十八話
ラフォルト王国、最北端に位置するこの村の環境は古来から自然の宝庫として知られる。
長耳と人間の国々の境界線を位置づけるための大陸を横断する巨大な川が村の横を流れ、シャーベルマン大橋と呼ばれる唯一の川を超える為の交通手段が国と国を結ぶ一つの平和のシンボルとも言える掛橋となっている。
自然の宝庫の由来は、主に川辺に近い村であるから漁業にも長け、その川の水を使った水田、酪農にも最適な土地であるおかげでこの国では最大の食品生産力を兼ね備えていると評判高いことから両国で知られる。
食品生産だけではなく、染料、衣類の栽培にも最適な土地であることから、交易の場としても有名。
故に王宮はこの一帯の土地をかなり警備の対象として国の予算を大幅にかけるよう優遇していた。
それは本来ならばの話。
今の世は平和を迎えて間も無い。
戦いで多くの兵士が命を落とし、国内に当てる兵士の数が激減し、かなり警備という面では苦労している。
そのせいもあってか、今回は王国内に潜んでいた悪魔の残党の襲撃を許してしまった。
結果としては村は無傷で事を終えられたから良かったが、仮にも王国内に生き残りの強大な悪魔が現れたしたら、おそらくかなり厳しい局面を迎える事になるかもしれない。
「と、俺は結論付ける」
白いレースが掛けられた机の上に向かい合って高級な料理を先程食べ終えた俺とユリナは二人で話していた。
「仮面の悪魔、そいつを急ぎ発見して討伐する。ってのが理想なんだろうけど……」
「実際には難しいでしょうね。現在、我々の持つ国力とは即ち、悠馬様と私です。軍事力を個で判断するのは認めたくない現状ではありますが、今は現実と向き合うことが重要かもしれません」
分からなくもない。
この国の現状、国力の点で言えば他の大国と比べれば遥かに脆弱だろう。
長耳、獣人、土人、人間の四種族において人間は遥かに基礎能力値は低い上に成長の限度もある。身体を鍛えたとしても獣人に勝る身体能力は得られない。魔法を極めたとしても平均的に生まれながら魔力の多いエルフには魔法の撃ちあいでは勝てない。それ故に、古来から人間は集団での戦闘を主体としていた。
個の集まりでお互いに補い合い、強力な相手を倒していく。
それこそがラフォルト王国の繁栄を築き、維持に努めてきた力である。
しかし、現状を見るにあたって、今の王国には軍事力が圧倒的に足りていない。
広大な王国領内を守護するには戦える人間があまりにも少な過ぎる。
そして、人間の中でも例外に位置する俺達二人を中心に考えなければならないほど、危機に瀕している。
「向き合うって言っても、今の俺じゃ役不足だぞ。聖剣ないし」
「とは言っても、悠馬様は生身の状態でも充分お強いでしょう。下級と上級の悪魔であれば一騎当千も出来ます」
何故か少し自慢気な口調で容易に語り出す。
「それ流石に無理だ。俺は獣人よりも身体能力は高いけど、魔力は少ないから持久戦には向いてない」
事実、元より俺は体力や忍耐力が高い人間でもない。三日三晩続く戦いとかは勘弁して欲しいものだ。
『戦いは迅速に且つ圧倒的に』が俺のモットーであるが、今の俺ではそれを叶えるのは厳しいだろうな。
「随分と弱気ですね」
「ユリナが言ったように現状を把握して、向き合っているんだ。要するに今の俺に過信するのは駄目だ」
「ですが、信頼はしています。私は悠馬様が聖剣を持っていなくとも、強いのはご存知なのですから」
そう素直に評価してくれるのは嬉しい限りだ。
仮に聖剣がなくとも、自分の力で厳しい戦況を一時的に打開する方法を持ってはいる。だが、それは諸刃の剣に他ならない。使い続ければ最悪の場合、死に至る。故にあの技は出来る限りの使用は避けておくと決めている。
「まぁ、それでもユリナには敵わないけどな」
ユリナの持つ魔法『空間干渉』は魔法の中でもかなり特殊な分類に位置される。
希少魔法と称され、扱える者はごくわずかで、消費する魔力も多いため、常人よりも高い魔力量を有していることが前提条件となる。
特に空間干渉の力はチート級に強い。一騎当千は容易に出来る他、瞬時に空間を移動することや空間を断絶し、敵を異空間に封印することだって出来る。そして、並のエルフを遥かに凌駕する魔力量を兼ね備えているため、ガス欠になる心配も殆どない。
そのどちらにも恵まれたユリナは数百年に一人の逸材とさ言われている。この世界における最高峰の魔法士である師の下でその力を最大限引き出せるように育てられ、今では史上最強の魔法士と認められる程の実力を兼ね備えている。
そんな魔法士に今の俺では手も足も出ないのは今朝の時点で証明済みだ。
あの空間から脱出出来ないようではな。
「謙遜を……と言いたい所ですが、少々話を変えましょう」
一瞬だが、ユリナが外を気にしたように見えた。
「悠馬様は今回の襲撃に際して、裏で悪魔を率いていた者は仮面の悪魔だと思いますか?」
「どうかな。フィオの話だと俺は単独で強力な力を持つ仮面の悪魔は反転した何者かと予想している。そんな奴がわざわざ弱い悪魔を従えて差し向けるような真似はしないと思っている」
「同感です。悪魔の指揮系統を察するに魔晄四獣クラスであると私は思います
その言葉を聞いた俺は机の上に身を乗り出して反論した。
「待ってくれ、奴らは俺達が全員倒しただろ」
魔王側近の幹部悪魔の四体。それぞれ魔晄の輝きが強い瞳を持つ特徴から魔晄四獣と呼ばれる。
「そのうちの三体の撃破は私も確認していますが、一人には何処か違和感を私は抱いています」
認めたくはない。
魔晄四獣が生き残っている、そんな事実考えるだけで嫌気がさす。
「彼らは危険です。特に傀儡師、あの悪魔は災厄そのもの」
「でも、奴は俺が……」
「殺しました。その事は私も認めています。しかし、傀儡というあの固有魔法。あれは何か裏がある気がしてならないのです」
「例えば?」
「自身の生命すら操れる、のではないかと」
「…………」
否定は出来ない。
魔法というのは人知を超え、使う本人にしか分からないものもある。それは別名、固有魔法と呼ばれ、能力も希少性が高く、使用者も極わずかと限られる。
その中でも傀儡と称されたあの魔法は敵味方関係なく、自分の意図したモノに対して魔力を介することで操り、自分の手足の様に動かす。しかし、実態はおそらくそれだけではない。
「操る」という言葉の定義に対象の範疇がなければユリナの主張も通る。
しかしだ。奴に直接、手をくだして倒したのは俺。
怒りのままに聖剣を振るい、最後の最後に心臓を貫いて間違いなく絶命させた。死して尚、奴は絶望せず、何か楽しそうな表情を浮かべて笑い死んでいた、その瞬間を今でも鮮明に覚えている。
「確かに俺はあの悪魔を………」
「殺した?ホントにそう思っている?」
突然の声掛けに俺とユリナは反射的に武器を身構えて、声の主の方に体を向ける。
そこに居るのはこのレストランで俺達の給仕を担当してくれているスタッフの方。
だが、中で俺達を見て、話し掛けている人物は明らかに違う。
「……おやおやぁ、誰だとは言ってくれないんですかぁ?」
「言うか」
「ええまぁ、この流れだと分かっちゃいますよねぇ。驚かしたかったのですがぁ〜」
気に障る話し方。
間違いない。
傀儡師、張本人だ。
「プリンセス、あなたはいつから気付いていたんですか?後学の為にお聞かせくださいなぁ」
「食事終えたくらいです。私はあなた方の持つドブの如く黒い魔力に対してかなり敏感な体質ですので」
「ほほぉ。やはり厄介な方ですねぇ。あなたもあの時、お仲間と一緒に殺しとくべきでしたねぇ」
不敵な笑みを浮かべ、明らかに挑発と取れる言動をするも俺達はお互いに無視する。
以前の俺なら問答無用で斬りかかっていたが、今は魔剣の効果で常に冷静にいられる。
「んー、つまらないなぁ。見た所、勇者は聖剣を持っていないようだし」
「で、何の用だ。また、殺されに来たのか?」
「ふふっ、また、とは少しわかりやすいカマをかけたのですが教えてあげます」
今目の前に居るやつは間違いなく俺が一度殺してる。
その事実を俺は確かめたい。
「その通りです。私は一度死にました、ですが我々の仲間に死霊術の使い手が居るのをお忘れですか?」
「勿論だ。そいつも殺して……」
「果たしてそれは本人だったのでしょうかねぇ」
「………っ!」
「これ以上は話せませんが、では改めまして……いえ、これもあなたがたを目にした時に言いましょう」
「お前、何処にいる?」
「さぁて、何処でしょう?」
「この村の東にある一本杉の丘、そこにいます」
「だ、そうだが?」
「ありゃりゃ、もうバレてしまいましたか」
操る以上、常に魔力を対象に送り続ける必要がある。その筋道を辿っていけば自ずと術者は見つけられる。それを伝って、ユリナはこの短時間で容易に探り当てた。
「それではお待ちしております。楽しい、パーティーといきましょう」
片腕を前に一礼すると魔力を解く。
人形を支えていた糸が切れると無造作に倒れるスタッフを俺は優しく抱え寝かせる。
「くそ、最悪な展開だ」
苛立ちめいたものが込み上げてはいるが俺は現状を冷静に分析している。
自分で最悪な展開とは言ったものの、あの悪魔が生き返った事が最悪であって、この状態は最悪でもない。
まだ、奴が何もしていないという点では最高と言える。
「ユリナ、この村に神聖結界を張れるか?」
「部分展開なら可能です。村の人々を一箇所に集められれば」
「了解だ。俺は奴を追うよ」
あの悪魔が俺を狙うならこの村に入ると同時に魔法で人々を操り、混乱にさせる。
そして俺に同士討ちをさせる事が奴の策だ。
単純で最もタチの悪い。
しかし、現段階でそのような雰囲気はない。
だとすれば、狙いは俺ではなく、もう一人。
「ケンイが危ない」




