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三十話

 会議が終わり、俺は逃げるようにして部屋を出ると早足で自室へと向かっていた。

 会議でユリナが言い放った婚約の話は瞬く間に王宮内に広がり、行き交う使用人達の「おめでとうございます」「ユリナ様を今後ともよろしくお願いいたします」等と声を掛けられる。

 今か今と待ち望んでいた結果に使用人らは喜んでいた。

 彼らからの祝福を俺はどうにも受け入れずにいた。

 決してユリナとの婚約が嫌な訳ではない。ただ、時期と展開があまりにも早過ぎるのと二人の作った思惑に嵌まり過ぎていて怖いと感じる。

 このまま事が進めば、元の世界に帰る方法すら探せなくなる。

 頼みの綱であったユリナの父、国王はかなり消極的になっていた。


「どうしたもんかな」


 広い廊下の道で考えながら歩いていると部屋の前辺りに誰か立っていた。

 格好からして貴族であるに違いない。それも伯爵位。

 来た道を戻りたくなるも、既に遅い。お互い、気づいてしまった以上、ここで引き返すとあまりにも不自然に思える。ここは敢えて通行人の振りをしてやり過ごすしか………


「瀬戸悠馬。待っていたぞ」


俺より背丈が高く年齢も上な青年が腕を組んで待ち構えていた。

短髪のドレッドヘアーに威圧的な顔、程よい筋肉がついた身体。その特徴に見覚えがあった。


「えっと、どちら様でしたっけ?」


 立ち止まると、無礼を承知で名を尋ねる。

 好戦的そうなイメージであるのを考慮して、突然斬られないよう距離を置く。


「俺を知らぬか。無理もない、貴様と会ったのはもう一年以上も前だ」

「はぁ」


 なんか態度のでかい面倒な人と出くわしたな。


「それで俺の名だったか。知りたいか?」


 いや、別にいいです。と内心軽くツッコミを入れると早々に立ち去る為の何か言い訳を模索する。

 なんかヤンキーに絡まれている気分で凄く嫌だ。修正すると高貴なヤンキーだろうか。貴族の爵位を示すエンブレムが目に入ると俺は嫌な顔を出さないように丁寧に応答しようと決める。


「私に何か用ですか?伯爵候」

「そうだな。結論を先に述べるとだな」


 意外にも早かった。

 見た目以上に短期な性格なのか。

 絶対に関わりたくない。

 その三文が頭に浮かぶと直ぐに名を名乗らぬ伯爵候は俺の前に手を出す。『掴め』と言わんばかりの高圧的な姿勢に嫌な予感を抱きながら視線をゆっくり上にあげる。


「俺の配下となれ」


 簡潔に一言。

 威圧的な含みを持ってそう告げた。

 『配下となれ』か。今までそんな上から目線での強引な勧誘を受けた事がなかったからか、若干彼の見せる態度に萎縮してしまった。

 だが、彼に返す言葉は既に決まっている。これだけは意思を強くもって言い返さなければいけない。


「断る」


 臆するな俺、こういう時は舐められたら終わりだ。下手に出れば出るほど、御しやすい相手だと思われる。

 その返事に伯爵候は顔色を変えずに手を引く。


「安い男じゃないみたいだな。あの姫の思うままな男なら簡単に下るかと思ったが…違うみたいだな」


 いえ、おっしゃる通り完全に尻に敷かれてます。

 けど、悪くない解釈だ。


「ええ、それでは失礼して……」

「待て、話は終わってない」

「配下になれって類の話ならどれもお断りします。俺は誰の下にも付く気はないんで」

「おいおい、貴族社会はそんな甘々じゃないぜ、異世界の平民」

「………」

「貴族ってんのはもっと欲張らなきゃ、地位も民も資本も保てけない社会だ。これから貴族になろうってならこの社会のルールでも教えてやる」

「結構です」

「おいおい、そう邪険にするな。俺はお前に興味があって話ているんだぞ。それに貴族になるなら、最低限の常識として少しは聞いとけ」


 これ以上、目を付けられると面倒だから早く振り切りたいが、一応身分的には彼の方が上。ここで無視して、後々難癖付けられても面倒だし、一応聞いておく。


「貴族は単体だけじゃ生きていけない。何処かしらの派閥に属し、貴族内の勢力を築くか、あるいはその輪の中で大人しく従うかしない限り、容易に淘汰されるのが現実だ。いくら、お前が圧倒的な強さをもってしてもだ」


 最低限の常識か。そんなこと、言われなくても百も承知だわ。

 既にクロードの親父さんからその話は伺っている。

 今更、堂々と上から目線で言われても「はい、そうですか」の一言に尽きる。


「……気に食わんな。お前、何を目的で子爵の地位を得た?成り行きとも言いたいのか?」

「その通りですが?」


 全くもってそうだとしか言えん。


「はっ、んだよ。結局のとこ、姫の尻に敷かれる安い男かよ」


 おっと、この素直さは悪手だったか。

 あまりにも侮蔑的で、嫌悪感しか感じない言葉だが事実である。


「なんか思っていた奴とは違うなお前。だが、悪くない」


 おっと、いけない台詞のパターンだ。

 他人を見る目が変わり、完全に目を付けられた証拠。


「どうだ、俺と手を組まないか?」


 次は配下になれじゃないパターンね。

 誰の下につく気はないと言ったが、対等であるなら話は別。


「そう言った類の話はお断りしますと伝えた筈です。それに俺が誰とも組む気はないとあなたは分かっている」

「ほう……どうしてそう感じた」

「他の貴族の方々を見れば何となく」


 今の俺は誰がどう見ても王族側であることは一目瞭然。

 王家の人物と多く懇意にしており、第三王女のユリナと婚約関係である事を踏まえれば誰だってそう思うに違いない。

 この人はそれが分からないような鈍感な男ではことは先の「貴族社会云々」の発言で見抜いている。

 見た感じ年は意外と近そうに見える。若い者同士、お互いに仲良くしようっていう目的で声を掛けてきたのならまだしも、「手を組め」「配下になれ」は完全に違う。


「なら、これだけはお答え頂きたい。俺を引き入れる目的は?」

「目的というより使命みたいなもんだ」


 なんか途轍もなく嫌な予感がする。

 こういった悪巧みを含まない、使命という言葉を使って何かを成そうとする奴は大抵大きな事件を巻き起こすのが、歴史に名を残す人間の特徴。

 その典型的な例はこちらだ。


「知っているか?この国が何故、代々女系が王として強い権力を持っているか」


 その次なる言葉に関して知りうる知識を出す。


「二百年程前に革命が起きて、血縁であった現在のラフォルト家が新たに玉座についたから」

「そうだ。本来の王に相応しい血を持った人間達は奴らではない、ということだ」


 裏を返せば、正当な血筋を受け継いだ者がいるということになる。

 その解答は目の前にいた。


「伯爵候がその後継者であると?」

「理解が早い。そうだ、この俺こそが全ての人間ヒューマンを統べるに相応しい器だ」


 悪いが全くそうには思えない。

 むしろ、こういう人間には絶対に王権を渡してはいけない。過去の惨劇の繰り返しが起こるだけ。


「それで、手を組んで俺に国を取り返す為の手助けをしろと?」

「そうなるな。この国おいて敵に回したくないのは勇者と第三王女。その二人さえ排除出来れば問題ない」


 物騒な脅しだ。

 それにしてもこの人物の底が見えそうで見えない。

 こうもベラベラと国家転覆を図っていると俺に告げるなんて一体どういう思考してんだ。


「俺が怖いか?」


 自分からそんな台詞を吐く人は初めて見た。

 まぁ、怖いか怖くないかと言われれば怖いな。


「否定はしません。率直に言えば、貴方のやってることは不明点が多過ぎる」

「無理もない。この話をあの国王にすれば、俺がクーデターを起こそうと考えていると思うだろうな。そうなれば、奴らは対策に出る。本来ならな」

「本来とは?」

「俺の名………そう言えば、まだ名乗っていなかったな」

改めて、面と向かい合うと自らを大きく見せる。

「俺はダレン・ラフォント。この名で俺が誰か分かったか?」

「ラフォント………」


 その家名に何処か聞き覚えがあった。このダレンという青年の顔をよく見るとある人物が思い浮かぶ。


「ハントさん………」

「やはり、貴様は父上を知っていたか」


 一年前、悪魔と戦いの最中に魔晄四獣グレムリンの一体に殺されたハント・ラフォントの息子。

軍務卿のポストを与えられており、作戦を進める際に指揮官として有利な戦術を行う誰もが認める優秀な人だった。人格もとても好意的で、仲間の死を嫌う良き人であった。

 俺も部隊に参加した際は前線で戦うため、よく肩を並べる事が多く、色々な事をあの人から教わっり尊敬していた。


「父上の死後、軍務卿は俺が後任となった。軍の支配権は俺にある」


 めちゃくちゃ嫌な展開だ。

 一番、軍の指揮系統を渡してはいけない人物。


「加えて、俺に賛同するする貴族は少なくない」

「あなたは本気で国を崩壊させるつまりか?」

「言っているであろう。本来の座に戻るだけと」

「それだけが目的なのですか?」

「そうだ」


 たった一言。

 それだけで、この人はこの国の平和を崩壊させると言った。

 理解出来ない。

 何故、あの人の息子がこんなにも愚かであるのか。

 何処か錯覚めいた感覚の襲われる。

 人ではなく、決して分かり合えない悪魔と。


「あくまでも俺の目的はそうだが。他貴族達は違う。現在の王宮に不満を持つ者や未来に不安を抱き、改革としてより良い国を求める者もいる。分からないか、今が転換期であると」

「分かりませんね。私は今のこの国の現状に不満を抱いてませんし」

「いずれ分かる。この国は限界であるとな」

「………」

「最後にも一度聞く。俺と手を組め」


 ふてぶてしくもあり、決して相容れない人間に手を差し伸べられる。

 覚悟が決まっている俺は既に手を取る気はない。


「俺ももう一度言います。お断りします、と」

「頭の堅い奴め。まぁいい、俺は諦めが悪い男なんでな。また来てやる」


 そう言って自身の白いマントを翻すと俺と反対に向かって歩く。その後ろ姿に向けて俺は二度と会いませんようにと心の底から願った。


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