百一話 思惑と作戦
視界に煌めく銀閃の刃。
暗闇の中で輝きを放つその剣は魔を退け、光を導く象徴。
世界の危機を三度救った輝きは今も尚、衰えを見せず。
三代に渡って受け継がれるその力は増す一方であった。
それに三度の敗北を経験した当事者から二度と相手をしたくないと思わせる程、聖剣の力は底知れずの域まで膨れ上がっていた。
「リスフェルトめ……使用者に合わせて自身もまた力を制御していたのか」
聖剣の力を再び得た瀬戸悠馬と戒言を順応させ魔王化を果たした瀬戸雄二。
この二人の繰り広げる戦いは先に観ていたあれが茶番劇だと思わせるような劇的な変化を遂げていた。
特に一目置くのは瀬戸悠馬の方。
半年前、完全な魔王であった俺とプリンセスやそこのエルフの娘などといったこの世界最強と呼ばれるメンツと一対多で戦って奴らはギリギリの勝利を収めた。
その際にも聖剣を有していたあの男を俺は脅威であると認識し、なるべく奴の対処に神経を注いで対応した。今更負けた事に文句を付けるつもりはないが、あの男と俺の一対一の勝負であれば負ける事はなかった。
リスフェルトの力がいくら強大であろうとその出力は無限且つ無制限ではない。それは二回目の戦いで学んだことだった。リスフェルトが大森林に来て、魔力を回復を図った目的からすればその結論には容易に辿り着く。
それを踏まえ、三年間に渡る長き戦いで聖剣と化したリスフェルトの力を削ぐ目的も含め、ザビーダやザラを始めとした悪魔達に好き放題やらせ、俺の元に来る頃には大分消耗しているように仕向けた。
結果として、奴は補給無しで大部分の魔力を消費していた。
これ以上ない程の好機。
例え、何人の仲間がいようとも聖剣以外は恐るるに足らず。その慢心が敗北を招いた事実を思い返すだけで、過去の俺に一言アドバイスをくれてやりたいがもう終わったことだ。
付け加えるなら、腹立たしいのは敗北したことにではない。
リスフェルトの仕掛けた巧妙な罠にハマっていたことだった。
あの馬鹿は意外にも自身の所有者を気遣う面があるようだ。
その点は俺と同じく、過去二回の出来事で学んだに違いない。
自分をより上手く扱える為にただ力を与えるのではなく、担い手の成長を促すことも学んだ。
その証拠として、奴は千里眼を持つ点が挙がる。あれで恐らく、この先に待つ未来を見越して、己の能力に自分で制限をかけて瀬戸悠馬に力を与えることで成長を優先させたのだ。そして、俺との戦いを踏み台にすることでより一層の高みを目指した。全ては己が理想とする、精霊王と同格…つまり世界最強の存在を自身の手で生み出す。
それがリスフェルトの掲げる世界の調停と安寧をもたらす効率性を重視した方法。
その形は完成形に達しておらず、発展途上である。
「故にこの戦いもまた、勇者の成長を促す場だという訳か」
そう思うだけで久方ぶりに憎らしく感じた。
一見何も考えていない能天気なあの馬鹿に駒扱いされる気分は最悪に等しい。
今すぐにでもあの剣を真っ二つに折ってやりたいが、今は叶うことではないため直ぐに諦める。
この感情を俺に抱かせるのも奴の思惑通りと言うのなら、俺の体内に溶ける戒言を抉り出し、嫌がらせがてら瀬戸雄二に渡して祈願の消滅を果たせる。
しかし、今はそうはいかない事情が少なからずあるためこの件はあまり深く考えない事にする。
気にかけることがあるとすれば、奴だろうか。
先程からじっと傍観のみに徹する白鬼の仮面。
あの下の表情が何を捉え、どういう顔をしているのか仮面を剝がして拝んでやりたくもなるが、奴が下手に手を出さない限りは俺も手は出せない。こうして存在感を見せ付けながら、牽制を行うだけで十分な対処であると判断した。
「いざという時はあの方を止めてください」
俺の視線を読みったプリンセスが的確な指摘を入れる。
「無論だ。それより、お前こそ勇者を止めなくて良かったのか?」
「……何が言いたいのですか?」
「お前は勇者の気持ちを汲み取って、奴が再び聖剣を手に取る必要がない。そう感じていたんじゃないか?」
「……否定はしません。悠馬様が徐々に聖剣から距離を置いていたのも気付いていましたし。何よりも、私自身がそうして欲しいと少なからずそういった感情を抱いていました」
だろうな。俺は兼ねてから感じていた憶測を心の内で留めた。
我ながら空気を読んだというべきか。
「聖剣とは恐ろしい武器です。担い手を支えるだけでなく、成長を促す。私達ですら到達しえない領域へと悠馬様を連れていってしまうと考えれば当然でしょう」
「ふっ、意外な回答だな。見方を変えれば、お前達を守る最強の盾を意味する存在へと昇華する。それは望ましいと考えるべきではないか?」
自分でそう指摘しながらも、プリンセスの腹の内は読めている。
「私は悠馬様とは対等でありたいのです。守られるのではなく、肩を並べて戦う。嘗てもそうであったようにこれからもそうでありたい」
しかし、それは叶わなぬ思いかもしれない。
勇者が再び聖剣を手にした以上、止まっていた成長は加速する。
それは今後待ち受けるであろう、これよりも遥かに厳しくなる戦いを生き抜く度にだ。
その証拠に聖剣を有していた勇者は魔王化した瀬戸雄二の実力を遥かに上回っていた。
△
調子がいい。
聖剣を手にした途端に傷が癒え、体力も回復し、魔力も俺の保有する魔力量の数倍を上回る勢いで供給される。先程までの戦闘で自分で自分にハンデを負わせてたとさえ思える。
とても軽くなった身体能力を存分に発揮し、聖剣の剣技を見舞いながら徐々に形勢を有利傾けた。その途中、俺は自ら剣納めると兄貴の意図に沿わない戦いへと発展させる。
「くそ」
先程と変わらず、肉弾戦での近接戦闘を強いられた兄貴に対して、俺は本気の一撃を見舞う。
避ける事を諦め、受ける前提で腕を交差させ、さらに障壁を軽く張って攻撃に耐えようとするも俺の拳は容易くそれを破った。
「ちっ……お前、どういうつもりだ?何故、聖剣を使わない!」
手加減でもしているのかという意図を孕んだ激昂に否定した。
「こうするのが一番だから」
俺の狙いは主に二つ。一つ目は兄貴に魔法を使う余裕を与えないこと。
ここまで怨恨炎は未だに使用していない。魔法の中でも禁忌に値する破壊魔法の一つ。あれを放たれてしまえば、今の俺でも防ぎようがない。
もう一つは、単純に言って兄貴を救いたいからである。
余裕がない内は殺すことも辞さないつもりでいたが、現実的な話、俺の実力は兄貴よりも上。
それに美麗さんがこの戦いを視界の端でセルフィと見守りに徹しているなら、この甘さを受け入れざるを得ないと自己答弁し、肯定する。希望的観測は持つだけなら問題はあるまい。
故にこの勝利条件を踏まえた上での戦いが設定される以上、怨恨炎の発動条件を見極めまでは慎重を求められる。
その為の拳だ。
『まぁ理にかなっていると思う。下手に致命傷を与えて、戒言の力を解放するより、今は探りに徹するのには賛成だよ。主』
その同意も得られたことだし、自信持って兄貴をボコボコにしてやるとしよう。
「懐かしいな。悠馬」
「魔王化して、色々と思い出したか。バカ兄貴」
なんかさっきよりも流暢に喋るようになったんだよな。
昔の記憶も戻ってきたのか、自分のことを鮮明に思い出した発言を暗に示す。
「まぁな。お前とこうして殴り合ったこととかな」
「じゃあ、美麗さんの事も覚えているんだろ」
視界の隅で現実を突き付けられ、自分を白百合美麗だと認識されないその悲しさに心を落としていた彼女の名前を敢えて出した。
「当たり前だ。忘れる訳がない」
忘れる訳がない。
その言葉の重さに俺と美麗さんを心を掴まれた。
「なら……」
「あいつは死んだ。死んだ人間が二度も俺の前には現れない」
「違う!あそこにいるのは美麗さんだ。外は変わっていても、中身は同じだ」
美麗さんが発した言葉と同じ意味でそのまま伝える。
その言葉に何故か聞く耳を持たない兄貴は目もくれずに俺を鋭く睨む。
「ならどうして俺を怖れる」
「……」
「ちっ、情緒不安定か俺は……やはりお前の存在が鬱陶しいな」
「それは嬉しいね。兄弟水入らずなんだ、久し振りに嫌がらせしてやるよ」
思考と感情が矛盾した発言をポツリポツリと吐き出す。
人間が辞めたかと思いきや、かなり未練ある感じな事に自分でも不快感を抱く。
『戒言の能力と向き合うには己の過去と向き合う必要が生じる。その過去を二百年経って顧みているみたいだね』
それっていい事なの?
『戒言が映し出すのはどれも彼が経験した辛い記憶。それが負の感情を助長させているのだとすればよくはないけど……彼の反応を見る限り、魔王化してたことで人間味が戻ったようにも捉えられる』
じゃあいい事じゃないか。
『真なる絶望に陥る以前に、彼を止めるしかない』
具体的には?
『半年前、主が後ろの魔王に放ったあの技を覚えているかな』
あの技というと……俺がとどめの一撃に放ったあれの事か?
がむしゃらに戦い、魔王をかなり消耗させた俺に聖剣が告げたあの技。
大きく縦に振り払った一撃は魔王城を両断し、その大地すらも震わせた凄まじいものだったのは今も尚忘れぬ光景である。
『あれは私が編み出した一つに集合した戒言を分離させる技。世界の命運を分ける究極奥義とでも呼称しよう』
それはいいから、とにかくあの技を兄貴に打ち込めば元に戻せるのか?
『いや、ごめんなさい。それはただの最終手段。あれやったら多分、今のお兄さんなら死んじゃうし』
じゃあなんだよ!
めっちゃ期待したし。
『うーんと説明するのも面倒なので、端的に言うと……』
始めからそう言って欲しかった。そう内心でツッコミを入れると聖剣は話を進める。
『記憶改竄をやろう』
とんでもない提案をしてきたな。
口で説明するのも面倒なので、直接思念に考えを送ったことで俺は一瞬でリスフェルトの狙いを理解した。
記憶の改竄を行い、兄貴の記憶状態をこの世界に来た当初へと戻すという内容であった。
そうすればこの世界で得た悲しみを忘れ、一時的に俺と美麗さんが知る兄貴に戻る。そして、美麗さんの死で心身ともに疲弊していたあの頃の兄貴をここにいる美麗さんが寄り添うことで徐々にリハビリに努める。さすれば、戒言も自ずと兄貴を見限り、自然消滅するという仮定であると伝わった。
その内容に特に異論があるわけではないが、実際にそう上手くいくとは思わない。
『これは賭けさ。でも、生憎と私はこの賭けに出るために舞台と出演者を揃えた』
先程伝えられた思考の中に感情に似たものも感じた。
それは恐らく、贖罪だろう。
兄貴が必要以上に哀しみを負う原因となったのは自分であると。
そうリスフェルトは認識している。
それ故に、彼女は最大限の恩返しと謝罪を送るつもりなのだ。
そこに俺達を無理矢理巻き込んで。
『文句は後で幾らでも聞くよ。けれど、今は……』
「分かっている」
そうと決まればやるしかない。
例え、兄貴がこの世界で得た大切な記憶を消し去ることなろうともだ。
最悪な未来だけは回避しないといけない。




