百話 覚醒②
「美麗さん!」
俺の叫びは届かない。
運命的な再会に心を奪われたかのように彼女は徐々に倒れた兄貴の元に歩む。
くそ。
俺は自分の足で美麗さんを止めようと動くも、精霊融合の反動のせいか未だに思うように動けない。
「無茶です。そのお身体では……」
「分かっている。でも……」
ザザッ!
前の方から地面を擦る音が聞こえる。
不意に視線を向けるとそこには倒れていた筈の兄貴が起き上がっていた。
俺に殴られた箇所は直ぐに修復され、ひび割れた装備も修繕されていく。
あれは確か前にも見た光景だ。
セルフィの言っていた古代魔法の一つ。
現代の治癒魔法を凌駕し、治癒の可能性の枠を超えた能力。
まるで時を巻き戻すかの如く修復に俺は啞然とした。
いや、今はそれ以上に美麗さんが危ない。
「魔王!美麗さんを止めてくれ」
「あの女を止めるよりも無理矢理引き剝がす方が得策だと思うが」
「何でもいいから、早く!」
そんなやり取りをしている束の間、兄貴が立ち上がって美麗さんの目の前で俺の礼装を簡単に破壊したあの魔法を放たんとしていた。
それもさっきとは比べ物にならないくらいの威力だと予想される。
美麗さんはおろか、ここにいる俺達までも巻き込まれる。
「あの女を助ける以前にお前達が死ぬぞ」
「こちらは私に任せてください。魔王、あなたは彼女を……」
「了解した」
そのやり取りを交わした次の瞬間、魔王はユリナの得意とする空間魔法を倣って美麗さんをギリギリのタイミングで回収し、こちらに転送させる。その間にユリナが円球障壁で俺達を覆う。
その直後、黝い炎が火花を散らし俺達の視界を一瞬で黒く塗りつぶす。
「くっ…前方で構いません。障壁を展開してサポートを!」
ユリナの展開した魔法が強烈な一撃を防ぐも衝突と同時に大きな亀裂が入る。
自分一人の魔力では心許ないと判断した彼女の声を聞いて、自分の身に起きた出来事を少し遅れて理解した美麗さんに目を合わせて『お願いします』と合図を送る。
ユリナの声に応じた美麗さんと魔王が並んで障壁の上から二重に覆い、より強固な障壁を展開させる。
「奴め、厄介な魔法を使いやがる」
珍しく魔王が苦言を呈するほどの凄まじい攻撃であるのが、余裕のない張り詰めた声から分かる。
体感時間的に一分以上経とうとしているものの、この攻撃の猛威は未だ終わらない。
三人は全力で魔力を注いでいるため、このままでは魔力が尽きて障壁を破られてしまう。
「まだ…」
体内の魔力が一気に減り続ける感覚に襲われ、徐々に魔法を保つのが厳しくなる。
そして、先に俺達全員を覆っていたユリナの魔力が枯渇した。
元々魔力が完全に戻っておらず、今も吸われ続ける魔力と障壁の維持が相まって彼女の底知れぬ魔力量も流石に限界へと達した。
生命を消費するギリギリまで魔力を消費したユリナはその場に崩れ落ちる。
「長い……」
視界に迫る黝い炎の息吹は収まる気配がない。
それに耐えるのに限界を迎えつつあった二人の障壁が徐々に脆くなっていく。
端の方からじわじわと削られていき、大きな亀裂が目の前に走る。
ここまでなのか……。
そう誰もが感じたその時……
「揃いも揃ってだらしないのぉ」
上空から聞き慣れたロリ声が届くと俺達に迫りつつあった炎の息吹を放っていた魔法の核を破壊し、危機的状況から脱せられる。
黄緑色の光を纏って夜空から降り立った小さな少女が俺達を救った。
その少女の顔を見たユリナは「遅いです」と小さく文句を呟く。
「仕方なかろう。お主の母から急遽懇願され、本来なら三日はかかるあの距離を高速で飛んでたった四時間でここまで来た私に感謝して欲しいくらいじゃ」
「でも、助かったよ。セルフィ」
「礼は不要じゃ。それにしても悠馬、お主既に雄二と……」
俺の今の姿とこの一帯の惨状を目にしたセルフィは全てを悟った。
そして、俺の目はセルフィよりも奥でこちらを睨む兄貴へと向けられる。
ゆっくりと真っ黒に焦げた大地を歩く。
新たに黒い二本角を生やした兄貴は俺達の間にいるセルフィを一瞥する。
「雄二……やはりお主、生きて……」
「奴は死んだ。お前達の言う瀬戸雄二はもうこの世にいない」
「ならお主は一体……」
「魔王だ。この世界を破壊する新たな魔王に俺は正式に選ばれた。そうだろう?」
その問いは現魔王から旧魔王へと投げられる。
その答えとして魔王は「そうだな」と認める。
「この世界に魔王は二人も要らない。お前が俺を魔王と認めたのなら、その戒言を渡して消えろ」
「違う!」
それに異論を唱えたのは魔王の横で魔力切れを起こし掛け、息を整えていた美麗さんが再び兄貴の前に立つ。
「あなたは瀬戸雄二。悠馬君のお兄ちゃんで、私の大切な……」
「誰だ。お前は」
「……っ」
私の言葉を遮るように雄二は赤の他人を見る顔で発する。
中身は同じだけど、外見は全くの別人。
仮に美麗さんに関する記憶があっても気が付かないのは道理。
それを分かった上で、そう言われるのを覚悟していたが実際に言われるとかなりきつかった。
心の底で、雄二と繋がり合っている自分がいるとそう信じていたが故に心に酷く響いた。
「私は白百合美麗。思い出して、私は雄二と……」
「あの女はとっくの昔に死んだ」
「……!」
「死んだ人間は生き返らない。邪魔だ失せろ」
「まって!私は……」
「くどい」
魔王化したことで感情が表立つようになった兄貴が激昂して手をあげる。
それを見逃さなかったセルフィが魔法で動きを封じる。
いつの間にか身体をを成長させて、嘗ての自分の容姿を思い出させる。
「ちょっと見ない間に随分乱暴になったわね」
「セルフィード。やはりお前だったか」
「覚えていてくれて嬉しいけど……こんな再会になるのはお互いに残念ね」
「そうだな。死んでいれば殺す手間が省けたのにな」
「私も……出来ればあなたを手にかけたくなかった」
二人の覚悟が重なると同時にそれぞれ魔法を行使させ、戦いに入る。
いつにもなく本気の表情で魔法を使うセルフィに俺とユリナは戦慄した。
至近距離で放たれる強力な一撃同士がぶつかる。魔法士とは本来、中距離を通じて戦うのが主流とされる。特別な魔法を持つユリナも含め、ほぼ例外なくほとんどの攻撃魔法は中距離での運用が多い。
現在セルフィと兄貴の戦う距離感で魔法を行使すれば、並みの魔法士であればその反動に耐え切れず吹き飛ぶ。しかし、熟練した魔法士にもなれば自身を守護する防御魔法も並行して発動させ、見事な攻守を見せる。
「これが先生の実力……」
高度な魔法と身体を駆使した戦いに俺はセルフィという最強のエルフの存在を改めて思い知る。それと同時に、その光景をただ黙って見ているだけの自分に今までない程の無力感に苛まれる。
他人に任せて戦いを見物するなんて習慣がなかったからか。
どんな場面でも、俺はいつでも意識さえあれば戦っていた。
いくら傷つきようが、体力が尽きようが聖剣を有しいる場合、そんな負荷はないに等しい。
聖剣を介しての無尽蔵な魔力に、永遠と回復する体力と身体。
今にして思えば、完全に反則である。
それに頼り過ぎていたせいか、戦いの技術や感性が養われてもそれは聖剣がなければ意味がない。
過去に一度、聖剣ナシの状態に追い込れ、その末で見出した俺だけの力。限界突破もたった数十秒間しかもたない力業。
相手が瀕死で且つ、勝機を見出した際にしか使えない諸刃の剣。
それをこの場面で披露するのはあまりにも愚策である。
結論を言えば、今の俺はあまりにもみっともないということだ。
世界を救った英雄も所詮、聖剣が無ければただの人間。
勇者なんて名も今じゃただの飾り。
本当に滑稽にも思えてくる。
『お前は勇者なんて器じゃねーよ』
俺にそう言い放った亡き友の声が思い出の中で再生される。
『お前は俺と同じ馬鹿だ。馬鹿は馬鹿らしく、考えずに行動に移せってな!』
本当に馬鹿馬鹿しい発言だと、その時の俺は鼻で笑ったに違いない。
戦場において打算的行動しないのは賢明で、感情のままに本能を優先するのは馬鹿ではなく阿呆である。その行動の先に明確な未来を捉えない限り、生を維持するのは難しい。
一寸先は闇。その言葉の通り、これから取るであろう行動の先に待つのは死であるかもしれない。
生が正解の回答であるとして、死が不正解であれば圧倒的多数で不正解の方が多い。
探偵物の話に出てくる爆薬を仕掛けた配線を切るのと同じで、正解を引き当てるのは極めて難しい。
聖剣を持った俺は例外として、この世界に生きる普通の人々にとっては特に当てはまる。
もっと慎重に生きろ。
そう何度も俺は友に呼び掛けるも、アイツもアイツで決まっていつも鼻で笑って流していた。
だけど、今はその気持ちがよく分かる。
みっともない自分を、滑稽な姿を晒すくらいなら死を覚悟した行動を取った方がマシだと。
クロードも恐らく、そう思ったに違いない。
なら、俺も倣うまでだ。
クロードみたく死ぬ覚悟も無ければ、馬鹿であり続ける気もない。
敢えて言えば、過去との決別。自分では馬鹿だと思える選択肢を取る。
身勝手と蔑まれようが構わない。
俺はもう悲惨な過去から目を背けない。
だから、最後に俺はお前に謝る。
俺ではお前を使いこなせない。悪いが契約はこちらから一方的に破棄させてもらう。
契約の破棄。リスフェルトはデュランが俺の意思を操作して、契約破棄をさせないように促していると言った見立てを指摘していたが、実際は違う。俺が聖剣を拒んで、魔剣にすがっていた。
デュランは優秀な精霊だ。主の意思を尊重し、個人的な感情を優先したいという俺の考えを自分が意図的に操作しているとさせ、俺を含めて周り誤認させていた。
本当に苦労をかけた。
そう一言、心の中で呟く。そうせずとも俺の中にいる精霊にはそれは伝わっている。
『了解したよ。これで僕は彼との約束を果たせた』
すまない。俺の我儘に付き合ってもらって。
『いや、僕の方こそ目的が達せられた。これはお互いに良い結果だと言えるよ』
そう言ってくれると助かる。
『じゃあ、最後に一言。次会う時は……』
デュランが最後のメッセージを残そうとするも声にノイズがかかり、聞き取れない。
分からないまま、俺と魔剣との間に結んでいた契約が破棄される。
手の甲に浮かんだ八芒星の輝きは消え、身体を自然と守護していた加護も消えさったことで突然、身体が急激に重く感じた。
「ぐっ……」
「悠馬様?」
本当の自分の身体はもうとっくに限界を迎えていた。それをデュランが陰ながら何とか倒れないように維持してくれていたことに深い感謝を覚える。
恐らく初めてかもしれない。
この世界で誰にも守られていない自分を曝け出すのは。
そう考えるとユリナ達が凄く見える。
誰かの支え無しで平気に戦おうとするその強さを身をもって感じ取る。
「悪いユリナ。ちょっと行ってくる」
「ダメです!危険過ぎます。ここは先生に任せて……」
「ここは俺の戦場なんだ。少しくらいかっこつけさせてよ」
「ですが……」
無理矢理立ち上がろうとする俺を押さえつけようと腰の辺りに触れたユリナは気付いた。
俺の腰から魔剣がなくなっていたことに。
「本気なのですね?」
「こうした以上、俺は進むことしか許されない」
その覚悟を伝えるとユリナはそっと手を離す。
「終わったら色々と言いたい事があるので、覚悟してくださいね」
「……ほどほどにお願い」
その会話を黙って先程から伺っていたリスフェルトは少し前に立って覚悟を問う。
「私を握るってことはこの先に待つ運命が君にとって不幸であるかもしれない。それでも君は……」
「構わない。それが例え不幸であっても、俺は進むことしか許されない」
それがクロードとの約束だし。
「じゃあ、改めてよろしく私の主」
少女の差し出した手を取った瞬間、そこで新たな契約が締結された。
久方ぶりに聖剣の姿と化し、自身の有するあらゆる万能の力を悠馬へと与える。
衰弱し切った肉体や魔力、体力諸々を回復させ、ボロボロの服の代わりに白を基調とした軽装衣を纏った姿へと変化する。
ユリナと魔王の前に現れた人間は紛れもなく、世界を救った英雄であり、世界最強の名を冠した勇者。
新たに覚醒したもう一人の人間が戦地に立つ。
その凄まじい存在感に気付いた新たな魔王は薄く口元を緩め、セルフィとの間に繰り広げていた激しい戦闘に無理矢理歯止めをかける。
「くっ……」
「悪いな。お前の相手をしている暇が消えた」
「……そうね。仕方ないから、ここは譲ってあげる」
そう言ってセルフィも変身を解いて、一時的に息を吐く。
短時間の戦闘であったと言えども本格的な魔王化を果たした兄貴と互角に渡りあっていた。しかし、その間に消費する魔力量は多く、退化の呪いによる制約の面からもかなり厳しい展開であった。
「お前も目覚めたか…悠馬」
自身を取り巻く怒りの矛先を変える。
嘗ての自分を見せられているかの如く、憎らしきその風貌の弟を忌々しく思う。
「腹立たしい。俺を苦しめた力で、俺を止めようとはな」
「あぁ止めてやる。俺が兄貴の悲劇をここで終わらせる」




