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三十七話 少年の休息 前編

 これは私とケンイ世界を救ったあの偉大なる英雄、瀬戸悠馬さんと一緒に王都に上り、数年間住み慣れたお爺ちゃんのいる領地から悠馬さん持つ屋敷に住み始めてもう二週間が経とうとしていた日の事。

 その日、私は悠馬さんとユリナ様の茶会にたまたま呼ばれて、優雅なティータイムをしていた。

 今まで食べたことのない高級な菓子に手が止まらない私は誰が見ても幸せそうな顔でモリモリと食べていた。そんな私を微笑ましく見ながら、ユリナ様達は近々行う近海探索について話を進めているようだった。

 探索を行う日時は四日後の午前、それまでに船を手配したり、海に潜る際の格好や持ち物について話合っていたが、実際にその件に関してはほんの数分で終わり、殆どの間、お二人で何かお話をされていた。

 このお二人の関係は国中の誰もが周知の上。

 この屋敷にいるメイドさん達は二人が婚約を交わしたあと、お互いに少ない時間を過ごそうとするユリナ様を陰ながら応援するかの様にソワソワと過ごしているのも多く見られる。そして、お二人が知らない所で国王様に親密度に関わる進展情報が行き渡っていることも。

 それにしても、本当に仲が良いのだと思わされる。

 二人の仲に笑顔は絶えないし、ユリナ様もいつもよりトーンが高くなって話されている。

 子供の私にはまだお二人の様な恋愛感情は分からない。

 けれど、いずれ二人の様な関係をケンイと一緒に持ちたいとばかり思ってしまう。


「そう言えば、フィオさんとケンイさんは血縁関係ではないのですよね?」


 突然話を振られると菓子の手を止めて、慌てて口元をハンカチで拭う。


「はい。ケンイは赤ん坊の頃に森で拾ったとお父さんが言ってました」

「森で?あいつはきんたろうか何かか?」


 キンタロウ?聞き聞き慣れないワードに反応しつつも話を進める。


「お父さんが言うには何処かの高貴な家柄の子供らしく……森の中で馬車の残骸を見付けた頃にはもうケンイしか生き残りがいなかった、と」

「ってことはケンイは貴族の子供なのか?」

「そうですね。その線の可能性は高いです」

「あの、もしもケンイが貴族の子供だったらどうなるんでしょう?」


 ケンイ自身、この事実は周知の上。しかし、事実を聞いたその時に『俺は顔も知らない親を親とは呼ばない。二人が俺の両親であるのは変わりない』と言って、それ以来から本当の両親について聞いたり、調べたりする事は一切無かった。まぁ、元々関心が無かったことに変わりはないけど。

 だけど、お父さんの口からその事実を聞いた時、私は少し怖かった。

 いつかケンイの本当の血縁に当たる人が来て、連れて行ってしまうのではないかと。

 そして、この想いは王都に来てから再び強くなり始めた。


「そうですね……もし、それが事実であればケンイさんの血縁にあたる方が王国にいるのは間違いないでしょう。そして、そうだと分かれば正当な後継者として迎えられる可能性も否定出来ません」

「あいつは男だからな……」

「それに規格外の魔力を有しています、彼の能力が知れ渡れば身分関係なく多くの他貴族は喉から手が出る程の逸材でしょう。加えて、貴族の子供であれば尚更」

「やっぱり……」

「まぁ、ケンイのことだしその心配は問題ないだろ」

「え?」

「本当の家族が誰か分かっているなら、フィオの元から離れてったりはしない」

「そうですね。フィオさんに何も言わず、無断で国から出ようとはしません」

「あのぉー、その件まだ引き摺っているんですか?」

「当然です!言っておかないと悠馬様は絶対にまた同じ繰り返しをしますから」

「仕方ないだろ、言ったら引き止められると思ったんだから」

「仕方なくありません」


 普段は見せないお二人の喧嘩に私は悩んでいた気分を吹き飛ばされ、少しちっぽけな存在みたく思えた。ケンイと一緒に過ごしている私がケンイの事を理解していなかった。

 そんな私が……私自身が恥ずかしくも思えた。


「まぁ、居なくなるって話なら他の事でありそうだな」

「他の事……ですか?」


 その事について、ユリナ様は察すると視線をやや斜め下に向け、思い出したくない記憶を彷彿とさせながら言う。


「いくら意志の強いケンイさんでも、先生の苦行……いえ、鍛錬に耐えるのも限界が来ると私も……」


 そう言いかけた矢先、


「た、大変です!ケンイ君が逃げ出しました」


 慌てて扉を開けたアイラさんがそう言い放つとお二人は「うん、よくもった」「先生も相変わらずですね」と何処か遠い目で呟く。


「あの、ケンイはどこに?」

「ごめんね、私も分からないの。最後に見た時は港の方に向かって走って行ったけど……」

「おそらく、スタットフェルト領じゃな。昨夜あげたオレンジジュースを買いに行ったのかもな」


 セルフィード様はいつの間にか私の隣に座って残った菓子に手を付けている。


「あの少年は根気強いのぉ。五日と一週間で逃げ出したお主らより」

「俺は魔法士じゃなくて、剣士だ。魔力も少ないのにあんな横暴な方法で強くなれるか!」

「私だって耐えてましたよ、先生の嫌がらせ行為さえなければ」

「経緯はどうであれ、逃げた事実に変わりはなかろう」

『うっ……』

「ですが、追わなくて良いのですか?ケンイ君はあまり土地勘に詳しくは……」

「今日は休みじゃ。あやつの限界を見極める為に敢えてきつくしごいておったからのぉ。休みたいと身体

が言っておるなら、休ませてあげるのも師の務めよ」


 私とアイラさんはその言葉に感銘を受けるかの様な眼をするが、悠馬さんとユリナ様は身体を近づけてひそひそと話す。


「自身のスパルタ教育をあれで正当化してるぞ」

「あんな方法でも経験上、著しく成長出来ますので今回は笑顔で聞き逃しましょう」

「聞こえておるぞ、主ら」


 やれやれと首を振ると魔法で悠馬さんの部屋に置いてある瓶を取り出すと開けてコップに注ぐ。

 瓶の出所が若干変な位置な気もする。


「それは秘蔵の百パーセントオレンジ!何故、そこにあると分かった?」

「そこの壁に不自然と魔力が働いていたのでな。何か隠しておると思って解除したらコレがキンキンに冷えて出てきたわ。バレバレじゃぞ」

「くっ、てか!飲みたいなら自分で買って来いよ」

「ふむ、面倒じゃ。それに貰い物なら別段お主のものという訳ではなかろうに」

「減らず口を………」


 そんなやり取りをしているとアイラさんは何か思いついた様に私に耳打ちをする。


「え、いいんですか」

「うん。ケンイ君を探す道中に買って来てもらえればいいから。お金は悠馬さんが出してくれるからね」


 本当かな、と思い悠馬さんと目が合うと相槌を打たれる。


「フィオ、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかな?」


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