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二十七話

 二人を階段まで見送った後、俺は部屋へと戻る。

 既に起きていたセルフィは白のワンピースの寝巻きから、薄緑色の綺麗なドレスに身を包んでいた。


「着替えるの早いな」

「感想がそれではつまらんの」


 クルリと一回転して見せびらかす。


「似合っているよ。可愛らしいドレスだな」


 年齢相応の露出が少ない自分の髪と同じ翡翠を基調としたフリル付きのドレス。

 子供らしく愛らしい格好……


「誰が子供じゃ」


 再び思考を読み取ったセルフィは顔面に目掛けて水を放つ。

 俺は肩にかけてあったタオルで直ぐに拭く。

 

「それで、昨日の件の続きを聞かせてくれよ」

「昨日の件………おぉ、そうじゃった。大事な話をしに来たのに忘れとった」


 ベッドのすぐ近くの椅子に腰掛けると俺はもう一つの椅子を向かい側に置いて座る。


「さて、どこまで話したかの」

「ケンイについて。診断結果だよ」

「そうじゃったな」


 セルフィは足を組んで身体を前に屈める。


「結論から言おう、あの少年は異世界からの転生者で間違いない」


 やはりか。  

 予想通りではあった。が、ある疑問点は残り続ける。


「前世の記憶はあるのか?」


 以前、ケンイに異世界の転生者か確認すると彼は知らない反応を示した。自分がまるで、転生した事に気づいていないような。

 セルフィはその答えとして首を横に振る。


「あの少年は前世での記憶を取り戻してはいないようじゃ」

「そうなるな」

「だが、薄々と戻ってきてはいるのかもしれんな。魔法の使い方がヌシとそっくりじゃ」

「イメージが、だろ」


 この世界の魔法を使う者達は魔法というものを一度見たものを自身の記憶に形イメージとして残し、使う際にそのまま再現するだけ。

 要は魔力があれば見様見真似で簡単に出来てしまう。しかし、自身にその行使する魔法属性の適正がなければならない。火属性の魔法を使いたかったとしても、氷属性の魔法適正しかなければ火属性は使えない。という原理がある。セルフィの見解では潜在意識が魔法適正に関連していると捉えている。これに従ってこの世界の魔法にはある程度の秩序というものがある。現象の原理を理解出来ない者達が魔法という未知の領域を簡単に使う為の安易な秩序。

 しかし、例外もある。


「ヌシら異世界人の場合、現象の起点から結末をしっかりと理解している。それにより、この世界の魔法原理を容易に破る事が可能という点がな」


 つまりはこうだ、俺の場合、火がどうして発生して、どうすればもっと強く燃えるのかという科学的な根拠たる知識を有している。しかし、科学的な知識がないこの世界において、火が起きるのは魔力を介することで火がつくということで説明が終わってしまう。俺からしてみれば論理的破綻な思考ではあるが、実際にその現実を目の当たりにしてるせいでこの世界における独特の現象理論が染み付いている。

 火が出なかったとしても、それは自分に火属性の適正が無いから。という事で全てが解決される。

 そして、火の強弱に関してはその人の持つ魔力の総量による反映としか見なされない。

 至って単純なシステム。

 これがこの世界の魔法原理の汚点と言えるとセルフィは以前、そう結論づけた。まぁ、多少付け加えれば、火が起こる原理くらいは一般教養として新たに認識を塗り替えられつつある。

 それにしても魔法とは本当によく分からないものだと改めて思う。

 魔法の深淵を覗き込んでも底が見えないことは無い。何故なら、それは更に奥を覗かせまいと作られた偽りの壁。その更に奥を覗くには数百年も根付いてきた魔法の原理そのものを見直すべきであった。

 セルフィと会った頃にはもうその考えをある人物により破られていたから、彼女が魔法の研究で苦しんでいたという事実にはあまり実感は持てない。

 むしろ、この時代におけるこの世界では俺達の世界の科学的な知識はある程度広められ、それを組み込むとによって魔法の出力を強化してる面もある。その点で言えば、ケンイが行使した魔法は風と火を同時に操る事で威力を高めていた様にも思われる。こんな辺境な土地で学校アカデミーにも通っていない子供がそうしていたとなると出て来る可能性は主だって一つだった。

 あの子は転生者だと。

 けど、実際は予想とは少し違った。


「記憶が薄々戻り掛けてるって事はそのうち前世の頃を思い出すってことか?」

「転生者は身近に居ないからあまり詳しいことは知らんが、少し妙な感じはするの」

「妙な感じ?」

「うむ。端的に申せば、記憶の戻りが遅過ぎる」

「………言われてみれば、そうだな」


 元いた世界で読んでいた転生モノの作品。そのどれを見ても大抵、死んで産まれた瞬間からか、幼少期のある事をきっかけに取り戻したりと色々ある。前世の記憶を取り戻すのが後天的であるとしても、ケンイの場合は遅過ぎる。

 その事にセルフィは難しい表情で答える。


「思春期を終える前に取り戻さないと少々ややこしくなる可能性もある」

「記憶の混濁か?」

「左様じゃ。二つのアイデンティティが混ざり合った状態、要はこの世界とあちらの世界の人格、二つがあの少年の中にある。どちらも似たような性格の性質であれば問題はないが……」

「違うなら、パーソナリティの崩壊が起きるか……」

「おそらく記憶が戻れば今の少年の意識は喪失し、あちら側の世界の方が顕在化するだろう」

「難しい問題だな」

「これに関してはどうにも出来ん」

「セルフィはどうなると思っているんだ?」


 その問いに彼女は更に難しい表情で困らせる質問をするなと目で訴える。


「予想じゃと、記憶は戻らんかもしれんな」

「それは年齢的に?」

「いや、深層意識。簡単に言えば、記憶を思い出したくないともう一つの自我が薄らと働きかけている」

「……そんな事あるのか?」


 それってつまり、前世の記憶が目覚めているけど無意識に戻らないように働きかけてる?いや、そもそも目覚めさせないよう、違う何かが作用しているのか?ん?

 考える度に色々とイメージがごちゃごちゃになる。


「分からんよ。本人がそうしたいと思っているならそうさせてやるのが一番じゃ。前世の記憶なんて、知りたいものでもなかろう」

「まぁ、そうだよな……」


 流れる様に俺は納得する。


「この話は以上じゃ。あの少年……ケンイとフィオに関しては今後私が責任を持って立派に育てる」

「鍛えがいがあって嬉しそうだな」


 無邪気な子供っぽい顔で笑みを見せる。


「そこで寝ている小娘の素質は異常じゃからのぉ。ケンイの方が余程平凡的で、教えがいがありそうじゃ」


 ユリナの能力は他の魔法士からしてみれば確かに異常。ユリナの固有魔法ユニーク・マジックである空間干渉ディメンションは希少過ぎる上に、最強の汎用性を兼ね備える能力を秘めている。

固有魔法ユニーク・マジックを使えるものはその人しか分からない魔法使用法を身体が自然と使えるようになるという『天恵』が与えられる。

 これにより、空間干渉ディメンションという俺にも分からない現象をユリナは操る事が出来る。


「プリンセスはこの世界最強の魔法士。聖剣がないヌシにとっては足元にも及ばぬな」

「あはは、痛い指摘だけど事実だな」

「この阿呆が!」


 俺の軽い返事に気に食わなかったのか、手元に自身の杖を顕現させると思い切り叩く。

 セルフィの怒声と鈍い音が部屋に響くとその反動でユリナが飛び起きる。


「え?……何事です?」


 辺りを見た渡して状況を確認する。


「痛てぇぇ」


 背中から床に落ちた俺は涙目で頭を手で擦るとユリナがこちらに覗き込むのが見える。


「だ、大丈夫ですか?」

「あぁ、平気」

「ふむ。ちと、やり過ぎたの」

「先生、よく分かりませんが叩く事はないでしょう!」

「ヌシは黙っておれ。これは勇者に対する文句じゃ」

「文句も何も………事実なんだから仕方ないだろ」

「それで、聖剣に見放されては心許ないわ」


 セルフィのその言葉に俺はぐさりと心を撃ち抜かれる。

 今まで思っていても思う様にしなかった事を的確に射抜かれた。


「聖剣に見放されたとはどういうことですか?」


 ユリナの問いに対して、俺は少し俯く。


「悠馬、ヌシも薄々気づいていたのだろう?」

「否定はしないよ」


 今までの出来事は全て偶然なのだと、俺は思っていた。しかし、この事態はあまりにも仕組まれている。

 誰が裏で糸を引いているのか、そう考えると答えは聖剣の様な気がする。

魔剣デュランダルに元に俺を飛ばし、魔晄四獣(グレムリン)との戦いをあたかも予兆していたかのような采配。この全てが必然とは言いきれないが、偶然では無い。


「聖剣の力を引き出せないようでは、俺はあの剣を持っている資格はないからな」

「そうじゃな。それで、原因は掴めたのか?」

「……全くかな」


 殴られるのを覚悟で俺は苦笑いする。

 だが、セルフィは少し溜息をつくだけ。


「まぁよい、これは潜在意識の問題じゃからな。魔王を倒して、燃え尽きた症候群であるなら仕方あるまい」


 よくある例を的確に俺の状態と照らし合わせる。


「さて、この話は以上。ヌシらは国に帰還する準備をせい」


 セルフィの話の区切りが付くとドアが再び軽く叩かれる音が聞こえる。


「勇者様、ユリナ様はいらっしゃいますでしょうか?」


 ユリナの従者の二人のどちらかだろう。

 こちらの話を戸を挟んで聞いていたのかと思わせるほどのタイミングの良さ。

 隣にいたユリナは起き上がると駆け足でドアへと向かう。


「ごめんなさい。悠馬様の所に居たので」

「いえ。アイラから事情は聞いておりますので」

「え、アイラさんが?……そうですか、なら良かったです」

「はい。ですが、ユリナ様と勇者様、それとセルフィード・フォレスト様にはお客人として招き入れるよう……」

「よい。詳しい事はサラ姫から聞いておる」

「左様でございますか。それではあと一時間後に馬車を手配致しますのでご準備を」


 一礼し、ユリナの手を掴むと早足で廊下を渡る。

 ふと、二人に静まり返ると俺は少し気不味い雰囲気をおぼえる。


「わざと誤魔化したな?」

「何を?」

「原因の部分じゃ」


 先程、俺は全くと言って誤魔化した。

 それは事実。

 薄々ではあるが、俺は自覚していた。


「俺は元の世界に心の底では帰りたがっている、のかもしれない」


 心と体の乖離。

 この身体は魂を留めておくための容器。

 元の世界の俺とは似て異なるものだ。

 それが今では言葉通り、一心同体では無いという事。


「やはり、か。その台詞がヌシの口から出ると重みが違うのぉ」

「分かっていたなら言わせないでくれよ」

「すまんな、空気の読めぬババアで」


 そういうところで精神年齢を使うのは卑怯だ。


「それで、どうするつもりじゃ?」

「どうするも何も、敵を倒すしかないだろ。例え、聖剣が使えなくても」

「そうではない。元の世界に帰る方法を改めて模索するつもりかと聞いておる」

「………叶うのなら」


 一応、その為の旅にも出ようとしていたのは事実だし。


「一応聞くけど、セルフィは何か知らないのか?」


 エルフの里に立ち寄る際、セルフィに会うのなら帰還の方法を聞き出す予定でいた。

 この際、知ってる事があるなら聞いていて損は無い。

 しかし、


「私は詳しい事は知らん。召喚魔法サモンの類とはまた違うからの。アレは」

「確か、古代魔法エンシェント・マジックなんだっけ」

「そうじゃ。それに別世界の人間を召喚するとなると、空間魔法ディメンションの可能性が高い。そうなると、私よりユリナ姫の方が知っているのではないか?」


 その言葉に俺はある事を思い出す。

 この世界に来て一番初めに出会った人物。

それがユリナ出会った事に。

 仮に呼び出した人物がユリナであったとして、彼女が帰りの方法を用意したとしたなら、その全ての答 えはユリナにあると言える。


「一番最難関の攻略ルートか」

「あぁ、見えて人一倍独占欲が強いからのぉ。隠してはいるが、お主にそれを見せたという意味をよく理解して、諦めることじゃ」


 その事実を突きつけると無邪気に笑う。


「勘弁してくれ」


 俺は更なる難問に頭を悩ませる他なかった。



 涼しい風が吹き抜ける快晴の空の下。

 大きな一本杉の周りの草木は焼け焦げ、部分的に黒い灰が広がっていた。がっていた。

 その後ろを振り向くと地面が削られ、川沿いに並ぶ大きな岩の塊に窪みや亀裂が多く生じていた。

 戦いの爪痕をこうして自分の目で見て、激しさを実感するのはいつぶりだろうか。

 今まで見てきた戦場はいつだって瓦礫や敵味方の返り血で染まり、元の原型を忘れさせる程、悲惨な光景だった。初めの頃は戦いが終わり、生き延びた人がいないかと俺は必死で蓄積した疲労を気にせず、歩き回っていた。しかし、それは最初の頃の話だ。

 やがて、戦いは激化し後に残るのは多くの人々の死体。首から上がないもの、身体の一部が無かったり と言葉通りの悲惨さが目に映った。

 その見るも耐えない光景にいつしか目を背けていた。

 決して、自分だけが作り出した光景ではないものの、それを見る度に深い念に襲われる。

 俺は自分でも思っている以上に思いやりのある人間なのかもしれない。

 他人の死にどうしても感情移入してしまう。

 あの場面でああしていたら、一体何人が助かっただろう。

何故、あの場面で俺はあの人を救う事が出来なかったのか。

 そんな自責の念に駆られ、答えの出ない自問自答を一人でいつまでも繰り返す。

 だから、止めた。

 いや、考えないように……敢えて見ないようにと自分を殺して、自分だけを救った。

 逃げた。そういう風に捉えてもいい。

 けど、俺は自分が前に進む為、追い込ませない為に自分自身のプライドを曲げた。

 聖剣の力なんて大それた物を持っていても、全員は救えない。ましてや、救う人すら容易に選べない。

 誰もが慕う優しい勇者様なんていなくていい。

 俺が生きてさえいれば……いや、俺が生きて欲しいと思う人さえいてくれれば後はいい。

 戦いが終わり、その横に友が……好きな人が笑って立っていればそれでいい。

 そんな冷酷なのか、はたまた友情深いのか自分でも分からない感情を優先して以来、俺は戦いの爪痕を見向きもしなくなった。

 クロードが死んだ、あの日を除いて。


「ここに居ましたか」


 何処か遠くを見詰めて何か耽っていた俺をユリナは声を掛ける。


「どうしてここに?」

「何となく、悠馬様ならここに足を運ぶかと……」

「どうせ、魔法で探知したとかじゃないのか?」

「むぅ、鋭いですね。悠馬様に掛けた半径二キロ以上離れたら死ぬ呪いを糸に追ってきた次第です」


 そう言えば、そんな魔法を掛けられていたのを忘れていた。

 先程のセルフィのくっつく魔法といい、本当に厄介な事をしてくれる。


「いい加減に解いてくれよ。昨日とか、川に流されていたら死んでいたぞ」

「はい。ですので、昨日戦いが始まる前に解いています」

「え?さっき……」

「あれは噓です。単純に悠馬様の魔力を便りに来ただけです」

「噓つくのはちょっと……」

「初めに噓をついたのはどちらでしょうか?」


 え?どういう事だ?

 噓。俺が一体いつユリナに噓なんて……

 

「今回の件です。魔王復活を阻む為の旅ではないのでしょう?」


 その言葉に俺はマズイと思い込むも絶対に顔に出さないように留める。


「いやいや、俺は本当に……」

「無駄です。私の前で噓が通用するとでも?」

「……まさか、思考を読んで……」

「私が誰の弟子か忘れましたか?」


 その台詞を受け、俺は今朝にあった出来事を鮮明に思い出す。

 両手を挙げて降参を示す。


「お分かり頂きなによりです」

「待ってくれ、これには事情が……」

「はい。今回の件、全てお父様の差し金だというのも」


 そこまで知っているのなら、もう隠す事は何も無い。


「ごめん、多分ユリナに知られたら絶対に邪魔されると思ったから」

「邪魔しますとも!」

「そんな態度デカくされてもな……」

「悠馬様は元の世界に帰りたかったのですか?」


 再度、俺はその質問をユリナに投げられた。

 あの時は正直に言って迷っていた。

 ユリナとの、この世界との別れが現実と化してしまう。元の世界に帰りたい反面、俺は心の何処かでまだこの世界に残りたい気持ちからどうしても足を浮かせたくなかった。

 その気持ちを、その思考をあの時、ユリナに読まれてしまったのか。

 今になって思えば、その説が正しい気がする。

 そして、今。俺は再度、試されている。

 その答えとしてこう呟く。


「帰りたい。あの世界に、あの日常に俺は……」

「嫌です!」

「……」

「私は絶対に、ぜぇ~ったいに悠馬様を元の世界に帰しません!」


 答えが出終わるまで待てずにユリナは笑顔を向けながら、そう宣言する。

 俺の心を見透かした彼女は意地悪っぽい表情を見せながら手にある本を召喚させる。


「それ……」

「お爺様の日記です。悠馬様が持っているのはメモ帳で、こっちが本物です」

「なっ!?」

「あの転移門を本当の意味で完成させたのは私ですし。破壊したのも私です」


 と、誇らしげにそう呟く。

 俺はガクリと項垂れ、地面に手足を付けて深い溜息を吐く。

 そして、天を見上げて一言呟く。


「帰りたいのに、帰れなくなった」


 チェックメイト。

 この一連の流れから間接的にそう告げられた気がしてならなかった。

 けど、どうしてだろう。

 不思議と悲痛には駆られなかった。

 この気持ちは恐らくその逆。

 この世界に俺はまだ居てもいいのだと……彼女にとっては必要なのだと。

 

「私はまだ、悠馬様と一緒に居たいです。これまでも、これからも」

「だから、帰さない……か」

「はい。これがあの時の……あの丘で悠馬様が私にくれた告白の返事です」

「かなり強引な返事だな」


『強引』という言葉が気に入らなかったのか、ムッとした顔を見せるユリナは怒りっぽく言ってみせる。


「悠馬様が言ったのですよ。強引な告白をされたいと」


 ……言った覚えがある。だが、それは本人の前ではない。

 以前の話だ。旅の野営中。女性陣三人が寝静まった後、クロードと他愛のない会話で、テーマ『どんな告白のされ方が理想か』という論議を弁舌していた事があった。

 恐らくその話がユリナの耳に届いていたのだろう。


「ですが、私も少々反省しました。あれでは伝わりづらかったかと……」


 元より自分の気持ちを表に出すことがあまり得意ではない事はよく知っている。

 あれがユリナの一生懸命考えた告白であったのなら、それは気付かなかった俺が悪い。

 自分の気持ちを優先し過ぎたあまり、あの前後において俺はユリナの気持ちを深く考えてすらいなかった。


「俺の方こそゴメン。ユリナの気持ちに気付いて……深く考えていなかった」

「大丈夫です。私は悠馬様を分かっていましたから」

「でも、それじゃ……」


 振り向き際、唇に温もりを感じた。

 突然顔を近づけたユリナは俺の唇の上に自身の唇を重ねた。

 何の前触れもなく起きた人生最初の恋愛イベント(キスイベ)に頭の中が真っ白と化す。

 暫くすると、顔が少し離れ、お互いの顔を見つめ合う形で寄り添う。


「これまでも、これからも一緒です。ですから、今じゃなくても構いません。何年、何十年でも……共に同じ景色を見てください」


 月明かりに照らされた彼女の顔は少し赤味を帯びていた。

 形容し難き衝動のまま身体が勝手に動いてしまったのか、後から感情が言葉となって表された。

 精一杯の想いを込めて、ユリナはわざわざやり直してくれた。

 それが分からないほど、俺の恋愛勘は鈍っていない。

 今度は俺から。

 ユリナの瞳を見つめながら、息がかかるほど近づく。

 空いた手をそっと彼女の肩に置き、優しく引き寄せる。

 その手順を踏んでいくにつれ、心臓の鼓動が早くなる。

 それはユリナもまた同じ。

 「いくぞ」とは言わない。

 ユリナの目が閉じた合図を契機に俺は唇を交わした。



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