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二十五話

 純粋な魔力とは逆に反転し、悪魔へと化した者達の持つ瘴気の魔力。それが周辺の木々や生物を枯渇、死滅させ、大気すら魔の黒々とした空へと変えた。

 その下に聳え立つ古い城。

 周囲に生き残った生物は魔獣へと変わり、狂気を振り回す理性なき獣となり、城へ近づく者達を容赦なく襲いかかる。


「うひゃー、相変わらず殺気だっているなぁ


 なりふり構わず襲う魔獣を操り、同士討ちさせながら間に出来た道を進む。

 城は視界内の距離にあるが、まだ少し歩く事になる。


「本当に酷いなぁ。影で移動出来るんだから、楽々に連れてってよ」


 ザビーダの台詞に黒マントを身に付け、フードを深く被り顔を隠す少女は舌打ちする。


「そう何度も扱える技ではないので、魔力量の消費が多いのはご存知でしょう」

「まぁね。影移動なんて空間魔法はとてもレアだし、君に与えられた恩恵(ギフト)みたいだよね」

「…………」

「それと君さぁ」

「何か?」

「悪魔じゃないよね。どう見ても普通の人間……でもないか」

「………」

「何で、僕らと一緒にいるんだい?」

「逆に聞きます。それを知っていて何で私を殺さない?」

「そりゃ、君は彼の仲間だし。勝手に殺したら僕が殺されるよ。って、もう死んでるけど〜」


 襲いかかる魔獣に、指をくるりと回すと同期して元の方向に全力で走り、仲間を攻撃する。


「さて、質問。君は彼のなんだい?道具にしては少し丁重だし、娘とかいう関係でもないだろ〜。まぁ、君達の素顔は見た事ないけど」

「答える義理はない」

「けっちぃ〜、でも君らが血縁関係では無いのは分かったよ。悪魔と交わった者は悪魔しか産まれないし、産めないから」

「下品な悪魔」

「あは、そういう年頃の少女みたいな反応好きだよぉ」

「煩い」

「まぁまぁ怒んないでよ。僕は別に君を勇者みたいに遊び相手として扱おうって訳じゃないから」


 少女は無視して、歩みを進める。


「ねぇねぇ、これだけは聞かせてよ〜」


 執拗いくそ悪魔に少女はイライラを隠さずにいられないが、これ以上相手にする必要はないと冷静になる。


「どうぞ、一つだけ」

「本当に?じゃあ………君は転生者?」


 ザビーダの率直な質問に少女は頷く。

 おそらくこの悪魔は以前から気づいていた。

 それを今更聞かれようとも弊害は無いと判断した。


「へー、道理で。前世の記憶とかあるの?君たちの世界ってこっちより残酷?」

「答える義理はない」

「ン〜、仕方ない。一つだけって約束だしね」


 素直に引き下がると悪魔は目の方向を魔獣達に向け、『傀儡マリオネット』を使った遊びを始める。

 大きく瘴気を受け、荒れ狂う二回りに大きな黒狼に目をつけるとギリギリのレベルまで肉体を無理矢理強化させ、周辺の魔獣を次々に虐殺する。


「おー、これは凄い」


 前足の爪を一振するだけで数体の魔獣が細切れにされ、死滅する。

 全ての攻撃があらゆる所に傷跡を残す。


「凄いすご~い。これで……」


 最後の一体を狩り尽くす。

 すると、突然狼の足元から黒い影が伸びると針のような鋭利なトゲへと変えて、身体に突き刺さる。

 身体に流れる黒い血が大量に吹き出ると痛みを感じていないのに身体が動かない様子で倒れ伏す。

 

「ちょっと〜、殺さないでよぉ」


文句を言うも既に彼女はそこにはおらず、城の門からフードの中の顔をチラリと覗かせる。


「………へぇ。僕の読みは当たるなぁ」


 一瞬、目が合うも直ぐに城の中に入る。

 悪魔はニヤリと笑みを浮かべる。

 そして再度、狼を見るも既にその命は尽き果て、眠るように息を引き取っていた。

 どの道、操られた狼は死んでいた。

 肉体の筋繊維のリミッターを外され、痛覚も感じないまま生物の許容範囲の力を出していた。

『 傀儡マリオネット』が解除されればただ死ぬのでなく、酷い痛みに耐えながらただ死をじっと待つのみでしかない。しかし、解除されないで殺されれば痛みを感じずに安楽死出来る。


「優しい人間だねぇ」


 その後を追うように城へと入る。

 外壁はボロボロに朽ち、所々タイルが剥がれ落ちている。

 城壁の中には多くの生き残りの悪魔が各々の余暇を自由気ままに楽しんでいた。

 剣を磨き整える者、仲間内で争い、揉め事をする者達、陰で捕まえた人間やエルフを陵辱し、欲を満たす下臈共。

 理想の欠けらも無い野蛮な連中が住み着く魔窟。

 城の中に入ると外とは違い、綺麗に整った内装が薄明るい壁の火に照らされる。


「これはこれは兄上。酷くやられてご帰還ですか?」


 階段を登った上の階から少女の声が聞こえる。

 白い木製の手摺に腰掛け、ニマニマと笑みを見せる。

 黒い漆黒のフリルのあるドレスを纏い、死人と思わせる程白い肌に、白髪。紅く染まる瞳から吸血鬼を思わせる容姿。


「見ての通り。やはり勇者は面白いよぉ」


 痛々しい傷の数々だが、その痛みを全く感じていない。


「私の『死霊魔法ネクロマンス』はあくまで魂を現世に縛りつけるものであって、生き返らせたわけでは無い。ドジを踏んで魂そのものを消されんようにな、兄上」

「ザラちゃーん。身体の修復は出来ない?」

「不可能だ。私は死んだ者の魂を己の傀儡にして操る能力だぞ、肉体は干渉しかねる」

「だよね〜」


 宛てが外れたような顔を見せる。


「兄上よ。もう既に気づいているのだろう?」


 ザラと呼ばれた悪魔の意図に直ぐに察する。


「戒言の事?」

「そう。あれなら兄上の身体を事実上、生き返らせる事が可能だ。加えて、生前以上の力も得られる」

「そうなんだけどぉ、彼が許可をくれればね」

「くれるとも。あの方に会ってくるといい、先程、起きられたばかりだ」

「早いねぇ。それじゃあね、ザラちゃん」

「またな、兄上」


 別れを告げると奥の王の間へと進む。

 珍しく廊下の燭台が全て灯され、部屋の全体がよく見渡せる程明るさを取り戻していた。

 赤いカーペットの端の床や壁には何年も経って薄く消え残った血痕や古い傷が多くの見られる。

 その先に居るの仮面の悪魔とフードの少女。そして、その更に横に全身の筋肉が隆起した金髪で碧眼の悪魔がいた。


「あれれぇ、皆さんお揃いですかぁ」


 ザビーダの声に一同は振り向かず、フードの少女は報告を続ける。


「『傲慢』の戒言は回収致しました。それがこちらになります」


 マントから黒いモヤの様なものが入った瓶を手渡す。

 それを受け取った仮面の悪魔は一瞥すると、後ろに居るザビーダに向けて投げ渡す。


「おっと………おやおや、いいんですかねぇ?」

「構わん。今の俺に三つの戒言は制御出来ない」

「臆病だなぁ。欲深くならないと戒言は受け入れてくれないよぉ」

「自我を失い暴走するのは避けるべきだ。仮にもこの肉体は人間そのものだしな」

「なるほど。じゃあ遠慮なく頂くよ」


 瓶の蓋を開けると黒いモヤが外に流れ出る。掌の上に渦を描く形で一箇所に収束し、禍々しい紋章を刻む黒い小さな玉へと変化する。

 それを手で掴むとあむっと口の中へと放り込み、そのままゴクリと飲み込む。


「ン~、きたきたきたぁ~」

 

 すると、傷のある箇所がみるみる修復し、あっという間に元の身体へと治る。


「おぉー、生き返った感じだよ」


 身体の感覚が元に戻る。

 『傀儡マリオネット』を使った自身の身体の制御を解いても身体が腐食せず、むしろ皮膚を抓ったりすると痛みを感じる。


「これで肩の荷が軽くなったと思いきや、重くなったねぇ」


 身体の五感が戻るとそれが余計に感じる。


「それにしてもお前が『傲慢』とは似合わんな」


 金髪の悪魔はケラケラ笑って言う。


「そうですかねぇ。割と傲慢な人格してると思っていますが」

「同意します。貴方のようなクソ悪魔は別の意味の傲慢です」

「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくよ」

「………いいのですか、こんな男に」

「構わん。戒言の適正は己の性格との相似によるものだ。あの少年には『傲慢』とは少し縁遠いものだったのだろう」

「…………」

「ねぇねぇ、君はあの少年と繋がりでもあるの?」


 ザビーダの率直な問いに仮面の悪魔は答える。


「ない。単純にあの高い魔力に目を付けただけだ」

「意図的に堕天させて、こちら側に引き込もうって言うのは分かるけど……どうにもねぇ。それだけじゃないというか………」


 ザビーダの視線はフードの少女へと落とされる。


「何度も言わせるな。それだけだと」

「ふーん、そういう事にしておくよ。てか、ライウェルさんがここに居るってことはオーガの連中を滅ぼしたの?」


 ライウェルと呼ばれた金髪の悪魔は肯定する。


「勿論だ。従属の提案を拒否したら里ごと壊滅させるって指示だからな」

「ありゃりゃ、脳筋のくせにプライドは高いからね。彼ら」

「奴らは後々脅威になる。今の内に叩いておくのが良い」

「んー、戦力が低いこっち側にとって反転(フォールアウト)したオーガは人間やエルフらに対する新たな脅威になるんじゃない?」

反転(フォールアウト)はそう簡単に出来るものでは無い。魔力の高い者でなければな」


 仮面の悪魔の指摘に手をポンと叩いて納得の意を示す。


「それで、次はどうするんだい?この力でまた勇者の所に行ってもいいよ」


 新しく与えられた玩具を持て余す気持ちが抑え切れない感覚にザビーダは駆られる。


「まて、貴様は獣人ビーストの支配する国を裏から操れ」

「それって僕に傀儡国を作れってこと?」

「そうだ。中枢の者達を気付かれないよう魔法で操り、俺が指示するまで待機だ」

「えぇ〜、つまんないなぁ」

「『傲慢』を与えた見返りだ。異論は認めない」

「じゃあさ、君に今ここで勝てたら認めて…………」


 ザビーダは瞬時に腰の剣を抜くと首筋に向かって放たれた魔力の塊を上へと弾く。

 二階、三階へと魔力の刃は貫かれ、天井は鋭利な刃に切り付けられた様な跡が残る。


「満足か?」

「足りないよ。勇者とやるのもいいけど…………君とやるのも楽しそうだ」

「その状態でか?」


 ザビーダの足下には大量の血が流れ、溜まっている。

 左腕が転がり落ち、両方の断面から溢れんばかりの鮮血が流れ続ける。


「いやぁ、痛いね」


 剣を鞘へと納め、手を拾うと傷の断面をくっつけさせる。次第にお互いの細胞が繋ぎ合い、元に戻る。


「はぁー、僕の負けだよ。暫く君の指示に従うとするよ」


 不貞腐れた顔でそっぽを向く。


「サキ、お前はこいつを獣人ビーストの国まで送ってやれ。気づかれないよう、魔力はなるべく制御しろ」

「はい」


 命を受けたサキと呼ばれた少女は漆黒の影へと潜る。

 それに連なるようにザビーダも影へと落ちる。

 二人が消えると静けさのみが残る。


「行ったか。それで、お前さんの計画は順調なのか?」

「順調だ」

「二百年だ。この世界でお前が悪魔になって、もう二百年も経つ」


 仮面の悪魔は自らの手で仮面を外し、玉座の傍らに置く。

 現れた素顔はこの世界の人間のものでは無い。

 違う世界の東洋人の顔。


「お前の憎しみはまだ消えないのか?」


 ライウェルの問いに悪魔は無表情で答える。


「俺の目的は変わらない。今も昔も」

「そうかよ。まぁ俺はお前について行くぜ、それが例え地獄の果てでもな」

「好きにしろ」


 その言葉にライウェルは気乗りした様な顔をする。

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