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四十七話 契約

「起きなさ~い!」


 誰だ。五月蠅い。

 微睡の意識の中、何処か遠くから声が届く。


「早く起きなさい!」


 再び耳元で叫ばれると意識を一気に暗闇から引きずり出される。

 耳鳴りが酷いものの、ちゃんと目は見えているし、意識もはっきりしている。だが、身体が全くと言っていいほど動かない。

 生暖かい感触を後頭部らへんで覚えながらもこちらに覗き込むアイラちゃんの目を見る。


「どれくらい気を失ってた?」

「三十分くらいでしょうか。かなりぐったりとしていましたのでフィオちゃんの治癒魔法で打撲や傷の応

急処置は一通り済ませました」

「助かったよ」

「いえ、悠馬さんの献身がなければ今頃……」

「そうよ!あんな怪物にあんた、よくその程度の力で追い詰めたはね」


 突如、目の前に現れた小さな少女に飛びながらしっせきされた。

 初めて目にする訳ではないが、内心は少々驚いた。

 普段は姿を見せず、念話での会話を行う精霊がこうして目の前に現れたことに。


「なによ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

「いや、精霊のくせによくそんな言葉を……」

「馬鹿にしないで頂戴。私は精霊の中でも上位の存在よ、あんたの中にいる惰眠、暴食の無能精霊となんかと一緒にしないで」

「分かったから、耳元でギャーギャー騒ぐのは勘弁してくれ」

「ギャーギャーって何よ!この私の高貴な声を雑音扱いしないで頂戴!」


 火に油を注いでしまったのか更に五月蠅くなった。


「アイラちゃん、ポーチを取ってもらってもいい?」


 腰に帯びているポーズを外してもらい、辛うじて動くようになった手を深く入れる。

 ポーチの大きさとは全く比例しない程、腕が中に入っているのを確認した精霊は騒ぎ立てる口を閉じる。


「へぇー、収納魔法ね」


 俺は中に入れてある物を掴むと外に取り出す。

 葵色の瓶にはエメラルドの透き通った液体。


「それって、万能薬エクリサーじゃない!」


 蓋を開け、俺は補助されながら起き上がると一気に中身を飲み干す。

 効果は身体的なある程度の傷や体力、魔力の即時回復。

 万能薬エクリサーと呼ばれているものの、不足分の血や致命傷までは治せない名ばかりの最高回復薬。

 作られる材料があまりにも特殊なため、市場に出回る事は殆どなく、いざという時に使おうと大分前に 購入したものだが、肝心な時に使えなかったので良い評価はない。ただ、こう言った非常事態における際に使えるので損ではなかった。

 身体の感覚が完全に戻った事を確認し、立ち上がる。


「よし、治ったか」

「あっという間に治りましたね」

「ああ、こういう時に万能薬エクリサーがあって良かった」

「ちょっと、あんた!さっきから私の事を……」

「はいはい、悪かったって。で、何の用だ?」


適当な態度に腹を立てているのか、更に小さな顔を真っ赤に膨らませる。


「謝罪しなさいよ!謝罪!」

「何でだよ」

「無能なあんたらが来るのが遅かったせいであの怪物に好き勝手にされていたじゃない!」

「酷い言われようだな」

「セルフィードの使いなんでしょ。これくらいの文句は受けて当然よ。再三、私がSOS出していたのに何度も無視してぇ~」


 やはりそういう事か。


「じゃあ、俺たちがセルフィの使いじゃないって言ったらどうする?」

「えっ?違うの?」

「あのキュクロプスに出くわしたのは半ば偶然だよ」


 もう半分は仕組まれた結界だがな。


「な~んだ。でもまぁ、結果オーライだから感謝するわ」


 頭に腕を組んで適当な態度を取られ、後ろで話を聞いていたケンイは何か言いたげな顔でつっかかろうとするも隣に居るフィオに宥められる。


「で、あんたら何者?ぐうたら馬鹿を宿している魔剣を持っているってことはあんたが勇者の僕?」


 その答えとして俺は違うと言いたかったが、少し自分の口からは言いずらかった。

 その事を察したのか、隣で座るアイラちゃんが割って答えた。


「この方は勇者様です。先代の持ち手は亡くなり、今は勇者である悠馬さんが所持者です」


 それを受けた精霊は若干難しい顔で俺を見詰める。


「あんたがねぇ~、そうは見えないけど、認めざるを得ないわね」

「そうは見えないけど」と言われると毎回、「勇者顔ってなんだよ」とツッコミたくなる言われ方。


 第一、俺は聖剣を持っていただけで勇者を名乗った事は一度たりともない。


「それであんた達は何しにこの空間に来たの?セルフィードもいるのだから、訳ありよね」

「あぁ、実はな……」

「待って、そう切り出されると長い話になるに違いないわ」

「え、そりゃ……そうだ」

「聞く気はないわ。だから目的だけ話して頂戴」


 余りにも上から目線な横暴な態度にケンイの堪忍袋の緒が切れかけている。


「分かったよ。端的に言えば、リングの調査と戒言の回収と言った所か」


 そのフレーズをだけで精霊は話の内容を掴む。

 ふむふむと顎に手を当てて考え込むと結論をさっと挙げる。


「ラフォルト王国の南西海域の海底に沈んでいるここへのアクセスポイントからここに来て、その流れで

戒言の回収を名目に謳ったセルフィードに上手く掃除を手伝わされた間抜けということね」


 多少、否定したい所はあるが概ね的を得た推理であると判断せざるを得ない。


「良いタイミングだわ。あんな禍々しい物をいつまでもここに置いときたくは無かったから回収してもらえて有り難いわ」

「それで戒言はどこに?」

「教えて上げてもいいけど、私のお願いを聞いてくれたらいいよ」

「キュクロプスを倒した事で手打ちにしてくれ」


 この精霊のお願いに付き合うのは面倒だ。

 それにあまりここで道草食っている暇もない。

 ここから少し離れた場所で変な魔力を持った人物がこの場所に居る以上、対処するのはそっちに優先したいがセルフィが足止めしている隙にさっさと戒言の回収を……


「簡単な事だから安心して」

「分かった。可能な限りで受けてやる」

「じゃあ、私と契約を結んで」

「いや、断る」

「………」

「………」


 あまりに単調な流れで即座に答えを出されると、再度顔を真っ赤に膨らませ、大粒の涙を流しながら小さな手で胸ぐらを掴み服を前後に揺する。


「なんでそんなあっさり答えんのよ!もうちょっと間があってもいいじゃない!」

「いや、俺はもう精霊と契約してるし……それに一人につき一体までっていう誓約があるんじゃ……」

「そんなもん、契約してる奴を強引に引っぺがせば済む問題じゃない!」

「随分と物騒な言い方だな」

「それにあんたのそのぐうたら馬鹿は基本、食っては寝ての完全な無能じゃない!宿主に身勝手に誓約を

何も伝えずに縛るクソ野郎よ!そんな奴放棄して私と結んだ方が絶対に良いに決まっているわよ」


(全く随分な言われようだね。否定できないけど)


 珍しく意識を表面化させた中の精霊はあっさりと認めた。


「それに私は精霊の中では上位の存在よ。この空間の管理を任されているくらいね!」


 これでもかと言わんばかりの自己主張をする。

 魅力的な話ではあるがどうしてかその気にはなれない。


「聞こえてるんでしょ。起きているのは分かっているわ!」


(ハア。相変わらず五月蠅いな、僕の耳に届く様にわざわざ魔力を乗せて伝えるとはね)


 それで、ああ言っているがどうなんだ?


(無論、マスターを渡す気はないよ。このままが安定だ)


 という旨をありのまま伝える。


「あんた、そんなの詐欺に決まっているわよ。そいつは精霊の中では100%信用に足らない、噓つき野郎よ」


本当に酷い言われようだな。

 

「というか、あんたの意志はどうなのよ」

「いや、このままで良いと………」

「それは洗脳されている証拠ね。ほらそいつってば、契約者の感情を縛るじゃない。そのついでにあんたの思考もそういう風に可笑しくなってんの!」


余りにも考えうる内容過ぎて上手く否定し兼ねる。

この精霊は兎にも角にも、俺と契約を結びたいのは分かったが……


「何で俺なんだ?」

「簡単な話。私を使うに当たって、一番相性がいいのはあんたとそこのあんただけだから」


 俺ともう一人に指をさす。


「私ですか?」


 精霊に選ばれた事に驚くも、俺は妥当な判断だと思った。

 むしろ、この空間でアイラちゃんにはぜひとも精霊と契約を交わして欲しいと願っていたチャンス。ここは俺が背中を推してやるとしよう。


「いいんじゃないかな。俺はもう無理だから、ここはアイラちゃんに……」

「ちょっと、何勝手に流れを作ってんよ。別にいいけど」

「いいのかよ。なら……」

「私は契約するにあたって一つだけ、あんたに要求するわ」

「な、何でしょう?」

「『限界突破リミットブレイク』、あの能力だけは二度と使わせないわ」


 アイラちゃんはその意外にも軽い様な要求に若干目を丸くするも、俺はこの精霊の要求の意図を正確に理解した。


「『限界突破リミットブレイク』は己の体内にある全ての魔力、体力を消費する事で一時的に別次元の身体能力に強化させる諸刃の剣。さっきみたいに魔力があり余っている状態で使えば、大した問題はないわ。でも、極限状態であれを使えば、体はどうなると思う?」

 

 精霊の言葉に俺は少し後ろめたい気持ちになっていた。


「ほら、教えたあんた答えなさいよ」

「肉体に負荷をかけるから最悪……」

「命を削り続けて、最終的に死ぬわ」


 それを聞いてもアイラちゃんは顔色を変えない。


「あら、知ってたの」


 この事は事前に伝えてはある。

 安全に使用してもらう為にもリスクは教えておくべきだ。


「はい。私には力が必要なんです。一分一秒でも隣で戦える力が」


 追い続ける背中は果てしなく程遠い。

 私の進む速度ではあと何年かかるか分からない。

 だから、追い付く為の技や能力があるなら私は手を……


「あんた、早死にするわよ」

「……っ!」

「まぁ、その気持ちは分からなくはないわ。私はそういった人間は好きだし」


 精霊は身体を煙で眩ませると俺たちと同じ等身大のサイズで現れる。

 俯いたアイラの前に小さな手を差し伸べる。


「いいわ。あんた、私と契約を結びなさい」


 強引に手を取ると自身の魔力を直接流し込む。

 すると手の甲に五芒星の淡い耀きを放つ。

 拒否権はないと言わんばかりの無理矢理の契約だが、悪くないと思ってしまった。

 このお喋りで口うるさい精霊はアイラちゃんが強くなるための助けになると感じた。


「これであんたは私のモノ。光栄に思いなさいよね」


 呆気に取られたアイラちゃんはたじろぎながらも受け入れた。


「あ、あと私、お喋りな性格だからこうして現界してあげるからよろしく~。もう何百年も話してないから反動が凄いわよ。あとあと……」


 この精霊、自己評価が正しい分、余計に質が悪い。

 賑やかになるのはい良いことだが、早くも嫌悪感を渦巻いてる奴もいるし。


「よろしくね、チッビコ達」


 先程から精霊を睨み付けるケンイに対して煽る様に挨拶をする。


「チビにチビって言われたくない」

「あら、私は精神年齢も兼ねて言っているのよ。初対面の人に横柄な態度を向けるガキにね」

「何だと、口煩いクソ精霊が!」

「ちょっと、精霊様にその言い方は……」

「そうよ。私は精霊、メデュリ・デ・アルフォリミドル。またの名を精霊女王、メアリよ」

『……え?』


 途轍もなく長い名前の後に、とんでもない肩書が聞こえた気がする。


「ええええええ?」


 その反応として一番驚いたアイラちゃんは悲鳴をあげるかの様に声を出す。

 知識人な彼女はどうやらその名を知っていたみたいだ。


「う、うそ……私がかの有名な精霊のけ、契約者………」

「良い反応ね。でももう遅いわ、私はあんたから離れないから」


 アイラちゃんが小刻みに震える程、畏れ多いって事はかなり有名らしいな。


(あれは半分盛ってるよ)


 半分?


(女王って点は元の肩書が付く。メアリって名前も以前の宿主から受けた名だし)


 お前たちには名前がないのか。


(僕たちは個体識別を魔力を通して感じているから)


 じゃあ、お前にも仮のまなは無いわけだ。

 俺が付けてやろうか?


(遠慮しとくよ。僕は彼女みたく人に対して私情を残したくないし。付け加えるなら、マスターがよく知っている精霊も同じくね)


 なるほどね。


 直接的な言い回しではないが、何となく精霊としての在り方が見えてくる気がした。

 聖剣の中に居る精霊。

 俺は未だにそいつとの対話はした事がな……。

 ノイズの掛かる光景に声。

 思い出そうとするも何かが妙に引っ掛かる。


「ちょっと、何をボーッとしてるの。足踏みしている暇はないんでしょ」


 そう指摘され、俺は今一度やるべき事を確認する。


「戒言の回収。これに関してはもう脅威となる敵はいないだろうから、俺がセルフィの援護に行く」

「ダメよ。回収は聖剣使いであったあんたの役目。あのエルフの元には私が行くわ」

「危険だ。俺が行くべき……」

「私を舐めないで頂戴。この子がいくら未熟者の剣士で、ブラコンなどうしようもない人間であったとしても」


 そこまで言うかってほどの評価を受け、アイラちゃんは若干落ち込む。


「私が一流にしてあげる」

「………」

「顔を挙げなさい。一流になるには先ず上を見上げること」


 いつまでも座り込む、アイラちゃんに手を差し伸べると力強く引っ張り、起き上がらせる。

 しっかりと両目を見据えると唇を近づけて重ねる。


【もう離さない。次は私があんたを……】


 耳元で囁く暖かい声に包まれると共に私は妙な自信を漲らせた。

 メアリの薄い淡いの泡へと変わるとアイラの身体に流れていく。


【私ね、神様って嫌いなんだ】


 誰かの記憶

 夕陽を眺める緋色の剣士。

 水平線上に沈みかける太陽に眩しく照らされる。

 視点が妙に低いせいか剣士の顔はよく見えない。


【神様ってさ。理不尽に人の運命を決めるじゃん】

【人の運命を決めるのはいつだって自分なのに】

【私は神様に運命を弄られちゃった】

【だからね。神様が居たら私は……】

【容赦しない】


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