十二話 幕間 アイラ・ユリクシア
私の名はアイラ・ユリクシア。
ダリル・ユリクシア辺境伯の次女で英雄、クロード・ユリクシアの妹。
武芸に秀でた兄とは違い、私は剣の才能も人並みで女性であるから力も無く非力で、到底兄と並び立つ事は絶対に無い、そう他人から評価され、自分でもそう思っていた。
常に兄の背中を追いかけて必死に付いて回っていた。
自分を一人の妹として優しく接してくれる兄は私にとっての支えであり、拠り所でもあった。
けど、そんな兄が兵士になって勇者パーティーと呼ばれる立ち位置を手にし、家から居なくなった途端、私は凄く不安になった。
時折しか帰ってこない兄は帰って来る度に身体の何処かに傷を作り、半ばボロボロの状態で帰ってく る。けれど、決して疲れた様な素振りは見せず、いつもの様に笑って優しく接してくれる。
そんな姿を見せられる度に私は不安を募らせた。
兄はいつも出かける時はこう言う「帰ってくるから」と、私の不安を見透かした様に言う。
父と母は兄に対する信頼を置いている事もあってか、あまり心配している様な素振りは見せなかった。
私も一年経つ頃には次第に慣れていった。
兄が勇者様と共に戦果をあげる報告を聞く度にその不安は解消されていった。
「兄さんは強い、魔王なんか余裕で倒して来るんだ」
いつしか自分にそう言い聞かせ、遠い異国の地で活躍する兄の勇姿を頭に浮かべ、誇りっぽく思っていた。
しかし、その翌年。
別れの報告は何の前触れもなく届いた。
兄を含めた数百人の連合軍が魔王の率いる軍勢に奇襲を迫れ、壊滅したという内容。
その瞬間、自分の心が何かに押し潰される音と共に何処か遠い所に置き去りにされた気分になった。
報告を聞いていた父と母は唖然とした表情で聞いていた。
報告を読み上げる兵士は続きの部分を読み上げた。
『彼等の犠牲の代わり、勇者とユリナ姫を含めた各国の少数精鋭部隊による魔王軍幹部の討伐に成功』
その事実を知ると父は少し安堵した。けど、私にとって戦勝報告なんてどうでも良かった。
数百人の犠牲の代わりに得られる勝利。そんなもの大義名分でしかない。
死んだ兄はもう帰って来ない。
そんなの私にとってある種の敗北だ。
どうして兄は勇者パーティーの方に加わっていなかったのか。
少数精鋭なら兄にだってその資格はある筈。
なのに何故兄が死ななければいけない?
考えても答えの返ってこない質問を脳内で何度も何度も繰り返し、嫌になるくらいした。
そして、そうこうしている間に兄の遺体は王都にある兵士の共同墓地に送られ、埋葬された。
魔王との戦いの最中、一度撤退した王国軍は亡くなった兵士の遺体を持ち帰り、直ぐに弔いの式を行った。
薄暗い雨が振る中、誰もが下を俯いて涙を流していた。
兄の他にも公爵家の令嬢であり、ユリナ姫側近の近衛騎士であった二人も亡くなっていることもあり、 王国側にとっては未来の希望の若者を一気に失った戦いだとした。
彼等を英雄と崇め、後世に語り継ぐべき偉人として名を残せるよう特別な墓まで用意してくれた。しかし、兄は辺境伯の身であるため、勇者パーティーとして最前線で身体を張って戦っていた功績は考慮され ず普通の兵士と同じ場所に埋葬された。
そんな共同墓地に作られた兄の墓の前に二人の人物が花を添えていた。
一人は勇者パーティーのユリナ姫、もう一人はあまり見た事の無い異国風な顔の男の人。
彼の手は痣だらけで、顔にはいくつもの新しい擦り傷があり、とても苦しそうに悲しそうに兄の墓に語りかけていた。彼の顔が静かに上がり、私の顔を見た途端何かを呟き始めた。
内容はおろか、私は彼の顔と声を見ることも聞くことも意識していなかった。
内に秘めた怒りに似た何かが込み上げ、気づいた時にはこう言っていた。
「何で、兄を見殺しにしたんですか」
見殺しにした。
その事実は私だって見た訳じゃない。
なのにそう言ってしまった。
しかし、その反応は図星だった様だった。
あの人は兄が死ぬ瞬間を多分見ていた。
なのに助けてくれなかった。
そんな風にはありもしない話を自分で作り上げ、勝手に悪者へと変えた。
「兄は強いんです。そう簡単に死ぬ筈ないんです!なのに……なのに、どうして死んだんですか!兄は……私のお兄ちゃんは弱くない!」
私は叫んだ。
思いの丈を咆哮する様に強く、感情的に、ムキになって。
けど、雨のせいで声は響かない。
重くどっしりと悪意の乗った言葉だけが勇者様を傷つけた。
その取り返しのつかない事実は兄の時と同様に私の胸に深い棘を残した。
決して抜け切らない深い棘。
おそらく私と同等の棘を残した勇者様も私と同じ様に兄を思って悲嘆にくれていた。
そう分かっていて尚、私は糾弾してしまった。
最低だ。どうかしている。
勇者様も多分、怒っている。
そんな気がして冷めた目で顔を見るが、勇者は当然の様にその罵倒を受け止め、涙を流していた。
「ゴメン。俺がクロードをもっと止めていれば……こんな悲しむ事はなかった。本当にすまない」
そう悔し混ざりで呟くと深々と頭を下げた。
この人に非はない。
悪いのは全て兄を殺した魔王軍。
なのに、この行き場のない感情のぶつけ先がもうどこにも無い。
項垂れた私は地面に膝を付ける。
私は兄の好きだったこの白いワンピースを泥で汚し、雨に打たれながらも抑圧した想いの紐を解くように泣いていた。
そして後日、国王から遺品として兄の所持していた魔剣が父に贈られた。
兄の形見として私に預けると、私はそっと魔剣に手を伸ばす。
すると、私の頭の中に誰かの記憶が一斉にして流れ込んだ。
断片的な記憶の欠片がぐるぐると混ぜ合わさり、頭の中で溶けて消えると、それは私の身体の一部となった。
「うそ………」
そのとき、私は知ってしまった。
最も知りたかった真実。
「兄さんは望んで…………」
膨大な記憶量に頭が追いつかない私の身体は限界を迎え、唐突に床に倒れるとそのまま意識を失った。




