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十五話

「この度は誠に申し訳ございませんでした!」


 悠馬は病院に戻るや否や、院内の待合室入口にフィオのお爺さんを含めた医療関係者方に総土下座をされた。


「………マジか」


 あまりにも想像していなかった光景を前に違う意味で嫌な汗を掻く。


「私ら共々、この世界を救って下さった勇者に何の礼を致すことも無く、二日間もこの院内の待合室で放置させてしまったことを深く謝罪申し上げます」

「特に気にしていないんで………」

「いえ、これは我々のケジメで御座います。こうして平和に生活出来るのも全ては魔王を討伐した勇者様と姫様、英雄の方々のお陰です。その恩人に気づかず、無礼な対応をしてしまった我々の落ち度、どうか……何卒私の首だけでお納め下さい」


 院長のその言葉を聞いた他の方々も「私も」「私も」と名乗りを挙げ、かなり収拾がつかない事態になりつつある。

 隣にいるフィオはもう泣きそうになる寸前で、ケンイは俺を睨み付けていた。


「……勘弁してくれ」


 弱腰になった俺は今直ぐにでもこの村から離れたくなった。だが、前を向くとある一人の場を治める救世主が現れた事に気づく。


「皆さん」


 ユリナの発した声に一同が反応を示すと向きを180度方向転換させる。

 二階から騒ぎを聞きつけて降りてきたユリナがそっと笑みを浮かべると話始める。

 助け舟が来た。そう、思い上がった矢先………


「皆様に落ち度は有りません。悠馬様はこの私から逃げる為にお忍びで立ち寄ったのです。正体がバレてしまえば、直ぐに私の元に居場所の情報が渡ってしまうと思い」


 ユリナは凄く優しそうな顔で微笑んでいる。

 それに他の人達は安らぎを与えられているかのような安堵を見せる。

 けど、何故だろう。

 俺には言葉の一つ一つに深い棘があるせいか、とてつもなく恐怖にしか感じられない。

 何も言わないで出て行った事、相当深く根に持っているな、これ。


「ですので、皆様が思い詰めることはありません。悪いのは全て悠馬様です」


 俺は肩をビクッと震わせる。

 最後の一言に悪寒地味たものが全身を駆け巡った。

 仕方なく俺は肯定する様に苦笑いで頷く。

 納得した一部の者達が「そ、そうだったのか……」「ユリナ様がそうおっしゃるのなら……」等と微妙 な声が挙がってはいるが、一先ず事態の収拾がついたことに落ち着きを感じる。

 立ち上がる人々の視線を回避したい俺は二人の手を引っ張って半ば強引にユリナの元に行く。


「遅かったですね」

「ちょっと………色々と」

「それで、その方々は?」


 ユリナが二人に顔を向けるとフィオはビクッと全身を硬直させる。距離が近いせいか、少し顔を赤くして今にも距離を置いて平伏したそうに俺の手を引っ張る。

 これは緊張しているな。

 彼女にとってユリナがどういう存在なのか、見ただけで分かる。


「例の少年と院長先生のお孫さん」

「そうですか。では、上に参りましょう。ここでは病院の迷惑になってしまいますし」


 いや、もう俺達がここに居る時点でめちゃくちゃ迷惑な気もするけどここは敢えて突っ込まないようにしよう。今のユリナにちょっとの刺激すら与えたくない。


「それでは、院長先生、暫くお孫さん達を預からせてもらいますね」


 と、一言述べて一礼するとアイラちゃんのいる部屋へと再び戻る。

 ドアの前には見慣れない二人の女騎士が両サイドに立っていた。おそらくユリナの専属の騎士なのだろう。

 何処かで見覚えのある顔だが………。

 その二人と目が合うと軽く会釈されるので、俺も同じくして返す。


「すみません、暫く警護をお任せ致しますね」

『はっ!』


 二人は胸に手を当て敬礼を示す。

 部屋に再び戻った俺は近くの椅子に腰掛けて魔剣を床に置いて立て掛ける。

 連れてこられた二人は新たに用意された二つの椅子に腰掛け、俺とユリナ、アイラちゃんと対面する形になる。

 この後のことはユリナに任せると俺は目で合図をする。


「それでは、改めましてラフォルト王家の第三王女、ユリナ・L・ラフォルトです。此度の悪魔討伐に尽力下さり誠にありがとうございます。国の代表として御二方には感謝の意を述べます」

「頭をお挙げください。私は何もしていません。村に来た敵も全てケン、一人が倒したんですから」


 頭を下げるユリナを制する様にフィオは慌てて立ち上がって述べる。


「それじゃあ、本当に貴方、一人で?」


 先程から何故か態度を大きく見せるケンイは「そうだ」と一言だけ述べる。

 その余りにも無礼な態度に隣にいるフィオは眉間に皺を寄せ、今直ぐにでも耳朶を抓ってやりたくなる気持ちを己の手を摘んで押し殺している。


「なるほど。その魔力量なら悠馬様の言っていたことにも納得しますね」

「実際に間近で感じてみて魔力量はどうだ?」


 俺自身、魔力量を感じるという繊細な行為を特別得意としている訳では無い。悪魔の魔力は人間種とは違った禍々しく、嫌気の指す感じがするせいである程度の距離なら一瞬で感知は出来る。だが、俺とかユリナみたいに同じ質の魔力は見抜けない。

 だから気になっていた。繊細な魔力探知を得意とするユリナなら、どんな率直な感想を抱くのか。


「一言で言えば、『危険』ですね」

「危険?」

「はい。私は多分この魔力をこの村に到着する前から感じていました。不思議とこう……惹き付けられる様な」


 惹き付けられるか。

 ケンイの魔力に惹かれるものがある。

 そういう意味での危険とは違う気がする。先程、魔力を発した時に感じたあのピリつく魔力はアレに似 ているようで似ていない。


「それで、危険って言うのは?」


 俺はユリナに回答を求める。

 ユリナは少しばかり険しい表情を見せる。


「これは私の憶測なのですが……彼の魔力は少し『反転フォールアウト』しています」

「なっ……」


 その言葉には俺は驚愕した。

 魔力は人間種と悪魔種とで二つの性質に別れて存在する。

 要するに魔力の中にも善と悪の様な質の持つ、二種の性質が存在する。

 この世界において人種と悪魔種。彼らが互いに争い合う理由はお互いに宿る魔力の質の違い。

 これが根本的な原因だと、この国の学者達は結論付けていた。

 故に魔力の質が変わらない限り、お互いに同じ質でない限り、この戦いは終わらない運命にある。

 そして、『反転フォールアウト』というのはの魔力の質が悪魔種の魔力の質へと変わる事を示す。

 言わば変貌。人種を辞めて悪魔になる、という過程を意味する言葉でもある。

 俺も過去に一度、欲望に身を任せ、仲間を裏切り、殺し、陵辱し尽くした人間の末路を見た事がある。

 ある程度、人間には『闇』と言えるような歪んだ欲望を持つものは居る。しかし、それが逸脱し過ぎ、人間的な倫理観を超えると人は人でなくなる、という意味に置いてこの世界では人は本当に理性無き獣へと変貌する。

 そうなれば、俺達にとってはもう同族ではなく敵だ。

 殺さざるを得なくなる。

 しかしだ、ケンイが仮に『反転フォールアウト』していたとしても今の彼の身体は人間そのものだ。魔力も悪魔の様なあの嫌な禍々しい感じもしない。

 落ち着いてよく観察してみても何処からどう見ても彼は人間だと思う。


「ユリナ、それ本当か?」

「詳しく調べない限り何とも言えませんが……この程度であれば問題ないかと」

「まぁ、ユリナがそう言うなら平気か」


 見た感じ身体には目立った変化もない。何処にでも居る普通の少年。

 ただの生意気な子供。この尖った性格は素なのだと悟った。


「あなた方は確か、この村の隣のセルディンダ辺境伯の領地の出身でしたね?」


 その問いにフィオが代わりに答える。


「はい。私達はセルディンダ辺境伯の村の生き残りです」

「生き残り?」


 この国の貴族に関する情報を俺はあまり知らない。セルディンダ辺境伯という名も今初めて聞いた。

 説明を求めるように俺は伝えると、ユリナは語る。


「今から一年前の事です。私は悠馬様と共に旅に出ていたので帰って来てからその事実を知ったのですが……」


 ユリナの話にフィオは半ば身体を震わせ、ケンイはその事を思い出して身体を強ばらせる。


「セルディンダ辺境伯の領地は現在、存在しないのです。文字通り、消えたのです」

「消えた?」

「王国の地図から丸々。元々、この村と同じく国境付近にある辺境地として関所の様な役割を担う場所でした。しかし、ある日を境に地面が丸ごと抉られた様にして消えていたそうです」

「そんな事件があったのか…………」


 この二人がその生き残りだと言うのも驚きだが、それ以上に強烈なのは領地その物が消えるという事実。

 そんな事出来るのはそれこそ魔王の様な強大な魔法を使う者のみ。


「この件に関する生き残りは居ない。との報告を受けていました」

「居ない?現に二人がここに…………」

「この件はあまりにも不可解な事です。後日、お母様を含めた調査隊が調べたものの手掛かりはなく。周辺の村に聞いてもその時の当事者はいなかったのですが……どうやら、調査不足の様です」

「す、すみません。お爺ちゃんが私達の事を思って敢えて伏せていたのだと思います」

「いえ、構いません。目撃者自体少ない事件ですからどの道調査は難航していたに違いないです」

「それで、この件は今どういう扱いに?」

「……依然として謎のままです。その時は王国内に凶悪な悪魔が侵入したのだと連日、国中で警戒態勢を強いていましたが、何も起こりませんでした。それに私からしてみればおかしいと思われる点が複数あるのです」


 その点は俺にも直ぐに理解出来た。


「その頃、俺達は魔王と一度対峙していた。それも幹部の悪魔を含めてだ」


 仮にだ。

 魔王が何ヶ月もかかる道程を一瞬にして行き来出来る魔法があれば、この世界は俺が来る以前に消えていた。

 殺戮と暴虐を尽くす魔王なら当然行っていた筈。それをしなかったって事は犯人はおそらく違う。


「魔王を除外すれば、他に思い当たる奴はいない、か?」

「はい。あの様な大掛かりな魔法は魔王にしか出来ません。ですから、おかしいのです」


 魔王しか、という表情は間違いではない。

 幹部の悪魔ですらユリナに勝る魔力の持ち主はいない。そうなると思い当たる節はないが


「魔王と似た何者かが他にいた………いや、いるという事か?」


 俺の言葉にユリナは断言する様に頷く。


「でしょうね。何も情報を掴めていないので恐らくとしか言えませんが」


 ユリナはおそらく犯人と思われる敵の正体を知っているであろう、二人に改めて向いて言う。


「話して貰えますか?」


 その問いにフィオは怯える様に身体を震わせる。

 おそらく彼女は当時の記憶をよく覚えているのだろう。俺にもよく分かる表情だ。

 あれは全てを見て、感じて、記憶に刻まれた人間が見せる過去の体験、それを身体で感じ取り、再び恐怖に呑まれかけている。

 俺は立ち上がるとフィオの手を優しく取り、そのままアイラちゃんの元に連れて近くに座らせる。


「アイラちゃん、暫く彼女の手を握っていてもらえる?」

「は、はい」


 小刻みに震える手を優しく包み込む様に握る。

 「怖くないよ」と、優しく声をかけると落ち着いた様に息を整える。

 本当なら、ここでフィオを退出させてケンイ、一人に話を聞きたい所だが俺はそう優しい性格を持ち合わせている訳では無い。だから、せめてもの配慮をした。

 誰かに寄り添って、落ち着いた状態で記憶の内容を話してもらう、そうすればある程度平気になる人間の本能を使う。


「ケンイ、君は?」


「平気」とだけ返す。


 ケンイはフィオと違って先程から変わらずと落ち着いた無愛想な表情を見せる。

 だが、目の奥にギラつく何かが感じ取れる。

 その何かはなんとなく予感は出来ている。


「君は敵の正体を知っているな?」

「知っている。が、教えるつもりは無い」

「………理由は?」

「奴は俺が倒すからだ。勇者か、なんだかの奴に邪魔されたくない」

「分からなくもないが……」


 単純過ぎる。と言ったらキレるだろうな。

 ケンイの年齢は思春期真っ只中。精神的にも、肉体的にも色々と影響を受けやすい時に感情面に負荷をかけられれば怒りっぽくなり、意地っぽくなるのも無理はない。

 そうなると何でも一人でこなしたくなるのも分かる。加えて、自分に何でも出来る力があると自覚しているなら尚の事。

 異世界転生して記憶を引き継いだままのおっさんや俺みたいな人はともかく、未熟な彼ならこう陥ってしまうのは仕方ない。

 だから、敢えてこう問う。


「君は一人で復讐が出来ると、本気で思っているのか?」

「当たり前だ」


 返事は早い。

 目から感じられる意志も揺るぎなく、確固としたものだ。

 実際、彼は悪魔を何体も倒して経験を積んでいる。それ故に自分の力に過信している。

 だからこそ、そこを思い切り突かせてもらう。


「無理だ。君にはそんな力は無い」

「ある」

「例え魔力があって、強くても、君には到底復讐なんざ叶う訳がない」


 俺の言葉に強く反応したケンイは立ち上がると同時に掌を俺に向けて魔法を放つモーションをする。

 俺はそれよりも速く動いて間合いを詰めると指で鉄砲の形を作ってケンイの頭に当てる。


「くっ!」

「本当ならここでお前は死んでいる」

「黙れェ!」


 俺から強引に離れ、振り向き際に魔法を再度放とうとするが、魔法陣が空に出現すると同時に掻き消される。


「なっ、なんで?」


 魔法が発動しなかった理由。

 それはユリナがこの部屋全体にちょっとした妨害魔法を結界で覆っていたから。

 当然、先程の様に魔法で加速して動きをブーストし、魔法の妨害も出来る訳も無いので俺は動かなかった。

 別の表現をすれば、「少し落ち着いて、話し合いをしましょう」というユリナの意図を瞬時に汲み取って止まった。どちらにせよ、ここで魔法をぶっぱなしてもらっては困るのでユリナの助けには感謝しかない。


「悠馬様」

「はい」


 俺は背中で悪寒を感じると言われる前に椅子に座る。


「はぁ。大人気ないですよ、あとここが何処だか分かっていて煽ったのなら余計に……怒りますよ?」

「………ごめんなさい」


 今までユリナに対して好意以外の感情はあまり抱いてこなかった。が、先程から急激に違った感情が俺の中で成長している。

 答えは恐怖。

 これしかない。


「本当に反省して下さい」

「はい」

「はぁ、仕方ありません、今日の所は引きましょう。ケンイさんの気持ちが分からない訳でも無いです。ですが、知っていることがあるなら話して欲しい」


 ユリナは怒り、気を荒だてるケンイを宥めるために優しく手を掴む。


「私はあなた方の力になりたいのです。この国を守る王女として、共に悪を滅ぼすため」

「くだらない」


 気に入らないケンイは手を振り払う。


「俺は俺のやり方であの男に復讐する。俺達の家族の仇は俺が取る。強いあんたらの力を借りずともね」


 そう言い放つと扉を強く開けて出て行く。


「ケン!」


 彼を制止する様にフィオが叫ぶも、その声は届かない。


「ごめんなさい、ユリナ様。ケンも悪気があった訳では無いんです。ただ……」

「彼は優しいのですね」


 フィオは小さく頷く。

 家族の為に仇を打つ。という言葉の意味を派生させるなら、親思いとか、愛情とかの反対に家族が殺された事に対する憎しみ等も有るのだろう。

 ただ、憎い訳では無い。

 そうでなければあそこまで執着はしないだろう。

 まぁ、年齢的な精神面を考えれば余計にかもしれないが。


「仕方ない。今日の所は解散しよう」

「そうですね。これ以上フィオさんを付き合わせるにはいきませんから」

「あの!私があの事件について少しの事を知っているので話しましょうか?」


 少し声が震えてながらも強く意志を示す。

 正直な所、話は聞きたい。

 彼女が話せるというのなら俺は聞く。そう言うふうな顔で俺はユリナを見ると頷いて言う。


「フィオさん、無理の無い部分で構いません。私達に教えてもらえますか?」


 その問いに「はい」と二つ返事をする。

 隣で気を使って彼女の側で優しく接しているアイラちゃんも「お願い」と一言述べる。


「それでは、話しますね。私達の村での出来事を」


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