十七話
「以上が、あの日の出来事になります」
話を終えたフィオは深く息を吐くと重い肩の荷を降ろす様に緊張を解く。
「なるほど、仮面の悪魔か」
「その様な個体、私達の知る者ではありませんね」
早い結論だが、ユリナの言う通りだ。
その悪魔は強力で凶悪だが、俺達の知る幹部悪魔、確か魔晄四獣とは異なる人物に違いない。
「敵の目的は何だったのでしょう?」
アイラちゃんの問に俺はある程度の憶測が浮かんでいた。
フィオの話を聞いて、今回の襲撃は主にケンイの精神状態に負荷を掛けさせることにあると踏んだ。そうすれば、狙いは自ずと見えてくる。
「ケンイを反転させること」
「ケンイさんを反転させること」
俺とユリナの声が重なり合う。
お互いに同じ結論を抱いていた様だ。
「ケンイのあの魔力を反転させればかなり強力な悪魔へと化すだろうな」
「おそらく今回の襲撃もケンイさんを狙って起きたものだと私は思います」
「村の人間を殺して助長させようって考えなら合理的だな」
「おそらくはそうでしょう。ですが、予想を遥かに超えてケンイさんは魔法の扱いに長けていました。その点が敵側の敗因です」
「それにしてもだ。未だに魔王並の悪魔が生存しているこの事実は俺達にとっては直ぐに解決すべき問題だ。早急に他国へと知らせる必要があるな」
「はい。ですので、旅などなさっている余裕はありません」
「それは分かったよ。今更もう、ユリナから離れる事は出来ないから何も出来ないし」
離れたら死ぬ呪いを掛けられているんだ。
もう逃げる気すら起きない。
「当たり前です。と言いたい所なのですが………」
ユリナは俺の腕を掴むと白い光で優しく包む。
「え、何したの?」
「マーキングです。悠馬様の位置情報を共有した方が何かと便利だと思います」
「違うな。それは共有じゃなくて、監視だ」
「ところで、悠馬様は戒言についてどれ程ご存知ですか?」
露骨に話を逸らしやがった。
「一般的になら」
『戒言』とは魔王の有する魔力の源であり、悪魔の生命活動に重要な魔核の一種。という曖昧で端的な情報のみしか知り得ていない。あとは……
「確か、七種の戒言があるんだっけか?」
ユリナは近くの紙とペンを取ると七つの言葉を書き記す。
「憤怒、嫉妬、強欲、怠惰、色欲、暴食、傲慢とこの様に七つの戒言があります」
俺はその七つの単語に聞き覚えがある。正確に言えば、それらの単語に関連する大元のワード。
『七つの大罪』
「一つ一つの戒言にはその言葉の持つ特徴を性格に影響を与えると言われているようです」
「魔王がああにも好戦的なのもそれが理由って事か?」
「悪魔の非人間的な言動の源は反転した魔力による影響であることに変わりはありません。ですが、魔王の魔力は悪魔の魔力とは似て異なります。抽象的に言いますと、禍々しい……でしょうか」
補足するなら、あれはまるで『泥』だ。
人の持つ穢れある感情を魔力に変換し、一つの鍋に入れて煮詰めてドロドロしたモノ。
あれの一端に一度触れれば、常人であれば一瞬で精神が崩壊し、人ではなくなる。
経験者は語るだ。
「聖剣の持つ浄化の力でないと奴を倒せないのは戒言が大元の原因だってことだな」
「じゃあ、魔王復活の原因は戒言にあるということですか?」
話を聞いていたアイラちゃんが端的に話を纏める。
「断言は出来ませんが、研究者のお母様はそうお考えのようです」
ユリナの母、王妃は魔力専門の学者でもあり、研究者としてもこの世界では名高い。
魔王討伐直後、軍を率いて魔王城を調べ上げ、現在も各地を転々と回りながら魔王復活の阻止の為に国 務を王に任せ飛び回っている、と聞いている。
「今後、私達は戒言の回収を急ぐ必要があるかもしれません」
「え、あれには触れたくないぞ」
「無論です。悠馬様が過去に一度、触れて廃人寸前に成りかけたのはお忘れですか?」
「あ~聞きたくい~」
やめてくれ。忘れていた最悪なトラウマが甦って吐きそうだ。
「まったく……聖剣があれば回収ではなく、破壊が可能でした」
「それも聞きたくない~」
現実に目を背けようとみっともなく顔を逸らして声をあげる俺に呆れて溜息を吐く。
「一先ず、私達は回収の方を急ぐべきかと。噂では各地に散らばった戒言の欠片を収集している者もいるとか……」
「仮面の悪魔の件か?」
ユリナは難しい表情を見せる。
どうやらそれだけでは無いことを悟る。
「その話は後で、今は……」
ユリナはアイラの方に身体を向ける。
「アイラさん、あなたには悠馬様の護衛兼監視役を命じます」
「えっ?」
突然の話にアイラは戸惑う。
「この先ずっと私が付きっきり悠馬様を見ることは出来ませんので」
「前も付きっきりじゃないけどな」
「で・す・が!一人だと何するか分からなく心配なので、貴女が付いていてもらえると安心です」
「あのっ、私はこんな状態なのですが………」
「無論、今からとは言いません回復してからでも」
「ですが、私は……兄さんの様に強くは無いです。また、足を引っ張ってしまいます」
「それを承知で来たんだろ?」
俯いてしまった彼女の暗い顔をあげる。
「クロードの様になりたいのだろ。なら、自信が無いなんて言わないでよ」
「悠馬さん……」
俺は多分口下手な所があると自分でも思っている。
生まれてこの方、他人を励ましたりするという経験はかなり疎い。
だから、こういう言い方しか出来なかったけれどアイラちゃんの表情から察するに上手くいったようだ。
「さて、あまり長居し過ぎるのも良くないし、今日の所は帰るよ」
「そうですね。たまには悠馬様も良いことを言いますね」
「たまに、ってなんだよ。いつも言っているだろ」
「ふふっ、どうでしょう」
立ち上がった俺達はそんな雑談を交えながら、アイラちゃんのいる病室を後にした。
扉から出て行く二人の関係を見ていたアイラは何処か寂しげで、懐かしい情景を脳裏に過ぎらせていた。




