四十五話 かつての仲間
やりおったか。
精霊殿内に渦巻いていた強力な魔獣の気配。以前、報告に挙がった一つ目の魔獣、キュクロプスが何処からか侵入し、ある定位置から動かずにいると管理役の精霊から執拗に受け続けていた。
特に害がないという理由で放置し続けた結果、つい最近派遣したジュウドが敢え無く返り討ちにされる 程、力を蓄えていた。
ここに着いた時、あ奴らの成長の確認を兼ねて討伐を任せようと思ったが、予想以上に魔獣の力は強まっていた。それこそ、悠馬が全力を出してまで辛うじて勝てない程。
じゃが、あ奴らは自らの手で死力を尽くして戦い、勝利を手にした。
初めの一歩としては上々の結果と言えよう。
「あとで、悠馬に怒鳴られるかもしれんのぅ」
歩みを止め、そっと顔を上げて壁のブロックに腰掛ける侵入者に目を向ける。
薄着とも言えるベージュの羽織の間から垣間見る隆起した筋肉、人間と土人の間に産まれた子供の特徴である黄金の瞳。
齢は二十代後半に見えるその人物はセルフィの記憶の中にある人物と相違無いくらい変わりなかった。
「ライウェル・アルファス、何故貴様が生きておる」
ライウェルと呼ばれた男はセルフィに気づくと眉を細め、ジロジロと見詰める。
「小娘、何故俺の名を……」
「分らぬのならそれでいい。貴様がライウェル・アルファスだと分かればな」
「んー、それはあまりにも不都合だな。この俺の顔を知るのはこの世界でも極わずか。小娘、貴様の様な
顔に俺は見覚えは………いや、その魔力……」
薄々とセルフィの正体に感づき始めるとケラケラと笑い始める。
「ははははは!これは傑作だ、まさかあのクソエルフがこんなチビになっているとはな」
「思い出したか?」
「あぁ、勿論だ。セルフィード、いや『森の守護者』」
あまりにも昔の異名。
まだ私が幼く、ユリナとかと同じくらいの歳頃の際に呼ばれた二つ名。
エルフ最強の魔法士であり、一人で里の鉄壁の番人を担う事からそう呼ばれていた。
種族間戦争後、平和になったこの世界においては誰よりも長く生き続ける知識ある魔法士ということか ら『大賢者』などと呼ばれるようになってからは廃れた異名となっていた。
これを知るという事はこの男は間違いなく、ライウェル・アルファス、本人であり、二百年前、共に魔王を討伐する際に従事していた仲間。
「貴様は死んだ筈じゃ。魔王に心臓を貫かれてな」
私はこやつの死を確かにこの目で見届けた。いや正確には心臓を穿たれ、瀕死のライウェルは崩れ行く魔王城の下敷きとなっていたと言った方が正しいか。
「それが何故、悪魔になっておる」
「言えん」
「それは私らの敵に回ったという事でいいのか」
「敵?俺は悪魔だ。人類の……いや、この世界に残る害獣だぞ」
そうは言いうものの。
「お主からは明確な敵意が感じられん」
「敵意が無ければ、敵と見なせんか?」
この言い回し、やはり本人だ。
ライウェルとは深い関わりは無かったとは言えども、お互いに実力を認め合う良い仲間であったと今になっては思える。
共にと当時の勇者に従事する者としてこやつ以外の後二人を含め、私はこの上なく信頼を置いていた。
「それでここに何用か。昔話でもしに来たか?」
「よせ、心にもない事を」
「ではなんじゃ、戒言でも取りに来たか?」
その答えとしてライウェルは沈黙で示す。
やはりか。
「魔王を討伐に功労した貴様が魔王の復活を求めるか。それが悪魔としての本能か?」
煽る様に揺さぶりをかけるも奴は顔色を一切変えない。
私を見ている様で捉えていない目を向ける。
興味がない。
そういった目。
大した関わりが無かった理由。
主な要因は昔の私とこ奴の性格は似ていたことじゃろう。
お互いに自身が最も信頼に値する人物に心を委ね、周囲を軽んじていた。
今は違うが。
「話す気はない。敢えて答えるとすれば、先程消滅した斥候くらいだ」
「斥候……ああ、あのキュクロプスはお主が放った刺客か」
この精霊殿に入る為の門を通るには転移門を起動させなければいけない。そもそもこの門の所在事態、一部の者しか知らない。
故に偶然門を見つけ、転移門を多少知能があるキュクロプスが起動させて侵入したというのはあまりにも不思議で、筋の通らない話であると懸念していた。
なにせ、キュクロプスは魔力を持たない魔獣の一角であるから。
「暇を持て余していてな。戒言の滲み出る瘴気に充てられた魔獣がどのレベルまで強くなるのか気掛かりで放ったが、予想以上の出来になっていて驚いた」
「そのキュクロプスも悠馬らによって倒されておるがな」
「それを言われたら返す言葉もない。だが、面白いものを見せてもらった」
なるほど、先程から動かずに座って水晶のレンズを通じて何かを眺めていたのはそういう事か。
「どうじゃ、今代の勇者は?」
「落胆したと言っておこう」
「落胆?」
ライウェルは強者を見極めるのが上手い。
能力だけでなく、純粋にその人物の強さを見て測る。
「あの男には芯となる部分が欠けている」
強者としてではなく、一人の武芸者として語る。
私ですら感じえなかった何かをライウェルは容易に見抜く。
「俺はあの男ではなく、あの少年に興味を抱いた」
少年……ケンイのことか。
「セルフィード、貴様は気づいている筈だ。あの少年の歪さを」
「……」
「あれはいずれどちらかが消えなければならない。今ある人格か、前の生を受けた者の人格か。その選択は大いに俺の興味をそそる」
「変わったのぉ、お主」
「悪魔だからな。他者の苦しみを悦とする、この醜悪さをお前如きが理解出来る筈がない」
自分で醜悪と評するか。
人という生き物が抱える醜い要素。
その集合体である悪魔の性格が一層際立つ台詞だと捉えた。
「オーガを殺したのもお主だったそうじゃな」
「知っていたか。まぁ、奴らは従属を拒絶したからな、命令に従ったまでだ」
オーガは亜人種の中では武闘派で、個を意識する誇り高いき種族。
彼らが絶対悪と見なす悪魔に従属するという事は死を選ぶも同然。
どちらにせよ、その選択肢はもはや死を意味するほか無い。
彼らは当然、誇り高い方を選ぶ。
「下手なプライドが奴らの命運を分けた。哀れな種族だ」
「その下手なプライドを持って一度は死に、気が付いたら悪魔になっていた阿呆に言われたくないと思うがのぉ」
「返す言葉もない。今となっては過去のプライドなど捨て去っているがな」
ライウェルもオーガ同様に自分の強い拘り(プライド)を持っていた。例え自分がどんなに傷つけられ、小馬鹿にされようとも自分の信じる者の為には自身の犠牲を厭わない芯の強い男で、見た目とは裏腹に温情深い優しい人だった。それが今では見る影もない。
ライウェルの皮を被った他人。そう思えてしまうのもやぶさかではないが、正真正銘、この悪魔はライ ウェル・アルファス本人で、これが今の姿。その事を改めて再認識すると私はかつての仲間に対する情を捨てる。
「成ってしまった以上、やはりお主は我々の敵」
精霊殿内に溢れる魔力を吸い上げるか様に纏わり付かせる。
翡翠の髪がふんわりと靡くとセルフィの身体は少しずつ大きくなる。
「知っておるか、この地を何故私が管轄しておるか」
「この魔力、これは貯蔵庫か?」
ここは元いた世界と精霊界を繋ぐ通路であり、同時にセルフィの魔力で構築された固有結界。
体内で生成される魔力の貯蔵には限度があり、定期的に魔法を行使して魔力を発散させなければ身体から漏れ出て、時には魔法の暴走なんて事も起きる。特に魔力の量が多ければ多いほど、魔法の暴走は厄災に転ずる。
これを防ぐため、定期的に大規模な魔法を行使し、発散する必要があるがそれでは魔力の無駄に繋がる。その対策として編み出したのがこの空間。
常にこの空間に自身の魔力が送られ続ける様に回路を繋ぎ、長年に渡って蓄積させていた。
「そうじゃ。魔王討伐の最終手段として用意していたが、持て余していてのぉ」
いつかの記憶を辿り、かつての容姿を再現したセルフィは先程まで着ていた服とは随分変わり、まだライウェルが仲間であった頃の自分を模した。
スラリと伸びた手足、冒険者として身に纏っていた当時の自身にイメージカラーである白と緑を基調とした爽やかな印象を抱かせるも、大胆に出した肩と太股を目立たせる戦闘服。
長い髪を後ろで一つに結んだ少女は愛杖であるベターロッドを取り出す。
「久しい姿だな」
「そうね、私もこんな感じだったのを思い出したわ」
口調、性格までもがトゲトゲしかった当時の自分として現れる。
準備を済ませた事を見計らうと重い腰を上げ、同じ目線に並び立つ。
二百年前、お互いにこうして顔を向け合う事の無かった二人。
背中合わせ、隣合せでしか話す事の無かった二人を残酷な運命が巡り合わせた。
「この世界において、貴方は悪よ。だから、私が特別にこの手で……」
魔力を込めたロッドを顔に向ける。
ニヤリと笑みを浮かべたライウェルも自身から溢れ出る瘴気の魔力を憑りつかせる。
「殺すわ」




