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四十二話

 冷たい。

 手や足が何かに浸かって冷えていくのが分かる。

 背中辺りが少し浮いている感覚を覚え、次第に意識をハッキリさせると直ぐに覚醒する。


「ここが精霊殿か」


 目を開けて天井を見上げると淡く輝きを放つヒカリゴケが多く生えているのが見てわかる。

 湿気の多い洞窟の中に生息しているヒカリゴケがこんなにも多くいるのはかなり珍しい光景だ。

 加えて、中は列記とした遺跡と化している。

 聖痕が刻まれた石碑、正方形のブロックの数々。

 まさに絵に書いた、よく見る光景の遺跡。

 身体を起こして周囲を見渡すと直ぐ傍に三人が地面にに横たわって寝ていた。


「無事か……」


 安堵して息を吐くと水から立ち上がって冷えた身体を小さなポーチに仕掛けられた収容魔法を通じて取り出したタオルを使って拭く。


「あぁ、寒」


 身体が冷えてしまった以上、温めるには海パンから服を着る他ない。

 一先ず、誰も居ない所を見計らってポーチから服を取り出し、全裸になるとそこには………


「なっ!」

「ん?」


 物陰に隠れて同じく着替えようとしていたセルフィが真っ白な幼い身体を晒しながら目が合う。

 長い髪のお陰で大事な所は隠れているものの、こちらからは下が完全に丸見えだ。


「何を見ておる、変態」

「いや、ごめん。つい……」


 指摘されて我に返った俺は反転して目を背ける。

 一方のセルフィは何事も無かったかのようにスラスラ服に着替えていく。

 俺も同様な気持ちで着替えて、服に袖を通して再度セルフィの方を向くとムッとした表情で立っていた。


「お主、まさかロリコンではなかろうな?」

「馬鹿言え、俺はユリナみたいな女性がタイプだ」

「答えになっとらん。私は体型について聞いておるのじゃ」

「それも含めてユリナみたいなそこそこな大きさが俺はタイプだ。こう形が綺麗で無駄な主張がないという感じの」


 何故かは分からないが、ユリナの事となるといつもより真剣に饒舌になってしまう。


「ほう……」


 余計な事を言ってしまった俺に対してニヤニヤと薄い嫌な笑みを浮かべる。


「通りで私の元のナイスバディを見てもお主はチラチラと見るだけで食いつかん訳じゃ」

「それは……ただの被害妄想だろ」

「目を見て言えい、目を見て」


 図星を突かれ目を背ける他ない。

 そりゃ、目の前に大きな胸があったら見てしまう。男だもん。


「まぁ良い。ユリナも気づいておるしな」

「え?」

「お主が思っている以上にあ奴の目はお主に向いておるということじゃ」


 嬉しいけど、少し怖いな。

 ユリナの前で他の女性を色目で見るのは止めておこう。


「して、お主。これからどうするつもりじゃ」

「どうするも何も、セルフィの方針に任せる気だけど」


 精霊殿と言われるこの遺跡内の地理感覚は全くと言っていいほど分からない。

 地盤から溢れ出る魔力の感じからここは先程の海底遺跡とは違う空間に居る。

 俺たちが暮らす大陸とはもっと別の場所。


「ここは別空間の世界なのか?」

「そうじゃ、この狭間の空間は精霊界と我々の世界を結ぶ通路」

「それは分かったけど、ここに来た目的はなんだ?」

「お主も感じているのであろう。瘴気の魔力を」


 ここに来る前に見た海での光景を思い出す。


「あれはここから発生しているのか?」

「恐らくは……ここ最近の海域に魔獣が出現する様になった理由わけがある」


 ある程度の答えを用意しているであろうセルフィは難しい顔で言う。


「『戒言』があるかもしれん」


 『戒言』確かユリナが以前言っていたものだったか。

 七つある戒言を探して集めろとかなんとか。


「その戒言がどう関係があるんだ」

「戒言は言わば、魔王の力の源。一つ一つの戒言には膨大な負の魔力が詰っておる。その七つが結集した力をお主は良く身に染みておる筈じゃ」

「思い出したくはないがな」

「あれを再び魔王の手に渡らせる訳にはいかん」


 俺はセルフィの妙な言い方に反応した。


「まるで魔王が生きているみたいな言い方だな」


 冗談半分でほのめかすとセルフィは真剣な眼差しで答える。


「魔王は生きている。この世界の何処かでまた……」


 昔話を好まないセルフィはあまり自身が生きた記憶を語らない。

 生きた分だけ、嬉しいことや悲しいことは沢山ある。しかし、彼女にとってその度合いの強さは圧倒的に後者の方が厳しく、辛いものなのだろう。それに関する記憶は彼女にとって思い出すだけで後悔が多いのだと分かる。

 言葉遣いや態度で見た目とは不相応な感じではあるが、根底の部分では精神年齢も相応に下がっているに違いない。


「驚きはしないのか」


 魔王が生きている。

 その事実には多少なりとも驚いているが、何となく予想はしていた。


「魔王の復活、戒言、これらの単語を聞く限り魔王とは七つの戒言を有する器である。違うか?」

「お主にしては鋭い慧眼じゃな」

「褒めてんの?それ」


 鼻で笑われた。


「まぁその認識で間違いない。新たに現れたという魔王候補もその器にたる存在であると言える。故にこの時代の魔王候補は二人存在する」

「そりゃ、魔王を倒しても帰れん訳だ」


 ユリナはその事を事前に察していたに違いない。

 疲弊しきったこの世界で歳月も経たず、新たな魔王が誕生するとなればその唯一無二の抑止力を元の世界に帰らせるのは厳しいと判断したのだろう。

 下側からじーっと視線を投げかけられ、気づくと深い溜息を突く。


「お主はユリナを理解しているのか、おらぬのか分からん」

「理解は出来ないかもな。ユリナは俺よりもずっと頭が良くて、打算的に物事を進めるからな」


 常に前を見続け、自分が守りたいものの事を考える素敵な恋人。

 時に突拍子もない行動に出て驚かされたり、ビビらせたりされるけどそれも全て他人の為に行う。


「ユリナは自分の道を自分でしっかり整える。その姿はとても尊敬している」

「……ふん、小僧が…」


 セルフィは薄い笑みを浮かべると小さな声でぼそりと呟く。

 何を言ったのかは聞こえなかった。

 くるりと反転し、背を向けて歩く。


「そろそろあ奴らを起こして進むぞ」


 探索に出てからおよそ一時間近く経った気がする。カイには二時間程で戻ると伝えてはいるが、あの海王獣があの海域をウロウロしている限り絶対に帰れない。


「精霊殿に入るリングはここ以外にもあるんだろ」

「あと二つ程な。一つは大陸の果てに繋がり、もう一つは我らの里に通ずる」

「じゃあ、帰りは里経由で帰らせてもらうか」


 頼んでおいた魔法礼装もそろそろ出来る筈。


「それは構わんが、ちと至急戻らんと不味いかもしれん」


 セルフィの発言から何か魔力めいたものを感じ取ろうとするもあまりの距離の遠さに俺では一切感じ取れない。


「何か起きているのか?」

「先刻であろうか、王国の方で膨大な魔力の衝突を感じた」

「まさか、このタイミングで仕掛けてきたのか」

「分からぬ。詳しい事は地上に戻ってからでないと……」


 俺たちはお互いに途轍もない瘴気を帯びた負の魔力を肌で感じた。かの魔晄四獣に匹敵する程の禍々しいオーラ。そいつがたった今、この遺跡の何処かに侵入してきた。


「最悪なタイミングだな」

「狙いは戒言であろう。手に渡る前に阻止せねば……」


 珍しく焦った表情を浮かべたセルフィは身体を浮かせると加速して空を駆ける。


「小娘らを起こして、戒言の回収を任せる」


 そう言い残すと敵の元へと真っ直ぐに向かう。

 待て!と叫び掛けるも一先ず、手を下して直ぐにアイラちゃん達の元に向かった。

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