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四十八話 ライウェルVSセルフィード

 赤く燃え上がる焔の海に一人、並の生物なら耐えられる筈もない灼熱に身を焼かれながらも堂々と歩く。鬱陶しい表情で右手を大きく振り払うと凄まじい突風が大きなこのルーム内に吹き荒れる。

 風と共に消火されると中からセルフィの身体が現れる。


「相変わらずの馬鹿げた障壁ね」


 どんな気候、環境にも妨げられることなく動ける魔法障壁。

 途轍もなく薄い膜で全身を覆っているだけに見えるものの魔法耐性、物理耐性に特化したライウェルのオリジナル魔法。

 難攻不落の城を想起させる彼の防御はこう称された。


「『鋼鉄ヴァナ戦車シャール』」

「忌々しい異名だが、気に入っている自分がいる」

「それを付けたのはあの人だから?」

「そうかもな。ダサい名だとばかり思っていたが、時が経てば評価も変わる」

「そんな防御も一度、私に破られたを忘れた?」

「過去の話だ。今のお前では俺に勝てない」


 純粋な拳闘スタイルを貫くライウェルに対して、私はその対局に位置する魔導士。過去の戦いにおける際は遠距離から詰められない様に魔法を使って圧勝したが、今となってはそれはもう効かないだろう。

 かつてとは比べものにならない程の魔力とパワーを有しいる以上、一筋縄ではいかない。

 ここは様子見しながら……


「尻込みか?」


 速い。

 一直線に走ってきたライウェルをギリギリ目で捉え、タイミングを合わせて一歩前に踏み込む。

 少し屈みながら強烈な一撃を僅差の距離で躱す。

 頬に僅かな痛みと熱を覚えながらも、魔法を行使する。

 足元から強烈な風を吹き上げると宙へと浮かせ、自由を奪う。


【吹き荒れろ】


 言葉を発すると共にかまいたちの如く鋭いブレードの風が覆い囲む。

 逃げる隙も迎え撃つ術もない。

 身体を丸め、防御に徹するも激しい風がライウェルの硬い障壁に何度も傷付ける。


「くっ」


 何度も繰り返し、無数の風の刃が僅かな傷を入れる。

 浅くなっていく障壁の隙間から肌が露出すると無作為に放たれる刃は容赦なく襲う。

 赤い鮮血が風に流され、シャワーの様に一帯に降り注ぐ。

 ボロ雑巾の様に絞られた返り血が頬に飛び散るも私は魔法を止めない。


【我は命じる エルフの王の名の下に】


 強力な魔法を行使しながら、まだ完成していない魔法の詠唱を続ける。


【旋風の如く舞え 旋風の如く吹け】


 膨大に膨れ上がる魔力の流れに目を向けたライウェルは強引に風から抜け出すと右手を前へと出す。


「させん」


 ライウェルの意外な対応に目を向けると詠唱を止め、展開していた魔法を起動。

 左右から鋭い風の刃が右手の肉と骨を断つ。


「はあああっ!」


 長いロッドをバットの如く握ると先端に風を纏わせ、上手い具合に顔面へ叩き込む。

 高速で飛んで行ったライウェルの身体は壁へと叩き込まれると辺りの岩を巻き込みながら激しくぶつかり、遺跡内に轟音を響かせる。

 駆け引き。

先程の一連の流れで全て私が有利に立ったのはライウェルの思考を先読みし、全て思惑通り動いた結果によるもの。

 力で負けていても、知能では引けを取らない。

 それなのに、妙に胸のざわつきが収まらない。

 致命傷には至らないにしてもかなりのダメージを与え、損傷を負わせた。

 いくら悪魔と言えど、右腕を切断し、顎に強力な一撃を放った以上、まともに立てる筈ない。

 なのにどうして、私は恐怖している?

 崩れ落ちた瓦礫が地面に落ちる音を聞くと身体全体で戦慄する。


「うそ……」


 煙の中でしっかりと両足で立ちながら一歩ずつ前に来ているのを感じ取る。決して弱っている足取りではなく、平然と痛みを苦にもしない様子で歩く。

 身体のあちこちが傷だらけにもかかわらず、平然とした顔で笑う。

 狂気。何かがずれている。

 そんな不思議な感覚に陥る。


「痛みを感じてないの?」

「いや。ちゃんと痛みはあるさ、何分久し振りの感覚なのでな。改めて、生きていると認識した」


 異常な程のタフさ。

 彼の中に流れるドワーフの血がそうさせているのだろうか。

 それか悪魔になったことで頭が可笑しくなったか。

 ともあれ、相手は満身創痍にも等しい。

 ここで一気に……

 私は目を疑う光景を目にした。

 鋭い刃でズタズタに斬り割かれた傷はいくら治癒魔法で回復しようとも断面がズタズタな以上、そう簡単に回復する事はない。そう思っていた矢先、ライウェルの身体は人智、いや規格外の速度で魔法の効力を発揮させると数秒で失った腕も元に戻る。


「有り得ない。その速度の再生はライウェル、お前じゃ不可能な筈……」

「驚くことでもない。俺は悪魔だ、人とは違い数倍の身体能力、再生能力を持っていて当然だろ」

「白々しいわ。私の前で魔法を行ってよくも明らかな噓を」

「まぁ、隠すことでも無いか」


 ライウェルは魔力を右手を覆う形で纏わせると左腕を前に出し、右手で左腕の半分を切り落とす。

 本当に痛みを感じていないかと思わせる顔で斬られた腕を掲げる。


「みろ」


 落ちた手は黒い灰に化すと左腕に集まり、元の形を再現する。

 私はその受け入れがたい事象に更なる疑念を抱く。


「それはもう再生と言うより、復元の域ね。私も初めて見たわ、失われた魔法(ロスト・マジック)


 遥か昔。

 人々が魔法という強大な力を制限なく研究し、その力の深淵を覗こうと躍起になっていた古代。

 その当時の魔法は現代の低迷した初級魔法とは比較出来ないほどの効力を発揮する。かつてもっと広大で多くの種族や魔獣が生息していたこの大陸だが、本来の姿は現在の二、三倍程大きかった。

 それが今の形になってしまった要因が、その当時の魔法だと言われている。

 膨大な魔力、規格外な力を持つ魔法。

 余りにも恐れられたそれらの魔法は後世に伝えぬよう、時代が経つにつれ無かったものだとされてきた。

 故に失われた魔法(ロスト・マジック)について知る者はこの世界においても魔法を探求する数少ない者のみ。加えて、知った所で扱えるのもユリナの様な馬鹿げた魔力の持ち主のみ。

それをこの男は今目の前で平然とやってのけた事に私は驚きと疑念を隠せずにいた。


「その魔法をどこで………」

「これはギフトだ」

「ギフト?」

「そうだ。戒言を取り込んだ際にあらゆる知識が頭に流れ込んだ。知らぬ魔法に、知らぬ時代の人の醜悪さ。魔が付くものの全てを戒言は時代と共に歩んできた」

「だからと言って、お前のその魔力では魔法を行使するに不可能に決まっている」


 しかし、それは但しが付く。


「言ってなかったな。俺が取り込んだ戒言は『強欲』だ、これで意味が通じたか?」


 その答えだけで早合点する。


「この空間に流れる魔力を取り込み、己の魔力へと変換させていたか」


 七つの戒言を取り込んだ魔王が全く同じ力を持っていたのが脳裏に過る。

 他人の魔力を奪い己の糧にする力。


「お前にとってここが貯蔵庫であるように、俺にとっては食事場みたいなものだ」

「厄介な力を身に付けたわね」


 一見、かなり厄介な能力にも思えるが倒せない訳ではない。

 復元魔法を行使するには脳内に魔法式を浮かべなければならない。相手を即死、或いは首と胴体を切り離す損傷を与えればライウェルを殺せる。

 確実に命を取りに行く以外勝つ道はない。


「ほう。やっとやる気になったか」

「甘い考えは捨てるわ。あんたはここで……っ!」


 突然、身体の自由が失われる。

 感覚はある、何かされた様な動きはしていないのに体内の魔力が消えた。

 魔力だけじゃない、体力まで……

 力なく倒れ伏した私は自身に掛けていた魔法を保てなくなり、元の幼女へと戻る。


「何を……」

「俺がここにきた目的はこの戒言の回収。及び……」


 眼前に立ったライウェルは禍々しい黒い瘴気の魔力を帯びた丸いオーブを呼び寄せる。

 戒言の現物を始めて目にした私はそれを見ていると不思議な感覚に襲われる。

 自分の欲する者の姿。

 自分が手に入れたかった過去の理想。

 もう届く筈もない温かな日常。

 その全てが長らく忘れさっていた自分の中に潜む願望なのだと分かる。

 温かい笑みを浮かべ、どうしようもない私を気に掛ける彼。

 追い込まれ、絶体絶命の瞬間に駆けつけて私を救う背中。


『セルフィ』


 何度も何度も私の名前を呼ぶ声。

 見せるな。

 その光景は目を逸らそうとも、私の膨れ上がる欲望が目を離さない。

 欲しい。

 私は自分が望んでいた未来が。

 もう掴み取れない過去を。

 過去と未来の私は各々の欲望が互いに溶け合って呑まれる。

 けど……


「抗うか」

「当たり前じゃ。私は過去を振る返らぬと決めた」

「この先の未来にお前の欲望はあるのか?」

「逆に問おう。お主はこの欲望をどう処理する?」


 ライウェルもまた同じ過去の憧憬を抱いているのならどう答える。


「簡単な話。やり直せばいい」

「安直じゃな。その答えは戒言の知識によるものか」

「さぁな。知りたくば呑まれろ。そして、堕ちて身も心も全て染まれ」

「本当に阿呆な勧誘じゃのぉ」

「悪魔の慈悲だ」

「どちらも変わらん。墜ちるくらいなら死を選ぶ」

「では消えろ。そのプライドと共に」


 禍々しい魔力に包まれた腕。

 刃の如く研ぎ澄まされた魔力は身体を武器へと変える。

 唐突で呆気ない自分の幕引きに深くウンザリするも妙に死ぬ気がなかった。

 いくつもの死線を乗り越えたからか、ここでまだ私は終わらないという予感がしてならない。

 目を暫く閉じて開けるとライウェルの背後、迫った一人の影に安堵した。


「頼んだぞ。アイラ」


 閃光の如く鋭い太刀筋。

 瞼を閉じて開ける動作間の刹那、たった二振りでセルフィの置かれている状況は絶望の淵から引き戻された。


「ん?」


 三度腕を斬られたライウェルは妙な違和感を覚えると落ちた腕が床に落ちる前に拾って、後ろへと下がる。


「何者だ?」


 華やかな和服の装衣に身を包んだ女剣士。

 腰に添えた一本の直剣ではなく、手に握られるは緋色の柄に鋼の細長い刀身の刀。

 以前まで見たことのない装備と魔力に本人かと一瞬見間違う。


「大丈夫ですか」

「うむ、問題はないがお主……」

「話は後です。ここは私が引き受けます」


 腕を修復したライウェルは力を見極めるべく、静かな動作で前に出る。

 それに応じたアイラも同様に前に詰めると相手の素早い拳の振り抜きに対して、剣先で力の方向を変えさせる事で素早い連撃を防ぐ。

 対応したライウェルは飛んで頭上からの重い一撃を放つ。


「二天一流『一刀』……」


目を閉じて脱力する。


「【水天】」


 攻撃のタイミングと同時に足を開いて身体を捻って回避するとその勢いのまま一閃を放つ。

 今度は腕周辺に多くの魔力を纏わせ、鋼鉄の硬さで剣を弾いた。

 そう思っていたものの、腕に再度かすり傷を負わせられる。


「小手先の技だが……切れ味が鋭いな」


 あまりの硬さに手が痺れる。

 メアリから流れてきた記憶のままに技を放ったものの、再現度はかなり低い。

 小手先の技、という評価もその通りだと甘んじて受け入れる。

 それにしても、先程切り落とした腕が一瞬にして治っていたことに内心で驚く。

 見兼ねた私は徐々に戻ってきた魔力を存分に使う。


「……ちと場所を変えるか」


 三人の視界に歪みが生じると薄暗い遺跡の光景が急変し、太陽が差す地上の景色に様変わりした。

 周囲は木々に囲まれ、アイラは海底遺跡で見た大きな石造りのリングを目にする。


「なるほど、置換したか」

「これ以上、お主に魔力をくれてやるつもりはない」

「遅い、もう充分に奪った」


 ライウェルの放つ瘴気の魔力に周囲の木々が影響され枯れ果てていく。

 温かな陽気が消え、木枯らしが吹き荒れる。

 禍々しい。

 アイラは恐ろしいと感じながらも強く前を見据える。


『しっかりしなさい。私が居るんだからあんな雑魚に気圧されるなんて情けない』


「はい」


 かつてない程の強大な敵。

 本当ならこうして前に立つことすら愚行で、死を自ら迎えに行っているに違いない。だが、今は違う。


「娘、名は?」

「アイラ……アイラ・ユリクシア」


 その名を聞いたライウェルはニヤリと笑む。

 その顔に私はとても嫌な予感をした。


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