二十三話 再会
農村近辺の丘にある一本杉の下。
意識を取り戻した傷だらけの少年は全身を襲う苦痛に耐えながら近くで眠る少女の傍に歩み寄る。
少女には目立った外傷はないものの、無意識に胸を手で抑え、浅い呼吸を繰り返していた。
「ごめん、また守れなかった」
自分はあまりにも無力過ぎると嘆く少年は苦く、悔しい思い出を今一度、強く嚙みしめた。
直後、川の方から大きな轟音が響き、反射的に目をそちらに向ける。
高く伸びた水柱。空を仰ぐ水飛沫が弾け散ると、二人の居た木の手前付近が一瞬の豪雨となる。
川の魚も巻き込まれたのか、あちこちで打ち上げられてしまい、草原で飛び跳ねる。
「あれが勇者の力………」
瀬戸悠馬という異世界から来た人間。
初めて会った時、魔力は大して感じられなかった。見た目平凡で、強そうな印象はなかった。
しかし、先程意識を失う直前に垣間見えた彼の背中はまるで歴戦の猛者を想起させた。
頼りがいのあるその雄姿に、不思議と安堵させられ……同時に憧れた。
魔力の多さをものに言わせて、あの悪魔を倒そうとして完全に負けた自分とは全く違う。
この凄まじい火力はあの人が全身全霊で出し切った結果。
それはまるで昔好きだった―――に似ている。
「限られた力で、出せる全力……」
ふと、無意識にそんな言葉が漏れる。
何処か懐かしいフレーズの様な気がする。
自分が以前、好きだった何か……。
その何かは上手く思い出せない。
足腰に限界を迎え、フィオの隣に力無く倒れる。
再び意識が闇へと沈む最中、黒いマントを纏った少女が薄らと虚ろな瞳に映る。
「だれ……」
「分からないならいいの。いずれ迎いに行くその時までは……」
黒のマントを身に付けた少女は優しく頬を撫でる。
深く被ったフードから、一粒の雫が頬に垂れる。
「ごめんね。ケンイチ」
眠る少年にそっと謝ると、少年の身体から漏れでる黒いモヤの様な魔力の塊を抽出させ、マントの下から取り出した瓶へと入れる。
瓶が満タンになると蓋をして再びマントの下に入れる。
「回収完了。あとは、あの変態野郎を回収して帰還するだけね」
少女の影がより濃くなる。
すると、悪魔の頭のみが影から現れる。
「いやぁ、死ぬかと思ったぁ。もう死んでいるけど」
陽気な表情を浮かべてひょこっと顔を出した悪魔は影から出ようと身体を動かすも一向に首から下は出ない。
「僕の身体、出られないんだけど」
「出なくていいでしょ。これ以上ここに居る必要はないから帰ります」
少女は悪魔の頭を踏み沈める。
「ちょっとー、酷いよォ。ただでさえ、身体ボロボロなのにぃ」
「自業自得。私が助けなかったら死んでいましたよ」
「うん、それは本当に感謝だねぇ。でも、君も君だよ。斬られた後に回収するなんて」
あの強力な一撃が放たれる直前、影で悪魔の身体を後方へと引っ張り、傷を浅くさせた。あのまま直撃していれば身体は縦に斬られ、回収するのが面倒になっていた。
文句を言う前に感謝を述べろと文句を返そうと考えるも、直ぐに無駄だと悟る。
「死んでくれればいいのにと思ったわ」
「まぁ、まさに死にそう。てか、消えそうだけどね」
「呪いなんて、魔法でどうにか出来るでしょ。現にそうしているんだから」
「あはぁ、分かっちゃう?僕の魔法は色々と融通が利くから便利だよねぇ」
話を聞くのが鬱陶しくなった少女は足に力を込めて強く押す。
「ケンイチの件でマジで殺したかったけど、仕方ない。あの方の為に今は……ね」
自身も影へと身を沈める。
「またね、ケンイチ」
そう優しく声をかけると少女の姿は闇に消える。
▲
ラフォルト王国とその隣にあるエルフの里を結ぶシャーベルマン大橋のその中域。
新緑の如く艶やかな黄緑色の髪をした少女はエルフの割にはとても肩幅が広く、普通のエルフより三倍もガタイのいい深緑の髪の大男の肩に乗り、愉快な笑みを浮かべ、一連の流れを静観していた。
「流石は勇者。やる事が相変わらず派手じゃのぉ」
肉体的年齢は七歳児とそう対して変わらないが、あまりにも年齢とは不相応の喋り方。
「良いのですか、流石に勇者と言えどやり過ぎです。これでは水産物に影響が………」
「多少は構わん。ザビーダを相手にこれくらいの被害で済むなら安いもの。それよりもじゃ」
荒れた波の動きも落ち着き、川がいつもの穏やかさを取り戻す。
エルフの少女は水面に目を向け、微弱な魔力を感知する。
「そこか」
少女は魔力の糸を生成し、そのまま川の中へと投げ入れた。
「掛かったぞ」
暫くすると糸がピンと強く張る。
糸の先端を屈強なエルフに渡すと少女は肩から橋の上へと降り立つ。
「上げます」
糸を掌に二重に巻き、思い切り強く上へと引き揚げる。
「むうぅぅぅぅぅんっ!」
川の中から凄い勢いで引き揚げられたある人物が宙へと舞う。
突然の空中浮遊に困惑、驚愕、絶叫しながら真下のエルフに受け止められる。
「あ、あれ?ジュウドさん?」
腹に魔力の糸が巻き付かれ、お姫様抱っこされた悠馬は知り合いのエルフの顔を見て目を丸くした。
「久し振りじゃな、勇者」
再び肩へと乗ったエルフの少女はにこやかな顔で挨拶する。
「セルフィ。何故ここに………」
「何故と言われてもここはエルフと王国の国境じゃ。近くに悪魔の魔力を感じて急いで来てみれば……お主はまだこの世界におるから、私が聞きたいものだ」
「まぁ、色々とありまして」
「よい。今は戻るとしようか、お主もその身体では当分動けまい」
悠馬の身体はピクリとも動かすことは出来なかった。
不壊・自壊を使った身体能力の制限解除による反動に加えて、自身の魔力が完全に尽きたことで文字通り動けない。
それにしても本当に危なかった。
流される最中、魔剣を川底の石に突き刺し、流されるのを凌いでた。とうとう限界を迎えようとしかけた所を糸で引っ張られ、運良く助けられた。
「礼を言うよ」
「構わん。お主にはこんなものでは足りないくらい貸しを作っているからな」
「貸してるなんて思っていない。そういう義理難いのは好きじゃないしな」
「相変わらず小生意気な小僧じゃ」
「小僧は余計だ。それと……道、逆だ」
肩に担がれた俺は次第に王国側の関所が遠くなっていく光景に違和感を抱く。
「あちらは他国じゃぞ」
「俺はその他国の人間なんだが」
「お主はまだどこの国にも属しておらんじゃろう。それに感じた事のある大きな魔力が一つと、知らん魔力がもう一つある。とても危険じゃ、のうジュウドよ」
「……その通りです。セルフィード様」
「いやいや、誰かだか分かってるんだろ。めんどくさい事になるから逆の方向に……」
そのやり取りも束の間、
「あっ」
「あっ」
「ん?」
目の前に突然、ワープして現れたユリナと悠馬は目が合う。
魔力に反応したエルフの少女は振り返る。
「流石、鋭い感知能力じゃ」
「セルフィ……先生。悠馬様を離して頂けませんか?」
珍しく嫌そうな表情を浮かべたユリナはそう乞うも、セルフィは首を横に振る。
「こやつは私が連れ帰る。怪我をしておるしのぉ」
「それでは国に入る許可を与えますので、どうぞこちらへ」
「我が里は目と鼻の先。お主が来られてはどうだ?」
「いえ………もう!本当に相変わらず面倒な方ですね!」
我慢の限界を迎えたユリナはこれまた珍しく、酷く憤慨する。
「やはりお主はその方が面白い。凝った喋り方は姉君共の真似か?」
「そうです。私にだって立場がありますから。お互い、国の王族に相当する者であると自覚して下さい」
「安心せい。聞かれても困る様な相手は………」
俺の方を見て、まぁいいかと言わんばかりの顔でスルーする。
「こやつなら平気じゃろ。少なくとも知っておろう」
「まぁ、ちょっと前から」
ユリナは今までお淑やかな自分の立ち振る舞いや言動を必死に隠して来たのだろう。
それは俺の前だけでなく、公的な場でも。
しかし、以前。ある日の夜を境に俺はセルフィとユリナの会話を聞いた際に知ってしまった。
「仕方ありません。いずれはバレてしまいますし」
「なら………」
「ですが、それとこれとは話が違います。悠馬様は私が連れ帰りますので」
「ちょ、引っ張ると落ちるって」
「落ち着かんか。ちょっとしたジョークじゃ」
手を引いたユリナは溜め息をつく。
普段は見られない彼女の一面をこうして見るのは初めてで、とても新鮮的で可愛いと思える。
むしろ、もっと見せて欲しいくらい。
「さて、入れさせてもらおうかのぉ」
「最初からそのつもりならそうして下さい」
「はぁ」と深く溜息を吐いたユリナと今一度目が合う。
視線を交わし、お互いに無事を確認し合うと細く微笑む。




