十三話 実戦Ⅱ
「おい、手筈はどうだ?」
「問題ねぇ、他の連中は既に配置に付いているみたいだ」
仲間が偵察から戻ると他の悪魔も同じく武装していつでも強襲出来るよう整えていた。
「しかし、人間の村を一つ滅ぼすのにこんな大所帯で挑むことになろうとはな」
「仕方ないだろ。上位個体が言うにはあの村は食糧の宝庫らしい。俺達が生き延びるにはま
ず、食い物の確保だ」
「ちっ、たかが上位個体如きの奴の指示に従わないといけねーとはな。それが腹立つぜ」
悪魔の一体が不満そうに述べる。
「おい、そろそろ始まるぞ。俺達の役割を忘れた訳じゃないだろうな?」
「当たり前だ。この街道から逃げる人間の始末と見張りだろ?ったく、つまんねー仕事を押し付けられたもんだぜ」
「ですが、そうはさせません」
「あ?」
悪魔の一体が振り向いたその瞬間、頭と首の上下が切り離され、そのまま力無く倒れ伏す。
無惨に死に絶えた悪魔の身体から赤い血が大量に吹き出る。それを浴びた仲間の一人が驚きもせず、冷めた表情で音もなく現れた人間の少女を発見した。
「人間?何故、ここに?」
「それはこちらのセリフです。王国の領内に潜む悪魔は全て殲滅した筈です」
アイラは周辺を見渡す。
目の前にいる四体の悪魔の他に、潜んでいる者はいないか確認する。
「四体なら、平気でしょう」
「舐めるな人間。貴様如き娘、喰らい殺してやる」
「待て、無闇に殺すな」
「あ?」
「若い人間の娘は捕らえて我々の母胎とすると上位個体からの命令だ。こいつは生け捕りにする」
「おいおい、人間を弄んで殺す趣味はあるが、生け捕りにして弄ぶ趣味はねぇんだ」
「黙れ、命令は絶対だ。力の掟に背くな」
そう言われるとバツの悪そうに頭をかく。
「ちっ、ならこの女は俺一人に遊ばせろ。どうせ、四肢は切り落とすんだろ。なら、ある程度痛めつけても構わねぇだろ!」
威勢の良い悪魔の一体が剣を握ってアイラの前に立つ。
他の悪魔は余裕な笑みを浮かべて見物する。
「来いよ、遊んでやる」
「行きます、閃光!」
足元に力を入れ、地面を強く踏み蹴ると同時に剣先に閃光魔法を放ち、敵の視界を奪う。
悪魔は身体の性質上、眩い光に弱いとされる。その理由が主に彼らの持つ瞳にある。
禍々しい不気味な光を放つあの瞳はかなり夜目が利く。故に彼らは眩い光を忌み嫌う。
「ぬおっ?!」
森の一部を眩く照らした光に瞳が目を焼かれた感覚に襲われ、反射的に目を覆う。
その間に懐へ潜り込むと剣を悪魔の胸へと深く突き刺し、魔炉がある悪魔の持つ固有の心臓部を穿つ。
「なっ?人間の小娘如きに………」
「その慢心があなたの敗北です」
返り血が顔に付くも拭き取らず、そのまま剣を胸から抜いて構える。
女である彼女は純粋な力を以てしても、男の人の持つ剛力には到底及ばない。
剣を交えての真っ向勝負には勝ち目は薄い。
なら、駆け引きを用いた技を使い、相手の隙を敢えて作ることで敵を倒す。
それがアイラの得意とする先手必勝技。
「ほう、小粋な技を使う」
リーダー格の悪魔が感心したように呟く。
「剣の使い方と相手との駆け引きを知っている様だがまだまだと言った所か」
「………お仲間はその『まだまだ』に殺られてますよ」
「それを言われては返す言葉もない。私とて、知能の無い阿呆と組むのは気が引ける」
貧乏くじを引いたと言いたい顔で仲間の死体を燃やし、灰に帰す。
どうしよう、次はどうでるべきかな。先手必勝の閃光魔法はもう効かないに違いない。
あの魔法は悪魔の中でも馬鹿にしか効かないとされる侮辱的な戦法。決まれば大打撃、失敗すれば激怒を買う一度きりの大博打。
「おや、攻めて来ないのか?」
不敵に笑い、さも隙を作り、襲って来いと言わんばかりの格好。
両隣で様子を伺う二体も依然として同じ武装をしてはいるが剣を地につけて余裕の表情で笑っている。
「それにしても気掛かりだ。何故、我々の居場所が貴様の様な小娘にバレた?」
「まだ、分からないのですか?私が一人でこんな所にいる理由が」
「それを聞いている。我々の奇襲を知っていたなら、守るべきはあの村であろう。この様な村外れの森に……ん?!」
突然、アイラを含めた悪魔の三体は何かとてつもない魔力を数キロ先の村から感じる。
村の中からというよりその周辺から感じる。
魔力の余波を肌で感じるのはこれが初めて。
悠馬さんのような魔力のコントロールに長けた人は周辺にいる魔力の質を個体別に感じ取り、そこから敵の存在を探知する。
アイラは魔力のコントロールを苦手としているせいで周囲の存在しか感じ取れない。
こんな風に強い魔力を遠くから感じ取るというのは初めての経験。
「な、何だこの魔力……人間が放出する魔力量ではない?!魔王様に匹敵する強い………」
「その魔王を倒した人間が誰か忘れたのですか?」
「まさか、勇者だというのか?有り得ない、奴は元の世界に帰ったとあの方が………」
動揺を見せた。
この隙に纏めて三体を……
「させん」
「なっ?!」
不意に背後から声が聞こえ、慌てて振り向くも先に敵の手がアイラの首を掴み、そのまま宙へと浮かせられる。
「うっ……どこ……から………」
後ろにいる下級個体よりも遥かに高い魔力を感じる。
おそらくこの悪魔が奴らの言っていた上位個体。
影から現れたこの悪魔が今回の実行犯であり、この下級個体を従えるリーダー。
「一体、何故あなたがここに?」
「計画が失敗した。変な魔法士によって他の連中は皆殺しにされた。貴様ら雑魚が最期の生き残りだ」
「変な魔法士?勇者ではなくて?」
「勇者?まさか、奴はこの世界にいない筈」
「しかし、この娘が………」
「ちいっ…とにかく奴はまだ村にいる!この娘を連れて撤退するぞ」
「ははっ!」
そう命令を受けるとアイラを地面に叩き付け、半ば強引に意識を失わせる。
「がはっ!」
防御礼装も兼ねた制服の魔法が一瞬にして効力を失わせ、尚且つ貫通してその威力を身体にも通す。
それによりアイラの肋骨部に軋む様な音が全身に震え伝える。
かつて経験した事のない痛みとこの状況の恐怖に彼女は自ずと涙を流す。
「ふん、所詮は小娘だ。たった一撃を屠っただけで恐怖のあまり泣くとはな」
この瞬間、アイラは初めて自分が無力であると本当の意味で知る事になった。
こんな時、兄なら直ぐに私の元に駆けつけて助けてくれる。
しかし、そうしてくれる兄はもうこの世にはいない。
私を助けてくれる人はもうこの世には………。
「おい」
聞き覚えのある声に目を向ける。
胸部がとてつもなく痛い、顔を持ち上げて薄目で見る事しか適わない、けれどアイラはしっかりと目に焼き付けた。
「兄……さん?」
死んだ兄の姿と重なるその人物が四体の悪魔を前に堂々として立っていた。
「な?!貴様は……」
悪魔の一体が酷く狼狽えた。
陰から現れし、その人物の顔は悪魔にとって恐怖の象徴。
忘れもしない。先の大戦時に、多くの同族をたった一人で斬り殺した悪魔殺し。
出会えば『死』。見たら逃げろ。奴に殺された同族が最後に放った言葉を連想させた。
「何故……何故まだここにいる!」
「答える義理はない」
悠馬の声はいつになく強い気を帯びていた。
体内から漏れでる魔力が言葉に反応して圧を与える。
鬼気迫る形相から放たれる鋭い眼光に上位個体は血相を変えて後退った。
(本物か。まともに戦っても、勝ち目はないだろう。ならばここは……)
唾をごくりと呑み、交渉に出る。
「待て、我々は撤退する。人間にはもう手出しはしない!」
「黙れよ。そんな話、お前達の仲間を散々殺し尽くした俺に聞けと?」
「だろうな。だから、交渉だ」
ニヤリと笑んだ上位個体はアイラの首を掴むとその首筋に人差し指を当てる。
鋭く研がれた爪がアイラの皮膚を軽く食い込む。
「この女を渡す代わりに見逃してくれ。でなければ、この女の命は……」
そう言いかけた直後、上位個体の腕は一瞬にして斬り落とされた。
悠馬は返り血が付かないよう直ぐにアイラを回収すると左手で抱えてその場から離れる。
「ぐあぁぁっっ!俺の手がァァァァァ!」
悪魔にも流れる赤い血が勢いよく切り口から吹き出すと狂った様に地面にのたうち回る。
「彼女に手を出した罪だ。身をもって償え」
「な、何故だ!何故、貴様がここに居る?」
「だから言ってるだろ、答える義理はないって」
「クソガァァォァァ」
怒りの形相を浮かべた上位個体はもう片方の腕で剣を抜き、己が持つ最大の一撃を悠馬の直上から叩き込む。
それを前にした悠馬は背を向けて逃げはしない。
ただ、真っ向から魔剣を打ち付けるのみ。
普通の人間であれば受け止めきれず、武器諸共両断されているであろうが……文字通り、上位個体にとって、相手が悪かった。
軽い腕の振りで、上位個体の肢体を背後の木々へと吹き飛ばす。
純粋な力と魔法での身体強化を掛けた悠馬との力量差は赤子同然。
それを今一度痛感した上位個体はめり込んだ身体をゆっくりと起き上がらせる。
「くっ……あの方に、知らせなければ」
「させるかよ」
悠馬は魔剣を胸へと投げつけると敵の魔炉を貫き、その命を絶命させた。
アイラをそっと地面に寝かせ、木に突き刺さった魔剣を拾い、先程まで蚊帳の外にいた悪魔三体を睨むも鞘に納めた。
「ハウっ?!……コレは……」
三体の悪魔は突然、呼吸困難になり、地に膝を着けて苦しみながら倒れる。
「それは魔剣の持つ固有魔法の一つ、『自壊』」
魔剣デュランダルの持つ特性は『不壊』と『自壊』。
不壊の特性上、この魔剣はいかなる攻撃にも耐久し、刃毀れ一つしない絶対的な鋭さを維持する。
その一方で『自壊』とは、魔剣で斬り付けた相手の魔力を暴走させ、間接的の殺すという荒技。
これを食らった者は身体の細胞が死滅し出す。
「身体が………」
崩れ落ちた膝下を見た悪魔の目に映るは、原形を留めないドロドロに溶けた肉液。
次第に身体の魔力を吸われ続けた悪魔は魔力で構成される、各々の肉体を維持出来なくなる。
あまりにも目を背けたくなる光景だが、悠馬はしっかりと見据えていた。
「この力、使わせてもらうよ」
魔剣を鞘に納め、無意識に苦しく胸を抑えるアイラを優しく抱き抱える。
悠馬は応急処置的な治癒魔法は使えない。
急いで村に向かい処置を頼む必要があるが、全速力で走ればアイラの胸の骨に響く可能性もある。
その事を考慮して村へと歩き出した。




