二十四話
村に戻った俺達は火事で焼かれた診療所の代わりに、この村の一帯を警備している関所にて、先の戦いで受けた傷の処置をセルフィから受けていた。
「ふむふむ、中々の攻撃をもらったようじゃな」
俺の上半身の腹部の右横らへんに青い痣のよう酷い内出血が痛々しく見られる。
「いって」
痣の位置に優しく触れた途端、痛みが波紋の如く脳に伝わる。
魔法で詳細に診断し、身体の状態を告げる。
「右の肋骨は何本か折れておる。足の筋繊維も一部ズタボロ……よくこの状態で立ち上がってあの様な攻撃を放てたものだ」
「『不壊』の効果による一時的な再起能力のおかげだな。痛みは感じるけど、自然と身体は動かせた」
「じゃろうな。己の身体を一時的に別次元に置き換え、あらゆる攻撃を防ぐ身体へと昇華させる。効果が切れれば発動直前の状態に戻る。発想があまりにも独特過ぎて考えつかん」
「褒めてくれるなよ」
「褒めておらん。諸刃の剣だということを自覚せい」
文句を言いながらも治癒魔法で確実に傷を癒す。
紹介が遅れたが、この小さなエルフはセルフィード・フォレスト。エルフの里の盟主であり、エルフ族最強の魔法使い。
魔法の才に長け、実年齢は200歳近く越えていることから魔法以外の知識も多く有する博識者。その為多くの人々から『大賢者』と称されている。
御年二百年以上を生きているにもかかわらず、幼女の姿をしているには訳がある。それは今から五か月前、魔王幹部の魔晄四獣の一体を死の淵に追いやった際、奴が放った時間遡行の呪いに俺は掛けられかけた。だが、土壇場でセルフィが代わりに受けたお陰で、俺は二百年という時間を巻き戻されずに済んだが、受けた本人はその時間を巻き戻された。
現在の年齢に二百年引かれたセルフィは幼少期の自分へと成ってしまい、一時は記憶も巻き戻された。賢い彼女は呪いを受ける直前、己の脳内に遅延で記憶を上書きするという魔法を掛け、どうにか記憶を取り戻した。
結果誕生したのがセルフィード・フォレスト(七歳?)。所謂、ロリババアというやつだ。
「誰が、ロリババアじゃ」
怪我している部分の皮膚を強く捻る。
「痛い痛い、そこは……って、あれ?」
捻られても大して痛くはない。
酷かった痣も完全に消えて無くなっている。
「内出血は抑え、肋骨もくっつけたが、暫く過度な運動は控えておくことじゃな」
「あぁ、助かったよ」
「ヌシはともかく。問題はあちらの二人じゃ」
俺とは反対の隣のベッドに二人の少年と少女が眠っている。
「ケンイ、フィオか」
村の診療所の長であるフィオのお爺さんが今は応急処置を二人に施している。
「フィオという少女は筋繊維に酷いダメージがあるが特に問題では無い。むしろ、ケンイ……がかなり不味いかもしれん」
「どんな状態なんだ?」
俺のその問いに処置を終えたお爺さんが話す。
「危険な状態です。内蔵が完全にやられ、このままでは……」
「安心せい。私がここに居るのだ、心臓さえ破壊されてなければどうとでもなる」
セルフィのその言葉にお爺さんは少し頼りなくも感じているが俺は安心している。
「ヌシは小娘共にとおれ。この二人を私が完全に治しておこう」
「助かるよ」
「何、鍛えがいのある小僧を見つけたのだ。死なすには惜しい逸材よ」
既にケンイの力とその状態を理解していた様だ。
セルフィはユリナにとっての魔法の師匠である。
強力な魔力を持つ者に興味を持ち、徹底的に鍛え上げ、己と同等の魔法使いにする事を好む。
ケンイはその中でもダイヤモンドの原石以上の存在だろう。
「こやつの身体を徹底的に調べ上げたい。暫くの間、ジュウドには適当に時間を潰すよう伝えてくれ」
「分かった」
俺は服を着ようと手に取る。
「あ、これはまずいな」
服の至る所が破け、ボロボロと化している。
着られない事はないが、流石にもう服として機能を果たしているのかすら危うい。
一先ず、関所の診療室から出ると外には三人の人物が待っていた。
「怪我は平気ですか?」
「ある程度は治ったよ。まぁ、状態的にはアイラちゃんと同じかな」
「それでよく、普通に歩けますね。悠馬さん」
「痛みは無いから。普通に歩く分に平気」
「とは、言っても無理はいけません。今日の所は村長さんが手配してくれた宿に帰りましょう」
ユリナの提案に賛同だ。
傷は治っても、疲労が凄まじい。
二人の前だから見栄を張ってはいるも、身体はもう限界だ。
「流石に疲れたよ。魔力もまだ少ししか回復してないし」
「聖剣を使わないからです。勇者らしく、聖剣で戦ってください」
「無い物はどうしようもないだろ。それに聖剣を手放した原因は誰だっけ?」
「何か言いましたか?悠馬様」
おっと、地雷を踏み抜きかけた。
この話題はまだ相当、根に持たれている。
話題を変えなくては
「ジュウドさんはどうします?セルフィは暫くかかるそうですが」
ジュウド・フォレンス。
魔法を専門とし、肉体的な戦闘を好まないエルフ族の中でも異端的な肉体を持ち、外見とは裏腹にとてもクレバーな戦術を駆使して戦い、セルフィの秘書兼、護衛役を担う。
あまり多くの場面で共闘する事は無かったものの、魔王幹部の一体をたった一人で渡り合える程の強者である。
元々は貧弱な身体であったらしいが、セルフィに無理矢理、鬼人族の元で武者修行をさせられた結果、この様な体型を得て帰ってきたという。
「本来ならユリナ様と今後の方針を再度見直していきた所だが、仕方ない。私は後から来る事務官殿とこの場で会う予定だからな、今暫くここにいよう」
「そうですか………じゃあ俺達はここで」
「それと、勇者」
「はい?」
「勇者はザビーダについて詳しくしっているか?」
「ザビーダ?」
「あの悪魔の事だ」
そう言えば、名前は知らなかった。
魔王の幹部である魔晄四獣はその存在をあまり知られないようにする為、自らの名を名乗らない。あのクソ悪魔も戦ったのも過去に一度か二度だけ。
故に顔と性格でしか把握していない。
「ザビーダはまだ生きている。勇者、お前に会いに再び現れるだろうな」
「多分、そうでしょうね」
あの時、『限界突破』でかなりのダメージを与え、『自壊』の呪いを付けたがその直ぐに奴は影の様な黒い空間の中に消えた。
あの近くで戦いを見ていた他の誰かが奴を回収した、その説がおそらく正しい。
呪いの効果を受けて、今度こそ確実に死んでくれれば有り難いが、その可能性が極めて低い。
『傀儡』の力で『自壊』を抑制している。その線で存命説を立てるべきだと、俺は考え直す。
「奴に同じ攻撃は二度と効かない。その事を胸に対策を講じるべきだ」
「アドバイス感謝します」
「それと新たしい魔法礼装をその魔剣仕様に作る依頼も出しておこう。セルフィード様と共に後日、里に取りに来てくれ。それでは、失礼致す」
俺達に一礼すると背を向けて歩く。
まだ、何か言いたげな表情でその場を去る。
俺自身、ジュウドさんの言いたい事は分かっている。
それを敢えて言わなかったのはおそらく、俺に関する大体の事情は知っているから。
「あの、悠馬さん。服は着られないのですか?」
先程から少し目を背けてこちらをチラチラと見るアイラちゃんに対して配慮が足りていなかった事に気づく。
「ごめん。服がボロボロで、着られるものが手元になくて」
「ポーチに替えはないのですか?」
ユリナが腰の収納ポーチを指差すも、俺はその問いに首を横に振る。
「これは替えの必要が無かったから、他に持っているものと言えば下着くらいかな」
俺の身に纏っている衣服は魔法礼装である。
それも俺専用に作られた一級品。
聖剣の魔力を込めて、編まれた糸を使用しているため、この服自体が聖剣とリンクし、魔力の流れを効率よくしている。
裏を返せば、聖剣が無ければただの魔法礼装に過ぎず、耐久性もガタ落ち。
あの戦闘でボロボロになってしまうのも道理だ。
「仕方ない。村の服屋で変わりになる物を………いや、そう言えば!」
俺はある事を思いだしてポーチの中に右腕が全て入るくらいまでの深さで手探りする。
「あった」
掴んだ物をポーチから取り出すと魔法の作用が解けて、元の形をとる。
中から取り出したのは高校時代に着ていたブレザーの制服。
この世界に来てから三年と経ち、今の俺は元の世界で制服を着られるような年齢ではないが他に着るものがないので仕方なく身に付ける。
「よし、これでいいかな」
ズボンも履き替えて、ネクタイを結び、上に紺のブレザーを羽織って完成。
「それは向こうの世界の制服ですか?」
「そうだね。俺の世界の学校の制服」
「悠馬さんは学生だったんですか?」
「そう。ちょうど、アイラちゃんくらいの歳だったかな」
あれから三年経った今では背丈も少し伸び、この服もサイズが少し小さい。
「懐かしいですね。初めて私と会った時はそんな格好でとてもオドオドして不安がっていましたからね」
「止めてくれ、昔の話は。それより、宿に行こう。もう寝たいんだ」
俺達は談笑しながら足取りを緩やかに用意された宿へと向かった。
道中、村の人々から丁寧な感謝の言葉や礼品などを受けたり、貰ったりしていため、宿に着く頃にはもう夜を迎えていた。
宿に入ると既に夕食の用意も済ませており、四人で楽しい(?)夕食を終えると直ぐに自室の風呂に入り、俺は疲弊しきった身体をベッドの上に寝転がせた。
魔力が回復し、多少動ける様になったとしても体力は減る。
ベッドの柔らかい抱擁に俺は身体を委ねて目を閉じると凄い勢いで眠気が襲いかかる。
「ヤバい、ねむ………」
「少しお休み下さい」
その柔らかく優しい言葉に心が包まれると眠気が一気に襲いかかる。
お腹の辺りに温かで重みのある感触に……ん?
「何でいるんだ?」
腹部の違和感に気付き、目を開けると大きく開脚して馬乗りになっているユリナがいた。
いつの間にか寝間着姿になっていた彼女の胸元は大きくはだけ、程よい膨らみが服の隙間から露になっている。
「未来の夫婦なんですから、これくらいは当然です」
「いや待て。未来の夫婦になるというのは悪くない。むしろ、望んでいる事だ。だがな、ユリナはこんな事はしない」
そうだ。
照れくさくなって絶対にそんな事言わないし、絶対に馬乗りになるわけがない。こんな風に軽々しく男性の上で股を開いたり、なんてハレンチな行為には絶対にしない。でなければ、俺はとっくに童貞を捨ててもおかしくないのだからな!
「お前、セルフィだな?」
「むぅ、もうバレてしまったか」
ユリナに扮した偽物の姿が朧と化し、中からエルフの幼女が残念そうに現れた。
「眠たい所悪いが、ケンイとやらの診断が終わったので結果報告したくてな」
「あぁ、それはいいが………この状態で?」
小さな幼気なエルフの少女が霰のない姿で男の上に馬乗りなっているこの状態。
他人から見られれば誤解を生みかねない。
「ヌシに幼女趣味が無いことくらい理解しておる。そして巨乳派ではなく、適度な美乳派だとな」
確信にも迫る台詞だが、まさしく事実。
「なぜ、それを?」
「私の成長体を見てもヌシはそれ程興奮せんじゃった。ユリナの様な適度な膨らみの方が好みであると客観的に判断したまでじゃ」
「顔に出ていたか?」
「安心せい。ヌシは巨乳派であるとユリナは信じ込んでおる。それを気にしてあ奴は………」
セルフィが言いかけた途端、ドアが勢いよく開かれる。
「居ましたね。このロリババアぁ!」
「口が悪いぞ、王女よ」
魔法を発動させようとするも、セルフィは直ぐにそれを見切って阻止する。
魔法で攻撃しても無駄だと悟ったユリナはベッドに突進すると向き合ったセルフィと取っ組み合いを始める。
「悠馬様はお疲れなのです。私だって我慢しているのに何で抜け駆けしているんですか?」
「本音が漏れとるぞ」
「いいのです。何せ、悠馬様は私に愛の告白をしてくれたのですから!」
よし、寝たフリ寝たフリ。
「ほう。勇者よ、その言葉はまことか?」
寝たフリを続ける俺の股間辺りを強く踏み付けて、強引に色々な所を起こしにかかる。
「そ、そうです。お願いだから踏むのは勘弁………あと、寝かせて……」
「分かりましたか!なので、余計な事はしないで下さい」
「ヌシは以前より増して独占欲が強くなったのぉ。勇者に帰って欲しくないと一人で相談しに来た時はあんなにもめそめそしておったのに」
その言葉に俺は聴き耳をたてる。
「なっ!それは先生が私の胸中を察して勝手に………」
「抱いていたのは事実じゃろう。現にあの時伝えたように引き止めおって」
ん?
言ったように?
って事はセルフィもあの時の要因の一つか。
「仕方ないじゃないですか。本当はあの時、あのままお見送りしようと思っていたんですけど、あんな告白されたら余計に……」
「頬が赤くなっているぞ。小娘が」
少し妬ましそうな顔をする。
先程から二人のやり取りを聞いているととても気分が良くなる。
嬉し過ぎる反面、何だかニヤついてしまう。
「何をニヤついておる。起きんか」
再び股間を強く踏み付けられ、俺は悶絶しながら起き上がる。
「頼むから蹴らないで。マジで」
「私の話は終わっておらん」
「終わるも何も、進まないじゃねーか。師弟の喧嘩なら他所でやってくれ」
「そんな顔で言われても、説得力がないわ」
「え?」
俺、まだニヤついていたのか。
手で顔を抑えて、ユリナの方をちらりと目をやる。
彼女は珍しく、冷静さを欠いて赤面していた。
「忘れて下さい!」
「ごめん。それは無理」
と言って、俺は布団中に潜り込むと身体を強引に丸めて完全な就寝態勢に移行する。
近くにある魔剣を握って強引に感情を鎮める。
これ以上は危険だ。
強引にでも寝た方が一番良い選択…………。
そうして俺の意識は微睡みへと消えた。
そして、一方の二人はワーキャーワーキャー暫く騒いだ後に疲れて一旦落ち着く。
「はぁ、寝たようじゃの」
「そのようですね」
喧嘩を一旦止めると直ぐに就寝へと至った悠馬の寝息を布団から剥がし、聞いて確認する。
「仕方ない。本当に話があったのじゃが、また明日にするとしようかの」
「そうですね。これ以上、睡眠の邪魔をしてしまうのは良くないですし」
二人はそのままベッドから降りて自分の部屋へと戻る、のではなく、ベッドから降りないで悠馬の隣に身体を横たわらせる。
「ヌシは意外にも甘えん坊じゃな」
「先生に言われたくありません」
「私は年齢相応の行為をしておる」
「精神年齢を考えて下さい。精神年齢を!」
「強調するでない」
「分かっているなら自室に戻って下さい」
「それは出来かねる。なにせ、ここが私の部屋じゃ」
「はい?」
「店主には勇者と同じ部屋と伝えておる。ヌシの方が戻るべきじゃ」
「駄目です。悠馬様は私のものです」
「言い切りおったのぉ。成長したではないか」
「褒められている気がしません」
「ともかくじゃ。私はもう寝る」
「…………仕方ありません。私もそうします」
悠馬の両サイドを陣取った二人は大人しくなると、一瞬にして騒音が止む。
妖精の様な愛らしい幼女のエルフと誰が見ても可愛いと思う姫の二人に添い寝されたその光景は一見すると羨ましく思える。
たまたま廊下に居て、騒音を聞いて盗み見をしていたアイラは「いいな」と声を漏らして、部屋の戸を閉めた。




