。
かなり露出の多いユリナは下からの冷たい風に肌をさすった。それを見兼ねた俺は自身の黒いコートを羽織らせる。
「そんな格好して出歩くからだ。俺の世界ではその上にカーディガンを羽織るのが常識ってもんだ」
さり気ない優しさがユリナの心をこうして温める。
「悠馬様、ありがとうござい……」
「うむ。甘酸っぱい!甘酸っぱいのぉ!」
「ちょっと、セルフィード様。バレてしまいます」
物陰から現れた二人の見知った姿に俺は頭を痛める。
俺達の視線に気付いたアイラちゃんは慌てて姿を隠すも、無駄だと改めて認識すると観念した表情で残りの二人を連れて出て来る。
「なるほど、ずっと付けていた訳か」
「すみません。セルフィード様がどうしてもと……」
「なに、私に感謝せい。ユリナが帰って来たのを感じ取った私が手を打ってお主らに秘密のデートを仕掛けてあげたんじゃぞ」
偉そうな口調で言われると少しイラッとくる。
「元はと言えば、先生が自主しに私の元に来て、二人の時間を作ると提言したのが発端でしょう」
「じゃから、私のお陰様であろうに」
「だけど、その後コッソリと憑けてバカップルのお楽しみを邪魔してやろうとか言ってたけどね」
「ケンイ、それ言っちゃダメでしょ」
「敢えて、言ってるんだよ。ここで少しくらいは……」
「明日は海を渡るか?」
「ノーマム!」
聞いた事のない返事で敬礼する。
「はぁ、いいですよ。今回はこうして先生の思惑に乗ったのは私ですから。ですが……」
不穏な視線に気付いた俺は倣って敬礼した。
「明日は私も逃しませんよ」
「ノーマム!」
ケンイの隣に立った俺は二人で思考を止めながら必死の「ノーマム!」という謎の掛け声を繰り返して夕陽に向かって抗議し続けた。
三話お付き合いいただきありがとうございました。
次回から本編に戻ります。




