三話 国王
「ったく、何処だよ。ここは」
改めて外に出るため、王宮内を歩いていたが……外に出るどころか、所在地すら掴めずにいた。
人の気配がない広々とした大きな長い回廊に豪華絢爛な装飾を施した壁と天井。どこに行こうとも全て 同じ風に壁に装飾が施されているせいか、これといった目印になるものもない。
端的に言えば、完全に迷子になった。
ここを通った誰かに道を教えてもらって抜ける事が出来るかもしれないのだが……辺りを見渡しても誰一人として居ない。
時間的に見れば今はお昼頃。王宮で働くメイド達は昼食の準備や配膳などで忙しくなる時間であるが故に全くすれ違うことがない。すれ違ったとしても道案内してくれる余裕はないだろう。
「おや、悠馬君ではないか」
と、突然後ろから話し掛けられた。
音もなく、気配も感じなかった。
ただその声に気づき、反射的に振り向く。臨戦態勢に入る時の行動を取るが、腰に聖剣を携えてないせいで空振りに終わってしまう。
「驚かせてしまったようだね」
穏やかな口調で年期の入った低く親しみの持てる声で話し掛けて来た中年の男性。
その正体に気が付くと同時に俺は自分の取った行動の愚かさに気付く。
「こ、国王陛下!」
敵意を向けてしまった事に対して深く謝罪の意を表するため膝を着いて頭を垂れる。
「申し訳ございません。いつもの癖で……」
背後に立たれるのは苦手だ。
戦時下で、背後から奇襲され、背中をぶすっと思い切り刺されたあの恐怖と痛みは今でもトラウマとして植付けられている。
「いや、いいんだ。当然の反応だからね、頭を上げてくれ」
そう言われ、地面から膝を離す。
そこには柔和な笑みを浮かべた高身長の男前な貴人が周りに誰も連れずそこにいた。
その人の名はダリル・L・ラフォルト国王。
ユリナの父にして、ラフォルト王国の誇る随一の武人でもある。
悪魔や魔獣の軍を相手にしても、孤軍奮闘をみせ、一騎当千すらやり抜いて見せる最強の武王と名高い反面、日常生活においてその姿の面影を見せることの無い、善人な国王として知られる。
「すまないね。私もやはり現役の時の癖が抜けなくてね。君と同じさ」
如何にも国王とも呼べる身なりの格好で自慢の長髭をさする国王は昔を回想して優越に浸る。
「それで、この様なとこで何を?悠馬君は今日にも帰還すると以前話していたではないか」
「えぇ、まぁ色々と有りまして……」
つい先日、俺は国王陛下にお別れの挨拶を告げて来たばかりである。その上で今こうして相対して話すと少し気が引ける。
「こんな所で立ち話はなんだ、私の部屋に来るといい。まぁ、ここなのだがね」
国王が指し示す方向。俺の直ぐ横にある大きな扉が開かれる。
既に中で待ち構えていた執事の翁がタイミングを見計らって扉を開けた。
「中にどうぞ」
「失礼します」
国王は俺を導くように自室へと迎い入れた。
中の造りは俺の部屋よりも遥かに広い。
この部屋には国王陛下の公務兼執務室となっているため、国中の沢山の重要機密の書類や国宝級の武器の保管などといった一般人があまり目には触れてはいけないものばかり並ぶ。
「さぁ、座ってくれ」
来客用の黒いソファに腰掛け、国王の付き人である執事長の翁が用意した菓子や紅茶等のもてなしを受ける。
赤いマントやローブを外し、ラフな格好へと変わった国王は机を挟んだ前に座る。
「それで、悠馬君は何故まだ王宮に?忘れ物でもしたかな」
「それはですね……」
俺は国王に午前中に起きた事情を話した。
先刻における出来事の全て。そしてユリナに対しての告白の件も含め。とにかく、思いのままあったことを話した。
「……そうか、それは済まないね。ユリナの我儘に君を巻き込んでしまって」
「いえ、そこまで気にしてません」
としか言えん。凄く迷惑してますなんて口が裂けても言わないし……そもそも迷惑だなんて思ってすらいないな。
「だが、元の世界に帰れなくなった。その事の責任はあまりにも大きい。君の、今後における人生を大きく変えてしまったのだから」
「そんな大袈裟ですよ」
「いや、大袈裟なことではないよ」
国王は少し真剣な表情をする。
俺にとってあまり重大な事だとは捉えないように努めるつもりだが、世間体から見れば一大事な話だと国王は認識しているのだろう。心中は察します。
「少し私の話をしよう、聞いてくれるかね?」
これは長話の予兆だ。
特にこれといってやることは無いから聞くとしよう。
「我々の一族、主に私の家系が君と同じ異世界の人間だというのはご存知の筈だ」
「ある程度の事は」
ユリナの父である国王陛下の父君が異世界の人間だと言うのは聞いたことがある。
彼女自身、父方の血筋に関してあまり知らないようだったから深く聞いた事はなかった。
「先ず、何から話すべきか……そうだね、私の祖父が異世界の転生者だと言うのはご存知の上かな?」
「はい……ん?」
俺はある言葉に引っかかった。
転生者?転移者ではなくか。
「君は確か転移者だったね」
「ええ、気付いたらこの世界に呼ばれたのは国王陛下も周知でしょう」
「そう、君は生を保ったまま、この世界に肉体を伴って召喚された。だが、父は違うんだ。元の世界で死を経験し、魂だけがこの世界へと迎えられ、再び生を得た存在。故に転生者なのだよ、と父は語っていたよ」
転移者と転生者の違い。文字通り、その意味の定義に当てはめるなら理解は容易い。
それに以前、お祖父さんの件でユリナからもそんな話を聞かされた事があった気がする。
「君も含め、異世界からの人間は皆、我々の世界の人間より能力が高い。それが、聖剣の担い手ではなくともね」
「ユリナを見ていれば分かります。聖剣を使わずとも、この世界で頂点に達する程の力があると」
「あぁ、父も反則級に強かったのをよく覚えているよ。しかし、一つ不可解な点があった」
「不可解な点?」
「あれ程強かった父が何故聖剣に選ばれなかったのか」
そう言われても俺が出せる解はありませんよ。と、遠回しに表情で意志を伝える。
「すまないね。君なら何か知っているかと思ってね」
「俺も聖剣についてそこまで詳しくはありませんよ」
でも、国王が言わんとすることは分かっているつもりだ。
転生者として勇者に匹敵する力を持っていたにも関わらず、聖剣に選ばれなかったのか。
寧ろ俺が選ばれた理由。
その明確な違いを探れば答えは一つしかない。
「聖剣は転生者を選ばない」
言い方は少し悪いかもしれないがそうとしか言えない。
そして、国王も同様な意見を抱いていたようで小さく頷く。
「父は初めからの王族や貴族ではなくてね、普通の平民だったんだ」
「えっ?」
てっきり、そうなのだとばかりおもっていた。
「父の代で武勲を得て、子爵家の娘婿に嫁いで、そして今の私が国王と至る」
たった二代でそこまで登り詰めるのはかなり凄い。
これも転生者としての血を受け継いだ高いステータスのお陰でもあるのだろう。
反則じみたその力なら戦場で武勲を得るのは容易。その事は俺本人がよく分かっている。
「さて、話を戻そうか。聖剣はこの世界の人間ではなく、異世界の人間を選ぶ」
それ即ち
「聖剣には意志がある」
「つまりはそうだね」
あの剣に意志がある。
そう意識して感じたことははあまりなかったが、今思い返せば聖剣は俺の意思に反応して応えを出してくれる。
それは機能的な事だとばかり思い込んでいたが、意志となるとまたニュアンスが違ってくる。あの感触を言葉で表すとすれば、呼応だろうな。
「聖剣も魔剣と同様に中には精霊を宿しているのではないかと仮定されているのはご存知かね?」
「一応は……」
「私も精霊を身に宿しているからね。その辺りは少し予想できるがね」
「は、はぁ」
「そこでだ、君は何故この世界に呼ばれたのを覚えているかい?」
それはこの物語の最も最初に起きた記憶。
微睡の意識の中、何か別の空間を通っている最中、俺は誰かと対話した気がする。
だが……
「すみません。内容は全く……」
「すまない。変な質問をしてしまった」
「いえ。ですが、国王様が何でそう聞きたくなるのかは分かります」
おそらく、この人は知りたいんだ。
「御父上が転生した理由は俺には分かりません。元の世界で何か未練を残したのかもしれませんし、別の世界で新たな良い暮らしを望んだのかは俺には……あっ、すいません。勝手に分かったように……」
「いや、いいんだよ。父も何故、この世界で新たに生を受けたのか分からないと言っていたからね。それにやはり気になってしまうんだよ。父の本当の故郷についてね」
この世界の人にとって、俺たちの世界の話は戯言の様に聞こえる。
それはどちらでも同じ印象を持つであろう。なにせ、世界の理を成す根幹がそれぞれ別の意味で成立しているのだから。
しかし、国王にとって父の前世における話は全て本当の事と認め、見てみたい光景なのだと感じた。
「まぁ、現実それ程良いものではない、どちらの世界も生きるのは大変だと皆口を揃えて言っているけどね」
「あはは。よくご存知で」
おっしゃる通り過ぎて苦笑いでしか答えることが出来ん。
ん、今『皆』って言った?
となると、この世界にいる異世界の訪問者は俺だけではない可能性もある。
そういう見解が出てるのは当然。もしかしたら、これまでに会ったことがあるかもしれない。
「それで、国王様の御父上はどんな人だったんですか?」
その質問に国王は少し難しい顔をする。
「実は私もよくは覚えていないんだ。私が十歳を迎える頃には戦死してしまったからね。多忙な父と触れ合った回数は少なくてね。上の亡くなった兄達はよく知っていただろうけどね」
「戦死………ですか」
「無理もない。悪魔族との戦いの中、敗戦を強いられていた軍を撤退する為に命と引き換えに殿を務め、最期は敵諸共死んでいったそうだ」
話を聞くだけでもかなりの強者だ。
軍を撤退させただけではなく、敗戦下で敵を完全に足止めさせるまでその命を費やした。
ユリナは以前、魔族の弱体化はお祖父様による命と引き換えによって出来た偉業だと言っていた。
その人物が俺と同じ異世界の、地球出身者となるとなんだか誇りに思える。
「それ程の方が聖剣に選ばれなかった、変な話ですね」
「確かにそうかもしれないね。聖剣を持っていれば、父は………いや、止めておこう」
歯切れ悪く言葉を濁した国王は一旦、紅茶を口に入れて一息つく。
「それで、ここからが本命なのだが……君はこの国の王となる気はあるのかね?」
その台詞に俺は驚かない、予想の範疇だ。
ユリナに告白した事を告げた以上、その親である国王からそう告げられるのは当然。
だが、返事はまだ持ってなかった。
「分かりません。元々、俺の気持ちを伝えた後に、帰るつもりだったので………」
「うむ。私的には君に残ってもらえたのは有難い事だ。魔王を討伐しても、その残党はまだ居る。それを君にお願いするのは虫のいい話だとは思っているがね」
「勇者としての責務は魔王討伐だけでは無い。それは理解の上です。ただ、この世界で感じた辛さから目を逸らしたかった、というのが一番かもしれません」
あまりこの事は語りたくはなかった。
元の世界に戻って夢物語を見ていた事にして、現実というものを再確認する。
それでいて、このストーリーは無かったことにする。
ある意味では逃げていることになるかもしれないが、それでいいと。そうしようとしていた。
その考えを全て打ち明けた。
「そうか………やはり、君もなんだね」
「君も、とは…」
「父も同じことを言っていた。自分は元の世界に帰れば、実は生きていて、これは夢だったんだ。そう、
蒙昧事の様にね」
転生者には帰る所は無い。
元の肉体は死滅し、骨となって土に還る。
自分の居場所はもうこの世界にしかない。
帰ることの出来ない人にとって、それは蒙昧事だ。
「だが、君は違う。この世界、元の世界の両方に実在し、生がある。即ち、二つの人生がある」
「二つの人生………」
「この世界での人生と、元の世界での人生。それはどちらも良い事と悪い事がある。おそらく、それはどちらも同じだろう」
当然だ、どちらが良いか悪いかはわかるわけが無い。
確かにこっちの世界では戦いの場に出て、幾度も死線を潜り抜けたから今では死に対する恐怖は最初と 比べればないが、元の世界はそんな事ほぼない。
生活の水準だって元の方が圧倒的に良いし、俺のやり残した事の一つである娯楽の楽しみとかもある。
けど、この世界にもそれと似て通ったものもある。
好き……愛していると思える人がいる。
そう、こうやって考えていくうちに俺は答えを出せなくなる。
それは何故か、答えは簡単。
どちらも大切なもの。自分の手から捨て去ることの出来にくいもの。
しかし、そうやって捨てて行かないと前には進めない。
人生っていうのは進まないと答えは出ない。
それを理解してる俺は決断し、進もうとした。
だが、また立ち返ってる。もう背中を押してくれる友がいない事を言い訳にして。
「本当にすまない。これはそういう意味だよ」
国王の言葉の意味、それは俺の決断をユリナが変えてしまった事に対する詫びだ。
俺の悩みの末に決めた、道をユリナが強引に閉ざしてしまった。そんな事を知れば親として謝りたくなるのだろう。
「いえ、謝ることは無いです。俺だって、この世界の事を夢の中……無かった事にしようとしたんです。それは、今思えばあまりにも最低だと、思います」
付け加えれば、告白して返事も聞かずに帰ろうとしたのだ。最低という言葉はその行為に当てはまる。
「……仕方ない事だ。君も親しい友を失っているからね」
否定はしない。
事実、この世界に来てからの一番の親友と呼べる友を俺は魔王討伐の最中失った。
身近に死という存在を感じたのはあれが本当に初めてで、とても嫌な出来事だった。出来ればもう二度と味わいたくのない記憶をあらゆる負の感情に詰めた状態で植え付けられた。
腹を割って笑い合える中、そんなあいつが今隣に居ないのはかなりショックでもある。
それを今も尚、魔王討伐を終えても癒えないまま心の奥底に残り続けている。絶対に消える事のない傷として。
「それで悠馬君。君は身の振り方をどう考えているのだね?」
国王は話を半ば変える。
俺をおそらく気遣っていてのことだろう。
前向き話を検討する方が今後の生活が楽しくなるというもの。
「特には決めてないです」
世界が平和になったんだ。のんびりと悠々自適なまま過ごすのも悪くない……だろうが、それが夢のまた夢の話。
「ユリナに告白してはいるんだ。娘を幸せにするという選択肢しかなかろう」
お義父さん(仮)からの少し圧が強めな御言葉に頭の後ろに片手を回し、笑って誤魔化す。
「あはは、はい……そうです」
事実、苦笑いしかできん。
こうして、許可を得られたのはたった今、確認出来て少し安心しているが、俺の理想として掲げる生活はもう叶いそうにない。
「君も知っての通り、ユリナは三女の末娘だ。当然、王位継承権はサレンやサラよりも低く……難しいであろうな。それにあの子は王という立場に向いていない」
自ら愛娘に対する評価が厳しいのは意外な言葉であった。それと同時に納得もした。
「ユリナは女王に相応しくないのですか?」
「言ってしまえばね。特にユリナは王の気質としては二人よりも劣る。その辺は母ではなく私に似てしまったかな」
そう何だか嬉しそうに微笑む。
国王も言ったようにユリナには二人の優秀な姉がいる。
一番上の四つ上の姉であるサレンさんあは賢く、気品があり、才智に長けており、現在はこの国の政治の中枢を担っている。そして、二つ上の姉であるサラさんは他国とのパイプとして、政治に深く関わり、国同士の連携に勤しんでいる。
一方のユリナは二人よりも転移者である祖父の血を濃く受け継いでいるのか、常人より遥かに高い魔力を保有する。それもあってか勇者のサポート役として俺達と旅を共にした。
「私も、国を任せる身だ。この地位に座るにはそれ相応の能力者と人格者を兼ね備えた人物を後見人にする必要があり、国民の信頼を担う者を彼女達の伴侶として次期国王の座を渡そう」
妥当な判断だ。
その線で現国王からの見解がそうなら、ユリナが次期女王となる事は無さそうだ。
「ユリナもおそらくそう理解していると思う。しかしだ、彼女も二人の姉の様になりたいと思って努力しているのは知っているから、直には言えないがね」
「聞いたら怒りますよ」
ユリナは意外にも野心家である。
彼女は見た目とは裏腹にそういう面が多々ある素振りを普段は見せないが、たまに垣間見る。
それもまた魅力的なのだが。
「私個人としてはだ。君を長女のサレンと結婚させ、次の王位を継いでもらおうと思っていたのだが……それも叶わぬ野望よ。あの子ももう結婚していてもおかしくない歳であるのに、何故か頑なに拒むんだ」
婚期が遅い三児の娘を持つ父親として真剣に心配する素振りを見せられるも苦笑いしながら目を逸らす。
国王の気持ちは分からなくはない。普通なら婚約の一つくらい交わしていてもおかしくない年齢の娘達が未だに独り身であり続けるどころか、世継ぎがいつまでも決まらないのは王族としての立場からでも深い懸念を抱いているのだろう。
特にサレンさんは縁談切りで有名なため、他の有力貴族でも手が出せない程である。
「君とサレンは意外にも仲が良かったであろう?」
「それなりに…よくはしてもらっていました」
俺にとってのサレンさんはお姉さんっていう感じだろうか。ユリナと上手くいかない時はいつだって相談や悩みに乗ってくれたことから意外に話す間柄ではある、結婚するという可能性はもうゼロに近い。
加えて俺の意見を言わせてもらうなら俺は王になるつもりは全くない。
平和なこの世界で怠惰なのびのびとした生活を送りたい。と、真剣に思っている程度だ。
「まぁ、なんだね……ユリナが自分の意思を通してまで君をこの世界に留めさせたんだ。君には彼女を任せるとしよう」
「えっと………ありがとうございます?」
凄い返答に迷う。
「そこでだ、君がこの世界で生きる以上、身分が必要となる」
「あぁ、そうですね。俺って客品扱いのままですよね」
勇者の立ち位置はあまりにも複雑な故、種族上、人間であるが俺はこの世界のあらゆる国にまだ何処にも所属してはいない。という扱いになっているようだ。
少し髭をさすって俺の地位について考える。
「そうだな、公爵はどうだろうか?」
その提案に俺は数秒固まる。
「いや、いやいやいや!高いですよ、せめて子爵あたりでは?」
俺は『公爵』というフレーズを聞いて驚く。
この国の貴族階級だと公爵は最上に当たる。つまり、国王と同じ位に立ったことになる。
その次に、伯爵、子爵、辺境伯、男爵と五つの位置に分けられる。
「そんな、ホイホイと公爵の位をあげていいんですか?」
「君は例外だよ。それに魔王討伐の功績は他の貴族とは比べ物にならないくらいの偉業だ。最上の席は君にあると言ってもいい。ユリナと結婚するのであれば私自ら進言したところだよ」
それはもう終わった話でしょ。そう内心でツッコミを入れつつ俺は否定した。
「嬉しくは無いですよ」
いきなりのこの爵位は貴族界のバランスを崩しかねない。
「しかしだ、娘と結婚させるなら、最低でも伯爵の地位を有しておかんとだね」
「にしても、公爵は不味いですよ。他の貴族からの反感とか………」
「君に反感を買っても返り討ちにされるのがオチだ。それに貴族よりも低い爵位の方が逆に他の貴族からの勧誘が多い、国王直属の貴族なら手を出しにくいし、抑止力ともなる、それらを考慮した上だと、私としても公爵でいてもらいたい」
確かに。と、納得せざるを得ない。
だが、見方を変えればこうも言える。
「王宮のパワーバランスの不均衡性、この点は良いと思えませんが」
「ふむ………君は良い指摘をする。試したようで申し訳ないが、実にその通りだ。もし君がなんの反論もなく受け入れるようなら考え直していた所だよ」
「まぁ、普通に考えておかしいとは思いますよ」
一国の国王が自国の崩壊を招こうとする愚王であろうなら、この国はとっくに滅んでいる。特に現在の内政状況はかなり芳しくない。戦争が終結し、軍の機能はほぼ停止しているに等しい。そこで国家転覆を図ろうとする復権派の貴族が新たに力を付けて王宮内に内戦を仕掛ける可能性もある。
そんな状況下で油を注ごうとするのはあまりにも危険過ぎる。
腕を組んで背もたれにより掛かると暫く思考を凝らす。
「うむ。であれば、君が望む通り子爵の地位を与えよう。と言いたい所ではあるが私としてはだな。やは
り公爵という地位を与えたい、君が望むのであればね」
「別にどっちも望んでませんが……」
「しかしだ。言い方は悪いかもしれんが、君を子爵にするにあたって……我々は君を利用するかもしれん。王宮直属の貴族として」
分かってはいたことだ。
怠惰な生活を求めるならユリナとは別れて一人で暮らす他ないが、プロポーズして残った以上、流石にそうはいかないし、そうする気もない。
「構いません。勇者と同様に責務を果たすだけです」
その言葉に対して、国王はあまりいい顔をしない。
「良い覚悟だ。と素直に言いたいが……君は少し従順は気がする」
「そうでしょうか?」
そう言われるもあまり実感はない。
目の前にある目的を達成する為に動く。この世界に来てからは、やる事と言えばそれのみだからか、命令されれば遂行するという癖が出来たのかもしれない。
「君自身、他にやりたいことは無いのかね」
「やりたいことですか………」
特にない。
まぁ、強いて言うなら
「元の世界に帰る手段を探すとか、ですかね」
冗談めかして俺は言う。
すると、それに対して国王は立ち上がる。自室の奥にある書庫の部屋に入る事、数分後。
一冊の古びた文書を持ってきて、机の上で開く。
「これは?」
「父が使っていたメモを纏めた文献でね。ここには異世界に渡る方法が載っている」
中身を確認すると、俺でも分かる文字で色々な研究内容が記載されている。
その一つに転移者の転移門と書かれた、先刻ユリナが破壊した魔法陣の構築の仕方に関する文面だ。
そして、更に他のページには先程以外での構築方法が多々記載残っていた。が、やはりどれも未完成な ままらしく、転移門たる儀式場の位置は特定されているがそれぞれ条件を達成しないと作動しない仕組みになっているようだ。
「父は高原の転移門を完成させたが、自らが渡ることは叶わなかった。何故だか、分かったかい?」
「あの儀式場は異世界の人間の意識をこちらに送り、肉体を再構築する。即ち、元の世界の肉体はそこに残っている。そして、帰る際は全てを元の状態に戻す事で帰還が成立するってことですよね」
大雑把ではあるが、そんなとこだろう。
「正解だ」
つまり、俺のこの身体は元の世界の複製であり、突き詰めれば本物の瀬戸悠馬ではない。
元の世界にも俺の本体が残っているのだとすれば、この身体は魔法で出来た魂の器に過ぎない。
本来の肉体と違って身体能力に明らか差があるのもこれが要因かもしれない。
それが、本当ならある疑問が浮かぶ。
「じゃあ、俺がこの世界で死ねば、元の世界の身体はどうなるんですか?」
いや、聞くまでもなかったかもしれない。
ユリナが帰る為の魔法陣を構築した理由。
それは俺の魂を元の世界に返す為だ。
穴が無い限り、俺の魂はここに留まり続ける。
「事実上の死を迎えるね。理論上では」
「………」
「こちらの世界で死ねば、魂は消える。だから、元の世界の身体は永遠に空のままそこに残り続ける。それはもう死だ」
なんとなく頭では理解したが、こうして口に出して言われると受け止め方の重さが違う。
魔王討伐の最中、似たような事を考えた。
仮に俺が失敗し、この世界での死を迎えたとしても元の世界に戻っているんじゃないか、と。
しかし、それは甘い考えだった。
そんな都合のいい話が起きる筈もない。再度、自分にそう言い聞かせる。
「この事実を改めて認識した私の見解を聞いてもらいたい」
国王の見解。
もう答えは出ている。
「君は元の世界に帰るべきだ。先程、あぁは言ったがやはり良くはない。どちらの世界の君にとっても」
「………」
否定は出来ない。
この世界で死ねばそれはそれで終了。だが、元の世界の身体はどうなっているか分からない。
俺の身体だ。当然、放って置くのは良くない。
「過去にも君のような転移者はいる」
「そうなんですか?」
国王はある項目を見つけて俺に見せた。
「魔王と勇者の関係は切っても切れないらしくてね。魔王の復活と共に新たな勇者の召喚、それは今回で三回目の様だね」
そう言われると、俺は魔王と戦っていた中、数度会話をしていたのを思い返す。
その時に魔王は確かにこう言った『また、我を阻むか』と。
あの時は深く考えなかったが、今思えば魔王の言った『また』という言葉に引っ掛かりを覚える。
それは他にもいたという事。聖剣の担い手が異世界の人間だけなら、確かに当てはまる。
「ちなみに、その人達はどうしたんですか?」
役目を終えて元の世界に戻った。そう予想したが、実際は大きく外れた。
「一人は魔王と命を引き換えに死に、もう一人は他の大陸に渡って姿を消したようだ」
どちらも元の世界に帰った事実はない。参考にならないな。
一人くらいは帰れよ。と、思ったが一人はこの世界を護って死んだ。それに対する敬意は示すべきだ。
だが、問題はもう一人。
「他の大陸に渡ったっていうのは?」
「それは分からない。ここには聖剣を残し、消息を絶ったとしか書いてないからね」
まぁ、何せ二百年前の出来事だ。いくら、国王の父の日記でも百年以上経った後の調査結果だ。
細かい所までは分からなくても無理はない。
この世界の記録媒体は主に人が書き記したモノ。
データとして残るのではなく、人によって書かれ、その後管理された物。故に数百年と経てば曖昧になるのも道理。前近代な世界であるなら当然と言える。
「すまないね。これといった手がかりがなくて」
「いえ、仕方ないですよ」
「そう言ってもらえて助かるよ。私としても、君の帰還に尽力注ぐ。暫くの間、もう一度父の文献を漁ってみるから、結果報告を待っていて欲しい」
国王のその真摯な態度に感化された俺は若干涙ぐましい感じになるも、感謝の意を込めて頭を下げる。
「本当にありがとうございます」
「言ったろう。謝罪すべきなのは私だと」
いえ、悪いのはユリナです。
とも、言えず、俺はこの国王の詫びに対してそのまま受け入れようと思った。
そうする方が互いにとって得なのだから。
「それじゃあ、お願いします」
「任せたまえ」




