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九十九話 覚醒

 激闘の末、ギリギリ勝利を勝ち取った。

 兄貴との兄弟喧嘩をギリギリで制し、再起不能まで追いやった。

 立ち上がろうともせずに身体を夜空に仰ぐ姿を片目で伺う。

 

「ユリナ……拘束を頼む」


 力の入らない俺の身体を支えるユリナは小さく頷く。

 片手を前に出し、体内に残る僅かな魔力を練り上げた。


「……っ、これは!?」

「ん?」

「あの方はまだ、意識を失ってはいません。むしろ、これは……」


 焦るユリナの言葉に俺もまた重い身体を動かして、顔を挙げて見やる。

 そこに居るのは倒れ伏した兄貴。これといった変化は見られないが、恐らく変化しているのは中身。


「……魔力が変化しています」


 ユリナは視界に色濃く映った魔力の流れを簡単に伝えた。

 外ではなく、内側で変容する魔力を俺は感じ取ることは出来ない。

 しかし、常に冷静沈着なユリナが額に汗を浮かべながら、その状況に目を凝らしていたということに俺はかなり焦りを抱いた。


「兄貴に何が起こっているんだ?」


 魔力の変化について、説明をお願いしたいところだが今はそんな時間はない。

 目を離さないユリナは口元を震わせ、自身の中で立てた一つの憶測を述べる。


「恐らく、これは魔王化という現象なのでしょう」

「魔王化?兄貴はまだ魔王じゃないってことか?」

「そうだ」


 その事に関して、誰よりも実情を知っている人物が背後から現れる。


「奴は魔王に成り得る因子である戒言を得ただけで、まだ魔王ではない。あれは言うなれば、種が芽吹いたと言うべきか」

「では、あれは覚醒?」

「そうなるな。悪魔と魔王にある垣根を超えて、奴は新たな魔王として生まれ変わる」

「くそ、そもそも魔王ってなんだよ」


 ここに来て自身の中で魔王の定義が揺らぐ。

 文句混じりに吐いた言葉が今は不適切であると気付く。

 

「その話はあとだ。今は……」

「君、どさくさに紛れて何をするつもりだい?」


 突如現れた法被姿の銀髪美少女が呆れた顔で魔王に問う。


「お前こそ、今更ノコノコと現れて何のつもりだ」

「私は君の邪魔をしに来たのさ。新たな魔王の誕生に即して、自分の戒言を与えようとする君の狙いを潰しにね」


 真の思惑を言い当てられるも魔王は鼻で笑い飛ばす。


「お前がこの地にいる以上、それが叶わないの承知だ。今は勇者達に手を貸すと決めている。余計な真似をする気はない。むしろ、お前が隔離されたあの世界で、先程まで俺を監視していた事に気が付かないとでも思ったか?ここに来た時点で、お前は俺の思惑通り動いたって事を素直に認めろ」


 日頃から溜まり続ける鬱憤をここで晴らすかの如く、聖剣を言い包めようとする魔王に俺は少しだけ同情した。そして、返す言葉が見付からない彼女も彼女で、意地の悪さを発揮する態度をとる。


「まぁいい。今はそれよりも奴だ」


 俺の視点からでは特に目立った変化が起きているようには見えない。

 そう思ったのも束の間、倒れる兄貴の身体から紫紺の輝きが発した。

 朱と紫。螺旋状に二本の可視化された魔力が天に向かって昇っていく。


「奴が取り込んだ憤怒と嫉妬の戒言がどうやら適合したみたいだな」

「適合?」

「そうだ。奴は二つ戒言を体内に有していたが、未だ身体に馴染んではいなかった。しかし、お前との戦闘を通じてようやく魔王化に至った」


 俺との戦いが魔王化を促した。

 俄かには信じ難いが目の前の現実を受け入れるほかない。


「魔王とは悪魔よりも高次元の存在。お前達人種が反転(フォールアウト)して悪魔になるのも同様に、悪魔から魔王に至る経緯でその魔力も変化する。これでお前の疑問は解けたか?」

「はい。悪魔と魔王を同一視していたが故の誤解でした」

「そう思うのは当然だ。根本的な魔力の質はほぼ同じだからな」

「それで、その魔王化はどうすれば止めれるんだ?」

                       

 輝きが次第に増していくにつれ、徐々に兄貴の身体が変化しているのが見て取れた。

 ここにいる魔王同様に頭部から黒い角みたいのが生え始める。


「簡単な話だ。そこにいるリスフェルトで奴を斬ればいい」

「それは出来ない話なのは伝えたはずだよ」

「なら、このまま魔王化を黙って見ているつもりか?」

「君が彼の戒言を吸収すればいいじゃないか」

「無理だ。今の俺に嫉妬はまだしも憤怒は御せん」

「じゃあどうするのさ」

「……そうなると想定して、お前は用意したんだろ」


 否定はしない。

 千里眼を持つリスフェルトは自身が見た運命を直接変える術を持たない。

 一見、放任主義にも取れる行動を取るも、世界の調停者であった頃の性格は変わらない。

 故にリスフェルトは自身が取れる最大限且つ最善のサポートを行う。

 そして、魔王の言うリスフェルトの『用意』した者が現れた。


 結界を抜けるため、一度街の外から入り直した私は来た道を戻る感覚で街を駆けた。

 中心に向かうにつれ、半年以上住み続けた街の風景が徐々に変わる。

 半壊した建物の飛んだ破片が道に散らばり、中々進みづらくなっていた。

 まだ一時間も経っていないにもかかわらず、戦いが如何に激化しているのかが分かる。

 今もその激しさは収まらず、街を僅かに揺らす程の戦いが繰り広げられるのが音と共に伝わる。


「雄二……悠馬君…」


 この先で戦っているのは恐らく私の良く知る二人。

 昔からよく二人で戦っている……というより一方的に悠馬君が雄二にやられているのを見て、何度も止めているからこれも二人の喧嘩であればまだ可愛くも思える。

 けれど、二人は喧嘩をしているのではなく、正真正銘の命の奪い合いをする闘いをしている。

 血を分けた二人の兄弟で、私にとってはどちらも大切な存在。


「一刻も早くやめさせなきゃ」


 ここに来るちょっと前に大きな衝撃が聞こえてから数分間、ピタリと音が止んだ。

 勝敗が決したのだと、予感を抱いた私は急いで現場に急行した。

 二人が戦っていたであろう場所、その付近にあったはずの私の店は跡形もなく消え去り、地面を大きく抉った痕や酷く焼け荒れた大地しかなかった。

 見渡すと地面の上にうつ伏せで横たわった一人とその反対側に桃色髪に抱かれたよく見知った顔と昼間にあったもう二人の人達を見つける。


「あそこにいるのが悠馬君ってことは……あっちが……」


 目を向けた瞬間、何か淡い紫紺の輝きを身体から放たれ、眩しさに目を細める。

 何?一体何が……

 そう恐る恐る目に入る光を避けながら近づく。

 

「美麗さん、ちかづちゃダメだ!」


 悠馬君が制止するよう呼び掛けるも、私の耳には届いていない。

 この紫紺の輝きに当てられた私は少し意識が浮つくような感覚に襲われた。

 これは心?気持ち?

 私ではない、誰かの想い。

 映像に似た光景が脳裏で再現される。

 これは雄二の記憶?

 彼の生涯とも呼ぶべき記憶の映像が私の脳内に描かれる。

 そこで見たものは全て彼の悲劇。

 彼が一番最初に悲劇と感じた記憶。

 それは私の死だった。

 棺の中で安らかに眠る私を見た彼はその場に崩れ落ちながら泣いていた。

 泣かないで……

 そうポツリと呼びかけても声は届かない。

 そっと後ろから近付いても、彼の身体を抱きしめるに能わず。

 もう一度言う、これは彼が感じた過去の悲劇の再現。

 私がいくら声を掛けようが、触れようが想いは一切届かない。

 実際にそこにあると見せかけたただの空虚な空間。

 これは罰だ。

 死んでしまった私への罰。

 そこでよく見ているがいい。お前の死が彼の運命を大きく変えてしまった事実。そして、よく嚙み締めろお前が恋焦がれた人間の末路を……

 私の声に似た何かが心の中でそう告げた。

 そして、次々に私は見せられた。

 私の死後に味わった雄二の人生。

 その中に含まれる数々の悲劇のみを臨場感溢れる舞台と共に再現した。

 並みの人間なら心が壊れてもおかしくない出来事を私の死後から約五年間、繰り返し直面してきた。

 その事実を知ってしまった私は同情した。いや、同情ではない。これはもはや共感に近い。

 そして、雄二はとうとう壊れた。

 最後はあっけなく、壊れた人形みたくボロボロな肉体に空虚な心を宿した姿となった。

 その時点で、私の知る優しい瀬戸雄二という人間は死んだ。

 それはただの器。

 心無き人は人に非ず。

 だが、深い絶望という感情は嘗てない程膨れ上がり、それを新たな心の拠り所とすれば新たな人が誕生する。

 また。また、私に声が届く。

 邪悪な何かがそう呟くと私は現実世界へと一気に意識を戻される。


「今のは……」


 雄二が体験した過去の記憶。

 どうして私はそれを見たのかは分からない。

 けれど、今は……


「……」

「雄二……?」


 いつの間にか、起き上がった雄二は私の前に立ち、顔を凝視していた。

 こうして顔を合わせるのは実に約二十年振り。雄二の体感ではもうニ百年以上前の話。

 けれど、ニ百年以上経とうとも彼の顔は私が見たあの時とあまり変わっていない。

 変わっていないけど……その中身はもう別人。

 尋常ではない覇気を纏った彼に私は恐怖に陥る。

 直ぐにそこに、知っている人物が立っているのに身体が…心が言うことをきかない。

 これが魔王……。

 恐ろしいまでに凝縮された恐怖の象徴。

 魔力の少ないものであれば彼の身体から漏れ出る瘴気の魔力に心も身体を蝕まれる。

 怖い。怖いけど……この人は魔王じゃなくて雄二。

 私が好きだった瀬戸雄二という優しい人間。

 本当の彼を知る私なら分かる。

 変わり果てようと本質は変わらない。


「私……私ね…」

「消えろ」


 唐突に投げられた冷酷な声に心が氷漬けにされる。

 顔の前に伸びた手が青黒い輝きを放つ。

 次の瞬間、私の視界は黝い焔に包まれた。

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