四十三話 圧倒的な決着
城下町の最南端に位置する横十キロ、縦が六メートルの大きな城壁によりラフォルト王国の守備は強固に保たれている。元々は旧王国の中の有力貴族として名を馳せていたラフォルト家がまだ伯爵候の地位にいた際にこの壁は築かれ、旧王国内でクーデターを起こし、内乱を起こした時も鉄壁の守りを見せた。現在の王国が設立後は対悪魔用の最終防衛ラインとして、最高峰の防御術式と自動修復術式を織り込んで造られた最強の盾として機能している。
城壁の高い位置からだと城下町が一望出来き、その反対を覗くと広大なロッペリング平野がどこまでも続いている様に見える。
「遠いな」
ユリナが何かを察知し、王宮から旧王国領へと飛んで行ってから約三十分経過した。その間に国王たる私は自身の相棒である精霊を宿す魔剣、ディルムッドを腰に携え、門の前に近衛騎士団を展開し、待機していた。
「どうです、何か見えましたか?」
聞き慣れた声に身体を向けるとそこには妻であるアリセントが険しい表情でここから見える東の空を見据えていた。
「いや。君の方が見えているんじゃないか?」
「私には何も。それより、ユリナの応援に部隊を派遣しなくていいのかしら」
「不用意に味方を送るのは愚策になり兼ねない。敵が仮にも魔王クラスであるとすれば近衛騎士であろうと返ってあの子の重荷になる」
「では、貴方が愛する娘の為に身体を張ってはどうです?」
「無論そうしたいが、そう出来ない理由があるのは君も分かっている筈だ」
ユリナが戦っている敵が揺動であれば、本体がこちら側を攻めてくる可能性も排除出来ない。
勇者である悠馬君と賢者のセルフィード様が居れば、対応を任せてこちらの守りに専念出来たのだが、生憎と出払っている最中。
「最悪なタイミングで仕掛けられたな」
「至急、お二人に戻ってもらうよう連絡を入れたいのですが、既に精霊殿の中に居る模様ですのでこちらはこちらで解決する他ないです」
「まぁ、いざとなれば俺が戦う。アリセントは魔法で索敵をしてくれ、厳戒態勢に入る」
「既にしてます。前方十キロに敵影はありません」
広域索敵魔法
視界から広がる平原を物体関係なく立体的に視認し、瘴気の魔力を持つ悪魔がいるなら赤い人影が、通常の質の魔力を持つ者なら青く視認出来る。
現在、瞳には赤い影は一切見えていない。
「如何やら、敵の思惑は私達が考えているものとは違うかもしれませんね」
「確かに読めんな」
構成メンバーを含め、拠点すら掴めない連中。
その中には魔王の幹部であった魔晄四獣の生き残りも含まれる。
そして、我らの領地に大きな爪痕を刻んだ新魔王。
一刻も早く力を付ける前に叩かなければ。
「お父様、お母様」
背後から声を掛けられると長女のサレンが立っていた。
彼女が着ているグレーのローブを見て理解する。
「また、あのお墓参りかね?」
「はい」
「それでユリナは何と?」
私の方を向いたサレンは一言だけ言う。
「待機をお願いします。と」
「そうか……」
長女であるサレンにとって妹のユリナが命を懸けてまで戦っているのに自分は何も出来ないことに悔しい顔を浮かべる。
私の血を濃く引き継いだユリナが持つ魔力に対して、サレンの持つ魔力は一般国民の持つ魔力量に相当する。言ってしまえば、サレンに前線で戦う力はない。
生まれながら身体も弱く、次女セフィンみたく剣をロクに振る事もままならない。
身体を張って戦う二人の姉妹と並んで戦えない自分を強く責めている。そんな姿を私は影で見た。
その度に済まないと謝りつつも、少し安堵はしている。
娘が戦いにでなくて済むという安心が、親としてそうあってしまう。
彼女の前に立って頭にそっと手を置く。
「気持ちは私も同じだ。今もこうしてユリナに任せることしか出来んしな」
「分かっています。私が無力なことくらい」
手をそっと払い、彼女は私の目を見据える。
「私は出来る事をします。私にしか出来ないこと」
久しぶりに子供扱いしたせいか何故か怒られた雰囲気になる。
その様子を隣で見守っていたアリセントがクスリと笑う。
「そうね、あなたにしか出来ないことは沢山あるわ。それを任せてもいいかしら?」
「はい」
強い目をした彼女は自身の仕事をする為に魔法で城壁の下へと降りる。
「んー、娘心が分からぬ」
「二十歳を過ぎた娘に取る態度ではありませんよ」
「そうか?」
「そうです。ですが、分からなくはないですよ……少なからず私もあの子と同じ気持ちですし」
「待たされる側は辛いな」
王国から遥か東の空。
高濃度の魔力密度が空の天候に大きな影響を与える。
その遥か空の下大きな魔力が互いに激しいぶつかり合いを見せていた。
♦
旧王国の遺跡群から数キロ離れた森林上空。
空に浮かび、自由自在に飛び回る一人の少女が漆黒に染まった甲冑を纏いし仮面の悪魔に対し多種多様な魔法を繰り出す。
空中に漂う水分を圧縮、凝固し、瞬間的に凍らせる。
槍の如し形状を帯びた氷が宙に三本展開。
「氷槍」
大きく鋭い氷槍は高速の速さで敵を穿つ。
「黒炎球」
男は小さく言葉を発した。
黒く染まった炎の玉が出現し、迫る氷槍を一瞬で蒸発させた。
ユリナの放った攻撃は容易に防がれるも、真っ白な水蒸気が悪魔の視界を奪う。
「隠れたつもりか?」
目で追えずとも、ユリナから発せられる莫大な魔力を感知し、照準を合わせる。
移動する魔力の方向を見計らい、ユリナの行く手先に黒炎球を放つ。
「消えた?」
放った魔法は空を切り、魔力の反応も消失した。
やられたな。
魔法士同士の戦闘において相手の魔力を感じ取って位置を把握することは当然。
視界を奪ったところで意味を成さないのはユリナも分かっていた。なら、この展開は別の意図を孕んでいる。
「誘われたか」
魔法の発動後、次の魔法を行使するのに若干のインターバルを有する必要がある。
その間、展開中の魔法以外は行使出来ない。実質、無防備な状態へと変わる。
それを見逃さないユリナは三方向で同時に魔法陣を展開させ、攻撃を行う。
「三連雷槍」
高く挙げた手を振り下ろすと雷の槍が上、左右から高速で穿たれる。
軽く舌打ち、直ぐに腰に手を回す。振り抜いた漆黒の剣で同時に槍を切り払うと火花が散るような輝きで爆散する。
「やはり一筋縄ではいきませんか」
煙から現れた敵の身体には傷はおろか、甲冑にさえ傷一つ付けられない。
「様子見はお互い様か?」
「敵に手の内を明かす程愚かではありません」
「好きにするといい。俺はもう少し、この力を使ってみたくなったがな」
先程から感じる反転した魔力。
あの悪魔なる人物から発せられるのとは違い、その奥から感じられるのはもっと別の魔力。その正体に触れようと深く目を凝らす。
憎悪に似た凄まじい殺気がユリナに圧を掛けた。
「少し本気で来い」
身体全身に瘴気の魔力を纏わせた。
次第に、悪魔の存在自体がかつての仇敵を似通せる。
「この魔力に、オーラ……まるで魔王……」
仮面の下の口が薄く開かれると姿が消えた。
相手を見失い、一瞬慌てるも反射的に魔力探知で位置を追跡、特定。
上!
ユリナの頭上へと舞った悪魔が剣を振り上げた。漆黒の魔力を刀身に帯びさせ、直下へ一線を画す。
魔力の斬撃が高速でユリナを襲う。
迫る脅威に目を細め、空間跳躍で回避する。
「ほう、空間魔法の使い手か」
感嘆な声を漏らし、転移した相手を目で追う。
空間魔法の使い手だと知り、悪魔は不用意な追撃をしなかった。
牽制代わりにはなった。
相手の強気な姿勢から慎重な態度に転じたのは好都合。
それと同時に、あの悪魔が空間魔法の特性を知っていたことにも気付いた。
今のうちに、先程完成出来なかった陣の作成を……
「させん」
ユリナの不穏な動きに勘付き、阻止せんと高速で迫る。
だが、僅か数秒間。悪魔は空間魔法の脅威に臆し、判断が鈍った。
その隙に魔法を完成させたユリナは高らかに告げる。
「空間魔法の力、見せてあげます」
両腕をバッと広げ、周囲に展開・待機させていた魔法陣へ一斉に魔力を注ぐ。
紫紺の輝きが起動印となって表されると見渡す限りの魔法陣が悪魔を三百六十度包囲した。
「なっ?」
空間魔法で別空間に扉を繋ぐ。そこから本来流れて来る筈のないエネルギーを意図的に抽出し、圧縮。更に放出というプロセスを三段階を取る。
「掃射」
ユリナの号令に合わせ、一斉にエネルギー弾が掃射された。
一弾で地面にクレーターを生じさせる火力が容赦なく悪魔へと注がれる。
簡単に切り払う事が出来ず、且つ逃れられない強力な連撃を前に成す術なく撃たれた。
全身を魔力の障壁で覆い、辛うじてその脅威から時間を稼ぐのも無意味。
貫通に長けた鋭い一撃の束を前に障壁なんぞ紙も同然。
圧倒的とも言える攻撃を目の当たりにした悪魔は奥歯を強く嚙み締めながら打たれた。
鳴り響く轟音の嵐を前に、ユリナはその顚末を静観した。
自身の魔力量と頃合いを図り、次弾装填を止める。
暴力の嵐から解放され、悪魔は宙から地面へと無造作に落ちた。
圧倒的なユリナの魔法を受け、纏った甲冑は全身砕かれ、中に着ていたインナーと赤い鮮血に塗れた肌が酷く露出している。辛うじて原形を保っていた仮面の下で、あの攻撃を食らっても息をしていた悪魔は血反吐で口を染めながらも、軽快に喋る。
「流石と言っておく。戒言を得てもまだ……これ程の差があるとはな」
自身の敗北を認め、ユリナとの実力差を明確に分析する。
ロクに身体を動かすこともままならない悪魔の隣に降り立ったユリナは空間を固定し、拘束する。
「あなたは何者ですか、何故この様な真似を……」
「言ったろ。世界を再編すると」
「再編してどうするつもりですか。変えた所で私達の大切な人は帰ってきません」
正論を言っているにも関わらず、ユリナは悪魔の言葉をどうしても否定出来ずにいる。
もしも、この記憶を保ったままあの時に戻れたら私や悠馬様は大切な人を守れただろうか。
もっと違う未来を掴めたのではないか。
そう後悔に浸る日は無い訳では無い。
戻れるのなら戻りたい。
しかし……
「それが今のこの世界にとって不利益となるなら、私は世界の再編を望みません」
「例えそれが……自身の愛する人間でもか?」
愛…悪魔が愛を語る。その歪さにユリナは違和感を覚えた。
「貴様も分かる筈だ。大切な者を失い……過去と未来を奪われた辛さを……取り戻したいと思うのが人間だ」
「……あなたは一体……」
男の正体が気になり仮面の下に手を伸ばしかけたその時……自身の影が棘状となって襲いかかるも、咄嗟に防御魔法を展開させて防ぐ。
「この魔法は……」
以前、村の噴水広場で私達を襲ってきた影魔法。
だとすると、この使い手は……
黒ローブに身を包んだ影の少女が悪魔の前に立つ。
そして、更にもう一人白銀の剣を帯刀し、白髪で鬼に面した仮面の青年を新たに確認した。素早く抜刀すると目にも止まらぬ速さで拘束した魔法を斬る。
「派手にやられたか」
「あぁ、あの女は強い」
「だろうな。最強と謳いし剣士と対になる魔法士だ。舐めて掛かると火傷では済まない」
仮面を通して声が合成されているせいか不思議と違和感を抱く。
「撤退するべきでは?」
「あぁ、今回は退くとしよう」
少女の提案があっさりと承諾され、足元の影が揺れ動く。
「させません」
結界で辺りを覆い、一時的に空間を切り離し、逃がすまいと網を張る。しかし、それよりも速く剣を抜いた男が先駆けて間合いを詰めにかかる。
「くっ……」
魔法の発動に合わせて攻撃されたせいか、魔法のキャンセルを強いられると後方へと下がる。
空間跳躍で背に展開した魔法陣の中に身を包むと上空へ空間を繋ぎ合わせる。
「なっ!?」
出てきた瞬間、そのタイミングを狙って来た白髪の鬼仮面が数段上の位置で剣を構えていた。
「くうっ」
目の前に慌てて障壁を展開するも振り払われた衝撃に展開中の魔法陣に身体を押し込められる。
空間跳躍前の位置に戻ると自分の魔法で直ぐに追って来れない様、魔法陣をキャンセルさせる。もしくは、入って出ると間、約二秒程空間の世界に閉じ込められる。両方の入り口、出口を閉め閉じ込めようという作戦もあったが
「そう上手く引っ掛かりませんか」
ほぼ後退する為の魔法が完成した仲間の前に降りる。
この方、私の動きを読んだ上で的確に対処してきますね。
空間跳躍をする際も詰めようとすれば出来ていたのにしなかった。逆に跳んだ先で待ち構え、次の行動に移させないようにした。
傲慢で、怠慢の彼らとは違い、この悪魔は先々の展開を読んで的確に行動する性格を持っている。
その戦闘スタイルは悪魔というより……人間に近い。
そして、私が最もやりにくい相手だ。
静かな睨み合いが暫く続くと先に降参したユリナは杖を下に向ける。
それを確認した鬼仮面も同然に剣を下げ、早く行けと言わんばかりの手振りをする。
「先に戻る。貴様は後でこい」
少女の影に呑まれると完全に敵の姿共に魔力が感知出来なくなる。
「失態です。みすみす手負いの敵を見逃すとは」
「……」
「あなたは退かないのですか?」
「……勇者は何処だ」
「答えになっていません。それに私が悠馬様の居る場所を悪魔である貴方に教える訳がありません」
「そうか、なら用はない」
剣を鞘に納め、戦いに意志の無さを示すもユリナは彼を逃がさなかった。背を向けて足を進めようとするも、突然身体の自由を奪われたかのように止まる。
「何故、悠馬様を探しているのですか」
特定の空間を固定し、相手の身動きを奪う魔法。バインド。
しかし、身体を無理矢理動かして振り解くとユリナに再度向き合う。
「復讐だ」
「復讐?……何故」
「理由は決まっている。やられたままでは終われないからな、この仮面も奴に付けられた傷を隠すため」
剣を鞘に収め背を向ける。
「次に会う時は勇者と共にな」
蜃気楼の如く、身体の像がぼやけると強い風に流されて姿は完全に消えてしまう。
追い詰めたのはいいものの、最後は呆気なく逃げられてしまっては元も子もない。
しかし、それなりの収穫はあった。
敵の目的と力。
黒いローブの少女と新たに現れた、いや一度は既に顔を合わせている悪魔の存在。
周囲に敵影が無いか改めて索敵し、居ない事を確認すると肩の力を抜いて空を見上げる。
「はぁ、少し力を使い過ぎました」
大きな傷は受けてないものの、久方振りの全力の戦闘に総魔力の三分の二を使ってしまった。
空間魔法における魔力の燃費はかなり悪い。
通常の魔法士なら一発でガス欠になる所をその数十倍の魔力量で補うユリナの力はあまりにも強大的。
それを全弾受けて尚、余裕な笑みを浮かべる悪魔に内心恐怖を覚えつつも確かなる自信を得た。
「今度は私が悠馬様を護る」
脳裏に過ぎる悪魔の言葉に微かな疑念を抱きつつもユリナはそう決意した。
割けた空から差し込む陽光が傷ついた大地を照らす。
少し離れた森の中にある墓の裏に刻まれた文字が空中に漂う魔力の残滓に充てられて浮かび上がる。
『愛する異世界の勇者様へ、どうかこの世界を憎まないで下さい』
アリス・D・ラフォント




