二十一話 襲来③
村の中心にある噴水広場へと集まった村の住人はユリナの張った傀儡から防ぐ為の光の結界に入り、待機を続けていた。
途中、火災のあった病院からアイラを含めた複数人の患者と医療関係者らを二人の騎士とで連れてくる事で何とか被害は抑えられた。
火を付けたであろう人物は傀儡の支配下であったため、ユリナが解呪を行って支配から解放した。これにより、村の中での問題は全て解決されたに至ったが、その外の問題は未解決で且つ何が起きているかという状況を、魔力を通してユリナは感じていた。
「不安ですか?」
噴水広場の中にある椅子に寝かせられたアイラは遠目でずっと丘の方を見据えるユリナを気遣う。
「いいえ、と言いたい所ですが少し不安です」
常に凛としてどんな戦況にも仲間を信じて戦ってきた彼女だが、現段階の悠馬の力を考慮に入れると少しばかり分からなくなる。
いつもなら目の届く範囲で共に戦っていた。しかし、今は視認出来る範囲を越している。
今すぐにでもここを離れて加勢したくなる気持ちが出るも己の役割を果たすべく、周囲を警戒する事に専念する。
その少しソワソワした様子を見兼ねた騎士の二人がある提案をする。
「ユリナ様、村長の子供の二人がまだここには居ないとの事です」
「ですので、我々二人で探しに結界の外へと向かってもよろしいでしょうか?」
村長の子供、二人となるとおそらくケンイさんとフィオさん。
あの悪魔の目的がケンイさんにあるのだとしたら二人が居るのは丘の辺りの可能性が高い。
悠馬様が相対して時間が経つのにこちらへ来ないという事は何かしら起きているに違いない。
仮に傷付いて倒れているようなら、早急に運び込む必要がある。
それらを考慮に入れたユリナは二人に指示を出す。
「敵に気づかれない様に二人をこちらへ」
『はっ』
命を受けた二人は結界を抜けると急いで丘へと向かう。
その姿をユリナは大切な二人のかつての従者と重ねる。
無意識に手を伸ばして引き止めたくなるも、我へと返ってもう片方の手で抑える。
「……駄目ですね。私は」
珍しく弱音を漏らす。
世界が平和になって誰もが笑顔に包まれ、穏やかな日常を取り戻した中、ユリナは何処か遠い目で過ごしていた。
亡くなったクロードやその仲間達が眠る墓地での哀悼の意を述べた時も彼女は寂しく、辛い表情を微塵も見せない強い人。そういう認識でいたせいかアリサは意外に感じる。
「ユリナ様は御自分がお嫌いですか?」
ふと無意識にそう尋ねていた。
自分が何を口走ってしまったのか気付く頃にはもう遅かった。
「あ、すみません。決して他意があった訳では……」
「いいのです。アイラさんがそう感じたのであれば事実なのでしょう」
「………」
「私は多分、自分が嫌いなんです」
そんな事は無い。と、返答したくもなるがアイラ自身、ユリナの事は国の王女としてしか知らない。
それに本人からそう語られるのであれば事実なのだろう。
「私は自分の立場というものに弱いです。一国の王女として国を守る為に最大で且つ最小の事を求められ、自分の判断で実行して来ました」
アイラは何が最大で最小であるか、その全てが分からなくもなかった。
「最大な事は国を脅かす敵をこの手で全て排除する事。そして最小は………」
「如何にして犠牲を減らすか……ですか?」
その問いにユリナは肯定の意を示す。
「戦いに犠牲は付き物とよく言われます。以前の様に各国同士の戦争なら政治的交渉で人為的に犠牲の数は限りなく収まります。ですが、相手は話の通じる者達ではなく、戦いにおいて生を奪い、勝ち取った者達がその後の生活を得る世界。そこにゼロなんて数字はありません」
どちらかが互いに全滅する他、生きる道はない。
共存という言葉が両者には成り立たない。
「だから、心を鬼にしてでも私は戦場に人々を送る。私自身、死ぬと分かっていても」
声が少し震える。
「悠馬様以外の人の犠牲を孕んでまでも」
ユリナの言った言葉に対して何も言う事は出来ない。
それが正しいか悪いかなんてそんなものは当事者にしか分からない。
この事を聞いてしまった以上、ユリナを非難する所か、何も言ってあげることさえ出来ない。
何せその結果が万人の命を救い、将来的に世界の存亡を乗り越えたという事実に繋がる。
やった事の功績は後世にも讃えられる栄光。
その栄光も現在の視点からすれば、まして本人からしてみれば自分にとって負の記憶に過ぎない。
そういう意味でユリナは自分のことが嫌いなのだろう、とアイラは解釈する。
「アイラさんは自分の理解者が目の前から居なくなろうとしたら………止めますか?」
その質問にアイラは「はい」と答える。
「私もです。悠馬様を元の世界に返す際、私は最後まで悩み続けました。私情を交えるべきか否か」
「私情………ですか?」
「私は皆さんが思っているほど強くは無い。むしろ、孤独を嫌います」
その言葉にアイラは心を掴まれた。
王女として、国を代表とする上の立場であっても内面では同じ心を持った人間であり、乙女なのだと。
「悠馬様が居なくなった後の世界を考えるだけで何度も引き止めたくなりました。お母様も『いざとなれば強硬手段に出ても構わない』と仰っていたので、結果そうなってしまいましたね」
あはは、とアイラは苦笑いする。
「本当に業が深い王女です。そんな私は嫌いですが……返って好きでもあります」
顔を上げ、表情を良くする。
「悠馬様が好きと言ってくれた。その部分の私は自分でも好きになれる」
自分を心の底から肯定してくれる。
今まで、立場や家柄に縛られていた彼女にとって自分を肯定する人間はあくまでもその立場と役目を評価し、褒め称える者が圧倒的に多かった。
良き理解者と言える今は亡き二人の従者はもういない。ユリナ・L・ラフォルトという人間を一人の少女とみなし、立場や家柄に関係なく自分を肯定してくれる人はもう一人しかいない。
だから、私は彼が……悠馬様がいなくなると分かった瞬間、心の奥底にしまっていた想いを抑え切れず、決断を下したのかもしれない。いや、あるいは兵士をあの場に密かに配置しようとした時点でもう抑え切れずにいたに違いない。
孤独の恐怖に。
「もう失いたくないし、手放したくないのです。大切な人を……」
アイラ自身、ユリナという王女の性格を深くは知らない。
ここまで情に厚く、寂しがりな姿は自身の知るユリナではなく、もはや別人と言える。
けど何故かアイラは心の底から羨ましい、と思ってしまった。
あんなに人を好きになれる気持ちは生まれてこの方ない。
兄に対する気持ちとはまた違うもの。
自分にはなくて、ユリナ様にはあるもの。
その価値観の相違で世界の見方はまた変わる。
悠馬さんを好きになる事も……。
いや、無い。
その気持ちはユリナ様のものであって、私のものでは無い。
悠馬さんは好きになってはいけない。
兄さんの為に戦ってくれた人を罵倒した私にそんな権利や資格は無い。
だから、ささやか気持ちで応援する。
「私はユリナ様と悠馬さんの味方です。お二人が近い将来に結ばれて、幸せな御二人の笑顔を近くで見届けさせて下さい」
「ふふっ。その答えを出すのはまだ早いと言いたいところですが……私もそうでありたいと願います」
「え、その様子だとまだご婚姻はなされていないのですか?」
アイラの素朴な疑問にユリナは痛い所を突かれた感じで少し狼狽える。
「勿論、私は悠馬様と結婚をしたいですが、その事はまだ公に話している訳では……」
「違うのですか?国内ではその話が割と広くと持ち切りですが」
思い当たる節がない。
そう言わんばかりの表情で尋ねる。
「どういった噂が流れているか教えて貰えますか?」
「えっと……ユリナ様が悠馬さんとのご婚姻が成されたので悠馬さんは元の世界に帰るのを止めたと」
「…………」
「ユリナ様?」
「そ、そうですね。あながち間違っていないですが………そういう事にしておきましょう」
ユリナの知らない所であの件に関しての噂が流れていた。
帰還の魔法陣を破壊する際、周囲に配置していた兵達にはある合図をしたら一斉に破壊するという指令を下していた。
悠馬が帰ったあと、魔法陣を壊してケジメをつけようと考えていたが実際はその逆。
あの後、兵達には間違えて指令を下してしまった、という風に誤魔化していたが、それが何らかの形で変わって噂となってしまったのだろう。
良くも悪くも好都合ではある。
「果たして本当にそうですか?」
聞き慣れない声に二人は顔を向ける。
アイラはそっと身体を起き上がらせるとユリナの前に立ち、掛けてある剣を抜く。
「何者……」
黒いマントに黒いフードを身に付けた小柄の子供。
声の高さからしておそらくは少女。
「いつの間に……いえ、それよりあなたは……」
「名乗る名は有りません。私はあなたを殺して、その中にある力を奪うのが目的なので」
「させません」
身体に力を入れるも肋の傷が身体に染みる。
「駄目です。無理してはいけません」
「くっ……すみません」
「いいのです。私は負けませんから」
アイラの肩をそっと掴むと噴水の椅子に腰掛けさせる。
そして、改めて立ち上がると少女の前に立ちはだかる。
その様子を傍から見ていた村人達は直ぐに三人の元から距離を置くように離れる。
それと入れ替わる形で結界の四隅で見張りをしていた村の衛兵、六人が抜剣して取り囲む。
「姫様、お怪我は御座いませんか?」
「平気です。それより、あなた方も下がりなさい」
「ですが……」
「最小限に抑えたいのでここは私が。それにあの方とは少しお話もしたいので」
「了解しました」
命を受けた六人はユリナの背後に居る村人を守る形で布陣する。
「随分と余裕ですね」
「余裕です。私は悠馬様の次に強い自信はありますから」
「傲慢ですね。その余裕が命取りになるというのに」
ユリナの背後に伸びる影から黒い棘の様な鋭利なものが浮かび上がると背中に向けて突き刺す。しかし、それは突き刺さる事無く、捻曲げられる。
「影魔法の使い手ですか。ユニークな魔法をお使いのようですね」
「流石です。それを初見で防がれたら、為す術もないです」
この結果をある程度、予想していたのか少女は穏やかに分析した。
「奇襲に向いていますね。魔力に敏感な私でなければ、回避は不可能でしょう」
「………」
「それではお話をしましょう」
「話す事は無い」
「ここで私はあなたを捕まえる事が出来ます。ですが、お答えして下さるのなら今回は見逃します」
ユリナは試した。この少女なる人物がどれ程の裁量を持ち、この状況を如何にして捉えるか。
結界内部に侵入し、襲って来た時点で勝ちはユリナにある。影魔法を使えるからといって、圧倒的な魔力差に影魔法の上位互換である空間魔法を使える彼女がユリナの間合いから逃げられる術はない。
「………分かった」
力の差をあっさりと理解したのか、すんなりと受けた。
その答えにユリナはニコリと笑む。
「簡単な質問です。あなたはあの悪魔の仲間ですか?」
「便宜上では」
「あなたの目的は私の力と言いましたが、どうやって奪う気なんです?」
力を奪う。それが他人の魔力を奪うという意味なら殺すのは不利益と言える。
ユリナの様な大きな魔力の持ち主から魔力を奪うのだとしたら、捕らえて継続的に魔力を何かしらで抽出する方が効果的で、効率的である。
なのに、彼女は殺して奪うといった。
その言葉の意味の真相を知りたい。
「それは話せない。まだ無自覚なら、その力を奪うには至れないから」
「一体どういう………」
フードの少女はマントの下から何か丸い物を取り出すとそれを空へと投げる。
すると、黄色い魔法陣が浮かび上がり、とても強い閃光を生じさせ、全員の視界を奪う。
ユリナは一時的に思考を停止され、その間に殺られると覚悟するも自分の身に何も起きていないのを感じる。
「……やられました」
暫くして、霞んだ目を開けると目の前にいた少女は既に消えていた。
薄々感じ取ってはいた。
あの悪魔が来た後、少し大きな魔力の持ち主がこの村に唐突に現れた事を。
しかし、その者から感じる魔力が明らかに悪魔のものではない。正常の魔力。
「あの子は明らかに人間……ですよね」




