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百八話

 行きとは違い、通常速度で走る馬車に揺られながら俺達は帰路についていた。

 先刻程、温泉街の領主であるカタギリさんとその街の守護者であるジグルドに別れを告げた。

 今回の休暇は、休暇と呼べる程、全く身体を休めらなかった。むしろ、色々と災難が降りかかったせいで余計に披露が蓄積したと言っていい。

 だが、得られるものも大きかった。  


「あの……私が悠馬君の所でお世話になっても大丈夫なのかな?」


 俺の向かい側に座り、不安な表情で美麗さんは尋ねた。


「大丈夫ですよ。増えるのは美麗さんだけではないですし」


 人数は四人。

 一人目はこの世界にて奇跡の再会を果たした美麗さん。

 二人目は美麗さんの膝の上に頭を乗せて大人しく眠りにつく魔王の娘、セリン。

 三人目はサイズ感が大きく、馬車に入ると二人分の席を埋めてしまうため運転手の横で用心棒を務める魔王。

 そして、最後の一人が俺の肩に頭を付けて眠りにつく精霊王リスフェルト。


「まぁ、約二名を除けばこれといった問題はないですよ」

「そう言ってもらえると助かるけど……今の私って、死んだ人として扱われているらしいし」

「そうですね……セルディンダ辺境伯の令嬢が生きていたとなれば色々と面倒な手続きを踏まなければいけませんね」

「ですよね……」

「もし、美麗さんが良ければミレーユ・セルディンダの名を捨てて、白百合美麗という以前の名を使うのはどうでしょうか?」


 ユリナの意外な提案に美麗さんは「いいの?」と聞き返す。


「はい。ですが、白百合という性ではなく、悠馬様と同じ瀬戸の性を名乗って頂きます」

『え?』

「ご不満ですか?」


 不満はあるわけではないが……これまた意外過ぎる提案でかなり驚いた。


「不満はないけど、少し驚いて……」

「それで、美麗さんが俺の性を名乗る理由は?」


 俺と同じ性を名乗ることに浮かれた表情を見せる美麗さんに代わって発言の意図を探る。


「お二方の関係上、姉と弟という立場が一番近しいですし、元の名前を名乗るのであれば悠馬様の性を使った方が都合が良いことに加えて、手続きが楽です」


 後半の意見が本音だと見た。

 だが、ユリナの意見にも一理ある。

 この世界において自身の性を名乗るには大きな壁がいくつか存在する。

 そもそもの話、下級の平民は自身の性をそう簡単に名乗ってはいけないルールが遥か昔から存在する。この身分制社会において、性を名乗る行為は自身の力を示すことを意味し、それなりの身分がなければならない。

 故に辺境伯という地位を捨て、平民となった美麗さんが白百合の性を名乗るには国王と女王陛下からの承認を得なければいけない。そこの壁は大きく、国に大きな功績を残すか、あるいは中枢を担う事務官になるなどして国からの承認も必要とされる。

 そのことをユリナは念頭に置き、思索を練った結果がこの案なのだろう。

 

「それに悠馬様にとって美麗さんはお姉様であると仰っていましたね」


 間違ってはいないかな。

 姉の様に慕っていたという点では相似する。


「であれば、特に問題はないでしょう。私としても望ましい形です」

「分かったよ。俺はそれに賛同してもいいけど……美麗さんを姉さんと言うのは今更ながら気が引ける」

「えぇ~なんでよ!昔はよく呼んでくれたじゃん」

「そりゃそうでしたけど……」


 幼い頃、美麗さんはよく俺のことを世話してくれていたので、ある日思わず「お姉ちゃん」と呼んでしまった。一人っ子で世話好きな性格だったのもあり、俺が発した一言に目を輝かせた美麗さんのあの顔は今でも忘れられない。以降、その日を境に俺は美麗さんのことを度々「お姉ちゃん」や「姉さん」という風に呼称するようになった。それが今になってこの呼称に正当性が帯びるとは思ってもいなかったが。


「いやぁ、嬉しいな。私も悠馬君のこと、弟だと思ってた時期があったし。今更、何の違和感もないよ!」


 その扱いが余程満足だったのか、やけに高いテンションでグッと親指を立てる。


「で、でしたら……私もお姉様とお呼びすべきですね」

『……』


 少し恥ずかしそうな顔で言うユリナに俺と美麗さんは黙って目を合わせる。


「一応、私と悠馬様は婚約関係ですし。美麗さんが姉という立場であるならそうお呼びすべきかと」


 ムキになって自分がそう呼ぶことに正当性があることを主張する。

 顔を反対に向け、赤く染まっていることを隠そうとするも耳まで少し赤くなっているのを見るだけでどんな表情なのかは想像がつく。

 無理矢理にでも珍しく羞恥に染まった顔を拝顔したくなるが、その後の制裁が怖いのでここは想像上に留めておこう。

 一方の美麗さんはというと「お姉様」という響きに感極まって涙を流していた。

  

「私、幸せだよ。悠馬君」

「そりゃ良かったですね」

「あの、ユリナ様……」


 呼び掛けに応じ、いつもの柔和な表情へと戻しす。


「どうか私の事は様を付けずに…お姉ちゃんとお呼び下さい」


 拘る所、そこなんだ。

 まぁ、様よりちゃんの方が親しみがあっていいだろう。それに俺が過去に「お姉ちゃん」呼びして、味を占めていたのがよく伝わった。


「分かりました。では、私のことは様ではなく同じようにちゃん付けでお願いします」

「そ、それは……」

「公務以外であれば問題はありません。私も…お姉ちゃんと仲良くしたいです」


 恥じらいをかなり抑えた発言ではあったが、これはこれで強烈な衝動が俺と美麗さんの心を鷲掴みにした。

 

「うぅっ……悠馬君、いいお嫁さんが出来てお姉ちゃんは嬉しいよ!」

「そんな大袈裟ですって」

「ううん!これは一大事だよ。一国の王女様との結婚なんて、元の世界じゃ絶対に有り得ない経験だよ」


 それは……ごもっともな意見です。

 隣に座るユリナに目を向けると彼女は顔を見られないよう、再びそっぽを向いて表情を隠す。

 こんな風に人前で照れるなんて、二、三年前なら考えられなかったが、現に彼女はこうして表情豊かに笑ったり、怒ったり、恥ずかしがったりするようになった。

 出会った当初なんて、お互いに相容れないと自負していたにもかかわらず、時が経てば完全に雪解けている。過去の俺達に見せたいくらいだ。

 

「ある意味で、幸せもんだな俺は」

「そうだね。私も雄二と一緒に幸せな未来を築けたら良かったよ」


 不意に零れた本音に、後から気付いた美麗さんは苦笑いしながら誤魔化す。


「あはは~ついぽろっと本音が……」

「別に誤魔化す必要はないんじゃない?」


 目覚めたリスフェルトが大きな欠伸をかきながら指摘する。


「現に彼もこの世界にいるし、正気に戻せばその願いも実現する」

「確かにそうかもしれないけど……雄二、私の事、分かってなかったみたいだし」


 自分でもあまり触れないようにしていた事実に自ら足を踏み入れていくと暗く思い詰めた顔に変わる。

 そうなるのも、無理もない。あの戦いで兄貴と再会を果たした美麗さんは自らの名を名乗り、自身が転生した事を告げるも、全く信じてもらえなかった。

 声や容姿は全くの別人。自分が白百合美麗である事を証明するには、お互いの意思疎通を図り、対話の中でゆっくり時間をかけなければ信じてもらえない。

 だが、今の兄貴に対話は意味を成さない。

 自身の前に立ちはだかる者は全て、敵で……障害である。

 そんな精神状態の相手とはまともに会話は成立しないだろう。

 特にそれが自分の愛した者の名を語ろうとすれば、より高圧的に否定されるであろうというのは、もう身をもって体感した後であった。

 美麗さんは予め覚悟していた。

 そうなるかもしれないと分かっていながら、賭けに出た。

 無論、結果は言うまでもない。

 

「でも、雄二なら多分気付いてくれる」


 そこに根拠はないが、美麗さんにしか分からない自信がある。

 

「そんな気がする」


 前向きな姿勢。いつだってそれは美麗さんにしかない美徳で、俺が好きな部分でもあった。


「大丈夫です。きっと兄貴なら気付いてくれます」

 

 そのためには先ず、兄貴を正気に戻す必要がある。

 記憶の改竄という多少強引な手であっても。

 しかし、そう意志を強くもって自分に語り掛けても俺はまだ揺らいでいる。

 

(マスター)は優しいね」

「他に手が見つかれば、そっちを取るけど今はお前の案に乗るさ」

「どの道、決めるのは(マスター)だ。私は(マスター)にとって望ましい未来を提示するだけさ」


 望ましい未来か。

 それは果たして俺にとってなのか、どうかは疑い深いが当面の目標はこれで決まりだな。


「ユリナ。帰り次第、いくつか頼みたいことがある」

「……お兄さんの居場所を突き止めるという話は難しいですよ。あと、自らの足で探すというのであれば却下します」

「あの喋る前に心を読んで拒否するのは……」

「魔法を使わずとも分かります!」

「そ、そうですか……」


 ダメと言われてしまった以上、頑固なユリナは絶対に「いいですよ」とは言わないだろう。

 

「ですが、恐らくお兄さんとは直ぐに再会することになるでしょう」

「その根拠は?」


 一度口を開いたユリナは言葉に出す事に躊躇うも、迷った末に事実を述べる。

 

「近々戦争が起こります」


 そのワードに俺は忘れかけていた記憶を彷彿とさせた。

 ザビーダの傀儡となった獣王国。

 現在、王国と獣王国は互いの国境付近にて両軍の睨み合い状態となっている。

 一触即発の危機に王国側は獣王国の動きを伺っているのが現状。


「今のままだと、いつ戦争になってもおかしくないか」

「準備が整い次第……いえ、あの悪魔の気が向き次第と言えます」

「それだとタイミングが掴みずらいな。どうにかして、情報を……」


 ん、待て。

 別に情報を集める必要なくないか?

 未来視の力があるリスフェルトならある程度予測可能。

 俺の憶測を思考共有で読み取ったリスフェルトは嫌そうな顔で何故かそっぽを向く。


「あれは疲れるんだよ。糖分沢山使うし」

「屋敷に帰れば王都最高のスイーツが揃っているぞ」

「待ってて、直ぐに予見するから!」


 フッ、ちょろいちょろい。

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