幕間 ②休暇(サボり)
「バトラー、あれは何かしら?」
「あれは飴という、砂糖菓子でございます」
「そんなことはわかっているわ。私は、あの奥にある置物の仮面を聞いているのよ」
「も、申し訳ございません……お嬢様」
「本当にバトラーは駄目な執事ね。主の意図を正確に読み取るのは執事の務めでしょ」
公衆の面前で小さな灰色髪の幼女に指摘された黒い紳士服を纏った髪をかき揚げ、左目に眼帯をした如何にも駆け出しの執事は納得いかない顔をしながらも頭を下げる。
その光景に傍で聞いていた城下町の住人は苦笑いして眺める。
「さ、行くわよ。バトラー、タイムイズマネーなんだから」
何処からか知り得た知識をひけらかす様に言い放つと菓子屋を後にする。
「あのロリババアが……」
執事は顔を上げる前に溜息に混じった愚痴をこぼす。
「何か言ったかしら?」
「いえ、何も」
サッと顔を挙げると似合わない笑顔を見せる。
城下町で有名な美味しいカステラを販売している店に着くと幼女は興味津々で中に入る。
店頭で紹介されている試食で味を占めると目を輝かせて言う。
「バトラー、これ買って頂戴!」
執事の両手にはこれまでに寄ってきたお店の数が分かる程の戦利品が握られる。
「お嬢様、これ以上は……」
「いや!私はこのカステラが食べたいの」
「ですが、お嬢様お一人でこの量のお菓子を召し上がるのは厳しいかと」
そのやり取りを見ている店員は微笑ましい表情で伺う。
「あのぉ、こちらに一切れサイズも有りますので直ぐにお召し上がれますよ」
その提案を受けた執事は「ではそれを……」と言いかけるも「いやぁ!私はこっちがいい!」と否定され駄々を捏ね、お店側に迷惑がかかると判断した執事は仕方なく大きめのサイズを購入させられる。
その様子を傍から眺めていた三人は半ば他人の顔をして距離を置く。
「悠馬さん、よく耐えられるなぁ」
「悠馬さんはあんたみたいに短期じゃないから」
「フィオに言われたくない」
「なんですって?」
「フィオちゃん、落ち着いて…」
「でも、悠馬さんそろそろ限界じゃね?さっきのお店で下向いた時、すげぇ顔をしてたし」
「まぁ、そうだよね」
今の悠馬とセルフィの関係は何処かの遠方から王都に訪ねて来た小さな令嬢とそれに付き従う慣れない新米執事と言った風に誰もが捉えるであろう。
精神年齢とはかけ離れたセルフィは翡翠の髪の色を染め、尖ったエルフの耳を人間に近づけて何処かどう見ても幼いあどけない少女を完全に演じている。
いつもとは全く以て違うギャップに三人は笑いを通り越して引いていた。
無茶振りな対応で悠馬をイラつかせようと年甲斐もなく暴れるも、素を出さない様に必死に耐える姿に三人は深く同情していた。
時刻はもうお昼過ぎを回っていた。
十件以上王都の有名な菓子店を巡ったにもかかわらず、まだ満足していないセルフィは「あそこ行きましょう」と指し示すと悠馬は遠くから眺める三人に「お昼にしよう」と手で招く。
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少し高級そうな雰囲気に包まれたお店に入るとアイラは貴族としての紋章を見せると二階の個室に案内される。
完全に人の気配が消えると各々(悠馬とセルフィ)は変装を解除する。
「おい、何か言う事があるんじゃないか?」
「バトラー怖いわ。あなたのいつもの優しい顔はどこ?」
顔はニヤニヤと悪意ある顔なのに声はとてもあどけなさが残る。
そのあからさまな態度に俺の堪忍袋の緒が切れる。
「てめえ、付いて来たのはこれが狙いか?」
「完璧なシナリオであろう?何処からどうみても私らは可愛い令嬢と駄目執事じゃ」
「ふざけんな、俺のシナリオではないんだよ」
初めはこうだった。
アイラちゃんを何処かの貴族令嬢として振る舞わせ、それに付き従う執事という在り来たりでシンプルな形。
普段はあまりこういった煌びやかドレスを着ないでスーツに身を包んで公務に突き合わせてしまっている事を思って着飾った風に街に繰り出したつもりだったが……いつの間にか、趣旨が乗っ取られていた。
「それではつまらんじゃろ」
「お前にとってはな!俺は普通でいいんだ」
「まぁ、そう怖い顔をするでない。私だって、時には見た目相応の無邪気さを取り戻したいのじゃ」
「他でやってくれ」
「右に同じく」
俺の隣に座るケンイは日頃からの辛さを思い出すと同意した。
お互いにガシッと手で握手すると今ここで日頃の鬱憤と先程の仕返しをしようと目で語り合う。
「何を考えておるか分からんが、ケンイよ。明日は岩を一つ増やすか?」
「すみませんでした。俺はセルフィード様の味方です」
死んだ魚のような目で棒読みをする。
「うむ、よろしい」
「ケンイの奴、完全に服従されてるな」
「まぁ、こやつは日頃から私に歯向かう姿勢を隠しておるからな」
その指摘にビクッと身体を揺らすと若干青ざめた顔で冷や汗をかく。
ケンイのことだ、素直にセルフィのされるがままになる訳がない。
その後、注文された料理が届くと高級料理に舌を鳴らすとナプキンで口元を拭いたセルフィがワクワクな表情を浮かべ聞く。
「それでこの後はどうするのじゃ?」
「どうするも何も……これ以上は荷物を持ちたくないんだが」
「お主は執事であろう、文句を言うでない」
「あくまでもアイラちゃんの執事であって、お前の執事になった覚えは無い」
「世間はそう見ていたが」
「口が減らないば……ロリがぁぁ」
「しかしまぁ、折角の休みじゃから素直に満喫するとしようか……のぅ」
「?」
セルフィは不自然な反応を一瞬垣間見せると何故か最後だけ下がり気味の口調となる。
「どうした?」
「いや……少しお腹を……やってしもうた」
食中りだろうか、少し違和感を覚えたセルフィはアイラちゃんを半ば強引に連れて急いでトイレへと向かった。
「罰が当たったかな」
「あんたのその発言が罰当たりよ」
「どっちの味方だよ、フィオ」
「それは……大賢者様であるセルフィード様よ。あんたね、あの大賢者様に教えを請われる事がどれだけの名誉か分かってるの?」
「知らね。俺にとっては理不尽な師匠としか思ってないから」
師匠か。
ケンイの口からその言葉が出るのは少々意外だった。
「悠馬さんもそう思いますよね?」
「ん……まぁ、分からなくもないかな。実際にユリナはケンイ以上に酷い目にあってたし」
その台詞に二人は更に嫌そうな顔をする。
日頃から受けている以上に厳しい鍛錬を一国のお姫様がしていたという事実はあまりにも想像しにくく、且つ自分よりも酷い仕打ちを受けていた事を想像したくないという二面性もありそうだ。
「すまぬなぁ。戻った」
トイレを済ませたセルフィは少しスッキリした表情を見せると先程とは少し変わった雰囲気を纏っている様な気がした。相当腹が限界を迎えていたようには見えないが、これから外に出て道中で漏らされるよりはマシかと考える。
執事として俺はこの料理店の代金を払う。
五人でランチをして、日本円で約十五万円とした事に俺は内心で驚きつつも満足気にお金を払う。
実際な話、この間の鑑定所の換金で俺の資産は応急の財宝庫が動くレベルである。この程度の料金、気にする程でもないが、やはり慣れていないせいでかなり違和感を覚える。
会計を終え、店を出た俺は再び通りへと出た。
賑やかに話しながら各々の目的地に行き交う人々。
中央の往来を担う馬車に轢かれない様に脇の道路で無邪気に走り回る子供達。
何気ない日常の風景。
この世界に来てもう二、三年も経つけど何故かこの風景に慣れない。
けど悪くない。
縁もゆかりもない世界だけど、命を賭して戦ったかいはあった。
しかし、俺は思い出してしまった。
王都にこうして足を運ばなかったこと……
魔王を倒し、王都に戻って来た間もない頃、空っぽになった俺は最後に一度、自分が救った世界を見ておきたかった。
一進一退を繰り返しながら、何度も傷ついて起ちあがってを繰り返して得たものは何か。
それがどうしても知りたかった。
終戦間もない頃、王都はこんなにも賑やかではなかったが、世界から最大の脅威が消え去った事で王国 中の国民は一斉に祝福し、新たな時代の門出をあげていた。
人々が笑い合い、酒を飲んでめいいっぱい誰にも咎められずに馬鹿騒ぎをしていた人々の顔には以前までに見た辛さや不安が払拭されていた。
『なぁ、俺達が守った世界はこんなにも明るかったか?』
この光景を見た俺はふとそう呟いていた。
隣には誰も立っていないのに、答えを求める様に聞いていた。
空の返事に俺は抑えていた虚無感に気付いた。
明るい浮ついた雰囲気に包まれている筈なのに俺の心は前ではなく、後ろを向いていた。
後悔から逃れられない過去にいつまでも向き続ける自分。
魔法の世界なら、あの時、あの場所へ戻ってやり直せるんじゃないか。
その可能性が捨てきれない俺は未来ではなく、過去に手を伸ばしかけていた。もう届く筈のない過去に。
だからなんだろうか、俺がこの光景に違和感を抱いて、目を逸らしたくなっていたのは。
「すみません。そこのお方」
ボーっと突っ立ていた俺に不思議そうな顔で一人の女性が尋ねてきた。
薄紅色の長い髪に薄い白いレースの服に短いグレーのショートパンツ。
すらりと伸びた長い綺麗な足に一瞬目が奪われそうになるもそれ以上に美しい彼女の顔に心を奪われる。振り払った俺はまじまじと声を掛けた彼女の顔を見つめてしまう。
「あの……何か?」
「い、いえ。申し訳ないつい……」
そうあまりにも彼女の格好がこの世界とは掛け離れた服装過ぎてつい目がいってしまった。いや、むしろ俺が知っている服装だっただろうか。
「すみません、何処かの執事の方でいらっしゃいますよね」
「え……あぁ、そうです」
今の自分の格好を見て頷く。
お互いに場違いな服装のせいか行き交う通行人に横目で見られる。
「もしよろしければこの後、街を案内してもらえませんか」
「え、俺はお嬢様と……」
長らく待たせてしまったと思い返り、首を振って辺りを確認するも四人の姿はない。
待ちきれなかったセルフィは三人を連れて何処かに行ってしまったのだろうと、頭の中で勝手にそう思い込むと俺は簡単了承してしまう。
「構いませんよ、レディ」
下手な台詞を吐きながら、何処かのイケメン執事を演じようと心掛けるも彼女はクスリと微笑んで見破る。
「行きましょうか、優しい執事さん」




