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三十三話

「って訳なんだよぉ〜」

「分かったから落ち着けって。ほら、ウチの領地で取れた新鮮な果汁ジュースだ、これ飲んで気を落ち着かせろって」

「サンキュ、あぁ美味いわ」

「だろう!これは俺の領地の特産品であるミカンを使ったオレンジジュースって言ってな。先代領主から受け継いだウチの誇れる一品なんだよ」

「この世界に来て、オレンジジュース飲めるの最高だわ」

「え、これってお前の所の飲み物だったの?」

「オレンジジュースだろ?そりゃ、スーパーやコンビニなら何処にでも売ってる飲み物だ」

「こ、これが何処にでも売ってる?だと………」

「あぁ、だがここのオレンジジュースは凄い美味いわ。ジュースソムリエの俺が定評する」

「本当か?そりゃ嬉しいな」

「うん、最高」


 俺は机に置かれたビンからコップに注ぐと再びイッキに飲み干す。


「気に入ってくれて何よりだ。それで落ち着いたか?」

「ん、まぁ落ち着いたよ。礼を言う」

「礼なんて言わなくていい。お前、いや貴方様には今後も贔屓にしてもらわないと困りますので」

「いいって。堅いのはナシだ」

「分かったよ、悠馬」


 俺は軽く笑うと久しぶりに飲んだオレンジジュースを何度もお代わりしては飲み干す。

 それ程までに飲みたい気分では無いが、どうしても恋しい味であったせいか余計に飲んでしまう。

 現在、俺は友人の家を訪ねている。

 辺境伯が身に付ける青い礼服に袖を通した隻腕の男は机の上に自身の領地の特産品を並べて、前に座る。

 この男の名はカイル・スタットフェルト。

 爵位は辺境伯で俺の領地の隣にある港町や海からある一定の陸地を領地としている。

 かなり恵まれている土地もあってか、経済的な面に関して言えば何処の辺境伯よりも一番豊富と言える。

 故に多くの大貴族からの勧誘を受けていたが王国側が特例で保護をして、王宮の直轄領的な扱いになっていた。しかし、先日俺が子爵の地位を正式的に得ると共にここの支配者であるカイに頼まれ、二つ返事で新たな派閥仲間を増やした。

 カイル自身に関して言えば、俺はこの世界で友人と呼べる数少ない者の一人であろう。

 始めの頃、カイルは親友であったクロードを通して知る事になり、多くの場面で戦いを共にする事もあり仲はそれなりに深まった。

 だが、ある日の戦闘で負傷し左腕を無くした。

 それ以降、第一線から退いて領地に戻った。という情報しか聞いていなかっ 何せ、その時がクロード達の葬式だったから。何せ、その時がクロード達の葬式だったから。

 俺はカイルに対して何も言う事が出来なかった。

 しかし、全てを察したカイルは涙ながらこういった。

 『アイツの死は無駄じゃない。俺達はもう戦えないけど、戦える悠馬がこの世界を救ってくれ』

 その言葉に俺は後押しされて前へと進む事が出来た。

 心の底から思える本当に良い奴。

 そういう認識であるせいか、最近ここへとやって来ては何かと託けて愚痴を聞かせに来てる。


「それで今日は何を愚痴りに来たんだ?」

「……いや、ちょっと書類やらの整理に嫌気が差したから逃げてきた」

「はぁ。ユリナ様が聞いたら怒られるぞ」

「……だよなぁ」


 帰った瞬間、魔法で部屋に軟禁され、机の上に並べられた大量の書類の整理が終わるまで、出られないのが容易に想像出来きて怖い。


「お前、婚約はしたんだろ。紋章(エンゲージリング)もあるみたいだし」

「これか?」


 左手の甲を見せると桃色の輝きが半分浮かぶ、


「本当だったのか、あの話」

「嘘とでも思ってたのか?」

「正直に言えば、そうだな」

「………」

「安心しろ。俺以外の人は皆信じきっている」

「むしろ、そっちの方が困る」

「乗り気じゃないのか?」

「いや、そうじゃないんだ。何か俺の思ってた流れとは違うと言うか………ほら、付き合ってからのプロポーズみたいな」


 何を言っているんだ。と言わんばかりの顔で見詰められる。

 そりゃそうだ。この世界の貴族に俺達の世界での庶民同士の恋愛が分る筈もない。

 彼らにあるのは利権を掛けた政略結婚のみだ。


「悠馬の言いたい事は分からなくもないが……結論から言えば、世間一般的な付き合いは求めない方がいいって事だ」

「断言したな」


 分かってはいたが。


「そりゃそうだ。相手はお姫様だぞ、ユリナ様がお前と婚約と聞かされた日には……若干半信半疑ではあったが納得はしたな」

「その間はなんだ、その間は」

「兎に角だ。婚約祝いのジュース、ほら注いでやるから」

「……もらっとく」


 美味い。

 ここのオレンジジュースは良い感じに酸味が効き、酸っぱさと甘さを適度な感じに引き立ててるのが分かる。


「にしても、お前とユリナ様かぁ」

「何だよ、さっきから歯切れ悪いな」

「まぁ、お前がこの世界に来た当初のユリナ様との関係を考えれば意外だよな」


 その事を突かれると少々後ろめたくなる。


「あの時は……俺も突然この世界に連れてこられて、上手く呑み込めなかったというか……ユリナもあんな風じゃなかったし」


 出会った当初の頃、それは三年が経った今でも鮮明に覚えている。

 『氷の王女』なんて異名で呼ばれたユリナはちっとも笑いもしない冷徹で且つ、今と変わらぬ程口が達者で当時の俺からすれば途轍もなく面倒な女だった。

 王都で修練に励んでいた際には遠くから俺を見詰め、常に睨む様な視線を向けていた。

 軽く話し掛けると冷たくあしらわれ、夜半王宮から抜け出してクロードや国王と夜の街に繰り出したその日には何故かいつも捕まってくどくどと説教を受けた。

 そのうち、旅に出るようになってからは幾度もなく口論したりして、次第にユリナを分かっていくうちに俺は勝ち目を見いだせず、初めから負けを認めるようになっていた。

 それからか、俺とユリナの関係が今の様になったのは。


「なんか、思い返すと俺、情けなく思えるわ……」


 何故か男としての矜恃を失った気がする。


「お互いに丸くなったってことだろ」

「良いのか、悪いのか分からないがな」


 いつもの軽い与太話をして時間を潰していると、ドアをノックする音が聞こえる。


「どうぞ」


 入って来た美女に俺は目を奪われる。

 包容力ある豊満なボディに慎ましやか服装。

 如何にも俺のタイプな清楚系美女だった。


「ジュースのお代わりをと思いましてお持ちしました。栓を抜いておきますね」

「ありがとう」

「いえ」

「ナリアも少しお茶にしたらどうだい?」

「私が同席しても宜しいのですか?」

「いいよ。この機会に紹介したかったし」


 俺は目を点にして口を半開きにして眺めていた。

 隣に座ったナリアと呼ばれた女性はコップにジュースを注いで俺に手渡す。


「悠馬は多分初対面だよな。こちら、俺の妻だ」

「うん、何か分かったわ」


 薄々察してはいた。

 妻が居ると何日か前に聞かされていたから。


「初めまして瀬戸悠馬様、私は妻のナリアと申します」

「どうも」

「あの世界を救った勇者様をお目にかかれ光栄です」

「いえ、丁寧な挨拶を……」


 初対面なせいか、少し会話がタジタジになってしまう。

 しかし、その会話の糸口は直ぐに開かれた。


「あの私、以前から悠馬様に興味があったのです」

「きょ、興味ですか?」

「はい。真の平和を実現する為に元の世界に帰らず、ユリナ様と婚約を結び新たな人間(ヒューマン)の輝かしい象徴となる事を選んだ悠馬様にお聞きしたい事が沢山ありまして」

「そ、そうですか」


 何やら途轍もなく誇張されて、変に噂が広まっているようだ。正しい事が正しくない形で上書きされている。

 それよりも先程から俺は少し落ち着かない様子でジュースを飲む。

 何せ、目の前に座るナリアさんの服の隙間から見える大きな谷間にどうしても目が行ってしまう。

 どうしてだろう。

 凄く羨ましい気持ちと悔しい気持ちが合わさった気分になっている。

 そしてそれ以降、俺は半ば意識を散らしながらナリアさんの弾丸的な直球の質問に半分嘘で半分本当な位の割合で答えた。


「すみません、色々お聞きしてしまい」

「言え、俺もご馳走様です」


 色んな意味で。

 友人の妻を色目で見てしまうのは最低だが、見てしまうのが男の性ってものだ。

 それにユリナも大きさは負けているものの形では一番好みのモノを持っている。

 うん。ユリナは最高に可愛い。


「さて、与太話はここまでにして……少し相談事があるんだが聞いてもらえるか?」

「いいよ。ジュースの礼だ」

「助かる。ではナリア、海図を………」

「ここに」


 既に用意していた海図を机の上に広げるとある海域付近にバツ印が付いているのが見える。


「コレはなんの印だ?」

「そこはつい最近発見された海底遺跡が有る場所なんだ」

「海底遺跡……か」


 異世界ファンタジーならではのイベントだ。


「それがどうかしたのか?」

「以前までは特に問題は無かったんだが、最近その辺から妙な魔力が発せられるらしくては」

「その魔力が海に影響を与えていると?」

「そんな所だ。海に潜む魔獣らが凶暴的になったりして船が襲われてな。漁がままならない事がある」

「なるほど……それを解決して欲しいと?」


 端的且つ分かりやすく図星を付かれると否定せずに言う。


「出来るならな」

「いいよ」


 軽い二つ返事に少し虚を付かれると頬をかく。


「受けてくれるのは有難いが安請け合いし過ぎじゃないか?派閥の時といい」

「カイルの頼みだ。それにその海底遺跡に関しては俺も睨んでいたからな」

「そうなのか?」

「俺も、というかセルフィがな」

「大賢者様が……となるとタダの遺跡では無さそうだな」

「そうだな。一先ず、この件は持ち帰ってセルフィに詳しい事を聞いてみる。詳細は後ほど」

「了解した。船を使うならこちらが出すよ、それくらいの協力はさせてもらう」

「あぁ、頼むよ」


 そう言って立ち上がると俺は帰りの支度をする。

 帰り際、俺は少し大きめの袋に四本の瓶を渡される。


「土産物だ。欲しい時はいつでも言ってくれ」

「有難く頂戴するよ」


 両手に大きな袋を抱えると俺は帰路につく。

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