十六話 玉座での一幕
暗黒の空に覆われた亜空間。
そこは薄っすらと闇に包まれ、時間の流れを感じさせないほど景色が統一されている。
空気は淀み、大地は朽ち、あらゆる動植物が反転した魔力を糧に凶暴化している魔の境地。
現実世界に断絶され、亜空間に浮かぶその浮遊大陸の端に古びた大きな城がひっそりと構えていた。
城壁の至る所が剝がれ、崩れ落ち、地面から細く伸びた蔦が絡みつくように城を浸食していた。
内部は等間隔の燭台に灯された明かりで絢爛たる装飾品が当時の様子を残したままその場に放置されているのが見える。人の管理が行き届いていないその空間は埃まみれかと思いきや、誰かが所々掃除を行い、埃が溜まらないような魔法が施されている。
そんな静寂に包まれた城の中を誰かがブーツの踵を床に叩きつけ、鼻歌混じりの声で廊下を歩く。
とある扉の前で立ち止まり、両手で強く両開きの大扉を開く。
「みぃ~つぅけた」
視界に広がるのは闇。
燭台の明かりが届かない先に声が反響していることから、空間が続いているのが分かる。
そして、その奥に居るであろう人物に声が届いているのも。
「なになに?シカトですか?」
指をパチンと鳴らした直後、燭台が手前から順に灯されていく。
闇が晴れ、奥へと続く赤いマットが敷かれた一番奥の玉座に誰かが座っていた。
全身漆黒の甲冑で身を覆い、素顔も同色の仮面で隠されている。
「やっぱり居るじゃん。無視すんなよ~」
返事はしない。
しかし、仮面の奥に開かれた瞳は陽気な来訪者へと向けられる。
「なになに、喋りたくないって?それとも……」
色素の薄い長い白髪に、身なりの良さそうな服を纏いし悪魔は一瞬にして玉座へと距離を縮めて隣に立つとその仮面を外すべく手を伸ばす。
「寝てるなら悪戯しちゃうぞ〜」
仮面に触り掛けた瞬間、悪魔の腕は肘から先が可視化されない鋭利な刃物の様な何かで切り落とされる。
「おっと」
大量に血しぶきが舞うも平然とした様子で床に落ちる腕をもう片方の腕で掴む。
「ナーンだ。起きてるじゃん」
回収した腕を断面に合わせて接すると黒糸が腕と腕を結合させ、繋ぎ止める。
「酷いなぁ。無視して、人の腕斬るとか悪魔かよ……って、そう言えば悪魔だったねぇ」
「黙れ」
「お、やっと喋ってくれたねぇ」
「用件を言え」
「いやぁね。僕ちん暇でさぁ、報告がてら君と遊びに来たんだよ」
「報告を言え」
「んー、あぁそうだね。結論から言えば、全滅して失敗だそうだ」
人間は領のある村を襲撃すべく、先遣隊として送り込んだ悪魔共が皆殺しにされたとこの悪魔は聞かされていた。
「そうか」
「あれぇ?落ち込んでる?」
「…………」
「んー、反応ないねぇ。にしても、あの村にあれだけの数を送って失敗するとか、どんだけカスな奴を送ったんだよ」
「…………」
「まぁ、知ってるんだけど。僕からしてみれば、手抜きが過ぎると思うけどなぁ」
「あれでいい。王国は自国内を警戒するだろうからな」
「ふーん。目的は違うよねぇ?君、前にどっかの村を壊滅させて子供二人を逃がしたよね」
「………」
「魔力の高そうな子供一人を反転させようとしたけど失敗したって話ぃ〜」
「事実だ。俺はあの少年に目を付けた」
「人間の子供に関心あるとは、未だに人間としての感情でも残っているのかなぁ?」
ニヤニヤと相手を怒らせる発言で軽く煽り散らす悪魔に、仮面の悪魔はその口を黙らせるべく高密度の黒い魔力を発し、天井へと吹き飛ばす。
「あはぁー、怒ったァ?ねぇねぇ、怒っちゃったー?」
それでもな執拗に悪魔は楽しそうに聞き返す。
「黙れ。目障りだ」
「まぁまぁ、ごめんよォ。だだ、僕個人の意見はもっと人間に恐怖と絶望を与えたいわけ。それにあの勇者もこの世界にまだ残っているようだしさ」
「…………」
「魔王様がやられて世界は平和になったのに、何でまだこの世界に居るのかな?」
「何が言いたい?」
「いや特に何も無いさ。ただ、こうも大人しくしてるのは僕の性分に合わないと言うかね〜、玩具を見つけたら遊びたくなっちゃう性分なんだよ~」
「結論を言え」
「僕は勇者と遊びたいから、君の気に入ったっていう人間を殺してくるよ」
話が噛み合わない悪魔は気色の悪い笑みを浮かべなら、悶えるよう傷に触り、渇望していると突然頭が吹き飛ばされ、玉座のカーペットへと転がり落ちる。
身体が後を追って頭を持ち上げると首に繋げる。
「あー、もう何すんのさ!」
「不快だ」
「んだよ、その言い草。人の顔見て不快だとか、失礼しちゃうよ」
「そう言われたくなければ近付くな。俺は暫く眠る」
「んだよ。やっぱ寝てたんじゃん、戒言がまだ身体に馴れてないから心配して来てやったのに」
「なら、話し掛けるな」
「ひっどぉーい」
「失せろ」
「はぁーいよっと。それで、最後にいいかな?」
「………………」
「僕ちん暇なのでお外ぶらぶらしてきマース」
「…………好きにしろ」
「じゃあ、そうするね。バァーイ」
嵐の様な性格をした悪魔は振り返ると退屈そうな表情で玉座の間から出て行く。
静まり返ったあと、玉座の影が不自然に伸びると人の姿を取り、そのまま具現化する。
「あの男を行かせてよろしかったのですか?」
声からして少女なのだろう。
深くフードを被り顔を伏せた人物が横から話しかける。
「構わない」
「ですが、あの男はおそらく勇者が居るであろう場所に向かいますよ」
「だろうな。奴の事だ、報告で勇者の存在を知ったのだろう。俺の元に顔を出したのも、戦う為の口実を
作りに来たに過ぎん」
「あの男は魔晄四獣の一人です。ここで我々の存在がバレてしまったら計画が…………」
「構わない。それにあの男が勇者達をあの村に留めさせているならそれはそれで都合がいい。残り五つの『戒言』を探す時間になる」
「はっ」
「それで、残りの三人は?」
「依然、戒言を捜索中とのことです」
「そうか。俺は暫くまた眠る、後は任せる」
「はい」
返事をした少女は再び影へと身を落とし、消える。
仮面の悪魔は頬杖をつきながら燭台の火を魔法で消すと暗闇の中へと意識を落とす。




