十話 友の家
「…………夢か」
いつぶりだろう。
夢をみる事はあまり無かった。
それも過去の事をまるで回想している様な、いや体験している様な感じ。
いつもなら夢の中で見たものなんて直ぐに消え失せてしまうのに、起きてもはっきりと明確に覚えている。
ここがクロードの家だから?
分からない。
一先ず……
身体を起こそうとすると腹部の辺りが異常に重い。
麻痺毒の効果は消え、体調は問題ない。逆に少し調子の良い。
なのに、腹の上から何か乗っている様な感覚は……
「ははっ、そういう事か」
紅く彩られた鞘に黒い柄、大きさ自体は俺の持つ聖剣より一回り小さい。しかし、魔剣というだけあって妖気めいた異様なオーラが伝わる。
「魔剣。それもこれはクロードの持っていた……」
そこにあったのはクロードの所持していた魔剣『不壊剣』。
何故これがここにあるのかは不明だが、俺が今頗る調子が良いのもおそらくコイツの影響だろう。
「これで新たな主が決まりましたな。勇者殿」
声の主。その人物を俺は何回かお会いしている。
兄妹揃ってのブロンドヘアー、その遺伝子の大元であるユリクシア家の家長である親父さん。
名をダリア・ユリクシア。
「すみません、お世話になってしまい」
「いいのだよ。この世界の英雄をあのまま放置していては家名の恥晒しだ。それに、我が息子の友となれば、当たり前の事だよ」
「ありがとうございます」
「それで病み上がりの所悪いのだが、話をお聞かせもらいたい。勇者殿の様な実力者が何者かに毒をもらって倒れていると、領内では大騒ぎしていてね」
「あはは……そうですね。それは、不味いですよね」
一先ず、俺はここに至るまでの経緯を全て話した。
全てと言っても、ある程度の事実関係は有耶無耶にし、ユリナに悪いイメージが付かないようにはした。
「なるほど、それで勇者殿は帰還の方法を探す為にユリナ姫殿下からお逃げになったと」
「はい、聖剣が逃がしてくれていなければ今頃……」
王宮に設けられた自室で軟禁状態にされていたに違いない。
何の理由もなく勇者である俺をユリナは完全に捕縛しかけた。その事実はあまり良いイメージをもたらさないし、俺的には悪いイメージしかない。にしてもまさか、あそこまで徹底して止めに来るとは思っていなかった。
敵に回すと一、二を争うレベルで厄介なのは承知していたが、予想以上に手に負えなかった。
「それで勇者殿はどうするのですか?このまま国を出るおつもりで?」
「そのつもりです」
変に誤解を与えたまま離れたしまったせいか、余計に躊躇ってしまう。
ここは一度戻って、ちゃんと話し合ってから遺恨なく旅に出たいが……
「あの感じだと話聞いてくれなさそう」
聞いてはくれる。俺が捕まって王宮に戻され、完全に監禁された後に。
「それは中々、厳しい状況ですな。国王様からその魔剣を渡すよう仰せつかってはいますが」
「……え?」
「聞いておらぬのですか?」
「……そう言えば、ここに寄るようにと言われてて」
「なるほど、それでは私の方からお伝えします。現時刻を以て、魔剣デュランダルの権利者権限を勇者殿に譲渡します」
すると、魔剣が赤く輝き空中に紋章が表れる。
八芒星の輝きがダリア・ユリクシアから俺の手の甲に移ると、刻印となり、皮膚と同化する。
「これで終了です」
「え、俺が魔剣の所有者ってことですか?」
「はい。国王様からは勇者殿が魔剣を必要になるだろう。という判断のもと、渡すように言われてますが」
それは分かる。
分からないのはそこじゃない。
「聖剣使いの俺は魔剣は持てない筈ですよ」
聖剣も魔剣も同じ精霊種を剣に宿し、所持者と契約を結ぶ。契約のルールに則り、一人につき一体の精霊との契約が決まる。故に俺は魔剣を持った所で扱えない訳なのだが……
「……正直、私にもよくは知らされてないのです。国王からの手紙には王都から出た丸腰の彼に魔剣を与えるようにと、記載されてましたが」
王都から出て丸腰?
どういう意味だ?
何で俺が聖剣を手放したという事に………
頭を久々にフル回転させて整理する。
国王は俺が王都から出たら聖剣を手放し、丸腰の状態であると予め予想していた。
だから、俺にユリクシア家に寄って魔剣を受け取るよう伝えた。
その明確な意図はなんだ。
聖剣を手放していると、的確に予想出来た理由。
そう言えば、一つおかしい事がある。
今現在、ユリナは俺を見つけられていないようだ。
ここは王都から六時間ほど歩いた所にあるユリクシア家の領内である村。馬を使って手を回せば、彼女は夜中の間に俺を見つけ、再確保出来た筈だ。
だが、日付が変わって日が登った今でもここには誰も来ていない様だ。
半日以上経っても尚、ユリナが俺を見つけられていない。もしかすると、俺を捕まえるのを諦めたのか。
いや、よくよく考えてみれば先ずその線は薄い。
諦めが悪く、執拗に我を通そうとする硬い意志を持つ。この程度では絶対に捜索の手を止める訳がない。
離れたとしても、必ず俺を見つける。
まるで俺の居場所を知っているかの様に……って、良い話風に考えていたが、実際なところ聖剣に印 (マーキング)を施して魔法で居場所を探知していた。その線が一番濃厚と言える。
事実を伏せて、今まで影で俺を監視していた。ユリナならやりかねないな。
そして、その事を国王は気づいていた。
敢えて俺には伝えず、自力で答えを出す事に賭けて魔剣を受け取るようここに行けと言った。
その解釈が正しいだろう。
「ったく、親子揃っての策士だな」
「それで勇者殿、もう旅立たれますか?」
「あー、はい。ユリナからの追っ手が来ると思いますし。直ぐに……と、いきたいんですが空腹で」
おそらく昨日の朝から今朝まで丸一日、何も食べずに過ごしてきた。
胃の中はすっからかんだったせいで空腹感すら感じないが、何か食べておきたい気分だ。
「それは良かった。朝食だけでもご一緒させて下さい、妻もあなたに会いたがっている」
クロードの母親か。
そう言えば会ったことは無かったな。
「はい、お願いします」
そう返事をすると俺は朝食を取るための部屋へと案内された。
♢
「報告致します。勇者様は現在も依然見当たらず、捜索中との事です」
薄いカーテン越しにて付きのメイドに戦闘装束を着せてもらい、再び身に纏うユリナに黒い装束を纏った隠密の一人が話す。
ユリナの近くには昨日、悠馬が残したっていった聖剣が壁の剣立てに大切に置かれてる。
「そうですか。貴方方、『影』は今暫く休息して下さい」
『影』それが王宮直属の隠密部隊の組織名。
彼らは随時動けるように訓練されているため、一日中の任務などお手物だが、今はまだそこまで動く程でもないと判断したユリナは彼等を休ませることにした。
「分かりました」
素直に命令に従うと姿を闇に潜ませ消える。
「一体、悠馬様はどこに……」
「あの………」
「何でしょうカリナ」
カンナの妹、カリナ。
亡き姉に似て優しく、少し臆病な可愛らしい一面を見せるユリナ専属の見習いメイド。
そんな彼女がユリナに話しかけることは少し珍しい。
最年少のメイドというのもあり、他のメイド達の一歩後ろにいるせいか中々話しかけては来ない。
そのせいもあってかユリナは少し嬉しくなった。
「勇者様の事なんですが」
「悠馬様がどうかしましたか?」
「いえ……あの…昨日、国王様と勇者様がお話しているのを小耳にしまして」
「お父様と?」
「はい」
今回の一連の悠馬様の行動の原因は主に現在自室にて魔法で監禁……もとい、閉じ込めて反省中のお父様による。
そのお父様が勇者様に対して何か言っていたのならそれは恐らく手掛かりになる。
「それで、お父様は悠馬様になんと?」
「断片的ですが、ユリクシア辺境伯の所に立ち寄るようにと」
「ユリクシア辺境伯?……なるほど、そう言うことですか」
ユリナは全て気付いた。
お父様は聖剣にマーカーしていた事におそらく気づいていた。この城下町から悠馬様が私の手から逃れるには聖剣を捨てていくしかない。
悠馬様ならそれに気づいて聖剣を手放し、手ぶらでユリクシア辺境伯の所に立ち寄る。そして、クロードの所有物であった魔剣を渡して旅立たせる。
それが全て国王の筋書き通りなら辻褄は合う。
悠馬の消えた先にそこは候補の一つでもあった。
しかし、ユリクシア辺境伯の領地は馬で二時間もかかる距離。そこに転移するのは魔力量なら自信のあるユリナでさえも不可能だ。
尚の事、悠馬の魔力量では届かない場所だと思いすぐに頭の隅に追いやった。
今にしてみれば、悠馬独自の魔法ともみれる。
魔法の行使の際、見た事の無い魔法陣とその輝きに目を奪われ、気がついた時には既に居なかった。
「聖剣の力を以てすれば可能な事ですか………」
あの剣に触れ、魔法理論を学べばユリナも同じように同等の魔術を使える。
だが、その考えはただの妄想に過ぎない。
ユリナが聖剣に触れようとも聖剣自身、何も反応を示さないし、応えもしない。
「それで姫様、勇者様の捜索はいかがなさいますか?」
専属の若い付きのメイドが聞く。
「悠馬様の捜索は私とあと二人で行います」
「あと二人ですか?」
「えぇ、ユリエール。あなたとメイヤ」
ユリエールと呼ばれた声を掛けたメイドは嬉しそうに微笑むと「ありがとうございます」と一言述べ、メイヤと呼ばれた眼鏡の黒髪の少女は「何処までもお供致します姫様」と膝を付いて頭を垂れる。
ユリエール・シナトルとメイヤ・カーデはユリナよりも三つ年下であり、ユリナの専属メイド兼、専属騎士でもある。
あの二人と同等の能力を有し、勇者パーティーの候補でもあった。けど、ユリナは成人を迎えていない 若い二人を危険な目に合わせたくないという理由で遠ざけた。
その事もあってか、彼女達はユリナに付き添える事を喜ばしく思っている。
「二人とも準備をして下さい。終わり次第、ユリクシア辺境伯に向かいます」
「「はい」」
二人はメイド特有の挨拶ではなく、騎士として彼女の護衛としての役目を担った事を表す礼をする。
早々に部屋から立ち去ると準備へと向かう。
「今度は逃がしませんよ。悠馬様」
ユリナの目には強い意志がある。
どんな時でも彼の隣に立ちたい。
その欲望はどこから来ているのか、そう根源に立ち返るとそれは恋なのだと気付く。
彼を離したくない、この世界から居なくなって欲しくない。
その気持ちは彼を思う度に強まる。
悠馬が帰ってしまうその瞬間、かつてないほど恋という気持ちが私の抑制していた部分を上回り、暴走した。
私情に悠馬を巻き込んだ。
この事実は王女としての立場では良くない。
けれど、仕方ない事。
別れ際であの様なプロポーズをされればその時点でユリナは両思いだと確信して、行動してしまった。
その後、悠馬がユリナを好きでいれば帰りたい気持ちなどなくってしまう。いや、そうすればいい。
そう考えて直ぐに実行に移した。のは、いいものの……
現に悠馬はユリナの元から離れ、密かに父と結託して何かしようとしている。
「お父様と悠馬様がしようとしていることは……」
♢
そして約一時間という中で俺は有意義な時間を久しぶりに過した気がする。
クロードの家族の温かさに触れ、この辺一帯で盛んな小麦粉を使ったフワフワのパンケーキ、この世界 に来てからあまり味わったことの無い時間。
それはかなり心地の良い気分だ。
この三人の中に本当はもう一人居た。
もう一人が今ここに居れば、どんな風な光景が見られたか俺には想像がつく。
クロードがここにいればもっと楽しい。
そういう気持ちになるとなんだが悲しくもなり、場違い感を…………今の俺は感じることは無い。
ただの無。
思ってはいるが感じることは無い。
これがクロードの言っていた魔剣『デュランダル』の精神制御の力か。
負の感情を抱けないせいで自分の心が常に楽観的な気分になる。
ユリナに襲われ、捕まえられそうになった記憶を甦らせると次に出会した時にと考えるだけで恐怖を覚える。
だが、今は考えても何も感じない。ただ、冷静にユリナの出方を予想し、的確に対処する。
何の根拠や自信もないのに確信しかない。
「恐ろしい魔剣だな、コレ」
目の前にある紅茶を飲む。
紅茶を飲もうと飲まいと俺の心は落ち着いている。
何だか少し慣れているようで違う。
「あの……勇者様。一つお願いがあります」
アイラちゃんに話しかけられ、俺は現実へと戻る。
「何かな」
「無理を承知でお願いします。私を勇者様の旅に連れて行ってください」
「…………え?」
待て、今なんて?
「ですから、私を旅のお供に………」
「ちょっと待ってくれ。アイラちゃん、それは……」
両親二人の前のでの突然の告白。という訳でもなさそうだ。
事前に話は通し、ある程度了承を得ている。二人も納得した表情で俺を見詰め、むしろ娘の覚悟を促す。
「いいんですか?」
今ではもう一人しかいない、自分達の大切な子供を俺の旅に同行させることを認めた。
その理由は少なからず知っておくべきと。
「私達はこの子に家を継がせなければなりません。それはご存知の事でしょう」
勿論だ。
あまりクロードの事を俺は触れないようにして来たし、あちらも多くは触れなかった。
おそらく他意は無い。だが、敢えてここで言ってくると言う事は割と本気なんだと分かる。
「クロード亡き今、アイラが私達の跡目です。ですが、この子にクロードの様な剣才や実力はありません。ですから、勇者殿のお傍で鍛錬を積み、アイラを一人前の人間にしてほしく思います」
「例え、彼女が死んでも?」
「………」
少し酷な言い方だったか。いや、それでもこの場はそう言うしかない。
そもそも、俺はアイラちゃんを連れていく気は無い。
彼女に、俺の帰還の方法を探す旅に付き合う必要などないのだから。
この場は押し切るしかない。
「聖剣が無い今、俺にアイラちゃんを守れる自信はあまり無いです。それに悪魔族の残党もこの大陸の至る所に潜んでいるかもしれません。おそらく、俺の旅の途中で、生き残った奴らと相対します。そうなれば、命を落とす危険性もあります」
冷静に、俺は最も有り得そうな可能性の話を切り出して反対の納得性を帯びさせていく。
「クロードですら、命を落としていった敵なのです。クロード程の剣士でも死ぬ、その意味を深くご理解しているでしょう」
ダリルさんとアイラちゃんの反応を見ると心が痛む。だが、痛む間もなく、俺の心は精神制御される。
済まないがチェックメイトだ。
「俺は反対です。申し訳ない話ですが、大事な娘さんを俺は預かる事は出来ません」
そう断言し、俺はアイラちゃんの瞳を見る。
彼女の心はこれでキッパリと折れた。そう思っていたが、実際は違った。
逸らすことも無く、迷いすらない表情で彼女は俺を見詰めていた。
覚悟はもう決まっていると言わんばかりに。
「私は決めたんです。兄さんに負けないくらいの剣士になって、この領地を継ぐ一人前になると」
クロードの話で聞いていたアイラちゃんは頼りになるお兄さんの背中を怯えながらも追いかけて、くっ付いて来る小心者。
それは小さい頃の話だと今気づいた。
「私はもう十五歳を迎えて成人です。なので、自分の道は自分で進むのが私の意志です。どうか、それを叶える為に………」
彼女の声は少し震えていた。
覚悟は決まっていても、心の奥底では怖い。
そんな心の声が滲むような声で彼女は叫んだ。
「私を連れて行ってください!」
頭を下げて懇願する。
「勇者殿、私の方からも是非!」
それに釣られて両親共に頭を下げる。
辺境伯ではあるが貴族ともあろう者達が簡単に頭を下げていいのか、そう困惑はするがこれは一個人としてだと。
俺は直ぐに気づくべきだった。
これ程までに彼女とその両親は俺を信頼している。
「分かりました。娘さんをお預かりします」
顔を上げたアイラちゃんは泣きそうになりながらも瞼を手で抑えて、泣くのを堪える。
「急で申し訳ないんだけど、そろそろ出るから。支度を済ませてもらえるかな」
少しデリカシーに欠ける発言だとは理解しているがそうも言ってられる状況ではない。
朝食を済ませたら直ぐに出立する。
その予定はある意味命取りに等しい。
「は、はい!少し待ってて下さい」
そう言うと彼女は早足で自室に戻る。
「勇者殿、旅の荷物は予め用意してあります、アイラの身支度が終わるまで少しお待ち下さい」
と言って、ダリルさんはドデカいバックパックを用意する。
「あー、荷物は俺に渡してください」
「ですが…………」
「収納魔法で俺が預かっておきます。軽装で動く方が効率良いですし」
アイラちゃんに荷物持ちなんかさせるつもりはない。
そんなことさせたらクロードの奴が黄泉の国から舞い戻って俺の事を呪い殺しかねない。
「では、勇者殿にお預けします」
かなりデカいバックパックだがアイラちゃん一人分の大きさなのだろうか。
手に持って重さを確かめると意外に軽かった。
服とかそう言う類の重さだ。
ん、待てよ。
やはりこれ全部、アイラちゃんの私物か?
下着とかも色々含めて。
待て待て、俺に妹系属性はない。
それに年下事態にあまり興味を持たない。
元の世界でも、一つ学年の下の美少女が居ても、俺は大して可愛いと思えない。
それは何故か、単純な話、年齢の概念というものが俺に好きという気持ちの壁となっているからだ。
一つ違えば、まぁ悪くは無い。
二つ違えば、ちょっとなぁ。
三つ違えば、うーん。
四つ違えば、ごめんなさい。(そこから下は無し)
ちなみに俺とアイラちゃんの年齢の差は四つ。
なので、彼女に欲情の気持ちなど抱くはずも無い。
ましてや、いくら美少女で可憐な親友の妹だからといって欲情なんて……………起きないわ。
冷静に何を真剣に考えているのだろう、と。
俺は我に立ち返る。
これも魔剣の力の一部なのか。
そう考えると馬鹿馬鹿しく思えはするが妥当ではある。
思考の変化。
違和感はないが少し慣れる気もしない。
感情の抑制は窮屈な気しかしない。
まぁ色々と考えずに済むから楽ではある。
「すみません、お待たせしました!」
準備を済ませたアイラちゃんは長いブロンドヘアーを一つに結び、王都にある修剣士育成学校の制服に身を包んでいる。
「その格好………」
そう言えば、初めて会った時のクロードもこんな格好だった。
修剣士学校の卒業者達はその全員が騎士としての地位を確立される。
修剣士の制服は卒業後も騎士見習いの時までは着用する義務がある。
制服には付与魔法が掛けられているため、戦闘時には騎士の甲冑よりは劣るがそれなりの防護服としての役割を持つ。
騎士見習い時は主に王都周辺の警備が仕事となる、いつでも動きやすいように制服は使い勝手の良い物と
して重宝されてもいる。
「すみません。他に付与魔法を掛けられてる戦闘装束は無いもので」
「あ、いや。ちょっと懐かしく思っただけだから、気にしないで」
「懐かしく…………ですか?」
「クロードに会った時もそんな感じだったから…………って、あ、すみません」
今の今までこの家で気を使ってクロードの話題はあまり出さなかったが、つい流れでやってしまった。
しかし、それは俺の思い込みだった様だ。
ダリルさんは笑顔を浮かべて言う。
「クロードの事、忘れずにいてくれてありがとうございます」
「え?」
「クロードは私らの誇りです。勇者殿と共に戦い、民を守る為に命を落とした。最も危険な立ち位置であいつは奮闘してくれた、その事実だけでも私は嬉しかった」
ユリクシア辺境伯は王都周辺の貴族とは違い、爵位も辺境伯という貴族の中では低い周縁貴族として知られている。
領地内での作物による交易で主に収益を得ているがそれではいつまで経っても辺境伯という立場のまま。
そこでクロードは戦いの場に身を置いて戦功を得て、地位の向上を目指していると、以前語っていた。
しかし、それはあくまで戦いに身を置いている本人が生き残り、武勲を得ることを前提とする。
死んでしまった以上、それは名誉として残る武勲に他ならない。
「私はクロードに地位の向上等、目指さなくていいとよく伝えてました」
その事実に俺は少し驚いた。
貴族なら誰もが上の地位を得ることを目指す様なものだとそう思っていた。
現にその梯子となる俺に様々な貴族の跡取りがアプローチし、取り込もうと巧みに話しかけてきた。
クロードもどちらかと言えばそうかもしれない。
けど、ダリルさんは違う。
「貴族内での派閥争い、それに私は関わりたくない。その一心で辺境伯という地位に甘んじて受け入れていましたが、クロードには気に食わなかったようで……」
「それは悪い事じゃないのでは?」
「勿論、おっしゃる通りです。ですが、他の貴族は我々が中立的な位置に居るのが気に入らないらしく、派閥への勧誘がとても激しいものでした」
その話の流れ、俺は知っていた。
確か…………
「勧誘とは名ばかりの脅し……でしたっけ」
「おや、クロードからお聞きでしたか」
「少しは」
クロードが爵位向上を目指す理由。
その一つにその事が挙がっていたのを思い出す。
「貴族とは私にとって手に余る地位です。他の貴族にとって無害であっても、何処にも属さないという事実は目の上のたん瘤みたいなものです。クロードには散々嫌な思いをさせていたみたいで……」
生きて帰る。
それが絶対条件だった。
にもかかわらず、クロードは死を選んだ。
その事実を俺は間接的に強く受け止めた。
「ですが、全てあいつの努力は無駄であった訳ではないのですよ」
「え?」
「我々は勇者殿の派閥に入るよう王命を承ってます」
「はい?」
いきなり何の話をし出したんだ?
「これも聞いていないのですか?」
「そりゃ、まぁ……」
「なら、私から改めてお願い申し上げます」
ダリルさんは膝を着いて頭を垂れる。
それを見た周りの従者や奥さん、アイラちゃんまでもが一斉に同じ動作をする。
「我々は勇者殿、いえ、瀬戸悠馬子爵の派閥に入る事を許可して頂きたくお願い申し上げます」
「………子爵?俺が?」
いつ俺は子爵になった?
そんな話はまだ一回も聞いてない。
だが、知ってしまった以上、今この瞬間でYES/NO以外での返事は出来ない。
仕方ない。ここは…………
「分かりました。こちらこそ宜しくお願いします」
「ありがとうございます。これでクロードも浮かばれる」
俺の返事を受けると周りの従者達は誰もが深く息をついて安堵した表情を浮かべる。
彼らの表情は来た時から依然と強ばっていた。
その理由は勇者である俺がここにいるから緊張しているのかと、そう思っていた。けど、今この光景を見て俺は気づいた。
ユリクシア辺境伯に置かれてる状況があまり芳しくなく、他の貴族からの脅しもかなり限界を迎えていたに違いない。子爵とこの国の貴族の中では微妙な地位であるが、俺はただの子爵ではない。
自分で言うのもなんだが、今の俺は色々と拍が付く。価値としては伯爵辺りと変わりはない。
「実質俺一人しかいませんけど……」
たった一人の貴族。
屋敷すら未だにこの世界で持っていない俺に貴族なんて務まるのか。という素朴な疑問。
俺はこれから貴族らしい生活なんてすることも無く、帰還の方法を探索する。ましてや、その まま帰るという事もある。
そんなんで本当に貴族が務まるのかと心配にもなる。
「そこは問題ないでしょう。幸い、悠馬様は一人しかいない貴族。加えて、王家から最も信頼されている者です。他の貴族は確実に手出しできません。それに悠馬様に付くのは我々だけではありません」
なるほど、納得した。
要するにだ。この人は俺の所有物となることで間接的に王家からの保護を得たに等しい位置に立った訳だ。
「魔剣はその貢ぎ物と、王は仰っていました」
「ホント良い性格してよな、あのオッサン」
俺は誰にも聞こえないようボソリと呟いた。
さてと、それじゃあこの家に思い残す事はないかな。
そろそろ出立しないと、いけないし。
「アイラちゃん、そろそろ行くよ」
「は、はい!えぇと……ご主人様!」
「え、ご主人様?」
「えぇ、勇者様は我々の派閥の長です。なら、そう呼ぶべきかと」
「いやいや、それはちょっと勘弁して欲しいというか………」
あまりにも恥ずかし名称だ。
ご主人様なんて言葉、言われ慣れてない俺からしてみれば恥辱に等しい。
元の世界でもそう言われるのが主痒いからメイド喫茶に行こうだなんて思わなかった。
「もっと他の呼び方でお願い」
「悠馬様?」
「様は要らないな」
「それでは悠馬さん?」
「それでお願い。あの、ダリルさんも」
不意を付かれると少し吹き出して笑う。
「分かりました。それでは今後ともよろしくお願い致します、悠馬殿」
殿は要らないが……仕方ない。ここで妥協するとしよう。
「えぇ、こちらこそよろしくお願い致します」
そう言って俺は自分の家来になったユリクシア辺境伯の長と握手を交わした。




