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三十九話 少年の休息 後編

「はぁっ!」


 アイラの鋭い太刀筋に悠馬はひたすら剣を合わせて対処する。

 魔法を行使して身体強化(ブースト)を掛けても一向に悠馬の身体に剣は届く事は無い。

 息を切らし、身体から大量の汗を流そうとも顔色一つ変えず、受け切られる。

 これが悠馬さんと私との差。

 以前の自分と比べれば、格段と成長してはいる。なのに、強者を相手にするとやはりまだまだだと痛感させられる。

 自身の限界に近づいたと感じたその瞬間、悠馬の鋭い一撃により手から剣が離れる。


「あっ」


 この瞬間、私の敗北が決定する。

 戦場であれば敵に殺されていた。

 そう強く言い聞かせているが、鍛錬を重ねるうちに次第と勝てないのが当たり前だと思い始め、初心の心から遠ざかっていると感じる。


「ここまでにしよう」


 悠馬は剣を拾いあげると魔力切れと体力切れを起こして足が小刻みに震えるアイラの元に行く。


「す、すみません」


 整えられた芝生の上に座り込むと膝の上にそっと剣を置く。


「悪くは無かったよ。剣の腕も上がっていたし、何より速さが増した」


 お褒めに預かり光栄です。と、素直に返したい所ではあるが惨敗を喫したアイラにとっては素直には受け取れない世辞だった。


「まだまだです。私も悠馬さんのようにはいきません」

「自分で言うのも何だけど、俺は見本とはならないからあまり参考にはしないで欲しい」


 異世界人である悠馬はこの世界の人間よりも遥かに高い身体能力を保有する。力の差はあまりにも歴然であると知れる。


「ですが、技の駆け引きとか。私にはまだ……」

「駆け引きは実践を積むことが重要だから……その点は俺よりバードックさんとかとやる方が多分参考にはなるよ」


 この屋敷の使用人として働いてる最年長の執事、バードック。

 以前は近衛騎士団に所属していたらしく、退役後はこの屋敷で専属の執事として働いてる。

 その彼とアイラは日々、特訓をしている。結果として彼女自身の実力は身に付いてきている。

 だが、恐らくアイラの求める強さとは彼女の兄であるクロードと重なる部分が多いのだろう。

 それもあってか、彼女は執拗に強さに拘る。


「焦り過ぎるのも良くは無い。アイラちゃんには、アイラちゃんの戦い方を通した方がいい」

「私なりの戦い方ですか?」

「自分の魔法特性や癖、その他諸々を含めて自分なりの強さを求める。誰かに似せたものより、自分らしさを追求することの方がアイラちゃんにとってはいいのかもしれない」

「私らしさ……」

「流石は勇者様だ。その慧眼、恐れ入る」


 低く渋い声のトーン。

 少し威圧的にも感じるが温かみのあるその声に悠馬は振り返ると直ぐに膝を着いて頭を垂れる。アイラも順次で同様にする。


「こんちには……です、女王様」


 咄嗟に出て来た挨拶に少し違和感を感じる。

 それもそのはず、悠馬はめちゃくちゃ緊張している。


「公的では無いので、頭を上げてください」


 悠馬とアイラは頭を上げて立ち上がると改めて女王と向き直る。

 その後ろには多くのメイドや執事が廊下の方で控えていた。


「女王様、今日は一体何用でこちらに?」

「……女王様とは他人行儀過ぎではありませんか?」

「え?」


 突然、質問を質問で返された


「勇者様、いや悠馬様はユリナの婚約者です。なら私の事も母の様に思って欲しいのですが」

「あはは、ご冗談を………」


 苦笑いをして返す他ない。


「まぁいいでしょう。これはいずれ追求するとして、今日の本命は悠馬様が連れてきたあの二人についてなのですが」

「ケンイとフィオの事ですか?」

「えぇ、そのケンイさんの事です」

「ケンイが何か?」


 女王自らこの場にやって来ての報告だ。

 それ程、重要な機密となると恐らく……


「彼の出自に関する記録が見つかりましたので、その報告に」


 やはり。


「なら、ユリナ達と一緒に中で………」

「それは無用です。今この場で、お伝えさせてもらいます。それと、お願いがあります。この事はなるべく他言無用でいてもらいたいのです」

「ケンイの出自はそれ程までに機密的だと?」


 そこまで言われると尚のこと気になる。


「えぇ、出来ればユリナにも伏せていて下さい」

「なら、私は………」

「構いません。一人、証人も欲しいのでどうかそこでお聞き下さい」


 場違いであると考えたアイラはそっと後ろに下がろうとするも女王の一言で足を止める。

 悠馬は謎に包まれたケンイの素性を聞く心構えを取る。

 機密情報を聞いた事は今まで一度もない。

 近いもので言えば、好きな子が誰か、俺だけ知っているみたいな感じだろうか。

 まぁ個人情報という点ではお互いに一致してはいる気もしないが。などと適当に考えて気持ちを和らげる。

 軽く咳払いをすると女王らしく、真剣な表情で言う。


「簡潔に言います。ケンイさんはある貴族とその侍女との間に生まれた子であり、生まれて間も無い頃に殺された事になっています」


 やはり、フィオの言った通り。大凡の内容は当たっていたか。


「やはり、知っておられましたか」


 顔を見て察したのか、女王はクスリと笑みを浮かべる。


「いえ、全部は知りません。ただ貴族の子であると」

「なるほど」

「それでケンイの父親って誰なんですか?」

「あなたもよく知っている方です」

「俺が……よく知っている?」


 誰だ、全く見当が付かない。

 俺がよく知っている貴族の人となると限られるがケンイとの接点においては一致する人が一人も………。

 いや、居た。

 俺は恐らくその人から言われていた。

 『息子を頼む』と。

 今思い返すとあの事は彼に対してでは無かったのか、あの人は殺された筈の自分の息子を生きてると知ってて俺に……。いや、敢えて殺した事にして彼の目から遠ざけたのか。

 ケンイの持つ魔力量を知っていたら、必ずものにしようとするとあの人は読んでいた。

 過去の記憶とその人の考えがポツリ、ポツリと浮かび上がり、それが点と点で結ばれていく。


「お分かりのようですね」

「えぇ、ハント・ラフォント。あの人がケンイの父親なんですね?」


 俺の用意した回答に女王は静かに肯定する。


「正解です」

「なんで、今更そんな情報を?」

「彼の異常な魔力量に私は少し気にかけ、ふと数年前に生まれたある赤ん坊が途轍もない魔力を有していた、とラフォント卿が過去に話ていたことに類似点を見出しました。そして、出自に関する記録を漁っていた所、見つかったと言うわけです」


 貴族は王宮の管理の元、出自に関する記録は全て報告する義務がある。そして、その後の死後に関することも。

 その義務の理由は貴族の遺産相続の際に起こる争いを防ぐ、あるいは最小限に抑える為でもある。


「それで女王様はどうするつもりでお考えですか?」


 これが機密だと言われる所以、それは簡単。

 ラフォント家、王家の座を奪わんとする者達にとってケンイという存在は言わば武器。

 王家と戦わんとする為の力。

 ユリナと同様、あのまま成長すればたった一人の存在により力のバランスは大きく均衡へと保たれる。

 そして、人間を道具として扱いに長けてそうなあの伯爵ならケンイを戦略兵器として存分に扱う事を目的とするに違いない。


「この事は伏せて起きます。ケンイさんが死亡しているという事実はラフォント卿が作ったものです。その意図は悠馬様にはお分かりの筈です」

「えぇ、ハントさんの意志は俺が護ります」

「くれぐれもご注意を、かの現在の伯爵公はお気付きかもしれませんので」

「……先日の一件ですか」

「はい。色々と悠馬様は目を付けられているようですから」


 そう話に一区切り付いた事を見計らった付き人が隣に歩み寄ると時間を伝える。


「では、失礼致します」


 笑顔で挨拶にすると振り返って直ぐに帰ってしまう。

 見えなくなると俺は新しい悩みの種に溜息をつく。


「注目の的ですね」


 アイラちゃんは珍しく冗談めかして言う。


「いや、注目だよ」


 嬉しくは無い。

 むしろ、見ないで欲しい。

 が、そうは言ってられない。


「恩を仇で返すのは性にあわないしな」


 それにダレン伯爵にケンイを渡す方が後々面倒な事態が跳ね上がりかねない。

 さて、その権威はどこで何をしてるのかやら。

♦️

「ハイよ、特産オレンジの濃厚100%果汁入りだ」


 この港町で一番のオレンジジュース屋で、一番の怪力を持つ女店長の絞りたてジュースを受け取ると俺は渇いた喉に一気に流し込む。


「ぷはー、美味い!」

「早いよ。もっと味わって飲みなよ」

「いやぁ、美味いし、喉乾いてからさ。もう我慢出来なくて」

「いい飲みっぷりではあったよ。けど、奢った側としてはもう少し味わって欲しかったかなぁ。高かったし」


 そう言われると立つ瀬がない。


「あはは、あんちゃん達、そう喧嘩しなさんな。他所からわざわざここに来てるんだろ?ならサービスしてあげるから」

 

 そう言って新たに特産オレンジを大きく広げられた左右の掌に三つほど握られると怪力の如く握り締められると、大量の橙色の液体が器へと注がれる。

 その絵面はあまりにもアレだが、味は確かに美味しい。絵面はアレだが。


「ほれ、おかわりだよ」

「いいんですか?」

「無論さね。美味いと言ってくれる客にサービスしない訳にはいかんからね」


 気前の良い店長からの言葉に感銘を受けた俺はその感謝を受けて、もう一度思い切り喉に流す。


「うん、いい飲みっぷりだね」

「どうも、ご馳走様でした」

「お粗末様だよ。また来な」


 そのやり取りを横目で見ながらサキもまた同様に飲み乾す。

 再び通りへと出た俺達は取り敢えず歩いていた。


「はぁ、満足した」

「オレンジジュースだけで満足するなんて、お子ちゃまだね」

「うっせ。お子ちゃまで悪かったな」


 言い合うだけ無駄。

 そういう気分に駆られたせいか、何故か言い返せない。この女と話すと妙に調子が狂う。

 それに何故かこのやり取りが初めてじゃない気がしてならない。


「また、私の事をジロジロ見てますけど?」

「ん?あぁ、ちょっと思う所があって」

「思う所?」

「なんて言うかな、前にどっかであった?みたいな」


 彼女は顔色一つ変えずに答える。


「私は君のこと、さっき初めて知ったけどね」

「だよな。なんかフィオみたいな感じだったからつい」

「フィオ?」

「あぁ、俺の家族なんだ。たった一人の」


 彼女は俺の言葉に対して少し間を作る。


「その子、どんな子なの?」

「年は俺と同い年だけど生まれたのが少し早いだけで、弱いくせに意地っ張りで姉らしく振舞って……」

「姉らしく……」

「まぁ、姉って言っても血の繋がってる訳じゃないから、変な感じなんだけどな」

「ふーん」

「でも、たった一人の大切な家族なんだ。俺に残された、この世界でたった一人の……」

「大切にしてね、その子」


 口調が少し変わった?気のせいか。


「言われなくてもそうする。もう家族を奪われるの御免だから」


 その言葉にサキは不意に足を止める。

 隣から足音が聞こえなくなったのと同時に俺は振り返る。


「サキ?」

「あー、ゴメンゴメン。ちょっとボーッしてたかな」


 何故かは分からない。

 俺は今、彼女が見せたあの表情に心が揺らいだ。

 悲しい、そう言った感情が意図せず湧き出た。


「サキ、やっぱり俺達……」

「あれ?ケン……」


 サキのその後ろによく見慣れた少女が立ってこちらを見ていた。

 

「フィオ、何でここに?」


 俺に気付くや否や、フィオは怖い表情を浮かべると走って鬼の形相如く睨みつける。


「本当に何を考えてんの!勝手に家出なんかして、皆心配してたよ!」


 当然の如く怒鳴られた。

 お前は『俺の母ちゃんか』と軽口を叩いて反論しようとも思ったが、今回は百自分に非があることを認める。なので、ここは敢えて言い逃れの手に出る。


「いや、散歩しに出掛けたら帰れなくなって……」

「魔法でここまで来て散歩?もっとマシな言い訳はないの?」

「悪かったって、俺だって休みたい日が欲しかったんだ。フィオだって見てたろ、あのロリエルフの所業!」

「だからと言って、皆さんに迷惑かけるのは筋違いでしょ!私達、客人扱いなんだから黙って出かけたりしたら心配されるでしょ」

「……ご最も」

「はぁ、これ以上あーだこうだ言っても無駄なのは分かってるからもう言わない」


 フィオがここに居る理由。

 それを考えて分からない俺ではない。

 ここは甘んじてフィオの説教を受け入れよう。


「それとケン、さっき誰と話してたの?」

「え?いや、後ろに……」


 先程まで一緒に居たはずのサキの姿は消えていた。

 何も言わずに、静かに消えてしまった。

 せめてジュースのお礼くらいはちゃんと言っておきたかったが、仕方ない。

 次に会った機会の時にでもしよう。


「じゃ、帰るか」

「もうここに来た目的はいいの?」

「済んだ。それでフィオはなんでここに?」

「悠馬さんにお使いを頼まれて」

「なんだ、俺を捜しに来た訳じゃないのか」

「それもあるわよ、バカ」


 そう途切れもない普段の何気無い会話をしながら、夕陽の照らす港町の通りを俺はフィオに連れられながら上っていった。


 薄暗い森の中に建てられた大きな屋敷。

 その玄関の横に据え置かれている倉の影から小さな人型が現れる。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 影の存在に気づいた屋敷のメイドの一人が外で出迎えると少女は「ただいま」と一言述べて、屋敷に入る。

 薄暗い蝋燭によって照らされる最小限の光を頼りにしながら階段を登り、二階の奥にある自室へと向かう。


「ん、珍しい顔だな。妹よ、何か良い事でもあったか?」


 突如、現れた一人の青年が愉快そうに笑みを見せる。


「兄様こそ、ここには滅多に帰って来られないのにどうかしましたか?」

「なに、妹の顔が見たくてな」

「ご冗談を……」


 そう言って通り過ぎると、後ろから肩を掴まれる。


「そう邪険にするな。血を分けた兄妹だ、隠し事は無しにしよう」

「隠し事なんて有りません」

「本当か?ここ最近、やたらと外出しているようだが?」

「ただの魔法鍛錬です。私の魔力と魔法が並外れたものであるのはご承知の筈では?」


 諦めが着いたのか、そっと肩から手を引く。


「そういう事にしておく。くれぐれも俺の邪魔だけはしてくれるなよ、我が妹よ」

「承知しています。それでは」


 部屋の前まで足を進めると扉を開いて中に入る。

 魔石灯に魔力を送ることで部屋を明るくし、着ていた服を脱ぎ捨てると黒い下着姿のままベッドに仰向けで寝る。


「やっぱり記憶はないか……」


 記憶の有無を確認するために生前と同じ名前を名乗ったものの、一切の反応がなかった。

 ケンイ。彼は確かに転生者で、私の弟のケンイチなのは間違いない。

 それは会話を通してよく分かった。

 前世で、ケンイチが今の時と同じくらいの年頃と全く同じ態度だったから。

 けれども、今の彼はケンイだ。ケンイチであった頃の記憶はないのではケンイチとは呼べない。


「でも、やっぱりこの世界に来てた……」


 ベッドの端に置いてある一枚の紙に目を通す。

 亡くなった父から生前に書き記された内容。

 そこには私と血を分けた同じ母親を持つもう一人の弟がいたということ。

 その子は既に母と一緒に死亡した、という扱いになっていたようだが実は生きていたらしい。私と同じく生まれた時から高い魔力を持っていたため、正妻である兄の母親に事故を装って殺された。辛うじて生き延びた弟はそのまま死亡扱いにして、遠方の平民に預けたという内容だった。

 そして、つい最近。

 私は弟をあの村で見付けた。

 この世界で生まれて初めて弟を見たけど、直ぐにそれがケンイチだと気付いた。

 声や容姿、性格は違っても弟の持つ人間性の本質は変わらない。

 確かめた以上……姉である私が見間違うはずがない。

 それが今日、確信へと変わった。


「嬉しそうですね。お嬢様」

「笑ってた?私…」

「はい。表情に温かさがありました」


 幸の薄そうな黒髪の専属メイドが感情を乗せずに言葉のみを伝える。

 彼女も私同様、この世界で人に虐げられた身。メイド服の裏にはその傷がいくつも残る。

 故にこの屋敷では、お互いに笑顔を見せ合うことはなかったが、どうやら私は多少浮かれていたようだ。


「私の前で隠す必要はありません。お嬢様の笑顔はお綺麗です」

「感情の籠っていない声で言われても嬉しくない。それにここでは笑顔になれない」

「今は二人きりでございます。普段は見せない顔を私に見せても構いません」


 むしろ、見せて下さいと言っているように期待を込めて待つメイドに溜息をつく。


「それではお嬢様、お着替えを……」

「自分でやるからそこに……」

「これもメイドの務めです」


 そう言って断固として言うことを利かない唯一信頼を置ける彼女に着替えを手伝わせる。

 時折、肌に顔を擦り付けたりするのは止めて欲しい。

 前世の記憶がある分、純粋無垢(ピュア)な心を持たない大人の皮を被った子供の私にとってこの行為はかなり抵抗を覚える。


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