十四話 捕縛/発見
茶色の天井。
目を開けると先ず、それが真っ先に目に入った。
「あれ、私………」
意識を取り戻した私は自分が何で寝ていたか、その事を浅く回想する。
「そうだ、やられちゃったたんだ」
上級個体に叩きつけられ、拉致されそうな所を悠馬さんに助けられそのまま意識を失った。
そこまでは覚えている。
その先は………
「おや、目が覚めた様だね」
白い髭を生やした主治医らしき白衣を纏った翁が部屋に入る。
「あの、ここは……っつ!」
反射的に身体を起こそうとすると胸辺りに激痛が走る。
「こらこら、まだ起き上がっては駄目だよ。肋骨が三本折れているんだからね」
「三本も……」
「治癒魔法で繋げてはいるけどちゃんと治るには一ヶ月かかるからね」
「いっ、一ヶ月ですか?!」
療養期間の長さに驚きを露にする。
「すまないね。王都に行けばもっと縮まると思うけど、まぁ二、三日もすれば歩ける様になるから。剣を振ったりするのはもっと後でね」
「……はい」
やってしまった。私は早速悠馬さんの重荷に。
悠馬の旅に来て早々、足を引っ張ってしまう事態になるとは予想外だった。
こうなればもう家に帰る他ない。
旅に出て数時間でリタイアになるとは我ながら情けない事だと深く心に受け止めた。
「そう言えば、君の連れの彼、なんだが……」
何だか少しバツの悪そうな顔。
その表情でアイラは察した。
「私を置いて行ってしまわれましたよね」
当然だ。
こんなお荷物、悠馬さんにとっては足枷に等しい。
私を置いて先に行ってしまった方が賢明だ。
そう自分に言い聞かせていたが
「いや、彼なら下の待合室で寝ているよ」
「え?」
「君を連れて来てからずっと下で落ち着かなさそうにソワソワして待っているから、二日は寝ていないんじゃないかな」
「そ、そうですか」
意外だった。
予想外だった。
悠馬さんはもう旅立っているとばかり。
それより、私二日も寝ていたの?
とてつもなく悠馬さんに迷惑掛けているんじゃ?
と、心の中でより不安になった反面、何処か落ち着いた自分もいた。
「すいません、悠馬さんを呼んでもらえますか?」
「ん、彼かい?構わないが……それより『ハルマ』という名前何処かで………」
自慢の白ひげを撫でるように触っていると、ドタドタと廊下を走る音が聞こえる。
「あ、先生!大変です!」
慌ただしく息を切らして入ってきた看護師の女性に主治医は「何事かね?」と告げる・
「急患かい?」
「いえ、そうではなく」
「その慌てっぷりは何だというのだ」
「大変言い難いのですが、ユリナ・L・ラフォルト第三王女様が玄関先でお見えになりました」
「な、なんじゃとぉぉぉぉぉぉ?!」
その名前にアイラは気付く。
悠馬がユリナから逃げて領内に来た事。
そしてユリナは逃げた悠馬を追ってこの地にやって来た。
「だ、大丈夫かな。悠馬さん………」
▲
「おい、マジか……」
魔力で構築された目に見えない空間の檻。触ると空間が断絶されているせいか、静電気に似た感覚が指に走り、それ以上先に進むことを拒み、弾かれる。
以前にも似たような魔法で閉じ込められた。
今回はより一層酷く、病院の待合室の一部を空間で隔て、閉じ込められている。こんな公の場でだ。
「おはようございます。悠馬様」
強烈な威圧感を背後から受けた俺は全身を硬直し、ゴクリと唾を飲み込む。
ほんの数秒間、挨拶を無視し続ける行為に我慢の限界を迎えたその人物はゆっくりと歩み寄る。
足音が近づく恐怖から耐えきれなくなった俺はクルリと座りながら、反転して顔を見せる。
「お、おはよう……」
極力目を細めながら、ありったけの媚び諂った笑みを浮かべ、ユリナの顔をゆっくりと覗く。
そこに映っていたのは、王女としての公の場で見せる柔らかな笑みであった。
見る者に安らぎと癒しを与え、良き王女としての印象を強く根付かせる彼女の顔。
だが、俺だけには分かる。
あの温厚な笑顔に隠された、怒りの素顔が覆面されていると。
「どうして……ここに?」
「悪魔が出た。と、報告を聞きましたが、無事に討伐されたという事で事後処理に来たのです」
ここは王国が管理する国営の領地。悪魔が出たとなれば、足の最も速い人物が来るのは当然。
その人物が該当するとすれば、ここに居る彼女に他ない。
「それで、悠馬様はどうしてここに?」
「ここに来る途中で悪魔に遭遇したんだ、それでだよ」
「それは答えになっていません。この村に来た明確な目的が他にもあった筈です。例えば、国境を渡ってエルフの領地に向かおうとしていた……とか」
流石と言わんばかりの鋭い洞察力。いや、ここまで来れば当然か。
ユリナから無理矢理逃れた手前、ここで油を売っているようでは言い逃れは出来ない。
「に、にしてもだ!この村に来て、何で俺の居場所がピンポイントで分かる?」
「それは魔力探知で」
そうだった。
魔力の制御に優れたユリナであれば、魔力の質を敏感に感じ取るのもお手の物。この一帯に居る人々の魔力を見極めて、判別するなんざ朝飯前ってもんだ。
あ~それにしても腹が減った。
昨日から何も食べていないせいか、頭が回らない。
まぁ、回ったとしても俺の浅はかな知恵じゃユリナの手からは逃れられないがな。
「ふふっ、もう逃がしませんよ」
顔は笑っているのに声が笑っていない。
怖い。
可愛いけど凄く怖い。
「では、帰りましょう。駄々をこねても無理矢理連れて帰ります!」
「待ってくれ、連れてくのは構わないがアイラちゃんがここに………」
「構いません。二日ほどこの村に滞在するつもりですから、帰るのはその後でも」
「待て、何で帰るのが前提なんだ?」
「帰りますよね?」
「………」
「帰ってもらいます。気を失っ……いえ、引き摺ってでも」
「気を失うよりかはマシか……」
「とにかくです。アイラさんが歩ける様になるまでは、私の監視下でこの村に居てもらいます」
「……分かった」
俺は渋々ユリナの言うことに従った。いや、従うほかなかった。
俺に課せられた選択肢は二つに一つ。服従か逃亡。
どちらにせよ結果は同じだ。聖剣無き、今の状態ではユリナの魔法からは逃れられない。
なら、あっさりと白旗を挙げる方が潔し。
「どうせ逃げられないんだ。この檻を解いてくれ」
「はい。その前に……」
ユリナは手首の辺りをギュッと掴む。
え、何かされるの?
妙な期待と恐怖に心臓をドキドキしていると、手首の方から何かが俺の体内に入った気がした。
「完了です」と呟いたユリナが手を離す。そこには見たことのない紋様が手首の周りに刻まれていた。
「なんだ、これ」
「呪い魔法の一つです。私から半径二キロ以上離れたら死にます」
「……曇りひとつない笑みで言い切ったな」
その回答だけは本当に聞きたくなかった。
魔法陣を壊して以来、俺を魔法で監禁したり、毒で身体の自由を奪って拘束したりと酷い仕打ちをしてきたが、今回のは割とガチでヤバいかもしれない。何せ命が掛かっている。
「あのー、もしかして怒ってます?」
「はい」
笑っているのに声が笑っていない。
全く怒っているように顔に出ていないせいで余計に怖い。
「……なんか、ごめんなさい」
取り敢えず謝っておこう、怖いし。
「まったくです、しかし結果的にここで悠馬様を捕まえられ………出会えて良かったです」
「言い直さなくていいよ。それより、話を進めたいんだが」
「そうですね。ですが、それより先にアイラさんの容態の方が気になります」
「あぁ、だから早く解いてくれ。いや下さい!」
そう言われ、素直に結界を解く。
檻が無くなり、俺はソファから起き上がると右手に刻まれた刻印に違和感を覚える。
「解放されたのに、凄い束縛感あるな」
目に見えない魔力の糸が悠馬とユリナを繋いでいるせいで何故かそう感じてしまう。
「あのぉ、お取り込み中に申し訳ないのですが……」
二階から慌てて降りてきたこの病院の老医師が膝を着いて頭を垂れて話す。
それに気づくいた周りの看護師等全員が同じ姿勢で敬意を示した。
「ユリナ様、遠路遥々お越しいただきありがとうございます。急な来訪に我々、村一同、何も準備出来ずにいた事を謝罪申し上げます」
「いいのです。私は緊急の要請があって来訪したのでお気遣いは無用です。あと、お顔をお挙げ下さい」
「有り難きお言葉………」
一同、ユリナの言葉に従って顔をあげる。
「それで、アイラさんの元に案内して頂けますか?」
「ははっ」
老医師は立ち上がると悠馬達をアイラの部屋へと案内する。
二階の廊下を真っ直ぐ進み、一番奥の部屋に彼女はいた。
部屋に入ると、真っ先にこちらに気づく。
「悠馬さんとユリナ様!」
「お怪我の具合は大丈夫ですか?」
「は、はい。暫くは安静にしなさい、と………」
「そうですか、命に別状がなくなによりです」
「ありがとうございます。それで、あの……悠馬さん」
俺は少しボーッとしていた。
特に目立った外傷はないし、思ったより元気そうだったアイラを見てとても安堵していた。
「……あぁ、ごめん。ちょっとホッとして」
この二日間、あの老医師に何故か立ち入り禁止を言われたせいで顔を見ていなかった上に昏睡状態が長かったからかなり心配していた。
もし、アイラちゃんが目覚めなかったら俺は魔剣を胸に突き刺して自殺していた所だ。
「いえ、私の方こそ申し訳ないです。早々に足を引っ張ってしまって」
「いいんだ。俺はアイラちゃんが生きているならそれでいいから」
「そ、そうですか……」
率直な返事にアイラちゃんは少し赤面した表情を見せる。
それに反応して悠馬の隣にいたユリナから若干穏やかじゃないオーラを肌で感じとったので本題に入るとしよう。うん、そうしよう。
「あのぉ、ユリナさん。そろそろ本題に……」
「えぇ、そうですね」
ユリナは本題に入るために老医師を部屋から退出させ、三人だけにするよう伝えると「ごゆっくりお過ごし下さいませ」と述べて下に戻る。
扉を閉めて完全に三人だけの空間を作ると口を開き始めた。
「悠馬様、アイラさん。一昨日の悪魔侵攻の阻止、誠にありがとうございます」
ユリナからの思わぬ謝礼にアイラちゃんは動揺する。
自国の王女から頭を下げられるのは今回が初めてだ。
ましてや、この様な形で言われると素直に受け取りざるを得ないが、少し負い目もある。
「私は悪魔を二体しか倒していません。あと他の個体は悠馬さんが倒しましたから」
「いえ。戦時下では無いといえど、悪魔討伐の功績は国から称えられるものです。お兄さん同様、その事は誇りとして受け取って下さい」
そう言われてしまうと「はい」以外の選択肢はない。
そして、兄と同じ様な事を成したのだと心の底で深く感じとった。
しかし、一方の悠馬は浮かない顔だった。
「悠馬様、何か不服ですか?」
ユリナの問いに俺は答える。
「この村に来た悪魔なんだが、俺はやっていない」
その答えに二人は「え?」と気の抜けた声を出す。
「俺以外の誰かだよ、悪魔を倒したのは」
「待って下さい。私は確かに強力な魔力を感じました。あんな力は勇者にしか出せないと思います」
アイラちゃんは意固地に否定をするが俺は首を横に振る。
「そもそも俺に敵を一瞬で壊滅させるような魔法を放つ魔力量はないよ」
「そうですね。聖剣を持っていない悠馬様なら所有時の半分以下といった力しか出せませんね」
言い方に棘があるものの、事実過ぎて反論出来ない。
「仮に魔剣を以てしても、奴らを全滅させるのに多少の時間はかかる」
おそらく、アイラちゃんの視点からはこう見えている。離れて、一時間も経たずに戻ってきた。その事実は改めて検証すると少しおかしい。
村の距離からアイラちゃんの戦ったあの林の位置に加え、周囲に展開した悪魔を順に倒していったとしたら一時間は軽く超える。にも関わらず、俺はアイラちゃんの元に戻ってきた。
「じゃあ、一体誰が悪魔を……」
その答えを知ってそうな、いや知っている人物に目を向けて伝える。
「一目見ただけだけど、そいつから感じた魔力はとてつもなかった。魔力量だけで言えば、ユリナよりも勝っているかもしれない」
率直な言葉にユリナは眉一つ動かさず、その事を事実として受け止める。
これも俺が力量を測るその目と判断に関しては絶対の信頼が置かれているからである。
しかし、ユリナも魔力の総量に関して言えば絶大な自信はある。『王国の魔女』と呼ばれ、悪魔達を葬り去ったその魔法は人族の中で最頂点に立ち、魔法を専門とする種族のエルフにすら引けを取らない力はある。
そんなユリナより魔力総量だけ上回る人物がこの世界にいるなんて俄かに信じたがかったが、あれを感じてしまった以上、認めざるを得ない。それにこの世界には予想を遙かに超える例外なる存在がいる。
「その方はエルフでしたか?」
「いや、人間だよ。それもかなり若い少年」
人間。
そうなると、考えは絞られる。
「悠馬様はその方がこうであるとお考えですか?」
ユリナの問いに俺は頷く。
おそらく二人して同じ考えなのだろう。
以前、国王から聞いた話と照らし合わせれば可能性はある。
「その方が『異世界の転生者』だと」
ユリナの結論に俺は「そうかもしれない」と答える。
俺はその人物を、いやあの少年を一目見た瞬間、この世界の人間では無いと直感で分かった。
魔法を使う際に繰り出す手と足の動き。
この世界において魔法の発動条件は自身の魔力を体内から体外へ放出し、自身の適性のある魔法属性をイメージして具現化させる、というのを同時に行う。
加えて、魔法の暴発を防ぐ為に魔力量をコントロールして放出するのも必須になる。
悠馬のように魔力量がそこまで高くはない人間なら、暴発までいく事は確実にない。だから、コントロールという概念は俺の中にはない。
しかし、ユリナの様な膨大な魔力の持ち主は魔法が適正に発動する魔力量に調整し、基準値を上回らないようにする。
テニスで例えるなら、ボールをアウトしないよう強いスピンをかけて、尚且つ強いショットを打つというイメージ。
それを正確に出来るようになるには練習あるのみ。なのだが、魔法は少し違う。
身体を使わず、頭の中でイメージして調整するのはかなり困難なことでもある。
その為に無意識と身体を動かす、言うならばジェスチャーをして『型』を意識する事で調整する。
その点に関しては個人の独特な『型』がある訳なのだが、俺が見た謎の人物のその『型』は、違う世界のあるアニメの作品の動きと完全にマッチングした。
とてつもない魔力量を放出して、大規模な魔法を行使してはいた。初めは魔法の暴発に不安で加勢しようか思ったが、ちゃんと上手くやっていた。だから、一目見てこの場はこいつに任せようと思い、直ぐに アイラちゃんの元へと戻った。
「異世界の転生者……となると、少し厄介な事になりそうですね」
「なんで?」
「転生者はかなり珍しいケースです。この時代に強大な力を持った者が二人も現れる。それはかつてない事」 「それが何か不味いのか?」
「……いえ、私の思い込みに過ぎなければいいのですが」
何かユリナは思い悩んでいる?
常日頃から何を考えているのか掴み所がないがこういう真剣な表情で何か考えている時は俺達に言えない何かを隠している。
俺をこの世界に留めたのも何か他に考えがあるのではないか、そう思ってしまう。
聞いても彼女は答えないだろう。
笑って誤魔化されるだけ。
「まぁ、一先ずそいつに会ってみよう。違ったら違ったで………」
窓の外。
そこから何か魔力を感じとった悠馬は反射的に魔剣を抜くと窓ガラスを突破って外に出る。
目下にいた人物、こちらを見上げて実体化した魔力の塊をこちらに向けていた。
「なんだ、昨日の奴らじゃない?」
驚愕した顔を悠馬に向ける。
「この少年、あの時の……」
意識の乱れ、それが魔力の暴走に繋がると見切った悠馬は素早く剣を振り下ろし、塊を真っ二つに切り裂くと原形を無くした魔力は霧散し、その場で消える。
反動で倒れ、尻餅をついた少年に悠馬は剣先を向けて尋ねる。
「……悪魔を倒したのは君か?」
少年は首を振って肯定する。
「そうだ、俺が奴らを全滅させた!」
憎しみに燃える目。
この少年からは何故かそう感じる。
半年も前、俺は同じような目で戦っていたから分かる。力は有るのに本当の意味で無力な自分。
それを痛感して、復讐に投じる。
だが、俺とはちょっと違う。
「あんたは何者だ?」
こちらのセリフなのだが、まぁいいか。
「俺は瀬戸悠馬」
剣を鞘に納めて名を名乗る。
この少年が異世界転生者なら、名前に反応する筈。
しかし……
「セト……ハルマ?家名は………ハルマ?」
「ん?」
この反応、見るからに異世界転生者というよりかはこの世界の人間と同じな気がする。
外見も転生しているせいか日本人という様な見た目ではない人の容姿。
この世界の母から生まれ、とある家族の遺伝子を受け継いでいる。言わば、用意された器に彼の魂が入れられたという表現が適切なのだろう。
加えて、確かにこの少年からはとてつもない魔力を内包しているのが感じられる。
「どういう事だ、転生者じゃないのか?」
俺の思い違いか?
だが、一昨日見たあの動き。
アレはどう見ても某有名なアニメのフォーム。
偶然の一致か?
分からない事だらけだが、色々検証する必要があるな。
「君、名前は?」
悠馬は手を差し伸ばすも、払われて拒否られる。
尻餅で付いた土を払って立ち上がると少年は名乗る。
「ケンイだ。家名はない」
ケンイ?
この世界ではあまり聞きなれない名前だ。
かと言って、元の世界でも『ケンイ』はあまり聞いた事ないな。
『ケンイ』じゃなくて『けんいち』とかなら分かるが流石にこれでは判断しかねる。
次はそうだな………
「悠馬様!」
上から呼ばれたので振り向くとユリナが割れた窓から身を乗り出してこちらを見ていた。
「ご無事ですか?」
「あぁ、平気だ。今からそっちに向かうよ」
聞こえるよう少し声を張って喋る。
ユリナに声を掛けられて気づいたのだが、周囲には割れた窓ガラスに反応して多くの人が俺達の所に集まっていた。
「こりゃ、不味いな………」
人集りが出来る前に上に戻りたいのだが……
「あ、こらケン!」
村人の中にいた銀髪の少女が悠馬の隣にいるケンイを見つけるな否や、真っ先に飛んで来るとそのまま耳たぶを強く引っ張る。
「これ、なに?あんた、勇者様に何か無礼な事したんじゃないでしょうね?」
「いて、いてぇぇぇぇ!待てよ、俺はコイツが昨日の奴らの仲間かと思って…………」
「な訳ないでしょ!この馬鹿!」
「痛てぇから!離せってぇぇぇぇ」
悶絶するケンイの耳たぶから手を離すと直ぐに悠馬の方に身体を向けて謝罪する。
「申し訳ございません勇者様!」
「は?コイツが勇者?!昨日の奴ら、俺の事を勇者って………」
「あんたが勇者な訳ないでしょ!聖剣の所持者、それが勇者様よ」
「聖剣?………あの赤いのが?」
「いや、それは私も知らないわよ。でも、さっきお爺ちゃんが姫様と勇者様が来られたって」
二人は会話を止めるとお互いにこちらを向く。
何かして欲しそうにこちらを見るが急な展開過ぎて俺の方が説明を求めたいのだが、ここは仕方ない。
素直に名乗る方が手っ取り早い。
「そうだよ、俺が聖剣の勇者。だけど、今は聖剣を持ってないからただの………瀬戸悠馬?かな」
イマイチ説得力に欠ける内容ではあるが、二人はお互いに顔を見合って一先ず納得した様子を見せる。
「まぁ、俺の魔法を斬るんだ。それくらい実力のあるやつってことは認めてやるか」
「どの口が言ってんの!」
少女はケンイの頬っぺを強く握る。
「いでぇって!」
「まったく、あんたって奴は………」
お互いに仲がいいのは見て取れるが、俺個人としては早く上に戻りたいので話を進めさせてもらおう。
「悪いんだが、少し彼を借してもらっていいかな?」
「はい。一昨日の件を聞きたいんですよね?」
「ん、そうだね。話が早くて助かるよ。俺が来た時には彼が既に倒し尽くしていたから詳しい情報を知らなくてね」
自分で言っていて何だが、もう襲撃から二日も経過している。アイラちゃんが心配のあまり、その辺の情報を聞き込む事をすっかり忘れていた。
故に少し後ろめたい気持ちがある。
「仕方ないですよね。勇者様、二日もうちの院でアイラさんの事心配していましたし」
「え?」
今、『うちの院で』って言った?
「あ、申し遅れました。私、フィオと言います。この病院の院長のお爺ちゃんの孫です」
フィオと名乗った彼女はぺこりと頭を下げる。
悠馬はその指摘を受けるとこの二日間で今目の前にいる彼女と似たような少女が院内をウロウロしていた事を思い出す。似ていた、というより本人だが。
「ごめんなさい。勇者様と分かっていれば宿を用意したのですが……」
「いや、いいんだ。アイラちゃんを助けてくれた事に感謝するのはこちらだから」
待合室に居る時、これといって特に素性なども聞かれなかったから気にする事はなかったが、一国の勇者を適当にあしらってしまった。この事実は病院の院長であるお爺さんにとても気を負わせる事になったかもしれない。
後で気にしないよう伝えとくか。
「とにかく、一旦部屋に戻ろうか。君達二人から話も聞きたいし」
ケンイとフィオ。
若干精神的に子供っぽく感情的なケンイとは反対に大人っぽくそれでいて姉らしい対応を見せるフィオ。
この二人はセットにした方が扱いが楽な気がするので取り敢えず、付いてきてもらおう。




