二十二話 決着
『やぁ』
俺の目の前にいるのは少女、いや少年かと思わせる端正な顔立ちの人型をした何か。眠たげな表情でこちらを伺うと口を少し開けて欠伸をする。
何者であるかは分かるが、人間では無い事は分かる。
『僕は精霊。性別はないよ』
俺の考えを読み取り、先に答える。
『まぁ、本当なら会話は不要なんだけどね。僕が主の考えを読み取って力を渡すだけで済むし』
「じゃあなんで、君の世界に俺を呼んだ?」
ここは精霊のいる別空間。
精神と肉体が乖離した次元の狭間。
現実の世界とは時間が一切交わる事のない並行世界。
『簡単に言えば、挨拶かな』
「………初めてまして」
『初めまして、新たな主』
「名前は?」
『名前は………デュランダル?いや、忘れた』
眠たげな表情を浮かべながらなかなかハッキリとしない様子。
「なんか、ミステリアスな奴だな」
『そうかも。僕は自分の事を多くは語らないし、自分でもよく分かってないから』
「お前はクロードに対してまだ未練があるのか?」
『唐突だね。いいけど』
俺はこの問いをこの魔剣にしたかった。
どうして新たな主として俺を選んだのか、という事も含めて色々聞きたいことがあるが、今はこれだ。
すると魔剣は表情を変えて言う。
『あるよ』
他人に対して興味が無さそうな感じではあるが、先程あの悪魔にクロードの件でこの魔剣は腹を立てた。
何対しても無であり、無を強要する魔剣が感情を露わにする。あまりにも意外な事だった。
『意外とは失礼。僕は長生きし過ぎて何事にも無関心になっているに過ぎない』
「なんか、先読みされるの嫌だな」
『仕方ない。この方が早く進むからね』
「…………それで、理由は?」
『単純だよ。僕は彼を気に入っていた、それだけ』
「それで俺は?」
『暇潰しになるかと』
「……そんな理由かよ」
『誰しも最初はそうさ。新たな主の場合、聖剣使いだったからというのもある』
「あっさりとした理由だな」
『でも、結果オーライ。僕が力を与えなければあそこで二週間近く毒に蝕まれる所だったよ』
マジか。そんな強い毒だったのか。
聖剣の状態異常耐性を考慮した上であの毒なら仕方ない事だったが、あそこに飛んでいなかったら本当に命の危険もあったかもしれない。
『うん。だから感謝して』
「………助かった」
『まぁ、僕も無理矢理契約を持ち掛けてるからお互い様だけどね』
「……で、ここに呼んだのは何でだ?」
『一つお願いをしようかなって、あの悪魔をボコして』
「言葉遣い悪いな」
『ボコしたいでしょ、あのクソ悪魔』
言葉に一切の感情は無いがとにかくボコして欲しい事はよく伝わった。
「分かったよ。それで、力をくれるのか?」
『聖剣とは違う。僕はただの魔剣』
「………?」
『力は既に与えてる。その力を上手く使いこなす事が次へのステップ』
「不壊と自壊の事か?」
『そう。クロードにも言った事がある』
「クロードにも………」
『人間はアホ。魔法という超越した力があるのに何故、力の定義を自らで決める?』
単調に悪口を言われてる気分だ。
だが、間違った事は言っていない。
『異世界の人間である新たな主なら分かる筈だよ。僕の言っている意味が』
確かに分からなくはない。
魔法がある世界とない世界では常識が全くもって違う。
この世界において科学という言葉は皆無に等しくい。魔法で行える事は科学よりも簡単で抽象的である。
科学はいつだって言葉の定義を整合的に当てはめ、他と組み合わせることで新たなモノを生み出す。
仮にその考えを魔法に活かせば科学より遥かに多くのモノを魔力という見えないモノを己の想像するものに具現化させ生み出す。
『うん。長い考察の通り、主なら僕の力を更に広げてくれる気がする』
「それでもだ。俺はあまりにもこの力の性質を知らな過ぎる」
『聖剣の頼り過ぎ。だけど、仕方ない』
精霊は俺の元に歩み寄ると胸の辺りを掌で触る。
『今回は特別。挨拶代わりにコレを』
胸元が眩しく輝く。
『じゃあ、ボコして来てね』
光に包まれると同時に精霊は穏やかではない事を告げた。
△
次第に身体の痛みが少しずつは引いていき、遠のいていた意識も現実へと帰還した。
目を開け、直ぐに身体を起こす。
最初に目に入ったのは蹴り放った足の方の服が赤く染まって、何処か歩きにくそうな様子でこちらへと歩み寄るクソ悪魔。
悠馬に気付くな否や、少しガッカリした表情を向ける。
「せっかく右足の筋繊維がズタズタに張り裂ける位の攻撃を放ったのにまだ立っていられるとは………少し自信喪失だよ」
「そう僻むことは無い。危うく死ぬ所だった」
「だろうね。中の精霊が何かしら手を貸した様だし」
「まぁな。それじゃあ、第二戦と行こうか」
「いやぁ、僕はもう降参。勝ち目なさそうだし」
両手を上げ、参ったとアピールするも本心は全くその気ではないことに気づいていた。
「悪いがボコボコにしろって、オーダーだ」
「んー、ボコボコにしても、既に死に体ですから意味は有りませんねぇ。それにまだ勝てないと決まった訳では………」
そう言いかけた矢先、悪魔は遅れながらも自身の腕が落ちた事に気付く。
いつの間にか、真横へと迫り魔剣を振り抜いた悠馬と視線を交わす。
ははっ、これはいい。
悪魔の瞳に映るは鬼人の如しオーラを纏いし剣士の姿。
悪魔が求める完全な悠馬ではないが、これはこれで良いと笑みを漏らす。
片足で跳んで下がると同時に、斬られた腕の先を自ら斬り落とす。
魔剣の効果が身体全体に行き渡らせないよう、一部を斬り放して対処してみせた。
「驚いた。未だにその様な力を秘めていたとは………それにしても今の動き。魔法を使った補助はほぼないように見えたけど」
「お前と同じだ。肉体の制限を解除した」
まだ元の世界に居た頃、中学体育の授業で先生がこう言っていた事を思い出した。
『人間の身体能力を100%出し切ったらどうなるか』
その問いに対して、ある生徒が『疲れる』と答えた。つい先程、短距離を全力疾走した直後に凄い疲労感がきた経験を思い浮かべた俺も同意見だった。
しかし、答えは違った。『その先にあるのは死』だと先生は言い放った。
『いいか。今、お前達が全力疾走しても本来の身体能力が持つ力の30%しか出せていない。それは何故だと思う?飯田!』
陸上部の顧問でもある先生の質問に身体をビクッと震わせ、慌てて立ち上がった飯田君は先生の求めている回答を述べる。
『僕たちの身体を守る為です!』
満足気に『うん』と首を大きく縦に振る体育教諭に心中で『茶番だろ』と呟く。
しかし、彼の言ったことは正しく。人の脳は無意識に自身の身体能力に対して、制限を掛けているという。それは身体の機能を保持し続けるためにあり、疲労が感じるのはその制限よりも先に身体を行かせないようにするための警告だと言う。
もしも、仮に人間が100%の全力を出せたらどうなるか。
答えは単純。人の身体を保つ筋繊維や骨、器官が壊されて死亡。
この体育教諭はいつも『本気で取り組め』と言う『全力で取り組め』と言えば、それは死んで来いと、言っているのと同義であると訳の分からない持論を部の中で語っていたようだ。
取り敢えず、この話はここまでにして本来の趣旨に戻る。
『肉体の制限を解除した』と俺は先に述べた。
それはつまり、『不壊』と『自壊』の両性質を同時に身体へ付与した事を意味する。
先ず、『自壊』で身体能力の枷を解き放つ。己の身体を自滅覚悟の諸刃の剣へと変える。
次に、『不壊』で身体全体を絶対に壊れることのない無敵の状態へと覆う。
この二つの手順を経て、この二つの魔法が続く間は身体能力を100%出しても死なない身体へと昇華させることが可能となった。
勿論、制限時間付きの限定状態に等しい。
それに加えて……
「満身創痍には変わりない様で」
悪魔の言う通り、いくら『不壊』で無敵状態になったとしても、その前で受けた傷の痛みが一時的に和らぐことはない。精々折れた腕を折れた状態のまま、悪化せずに動かす事が出来るといった具合。
結果的に、痛みを伴う事に変わりはない。が……そんなことはどうだっていい。
それ以上の痛みを俺は知っていて、既に経験していた。
その痛みを与えられた元凶が目の前にいる以上、こんな痛みは……
「安いもんだ」
絶対に汚されない瞳。
例え、どんな苦境に立たされようとも敵を自らで葬らんとする意志。
その強さを目の当たりにした悪魔を思い出す。
これこそが自らが望んでいた勇者の姿であり、悪魔が心の底から破壊し尽したいとする英雄の象徴。
「そうそう。それだよ!そうである君を僕は破壊し、歪めたい」
汚らしい声と笑みで悠馬を見詰める。
それに付き合う気のない俺は剣を構える。
「さてと、反撃と行くか」
この世界に来て、最初に感じたのは身体の軽さ。
重力という行動を制限する何かがこの世界には軽く感じられた。
それが今では一歩思い切り踏み出すだけで
「はあぁぁっ!」
真横に回り、俺が蹴られた箇所と同じ部位を狙って、足を薙ぐように本気で蹴る。
「ぐふぉん!?」
変哲な声をあげると近くの岩壁に目掛けてとてつもない速さでぶつかる。
「でも、僕に打撃は効か……」
身体を起こそうとする間もなく、追撃を狙った悠馬の振り抜いた拳に顔を歪まさせられる。
魂の器として身体が機能する今、脳を揺さぶられようとも意識を失うことはない。しかし、抗えぬラッシュの猛攻に身体を沈められる。
「なんて力………」
崩れる岩の間から手が伸びると顎から脳天へ衝撃が走る。
意識はあるものの成す術もなく蹂躙される。得たことのない新しく、斬新な感情に悪魔を微笑む。
「もう一発!」
腕を振り上げた悠馬は顔に目掛けて豪快に蹴り放つ。
頭から飛んだ悪魔はその更に後ろの岩壁を突き抜けてそのまま川の中心に大きな水飛沫を上げて落ちる。
その後を追いかけ、勢いよく飛ぶと剣を振り上げる。
水面は大きく揺らぎ、悪魔の姿は見当たらない。
凡その位置を把握して狙いかけたその時、
水面が魔力に干渉すると二方向から水の柱が突き出てる様にこちらへと襲う。
「くっ」
二回、目に追えない速さで水を凪払う。
川の水が力の塊に押されると深い川底が見え、悪魔の顔が現れる。
身体はかなり傷ついているも依然として痛みを感じていない素振りを見せる。
残った片腕を動かそうとするも身体は既に限界を迎えていた。
「終わりに……ぐっ」
空中で姿勢を正し、最後の一撃を放とうとするもこちらも身体の限界を迎えた。
現在、『不壊』の効果時間はごく僅か。タイムリミットはもう来てる。
魔力も底をついている。
それがなんだ。
空中に四角い足場を作り、それを台として踏み、加速する。
片目が充血し、瞼から血が流れる。
肺が握り締め付けられる様に痛い。
筋繊維が張り裂ける様に痛い。
肺が熱く、全身が隈なく悲鳴を挙げている。
が、それがなんだよ。
「クロード達が味わった痛みはもっとだ!」
自身に思い切り喝を入れ、一瞬だけ一度、頭の中を空にする。
力が入った全身も一気に脱力。
己の中にある僅かに残った魔力を身体の全身に巡らせ、もう一つの諸刃の剣を披露する。
効果時間は僅か数秒。
終われば身体は動けない程の反動に駆られるも、今はそんな後はどうだっていい。
この悪魔をぶった斬れれば!
意思に呼応した魔剣も己に秘めた力の片鱗を一部解放。
『いけ、悠馬』
微かに聞こえた声に後押しされ、赤き輝きを帯びた魔剣と共に断つ。
「『限界突破』!」
掛け声と同時に強力な一撃を叩き込む。
攻撃を放った直後、俺は視界が真っ白になったかの様に意識が途絶えた。
その直前、俺は誰かの影を見た気がした。
クロード………。
とてつもない衝撃波に川の水は村の噴水広場からでも見える高さまで登る。
爆発ともとれる凄まじい音に村の一同は皆、川の方に身体を向け、何が起きたか分からないこの事態に不安になる。
その中でも真っ先に事の理解を果たしたユリナは落ち着いた顔でありながらも呆れた口調で言うも笑顔で見詰める。
「やり過ぎです。悠馬様」
隣でアイラは悠馬の力を改めて身に染みる。
兄さん。
悠馬さんは本当に凄いよ。
実家に戻ってきた兄はいつも悠馬さんの事を自慢する様に話していた。
その中の悠馬さんは兄より遥かに強く、決して隣に並び立つ事はなく、後ろを追い続ける事しか出来ない人。確かに、その通りかもしれない。
「本当に凄い人だね。兄さん…………」
もう隣には居ない筈の大切な人が身近に感じれる想いでアイラはそう呟いた。




