二十話 襲来②
「俺は嬉しくない、最悪な気分だ」
剣先だけを悪魔に向けたまま、会話の中で状況確認をする。
後ろで土まみれで倒れ伏しているケンイに黒焦げた草木の横で倒れているフィオ。二人共、目立った外傷はない。だが、服の裏までは確認出来ない以上、安心は出来ない。
あの様子だとこの悪魔にフィオが操られて、ケンイを攻撃したという感じか。
「君が来るの遅いから遊び過ぎちゃったよ」
「……」
「そうそう。君はいつも来るのが遅いよねぇ」
明らかな煽りをしてくるが何も感じない。ベラベラと言葉を並べるだけの虫と同じ。
「やっぱり効かないか~。その魔剣デュランダルは僕にとって最高につまらないかな」
「お前を相手にする時は聖剣よりも相性が良いかもな」
「いやいや、それでも聖剣でしょ。君がアレを持っていれば僕は勝ち目ないんだよ。僕にとって最高につまらないのはその魔剣、最悪で天敵なのは聖剣。お分かり?」
当たり前の事を言わせないでと、言わんばかりの顔で論破される。
この点に関しては少しイラッとくるが、どうせ全ての怒りを込めてこいつをボコボコにしてやるつもりだ。ここは我慢。
「勇者~、何でまだこの世界に居るのか聞かせてよ」
「話す義理は無い」
「えぇ〜、じゃあ僕がどうやって生き返って、どんな状態か教えたら教えてよぉ」
それは少し知り得ときたい情報だ。この悪魔だけは野放しにしておきたくはないからな。
だが、今は話ている余裕はない。
「興味無い。早く終わらせて二人を治療しないといけないからな」
「あはぁ、病院燃えちゃったけど?」
「中の人達は無事だ。お前、ここに俺と誰がいるか忘れたのか?」
「プリンセスなら勿論知っているさ。僕が彼女と君の存在を知っていて病院を燃やすだけで済ますとでも?」
「………」
相変わらず嫌な奴だ。
卑劣な謀略と策略を練ることに長けたやつはこの悪魔よりも右に出るのはいない。
奴は相手にとって何が一番重要で、どこが一番の弱点かを明確に突いてくる。
それは相手の肉体的な点ではなく、精神的……とくに心理面での話だ。
この状況下において、俺が第一に優先して守るべきは村の住民達。
彼らの命を守り抜くことが俺の役目であり、使命だとこの悪魔は気づいている。だから、敢えて自らを囮に使い、俺をこの場所に呼び寄せることで村の守りを手薄にする。というのが第一の狙いだろう。
しかし、村にはユリナを残してある。二人同時に掛かって来ないことは予測しているに違いない。
自分以外の新たな刺客、あるいは傀儡で誰かを人形の如く扱って襲わせるかの二択を設けているだろうが……そっちに関しては一切の心配はない。
「あっちはユリナがどうにかしてくれる。だから、俺はお前をもう一度倒すだけだ」
「その選択肢、間違いではない。それに、僕も君と遊ぶ為にここに居るんだし」
悪魔は下衆らしい笑みを浮かべたあと、簡単に背を向けると歩いて離れた位置にある剣を取りに向かう。
「君も知っているだろう」
剣を拾いあげ、ニンマリと笑みを浮かべ言う。
「遊びは全力で、って」
お互い、同じタイミングで地面を強く蹴り、距離を詰める。 一瞬、姿が消えるもぶつかり合う剣が甲高い音を草原一帯に響かせた直後、横凪の旋風が野を走る。ジリジリと剣を合わせ、真っ向からの押し合いを気合いと共にで押し切る。
「おっと」
身体が流れ、ガラ空きになった腹部にすかさず足蹴を放つと後方へとぶっ飛ばす。我ながら気持ちの良い綺麗に決まった攻撃に頬を緩めたくなるも、初心に立ち返り、追撃の好機を逃すなという教えに従う。
草原を駆け、ぶっ飛んだ先の側面に回るとタイミングを図って一閃を決める。
「させないよ〜ん」
蹴りの痛みを感じていないかのように直ぐに空中で無理矢理体勢を戻すと身体の間に剣を入れ、防ぐ。予想外の行動に驚きつつも、剣を振り抜く。
違和感を覚えられずにはいられないこの動きに俺はある疑問を抱いた。
「お前……本当に生者か?」
少し距離を置いて咄嗟に浮かんだ予想を口した。
「僕は生き返った、それは事実。けれどこの身体は死体みたいなものだけどね」
指摘通り、奴の身体をまじまじと観察すると右指は黒く焼け焦げ、首は鋭利な刃物に跳ねられたのか、どうにか繋ぎ止めている縫合の痕もある。とてもじゃないが生命の度を逸した姿、ゾンビとも取れる姿に化している。
「どういう事だ?」
「詳しくは説明しかねる。死霊術もそれ程有能な力では無いってことかなぁ」
死霊術という魔法の定義は「死者の蘇生」ではなく「死者の支配」。
死んだ人間の魂を魔法を介して強制的に元の体に縛り付け、自我のない食屍鬼や白骨兵の類いへと存在を変える。
しかし、あの悪魔はしっかり自我もあり、意志を通してこの場所に立っている。一見して死霊術に掛かっていなく、別の魔法で現世に留まっていると感じる。その答えとして、もう一度自身の直感を告げる。
「己の肉体を魔法で操作している。違うか?」
「ピンポンピンポン大当たり〜」
あの異常なくらい速さでの復帰から防御。
奴が痛みを感じない理性のある化け物で身体への負担を関係なく戦えるとすると……
「とんでもなく厄介な存在へと変わり果てたな」
「僕も同意見だ。この身体と力は僕にとって好都合なんだよ。いくら殴られ、斬られようが痛覚は一切ない上に傷ついた箇所は魔力でどうにかなるからね。まぁ身体の腐敗は止まらないけど」
物理攻撃は恐らく一切効かない。
奴なら至近距離での肉体同士の叩き合いなら相打ち覚悟でも容易に行える。
そうなれば俺は悪魔を斬る以外の攻撃の選択肢は消える。
しかし、今はそれでいい。
デュランダルの「自壊」を受ければ傀儡とは関係なく魔力を食らい尽くされ、身体は崩壊を迎える。そうなれば、長く続いたこの悪魔との死闘に真の終止符を打つことも出来る。
だが、先の打ち合いで気付いたが聖剣の恩恵無しでは以前よりも優位に戦いを進めるのは敵わない。下手を打てば敗北の可能性もある。
「お前、嘘をついたな。聖剣が天敵ではないと」
「いやいや、嘘はついていないさ。第一、デュランダルの能力で僕は殺せるけどそれ以上に厄介なのは聖剣に変わりないから」
本当によく喋る。
だが、確かに嘘はついていない。
聖剣を持っている俺は他の敵に害されたとしても魔王以外に負ける事は絶対にない。
今のあいつを倒すには聖剣の力ではなく、この魔剣のみの能力でしか出来ない。それは奴にとって天敵ではある。
奴の視点から言えば、聖剣を持っていれば俺は殺す事は敵わない。しかし、魔剣を持っていれば可能となる。という違い。
その意味で聖剣は天敵だと言っているのだろう。
「それにしてもその魔剣とはつくづく巡り逢う運命なのかな。以前の所持者を殺したのは僕だし。いや、訂正。精霊……だったね」
「………」
これは怒りか?
今、奴に言われた一言で微妙な怒りを感じた。
俺の意思ではなく、おそらく魔剣の中にいる精霊の意思。
「ぬふっ、やはり僕を捉えているか。生憎と僕は昔から君には興味無いんだって……僕が興味あるのは勇者と……彼以外はね」
「子供に興味を抱くとはな」
「ただの子供なら見向きもしないさ。けれども、彼はそうじゃないでしょ」
やはり気付いていたか。
「僕はもうちょい遊びたいんだけど……君と遊ぶには演出が少な過ぎてつまらないかな」
「つまらなくて結構だ」
「えぇ〜そんなぁ〜」
毎度の事だが、俺はこの悪魔の言う「遊び」の概念に付き合う気は無い。
相手にとって嫌な展開に状況を運んで、怒らせ、悲しませ、後悔させる。
その反応を見て楽しむことが「遊び」だと言っている。
奴がつまらないと言うなら、それは状況としては良い。だから、より悪い方向にもっていこうと次の段階に進む。
その前に今後こそ、叩く!
「はあっ!」
剣先に魔力を帯びさせると距離があるにも関わらず、一閃を放つ。振り払った魔力の塊が斬撃となって一直線に飛ぶ。
「これは……躱せないかな」
剣で斬撃を縦に切り払う。
二方向に割れた魔力は悪魔の両側面へと流れる。
そのまま真っ直ぐには行かず、追尾するかのように方向転換し、背面を突く。
それに気づくと上へと跳んで回避する。
「危な~」
「どうかな?」
背面に迫ると悪魔に目掛けて魔剣を振り下ろす。確実に背面を取った、そう思った俺は自分の考えが甘い事に気づく。
無理矢理。身体の事を気にしない程の捻りを使って大きく弾き返される。
「なっ!」
あまりの重たい衝撃に身体が後ろへと弾かれるも、地面に落ちる前に空中で翻り、着地する。
「くそ、なんて戦い方だ」
セオリーが効かない相手と戦うのは慣れてはいる。
だが、身体の負担を気にせず、あらゆる形で対応してくる相手は今までにいなかった。
特に奴は魔法での身体強化ではなく、自身で操った相手と絡めながら戦うのが主流だった。
それが今では己の肉体を操作して戦う不死者。人間離れした、いや生物離れした奴の動きは予想を覆す形での防御に特化していると言っていい。
「厄介だな、本当に」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「……」
「それはそうと、勇者……君はまだその剣を使い慣れていないのかい?」
「まだ三日しか経っていない」
「ふーん、道理で本気で来ない訳だ。見た所、彼の様な精霊融合は出来ていないようだし」
「馴染んでいないのは事実だ。聖剣と比べればな」
現段階では俺はこの魔剣の能力を生前のクロード程も引き出せていない。
精霊融合状態のこの魔剣はもっと見ていて恐ろしく、貪欲に他者の生を食らう。
それが今は全く感じられない。
「ン〜やっぱりつまらない剣だよ。勇者〜、早く聖剣に切り替えよぉよ〜」
奇怪に身体を揺らしながら強請る。
見ていてとても不快になると魔剣も意思表示する。
「それとあとぉ〜」
悪魔は笑みを止めると初めてまともな表情をする。
「勇者。君が本気だしていないのは腹が立つ。一度ぶっ殺した相手だからって、舐めてんの?」
言葉に怒りが混じって少しペースを取り乱す。
何をお互いに通じ合っているのかは分からないが、奴の冷静さを欠かせたのは好機。
先に仕掛け……
動こうとしたその時、目にも留まらぬ速さで側面に回る。
気づくと同時に足を振り上げ、そのまま蹴り放つ。
反射的に魔法で身体強化をし、魔剣で受け止める。
すると、とてつもなく重いものに横から殴られた感覚で遥か後方にある河川の岩に打ち付けられる。
「ぐはっ!?」
メキメキと割れた岩の間に挟まると背中から肺にかけての血管の一部が内出血し、微量な血反吐を出す。
久しぶりに感じた屈辱が混じった痛みに苦悶する。
「くそ……はぁ、まさかこんなに………」
呼吸困難になりつつも、魔剣の能力により冷静さを取り戻し、全身を集中させて息を整える。
普通の人間ならあれで死んでいた。
当たる寸前に魔力で多少身体を覆って防御していなかったら危なかった。
しかし、身体へのダメージは大きい。
たった一撃でほぼ動けないに等しい状態へとなった。
「ここで負ける訳には………」
岩から抜けようと身体を動かそうとするも指先から手足まで全く反応しない。
むしろ全身の力が抜け、見ている世界が次第に真っ白なものへと変わっていく。
まずい……意識が……。
『そこで終わる気か?』
誰だ?
『お前はもっと強いだろ』
声が……。
知らない人ではない。
聞き覚えのある懐かしい声。
『俺の知っている勇者は意外としつこく、負けず嫌いな男の筈なんだが』
うるせえ。
知っている。
この声の主。
俺は忘れる筈がない。
しかし、真っ白な世界の一点で佇む黒い影は俺の知っている友でなく
『初めまして』
真っ青な髪を大きく靡かせ、光を受け付けない目で何処か遠い場所をこちらの世界から覗いているだけの様な
『新たな主』
小さな子供だった。




