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十一話 実践Ⅰ

 俺達はユリクシア辺境伯の領地から更に北の方角にある領地へと交易品を運ぶ為の物流を担う馬車で向 かっている。

 水平線に続く街道の両端に広がる大平原。のどかな草原には凶暴な魔獣ではなく、人的被害をなさない草食系動物が多く生息しているのが見られる。

 平和だ。

 少し前までは凶暴な魔獣が住まう魔の域にいたため、常に狂気に満ちた視線に神経を尖らせる必要はあった。その習慣が身体に強く根付いてしまっているせいか、荷台の窓から差し込む光に当てられながら、身体を横にしていても研ぎ澄まされた気配感知能力が働き、全方向を警戒してしまう。

 外に出るといつまでもスイッチが入った状態なのはここまでくると悪癖になる。

 この状態を端的に言えば、リラックスが出来ない。

 馬車に揺れながら暢気に日向ぼっこでもしていたいが、身体がどうしたって仕事をしようとする。


「あの、悠馬さん。これからどうするのですか?」


 馬車の先頭からアイラちゃんはひょこっと顔を出すとそう尋ねる。

 これからの進路についてまだ詳しくは話していなかった。

 そもそもの話、俺ですらどうするべきか今知ったくらいだ。

 国王の手紙を読んで大体の事を把握するとまず最初に行くべき所は一つ。


「取り敢えず、エルフの里に向かおうかな」

「エルフの里ですか……」


 あまり良い反応を示さないのも無理はない。

 長耳エルフ族と人間ヒューマンは古来からあまり仲は良くないとされている。

 長寿のエルフと短命の人間。

 種族が違うのなら、感性も違う。

 何処かお互いにズレている所があるらしく、どうも今一つな関係を築いているようだ。

 端的に言ってしまえばアナログ的な老人とデジタルな若者と言った様な感じ。

 穏健派と急進派。

 どれもこれも対義語でなら表せそうな雰囲気を俺は以前、その身をもって感じた。

 現王国より前の旧王国時代は互いにいがみ合っていたみたいだが、現在は両国共に懇意に親しい関係を築き上げているから建前上は友好国である。

 取り敢えず、今はそのアナログ的な彼らの力を必要とする。最も必要としているのは彼らの力というより、彼らの保管する魔法に関する知識。

 長寿であるエルフ族の中には二百歳を超えてる者はいる。

 その中にかつて仲間として共に戦ったエルフも。

 その人物から二百年前の勇者について聞く方がある程度の情報を得られる、それが国王の手紙の内容。


「まぁ、そんな心配する様な事はないよ。それにアイラちゃんにも用がある場所だから」

「いえ、私は特に用とかは……」

「その服装、似合ってて可愛いけど流石に目立つよ」

「そ、そうでしょうか?」


 彼女は少し顔を赤くして照れる。

 お世辞でも無いことを言ったつもりだったけど、少々口説き文句だったか。

 この場にクロードが居たら真っ先に殺されてたな。


「あの、目立つというのは?」

「その制服は言わば軍服みたいなものだから、それ着て他国をウロウロするのはちょっとまずいかなって」

「そうですね。悠馬さんのおっしゃる通りです」

「それに、その制服じゃしっかりとした戦闘装束バトルドレスにはならないから、アイラちゃん用に

オーダーメイドを仕立てないと」

「エルフの里の魔法服と言えばとても高価な物ですよ!私、そんな物買う余裕のお金は………」

「いや、俺が出すからいいよ」


 あっさりと俺はカッコイイ事を言い張るも、アイラちゃんは受け入れず、身体を大きく乗り出して言う。


「ですが、それではユリクシア家が主君に借金しているのと同然です。これでは、面目が立ちません」


 アイラちゃんの言いたい事は分かる。

 今の俺と彼女は言わば主君と家臣。

 家臣が主君に借りを作らせる訳にはいかない、その思いを込めて言っているに違いない。

 だけど、これに関してはその事を考えず、ただ単に受け取って欲しい。いや、受け取って貰わなければならない。


「今後、俺はアイラちゃんに危険な目を合わせるかもしれない。そうなれば、今よりももっと頑丈で君を

守る装備が必要となる」

「それは私も承知の上です。命懸ける事があるのは分かっててここにいます。ですから、身の回りの事は自分で………」


 俺は心中でクロードに謝る。

 その上で俺は立ち上がると同時に魔剣を抜いて、一瞬の速さで彼女の首筋に刃先を近づける。

 冷たく鋭利な刃が可憐で美しい彼女の皮膚を汚さないよう調節して突き付ける。

 微動だに出来ない彼女はその事実を理解した時には既に遅かった。

 戦場ならもうこの世に命はない。

 それを痛感する事すら遅すぎる。

 アイラはその事を強く心に受け止めた。

 そして、分かっていて尚、俺はその事実を口にする。 


「遅い。もうこの時点で死んでる」


 心を鬼にして彼女に痛感させる。

 死という恐怖は早い内に身体に教えこませる必要がある。でなければ、いざと言う時に身体が動かなくなる。

 俺は魔剣を鞘へと仕舞うと三度、心中でクロードに深く謝罪した。


「あまりにも速すぎます」


 感想とも言える言葉を述べる。

 油断していたとは言えど反応が少し遅い。

 クロードなら、軽く反応して同じく抜剣し、お互いに剣を交わし合っていたとこだ。

 彼女はまだ剣士としては未熟、その点を測り知るにもちょうどいい機会だった。


「これで分かってもらえたかな?」

「………はい」

「それなら、素直に受け取って身に付けて欲しい。君を守る為にと思って」

「ですが、本当に高いんですよ」


 確かにエルフ族作る魔法の込められる戦闘装束バトルドレスは家が一軒買えるほどの値段だと言うのは知っている。

だが、今の俺にしてみれば安い買い物だ。

 魔法討伐で貰った金額は数えるのを止めるくらい報酬は貰った。その全部を預けるのではなく、自分の 収納魔法でキチンと管理している。

 今の俺はそう、動く超大金持ち。

 なんて、馬鹿な事はさておき、それくらい高価な代物をアイラちゃんには是非とも受け取ってもらいた い。いや、受け取って貰わなければならない。


「友人の妹ちゃんに怪我でもさせさたら呪われるのは俺だからね。その意味合いも込めれば、お互いに利点があると思ってよ」

「悠馬さんがそう言うなら………」


 よしこれでこの件は解決だな。


「ですが、一つ条件があります」

「なにかな?」

「私に剣の鍛錬を旅の最中につけてください」

「それはいいけど………俺の戦い方は多分あまり参考にならないよ」


 我流も我流。

 戦いの中、これといった戦法はない。

 戦いの戦況を見て臨機応変に魔法と剣を使って戦う魔法剣士。それもゴリゴリの接近型。

 クロードの様に剣の流派に沿った戦い方もなければ、ユリナの様に戦術で味方を支援して、後方からの高火力攻めもない。


「人に教えられるとしたら、戦いの最中での戦況の見極め方とかだよ」

「構いません。経験が浅い私には先ずは心構えや戦場での身の置き方を知るべきだと思ってますので」

「その点に関しては多分、アイラちゃんなら直ぐに身に付けられるよ。頭良さそうだし」

「そのような評価は関係ないと思います。それと、私の事、アイラちゃんと呼ぶのは止め……………」


 と、言いかけたその時


「この感じ……」


 感じ慣れた魔力を探知して慌てて馬車の荷台から顔を出す。


「ど、どうなさいましたか?」


 馬車の運転手が驚いて声をかけるが俺はそのまま探知した魔力の方角を腰に添え付けてある望遠鏡で見る。

 そこには頭部から黒い角を生やした人に近い人型の異生命を確認。

 その正体は一瞬で俺の脳内に焼き付けた。


「悪魔が何でこんな所に………」

「あ、悪魔ですか?!」


 俺の言葉に運転手は酷く動揺する。


「落ち着いて、馬をそのまま走らせて」

「は、はい!」


 奴らはまだこちらに気づいていない。

 俺達を狙っているというより、どこかに向かって進んでいる?

 しかも、同じ方角に………


「おじさん、目的地まであと距離は?」

「数キロといった所です」


 なるほど。

 奴らの狙いはこの先の村か。

 ユリクシア辺境伯の隣にある村は国が治める領地。あまりに豊富な食材が収穫出来る産地として知られ、多く貴族が領地を巡り争いを起こした結果、国が管理することになった。

 そこを襲うとなると、目的は食糧確保兼、人間に対する過度な嫌がらせ行為と思える。

 と、なると敵の数はあの人数だけではない。

 二桁は軽く超える。


「勇者様、私らはいかが致しましょう?」


 運転手は指示を仰ぐ。

 彼等をこのままここで待機させるのは少し危険だ。

 このまま先に村へと入ってもらうのがセオリーか。


「そのまま馬車を進めて下さい。あの悪魔は俺が殺ります」

「了解しました。着き次第直ぐに援軍を要請します」

「いえ、警備隊にはそのまま村周辺の警備するよう伝えて下さい。あの悪魔はあの村に向かっているので」

「分かりました」


 これで彼等は問題ない。

 しかし、逆側にも敵が潜んでいる可能性も考慮しないといけない。その事を踏まえると………


「アイラちゃん、君はこの馬車の護衛を……って、あれ?」


 先程まで真横に居た彼女はいつの間にか消えている。

 何処かで誰かが土を踏む音が聞こえたので振り向くとそこには既に降りたって悪魔の方へと向かっている少女がいた。


「あ、ちょっ!」

「私がここを食い止めます!悠馬さんは村の安全を最優先にして下さい」


 と、言い放つと彼女は草原を駆ける。


「待って、アイラちゃん!……って、遅いか」


呼び止めようとしたが馬車と彼女の距離は離れてしまったため声は届かない。


「くそ、ああいう向こう見ずな所、兄妹そっくりだな」


 俺は頭をかくと落ち着いて直ぐにプランを変更する。

 あそこに居た悪魔はおそらく下級悪魔だ。

 アレならアイラちゃんの実力でも問題は無いとは思うけど、実践に例外は付き物だ。

 不安要素は少しでも取り払いたい俺からすれば正直、今すぐにでも追いかけたい。


「くそ、どうすべきか………」


 アイラちゃんの取った行動は最も最善とも言える選択肢の一つ。だが、それは彼女を危険に晒してしまうというリスクがあったから敢えてしなかった。

 彼女があの五体を倒し、俺が村を守護するために先に行って全部倒す。

 これが今の作戦だ。


「仕方ない。アイラちゃんを信頼して任せるとしよう」


 俺は魔剣を鞘から抜く。


「先に村へと向かいます。後から来て下さい」


 そう言い残すと俺は馬車から降りて真っ直ぐ同じ方向に駆けた。


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